天狗の腰掛け松-7
山童は、男の顔の皮を自分の顔に貼り付けると、人間に化けるつもりでいつものようにやってみた。
すると驚く事に男の顔、背格好迄瓜二つに化けることが出来た。
この姿を一度月子に見せて、その後失踪すれば行方不明者の出来上がりだ。
天狗の言う通りに失踪者を一人作り上げて、月子が消防団やらに山狩りとかを頼んで探させれば、男は永遠に行方不明となる。
しかし、そうはならなかった。
何食わぬ顔で山童は玄関から帰り、布団に入ると、月子に背を向けた。
(月子が寝たら、布団から出よう…)山童はそう思った。
(後少しだけ…)すやすやと寝息を立てる月子の横顔を見ていると、遥か遠い昔の記憶が甦り、山童もいつしか心地良い眠りに堕ちていった。
次に目を醒ましたのは、月子がお勝手で朝飯の準備をしている時だった。
包丁の音で目を醒ましたのか、それとも味噌汁の芳ばしい香りなのかは、分からなかったが、約四百年ぶりの懐かしい匂いが部屋に立ち込めていた。
そこで、唐突に山童は小夜を置いてきてしまったことを、思い出して慌てた。
380年余り生きているとはいえ、山童からすれば、かわいい娘以外の何者でもなかった。
小夜からしたってそうだ。
雨の日も風の日も、日照りも雪の中も二人で寄り添いながら生きて来たのだ。
天狗がいつか呟いた「その娘が人の心を繋ぎ止めているのやも知れんなぁ…」と、言うのは、まさにその通りだった。
(己は、一体何をやっているんだ?)
(こそこそとこんな所へ一人で…小夜を置き去りにして…まるで出歯亀ではないか!)
己れの間抜けさを悔いながら、山童は玄関に向かった。
土間に降りて、玄関の開き戸を開けると、そこには小夜が立っていた。
「小…」と、名前を呼びかけたが、背後からの「小夜ちゃん?」と、月子が驚く声に搔き消された。
「どうしたの?」「お父さんは?」と、続けて質問するが、返事は無い。
山童が化けた男が、「喋れんのやないか?」と、咄嗟に口を開いた。
それを聞き、小夜が身振りで返事が出来るように、月子も質問を変えた。
「お父さんは居ないの?」「一人なの?」「お腹は?減ってる?」
小夜はそれらの問いに、全て頷いて答えた。
「おまえさま、昨日田んぼで会った子なの。朝御飯を食べさせてから、私が父親を一緒に探します。」
月子は意を決したように真剣な眼差しで、男の目を真っ直ぐに射貫く様に見据えて言った。




