束の間のしあわせ-3
小夜の流す大粒の涙が嬉し涙と知らずに、月子は慌てて小夜を慰めた。
「しばらくって言ってもたぶん2~3ヶ月やと思うけどなぁ。」
「それに、田んぼや畑の世話しとったら時間なんかあっちゅーまに…」
そこまで話した時に、小夜は月子の胸に飛び込んだ。
温かな柔らかい胸。
懐かしい母の匂いが、甦る。
月子も小夜を抱き締めながら涙を流した。
それは、小夜を憐れむ感情や、小さな子を置いて居なくなってしまった父親に対する怒りや悲しみ…そういった思いを遥かに凌駕する“全霊をかけてこの子を護ろう”と、いう純粋な母性だった。
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夏が過ぎ、秋が訪れ、冬を乗り越え、また、春が暖かな陽光と柔らかな風を連れて来る。
三人は毎日を慎ましく幸せに過ごした。
その日までは…
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五年が経ち、初秋を迎えたある日の午後。
秋とは言っても、まだまだ残暑が残る季節だが、稲穂は見事に頭を垂れ、小さな棚田とはいえ、三人は今年も、仲睦まじく、稲刈りに励んでいた。
「小夜全然背が伸びんけど大丈夫かな?」
月子が山童に相談すると。
山童は(ああそうか…)と、思いながらも、
「成長が遅い子も早い子もおるで、それぞれやないんか?」
と、答えた。
(何とかせんとかんなぁ…)と、考えつつ。
時々天狗に会いに行っていた山童は、もう一つの懸念を天狗から聞いていたことを思い出した。
「ここから、程近い場所で、平安の頃に討ち取られた鬼が甦ったらしい。」
そう言って、天狗は続けた。
「その首塚迄は、8km…二里程国道21号線を西に向かった辺りじゃが、今はその反対…ここから東の方角にある鬼岩に住んでおるらしい。」
「元々その鬼が何百年も前に住んでた場所で、巨岩、怪石が辺りを埋めつくし異様な感じのところじゃな。」
「当時、ワシはここらには居らなんだで、詳しくは知らんが、有名な鬼じゃったらしい。」
「鬼岩を棲みかにして、そこを拠点に次月峠を通りかかった通行人や行商人からは金目の物と酒、食い物、女は拐って、飽きるまで弄んだ挙げ句、喰ったそうじゃ…」
「もうあまり覚えとる奴もおらんかも知れんが、当時は“ おそろしや 次月の里の 鬼すすき ”と、吟われたそうじゃ。」
「昔はならず者や、あぶれ者などいくらでも居ったし、進んで悪党を目指す輩も大勢居った。」
「そういう連中にしてみりゃもってこいの頭で、御輿や旗印だったのかも知れんが、今の時代、そんな人間は、ほとんど居らんから、取り敢えず猪、熊とかの気が荒い動物を手下に使っとるみたいやな。」
「今の時代に生きておる妖ならば、人間には接近しないでおこうと考えるじゃろうが、大昔のことしか知らん鬼じゃからのう…さて、厄介じゃ。」
「なんにも考えずに民家を襲うやも知れん。」
「ゆめゆめ気をつけるがええ。」
「鬼の名前は“関の太郎”と、言う」




