関ヶ原の記憶-5
チビは恍惚とした表情で、月の尻に自分の腰を打ち付けている。
山童は簀巻きにされたまま大声で叫んだ。
「やめろ!!頼むやめてくれ!!」
両目から涙が零れるが、ピクリとも動けない。
目の前で繰り広げられる、陰惨な光景を止める術は何も無い。
口髭の男がしゃがみこみ山童の顔を覗き込んだ。
「なぁ、俺んたぁの顔、知っとるか?」
『頓狂な質問に己は黙った。』
「おんしが大谷に駆り出されて、関ヶ原迄行ったのは知っとる。俺らもやでな。」
「ここらの村からは何人かづつ兵に出されとんの、知っとるやろ?俺らは、二つ向こうの村から出されとんのよ。」
「ほんで、ここを通りかかった時に、丁度おんしが出て行きよって、こいつらが家の前で送り出しとったんやわ。」
「大谷の本陣でも、おんしを見とる。」
「陣に向かって歩いとる時に、一人の行商人と会った。たまげたねぇ。そいつは俺の昔馴染みだったんよ。」
「俺達は関ヶ原で西軍側について戦うってことを誇らしげに自慢した。」
「なんせ、兵の数も、風評でも、圧倒的に西軍の勝利は固かったからなぁ。」
男は続ける。
「ここで大将首の一つでも獲れば、一生遊んで暮らせるだけの報償金が貰える…そこまで話した時、そいつが糞真面目な顔でこう言った。」
「なあ…なんにも聞かずに家にけーれ。」
「はあ~?なんだそりゃ?」
「ちゃんと聞いとったか?俺らは西軍やぞ。」
「勝ち戦をなんでやめんとかん?」
三人が口々に言った。
「そりゃなんにも聞かずにけーるのは、無茶ってもんだ。」
「今、けぇって逃げたってことになりゃあ、俺らの命が無ぇ。」
しぶしぶ男は話し始めた。
「俺は東軍のある大名に仕えて間者のようなことをしとるんや。」
「関ヶ原の戦では西の大名の隊がいくつも寝返る。」
「それも、一つ、二つやない。」
「藤堂高虎に内通しとる脇坂、小川、朽木、赤座、そして…俺の主君、黒田長政様と内通しとる、小早川秀秋。」
「!!!」
「おんしら大谷吉継の隊は一溜りも無ぇ。」
「馴染みのおんしらやで教えるんやで、ぜってぇに他言無用で頼むぜ。」
そいつが去った後、しばらく男達は考えた。
そして、念のため本陣に顔を出して、いざ戦が始まったらこっそりと逃げることにした。
戦が始まると、予定通り三人組は逃げ出した。
遠くで大谷隊の阿鼻叫喚の声が聞こえる。
残党狩りが始まる前に、少しでも合戦場から離れようと、走り続けて三人組は山童の家の前まで来た。
通り過ぎようとした時に、口髭の男が口に出した。
「おい。ここの奴も(戦に)来てたよなぁ?」
「てぇことは、間違ぇなく死んでるよなぁ?」
鉢巻きを締めた奴が言う。
「残ってるのは、女子供とじじいだけですぜ。」
ニヤリといやらしく笑い、口髭の男が言った。
「土産になんか貰って行こまい。」




