惨劇-1
「晴明様は熟考し、そして結論を出した。」
「茨木童子が酒呑童子の頸を狙った理由を。」
「この時、平等院の宝物殿にあった、妖の遺骸は、桓武天皇の時代に坂上田村丸が破邪の剣で討ち果たした、大嶽丸の頸だけだった。」
「そして、晴明様は、一つの考えに至った。」
「強大過ぎる妖は、何らかの理由で消しきれずに、何らかの理由で、いずれ復活するのであろう…と。」
「そして、一計を案じた。」
「妖の頸は剥き出しにするのではなく、箱の中に安置し、12年に一度、御開帳の時にのみ、見られる決まりにしたのだ。」
「こうすることで、本物の頸を見える者達が、あちこちに分散し、隠し持つことが可能になった。」
「そして、その後、遺骸は玉藻前を加え三体となり、代々選ばれた陰陽師と退魔師の子孫が一組となり、託されることになった。」
「玉藻前も晴明様直系の安倍泰成様が深く関わっており、他の二体同様、厳重に護られて行くことになった。」
「そして、千年近くが過ぎ、何度も名を変えた安倍と渡辺が、神乃と妖守になり、共に酒呑童子の頸を護ってきた。」
「…11年前迄は…」
「真言さん。本当のことを話してください。」
針ニが言った。鋼一も、
「どんなことでも受け止めます。」
懇願するように、言った。
双子の両親…堅一と心音は、二人共に交通事故で死んだと聞かされている。
しかし、二人共、口には出さなかったが幼い頃から、なんとなく(本当は違うんだろうな…)と、感じてはいた。
そしてそれは、真言の先程からの思わせぶりな言い回しを聞いて確信に変わった。
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退魔師と陰陽師は、その使命上、早死にすることが多い。
その殆どは、妖討伐の際に亡くなることが多いが、妖守夫妻の場合は少し違っていた。
11年前のその日、堅一は、いつものように書斎の机に向かって、日記を書いていた。
それはまさしく“日記”であり、後世に残すための記録であった。
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1954年の年末。雪が降り積もる中、神乃家と同じ広大な敷地の中にある、妖守家の洋館風の建物の中には、堅一、心音夫妻と先日一歳になったばかりの双子の男の子達がいた。
居間の暖炉には薪がくべられ、“パチパチ”と音を立てている。
心音は、ソファーに腰掛け、双子の毛糸の帽子を編んでいた。
横には双子が寝ているベビーベッドがあり、子供達がグズっても、すぐにあやせるようにしてある。
突如、“冷やっ”と、した風が、流れ込んだと思うと、音もなく室内の灯りが消え、暖炉の薪の炎だけが怪しく揺れていた。
心音も一流の退魔師だ。すぐに異変に気付き身構えた。




