月夜の兎-1
「どうしてこう、だらしないのかしら。」
神乃美琴は見事にくびれたそのウエストに両手を当てると、呆れて物も言えないと、いった様子で、口を尖らせて押し黙ってしまった。
やがて、大きく溜め息を一つ付くと、それをきっかけに、“やれやれ”と、いった様子で、目の前に散乱したビールの空き缶やら、コンビニ弁当の食べさしやら、お湯を注いだまま忘れ去られたのであろう…見事に膨れ上がったカップラーメンの中身やらを、憮然とした表情で片付け始めた。
しばらくして、ソファーに転がる粗大ゴミ…に、見えないこともない、白衣を着たまま熟睡中の男がモゾモゾと、目を覚まし始めると、美琴は声のトーンを上げ、聞こえよがしにこう言った。
「あ~あ。もうお昼だってのに。いつまでも寝てるとお尻にカビが生えちゃっても知りませんよ!」
「…んん…」
白衣の男=妖守鋼一は狭いソファーの上で器用に寝返りをうつと、美琴に背を向けたままの格好でこう呟いた。
「夕べ遅くまで仕事しててさ…それで…いつの間にか寝ちゃってた…みたいな?」
「あのね。先生。別に今日に限った訳じゃありませんよ?三日に一度はこうじゃないですか。もういい歳なんだから、そろそろ奥さんとかもらったらどうですか?」
うっすらと汗の滲む額に張り付いた前髪を掻き上げながら、美琴は、まるで子供を諭すような口調で言った。
「…うん…でも、面倒臭いし…それに、きみが居るから別にいいや。」
相変わらず背を向けたままの姿勢で鋼一はサラリと言ってのける。
勿論この場合の「きみが居るから」は、あくまでも“身の回りの世話を焼いてくれる几帳面な事務員である美琴”のことであって、決して深い意味などは含まれていない。
しかし、背を向けたまま、どんな顔をして喋っているのかも分からない鋼一の真意を知る術はなく、聞きようによっては意味深にも受け取れるその台詞は、この優男に微かな恋心を抱いている美琴の頬を紅潮させるのに充分だった。
「そっ、そりゃあ…私くらいデキる女は滅多に居やしませんよ?でっ…でもね、私は便利屋でも家政婦でもありませんから!」
美琴は動揺しつつも、それを気取られまいと、あくまでも平静を装いながら散乱したテーブルの上をせわしく片付け続けた。
「……………」
数秒の沈黙の後、鋼一は観念したような面持ちでゆっくりと起き上がり、ソファーに座り直すと、神妙な口調で言った。
「そうだね…ごめん。あんまりきみがよくしてくれるもんだから、甘えすぎてたのかも知れないな。これからはもっと気を付けるよ。」
計算づくなのか偶然なのか…襟足の寝癖を摘まんで直しながら、鋼一はいかにも申し訳なさそうにうつむいている。
この時点で勝負はついていた。
「まっ…まあ、分かってもらえればいいわよ。別に私だって、そんなに忙しい訳じゃないから、時々掃除するくらいなら…」
(ピンポーン)
試合終了のゴングの代わりに鳴り響いたのは、インターホンのチャイムだった。