天狗の腰掛け松-3
その休耕田らしき田は、一面蓮華が咲き乱れていた。
山童はすぐに、人が手を入れた土地だと気付き、山の中に引き返そうと思った。
だが、普段感情の起伏の少ない小夜が、その光景を目を丸くしているのを見て(少しだけならええか…)と思い、小夜が蓮華畑の中で遊ぶ姿を、畦道に腰掛け眺めていた。
(こんな楽しそうな小夜を見るのは何年振りやろなぁ?)
山童の足元を一匹の蛙が跳び跳ねながら通り過ぎ、赤楝蛇が、音も立てずに“そっ”と、後を追った。
それを見ていた山童の背後で、突然声がした。
「可愛らしい娘さんですね。」
(しまった!)と、山童は思った。
普段から正体がわからないように人を模して化けてはいるが、完全に化けるには、山童の妖力では、足りない。
それは、特に顔に顕著に現れ、目は一つ目で、耳まで裂けた口が、いかにも恐ろしげだ。
(振り向く訳にはいかない。)
山童は、前を向いたまま、
「勝手に入ってすいません。すぐに行きますから。」
と、そっけなく返事をし、
「おーい。小夜ー。」
と、小夜に声をかけて、こちらに来るように手招きした。
蓮華畑の中を山童の方に向かって駆けてきた小夜が、突然たちどまり、目を見開き驚いた。
小夜の視線は山童ではなく、その後ろに居る女に注がれていた。
山童は思わず振り返ってしまい(あっ!)と、後悔した。
しかし、女の顔を見て、そんな後悔すら忘れた。
「…月…?」
細面の小さな顔、柔らかそうな髪を後ろに束ね、細く整った綺麗な眉、ぽっちゃりとした可愛らしい唇、そして涼しげな優しい眼。
その女は、月に瓜二つだった。
女は山童の姿を見て、予想外の言葉をかけた。
「どこかでお会いしたことありました?」
女は続けて、
「しかし良くできたお面ですね~。」
と、言った。
山童は“ほっ”として、顔を逸らした。
「…いえ、知り合いに、とてもよく似てたもんで…」
「私も月子って言うんですよ。面白い偶然ですね。」
女は、そう言って微笑んだ。そして続けて、
「小夜ちゃんって可愛らしい名前ですね。今日は学校おやすみですか?」
そう聞いた。
山童は改めて背中越しに、その声を聞いて、(声迄よく似ている)と、思った。
「ええ…休みなんで、今日は朝から…」
そこまで話し出した時に、
「オイ!何やっとるんや。もう昼やぞ。月子!」
と、怒鳴る声に遮られた。




