天狗の腰掛け松-1
二人にとって、時間は無限にあった。
『どんなに食べなくても、眠らなくても死ぬことは無いが、ちゃんと腹は減るし、眠くなる。』
『夏に水浴びをすれば気持ちいいし、冬になれば人程ではないが寒い。』
『己が捕った獸、鳥、魚、木の実なんかを小夜も食べた。』
『しかし生の肉や人は、頑なに口にしなかった。』
『そもそも関ヶ原の合戦以来、大量の人死にが出るような戦いも、この辺じゃあなかった。』
『山で迷ったり、病で死んだりした奴等は何の苦もなく喰ったが、女はどうしても喰えなかった。』
『何百年も山の中を彷徨ってると、色々な妖とも出会うし、知識もどんどん蓄えられていく。』
『己達はある日、日吉という御嵩か瑞浪か、分からないが、どっかその辺りの山の中で、天狗と出会った。』
天狗は、松の上の方の張り出した枝に腰掛けて居た。
いつもそこに座っているのだろう、その枝だけ妙にツヤツヤしていた。
「ほぅ…これは珍しい組合せじゃ。山童と兎か…」
『会話をするのが、数年振りなのもあって、己は、いろいろなことを話した。』
聞けば、天狗はもう覚えてないくらい、昔から居たそうだ。
『己は、山童になった経緯を話し。茨木童子の言った、来たるべき時ってのが、いつ頃なのか、そもそも茨木童子とは何者であり、何が目的なのか…そういうことを矢継ぎ早に質問した。』
『「お主、平安の頃、京を賑わした連中のことは知っとるかえ?」』
『大江山の鬼共だろ?聞いたり、読んだりして知っとる。』
『「なら、話が早いわ。あの連中の大将の酒呑童子ってのは、最強の鬼じゃから有名だわな?」』
「その下に四天王ってのがおってな。熊童子、虎熊童子、星熊童子、金童子っていうんじゃが…その上にもう一匹…つまり、副将の地位があってそれが、茨木童子じゃ。』
『「源頼光達に討ち取られた鬼達は頼光、渡辺綱、坂田公時等の振るう破邪の武具によって、闇に返された。」』
『「ただ一匹を除いてな。」』
『一匹を除いて?』
『「それが茨木童子じゃよ。」』
『「大江山で騙し討ちに会い頚を落とされた酒呑童子は頼光等を」
“鬼に横道は無い!”
「と、激しく罵り、首だけになっても尚、頼光の兜に噛みついた…てのは、有名な話じゃで知っとろお?」』
『「じゃが、その後は知っとるか?」』
『いや…知らん。』
『「酒呑童子の頚級は、宇治の平等院の宝物殿に運ばれた。」』
『「ここに運ばれた妖の遺物は、宝物殿の長い歴史の中でも大嶽丸、玉藻前、そして酒呑童子の三体だけじゃ」』
『「そして肝心なのはここからじゃ。目録には確かに在ることになっとるそれら三っつの遺骸が、いつからか失せておったのじゃ。」』




