束の間のしあわせ-4
その日、三人が稲刈りを終えて家に帰る途中、山童は不穏な気配を感じて“クンクン”と、改めて空気中に漂う匂いを確認したが、微かな血の匂いがするような、しないような…よく分からなかった。
そこで、山童は隣を歩く小夜に(なんか聞こえんかったか?)と、小声で尋ねたが、小夜は小さく首を横に振るだけだった。
しかし、その数秒後小夜は“ピタリ”と、立ち止まり、真顔で、山童の服の裾を引っ張った。
山童が怪訝な顔をして小夜の顔を伺うと、小夜は山童の背中に《ひめい》と、書いた。
指で背中に文字を書くのは、喋れない小夜にとって山童との連絡を取るいつも通りの方法だった。
ただ、文字を書く前に背中を“トントンと、二回叩いて合図をしてから”と、いう決め事を忘れていたのは、小夜が慌てていたからに他ならない。
続けて左の方向を小さく指差した。
轍の続く舗道を、道なりに左カーブしながら200m程緩やかに下った所に、隣の家…籠橋家があった。
山童は、
「あ、あかん!忘れ物したで、先に帰っといて。」
と、月子に言うと、歩いてきた道を引き返した。
家の前の舗道を横切り畦道を歩き、月子達の姿が見えなくなると、右に曲がり田んぼの畦道沿いに籠橋家を目指して走った。
畦道は、あみだくじのように張り巡らされており、山童の足なら舗道を行くより余程早く辿り着く。
家に近づくにつれ、血の匂いが濃くなり、嫌な気配が強くなると共に、鼓動が速まって行った。
緩やかな左カーブの舗道に面したスロープを登った所に山童の家と全く同じような造りの家がある。
それが、隣家、籠橋家だった。
夫婦と息子、そして祖母が暮らす、慎ましい一家だ。
山童が舗道を横切り坂を上りかけると、一頭の猪が桃色の長い紐を咥えて飛び出して来た。
玄関から飛び込むと、二頭の猪と、血塗れの遺体が三体。
切り裂かれた腹からは、妙に鮮やかな臓物が飛び出ていて猪達は、それを先を争って喰っていた。
その奥には後ろ姿の人影が、「なんまいだ。なんまいだ。」と、目を閉じて唱える老婆を、仁王立ちに見下ろしていた。




