月夜の兎-10
先に口を開いたのは山童の方だった。
「噂通り…いや…それ以上だ。」
「なんだと?」
山童の言葉に虚を突かれた訳ではないが、鋼一は少し動揺した。
山童の後ろで立ち尽くしている少女をチラリと見る。
(おかしい…)
山童は尚も続ける。
「…そのちっぽけな針のみで、それだけの妖力がだせるとは…到底人がなせる技では無い…が!」
疾い!山童はその巨躯に見合わぬ跳躍力で三間の間合いを一瞬にして詰めると、鋼一の頭上目掛け巨大な左手の爪を振り下ろしてきた。
「ギイ~ン!」
と、不協和音が鳴り響く。
鋼一は太刀の鍔本で爪を受けると、
(それで?)
と言うように不適な笑みを口元に浮かべた。
体格差を思慮れば、質量保存の法則から見ても、華奢に見える鋼一が、これ程巨大な爪を受け止めることなど不可能だ。
なにか超常の力が働いているとしか、思えない。
「ぬんっ!」
畳み掛けるように、山童の右手の爪が空いた左胴を襲う。
と、同時に鋼一の太刀の刀身が、柄を残し音もなく消えた。
掴んでいた筈の刀が突如消え失せ、山童はバランスを崩す。
鋼一は最小限の摺り足で後ろに退き、右手の追撃を紙一重で凌ぐ。
右手の爪は虚しく空を裂き、山童は慌てて体勢を整えながら、右肩越しに鋼一の姿を追う。
(消えた?)
そう思える程の素早さで、すでに鋼一は山童の背後右の死角に滑り込んでいた。
腰を落とし、両掌を山童の右脇腹に叩き込む!
“ズンッ”と、地響きのような音と共に強烈な掌打が炸裂する。
「ぐはあっ!」
200kgは優に越えよう、その巨躯が弓なりに折れ曲がり弾け飛んだ。
診察室のベッドと共に壁に叩きつけられて、山童はよろよろと起き上がったが、既に足元は覚束なくなっている。
「なんという力だ…しかし、なんとしても貴様を殺さねば…」
「なんだと?どういうことだ?」
「問答無用!!」
気を吐き、再び跳躍する山童。だが…既に先程迄の勢いは無い。
鋼一は避ける所作も行わず、その場で左足を半歩退き、半身に構えるとそのまま右手だけを』
突き出し、掌を広げた。
5本の指先から青白い煙の様なものが放射状に立ち上ぼり、瞬く間に蜘蛛の巣を連想させる形状に変化する。
鋼一が開いた指を“グッ”と、握り締めると同時に『蜘蛛の巣』は、まるで意思でも在るかのように山童目掛け覆い被さって行く。
「おのれ…ぐはっ、」
恨めしそうに、鋼一を見つめる血走った目には、悔しさが滲み出ているが、もうどうすることも出来ない。
虚しく床に横たわるだけだ。
鋼一はゆっくりと山童に近づくと再び『光の剣』を現出し、ゆっくりと上段に構えた。




