関ヶ原の記憶-7
「小夜ぉ!!」
太刀の刃に触れて小夜の口を塞いでいた、猿ぐつわが切れてハラリと落ちた。
小夜はその時確かに消え入りそうな声で、
「お母ちゃ…ん…」
と、言った。
『己は、そのあり得ない声を聞いて慟哭した。』
『おしの娘が…喋れない筈の娘が…最後の一瞬、言葉を発したのだ。』
口髭の男は、山童に向かって、
「お前は楽には殺らん!苦しんで死ねや!」
そう言って火鉢をひっくり返し、部屋に火を点けた。
古い乾燥しきった木造家屋は、瞬く間に火が回った。
口髭の男は、それでも怒りが収まらず、山童を何度も蹴り続けた。
二人の男達に急かされ、口髭の男は息を切らしながら、やっと蹴るのをやめた。
『次の瞬間音が消えた。』
『…いや…時が恐ろしくゆっくりと流れ出した。』
山童は死の間際に見るという、走馬灯のようなものだと思った。
だが、すぐにそれは違うと分かった。
山童の目の前の虚空に、突如亀裂が入り、美しい女の顔が現れた。
『「我が名は茨木童子」女は心地の良い、柔らかい、良く響く声で己に語りかけた。』
『「そなたの強い想いが我を幽世より呼び寄せた。」』
『「今、我等が居る所は現世と幽世の狭間の地」』
『「幽世では時は止まったまま、そこに在る我々のようなモノだけが息づいている。」』
『「現世よりも高次元の生き物である、我々のようになれば、現世の生き物に干渉することが出来る。」』
『「見るがよい…」』
そう言って女は小夜の方を見た。
小夜の身体から三寸程の径の銀色の玉が抜け出て行く。
『「その者の魂じゃ」』
『「妻はもう間に合わんが、娘は未だ、時が僅かに残されておる。」』
『女は優しげな声でそう囁いた。』
『「我が眷属となれば、その魂を他の生き物の身体に移すことが出来る。」』
『そして続けてそう言った』
『「見返りは…こんなことをする見返りはなんだ。」』
『己は、そう尋ねた。』
『「我が眷属となれば、ほぼ寿命は無い。」』
『「やがて来たるべき時に、我らの為に戦う兵となるべし。」』
『「…さあ時が無い決断せよ!」』
『茨木童子はそう言った。』
『無論、己は「応!」と応えた。』
『こうして己は山童になった。』
『簀巻きにされていた布団を、紙のように引き千切った己を見た、三人の男達は、腰を抜かし、小便を漏らし、口々に命乞いをした。』
『軽く一撫でしただけで、三人の頭がまとめて無くなった。』
『己は小夜の魂を手に取り、表に走り出た。』
『家の外に出て、右手にぐるりと回った所に、粗末なうさぎ小屋があった。』
『己が獲って来たうさぎを、珍しく小夜は駄々を捏ねて欲しがった。』
『仕方なくうさぎ小屋を建てると、小夜は甲斐甲斐しくうさぎを世話して、可愛がった。』
『己は、茨木童子の話を聞いて、真っ先に、そのうさぎのことが思い浮かんだ。』
『どうすればいいのかも直感的に解った。』
『小夜の魂をうさぎの背に近づけると、瞬く間に吸い込まれて行った。』
『まるで最初からそうなることが決まっていたかのように、うさぎと小夜は一つになった。』
『見る見るうちに、うさぎは小夜の姿になった。』
ゴオゴオと音を立て、月と父っ様、小夜の亡骸と共に家は紅蓮の炎に包まれていった。




