月夜の兎-11
「この剣は『破邪の剣』闇より産まれし者を闇へと返す道具だ。」
「…………………」
身じろぎ一つ出来ぬ山童その顔には無念の表情が浮かぶ。
鋼一は尚も続ける。
「おまえを斬ることは容易いが、このままでは腑に落ちん。」
「僕を襲った理由を聞かせてくれないか?」
「…何も話すことなどはない…斬れ…」
潔く敗けを認め、山童は静かに目を閉じる。
「…そうか…では、さらばだ。」
鋼一は、そう言うと剣の柄を握る両掌に力を込め、大上段から一気に斬り下げた。
この間、僅か十数秒の攻防であったが、美琴は息をするのも忘れ、唯々、目の前で繰り広げられる非現実な出来事を呆然と眺めていた。
壁に背を預け、パイプ椅子の脚を握り締めた掌がじっとりと汗ばんでいる事すら、他人事のように感じられるほど…
が、鋼一の振り下ろす破邪の剣が、大きく弧を描くその刹那、美琴はその驚くべき光景に反射的に声を上げた。
「ダメェッ!!」
思わず両手で目を塞ぎ絶叫する。
1秒…2秒…(時が止まったのでは無いか?)そう思える程の静寂が訪れた。
…5秒…6秒…美琴は、恐る恐る目を開けると、“ホッ”と安堵の溜め息をついた。
鋼一は既に剣を振り下ろし、残心を残している。
しかし…先程の攻防の時と同様に、その刀身は忽然と消え失せている。
代わりにそこには、山童の前に立ちはだかる、あの少女の姿があった。
その小さな両手をいっぱいに広げ、その大きな瞳には涙を浮かべ。
しかし強く。断固とした意思を持って、鋼一の両目を射るように見据えている。
人だとか化け物だとか、そんなことは関係ない。
美琴はかつてこれ程美しいモノを見たことが無かった。
恐ろしい化け物と、それを斬ろうとする、阿修羅の形相の漢。
そして…その間を分かつように、我が身を投げ出し立ちはだかる可憐な少女。
その光景は、まるで一枚の宗教画の様に神々しく。
美しく。
美琴の心を激しく撃った。
「…小夜…」
山童は少女をそう呼んだ。
「人では無いが…人の心が在る…」
鋼一は、そう呟くとゆっくりと立ち上がった。
「この娘は、おまえが造ったのか?」
鋼一はそう山童に問いかける。
「…………………」
「何故こんなことになっている?」
山童は観念して口を開いた。
「…分かった…話そう…」
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大きく開かれた診察室の窓際に鋼一と美琴は佇んでいた。
夜風に吹かれたカーテンが大きく膨らんでは揺れる。
雲一つ無い夜空に、月齢14の月が美しくその姿を浮かべている。
「まるで月夜の兎ね…」
ポツリと美琴が言った。
「…ああ…しばらく臨時休業かな?」
襟足をつまみながら鋼一は呟いた。




