関の太郎-4
「俺がこの娘を預かれば、お前は行くしかないわなぁ」
小夜の足首を掴み、軽々と持ち上げると、鬼はそう言った。
ジタバタと暴れる小夜をまるで意に介せず鬼は続けた。
「しかしその姿…そもそもそういう契約やなかったんか?」
鬼は不思議そうな顔をしてそう言った。
勿論そうだ。
ほんの数年前迄は鬼の眷属として、退魔師や陰陽師達と戦うつもりで居たし、口約束とはいえ、その契約がとてつもなく重い物だということは、良く解っていた。
しかし、小夜と月子と山童。三人での生活がそれを変えた。
温かい布団で毎日寝られる喜び、卓を囲み三人で飯を食べられる幸せ、そして、愛する者達と苦楽を共にする暮らし。
そのどれもが尊く、輝いていた。
(この暮らしを誰にも奪われたくない)
それが山童の唯一の願いだった。
故に不穏な空気を過敏に感じとり、一早く排除すべく身構えて居た。
籠橋家から悲鳴が聞こえたと、小夜に聞いた時も、別に家人達を助けようと思ったわけではなく、月子と小夜に害が及ばないように“事前に追っ払ってしまおう”と、思ったのが本意である。
今となっては、それこそが傲った判断であったと、解ったのだが…
「キャーッ!」
と、耳をつん裂くような悲鳴が上がった。
表の猪と、月子が鉢合わせになって、玄関に飛び込み慌てて扉を閉めようとしたが、鬼達に壊されていて、扉自体もう跡形もなかった。
月子が振り返ると、先ず少年に足首を掴まれて宙ぶらりになっている小夜が目に入った。
月子は“つかつかっ”と、少年に近寄り「離しなさい!」と、言って平手打ちを喰らわせた。
月子は、その時に、鬼に踏みつけられている、山童の背中を歩いて行ったのだが、目にも入らなかったらしい。
鬼は平手打ちをされて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、しばらくして、山童を踏みつけていた足をどけ、小夜を離した。
そして、
「気が変わった。この女の方が退屈しのぎ出来そうや。」
と、言って両目を見開き月子の眼を見ると、月子は“ガクッ”と、力が抜けたように崩れ落ちた。
「ここから西の方へ大きな道路(国道21号線)沿いに十里程行った所に、岐阜市という地名の所がある。」
そう言って続けた。
「そこで医者みたいなことを生業にしている、妖守という、強力な退魔師が居るらしい。」
「そいつを殺ってこい。」
「それまでこの女は預かっておく。」
鬼は美しく陰りのある笑みをこぼした。
そして、
「俺はここから東へ一里足らずの次月というところにある、鬼岩という場所に結界を張っておる。」
「仕事が済んだら、頚なり何なり証拠を持って訪れよ。」
「ただし…」
「俺は気が短い。余り長くは待てんからな。」
そう言うと、鬼は月子を担ぎ、つむじ風と共に消え失せた。
どういうからくりかは知らないが、不思議なことに三頭の猪、四人の遺体どころか、あちこちに飛び散っていた血飛沫も血溜まりも消え失せていた。




