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華の子 外典  作者: 烏合衆国
常夏叶織編
7/11

よかったね皆




     ♢




 叶織(ハ オリ)理知佳(リチカ)と、軽音楽部の活動場所である講義室Aに向かっている。

 ことの発端は、理知佳の提案だった。「はおりん、みゆちゃん冷やかしに行かない?」「行かない」「筒井くんに会いに、レッツゴー」。そんな感じの流れで、二人は廊下を歩いている。

「そもそも、勝手に遊びにいくの? 活動中でしょ」

「んー、大丈夫!」どこから来ているのか不明な、というか最初からないのであろう自信たっぷりに彼女は返す。「追い返されたら、一緒に帰ろ」

 ちなみに二人は麻依(アサイ )を仲介として知り合った。理知佳は駅伝部と、麻依の所属する陸上部を兼部している。叶織と麻依の繋がりは言わずもがなである。

「失礼しまーす」

 理知佳は躊躇なく目的地の部屋のドアを開けた。演奏の音が外に漏れるかもと叶織は危惧するが、聞こえてきたのは話し声のみ。

「あ、りっちー、叶織ちゃん」

 御唯綺(ミユキ)は来訪者に気づき声を上げる。その言葉に眞緒(マオ)維墨(イ ズミ)が顔を上げ、二人の顔を捕捉する。

「おう、叶織じゃん」「叶織さんに理知佳さん。二人って仲いいんだね」

「やっほー(マキ)くん」彼女は維墨とも顔見知りのようである。言いながら、長机を回って御唯綺の隣の椅子に座った。叶織は眞緒の左後ろに立っていることにしたが彼に席を勧められたので腰を下ろす。

 その一方で、その場にいるもう二人――男子一人と女子一人――は、来訪したどちらとも知り合いでなく、訝しげに二人の女子生徒に視線を遣る。

 と、そこへ。

「なおみゆ、どう? まとまった?」

 先輩らしき小柄な女子がやって来た。その先輩は途中で足を止めると、首を傾げて、

「あれ、なんか人多くない? ――新入部員か! ようこそ!」

「違います、見学でーす」理知佳が手を挙げて言い、叶織は軽く頭を下げた。「というかみゆちゃん、なおみゆって呼ばれてるの!? 可愛い!」

「そうでしょ可愛かろ!?」先輩は目を輝かせた。「見学が二人。そうだ、自己紹介しようか。私は一瀬(イチノセ)(ヒトミ)。二年生。軽音部部長」

茉原(マツバラ)でーす」「常夏(トコナツ)です」

 二人はそれぞれ名乗る。叶織は、イチノセヒトミという名前に聞き憶えがあった――(サトル)が言っていたのだ。軽音楽部にいる()()。……今のところ、あまりそうは思えないが。

「それでなおみゆ、どう?」

 瞳は話を進める。御唯綺は、「えっと、まだあまり案が出ていなくて」と答えた。

「何の案?」理知佳が机の上の紙を覗く。「あー、バンド名ね」

「バンド名が決まれば結束力が高まる! これはビッグデータとカントと私の感想に基づく、まあアイスブレイキングかな」

「小市民的ですね」言いながら叶織は理知佳に続いて紙を見た。『クルクルスパークル』。『ラルラルスパイラル』。『GO! 茶碗蒸』。『GO! 河童巻』。

「…………」

「…………」

 叶織と理知佳は、特に言えることがなく黙る。とりあえすアイスはブレイクできていないことは分かった。

「煮詰まってるねー。こういう時は()()()()を呼ぼう! がつらくー」

 瞳がそう声を上げる。すると、新たな女子の先輩が彼女たちのところへ来た。

「ん」

 肩くらいまでの髪をセンターで左右に振り分けていて、顎マスクが特徴的だ。

「決めたげて」

「やだ」彼女は髪に手櫛を入れながら答える。

「可愛い後輩たちのためなんだよ! あ、二人、こいつは月楽(がつらく)。よろしく」瞳は叶織たちにそう紹介した。月楽はそれでようやく部員でない二人の存在に気づく。「じゃあ好きな数字言って!」

「√5」

「はい決定~。よかったね皆」

 バンド名が決まった。らしい。

「そんなあっさり……」叶織が言うと、

「大丈夫。私たちのバンドの『Eryngii』もがつらくの好きなキノコだから」

 何が大丈夫なのかはよく分からないが、瞳はそう返す。「あ、がつらくは戻っていいよ」

「ん」

 彼女は言われた通り去っていった。

「『√5』――いいかも」「決まりでいいんじゃね」「どう思う? 観下(ミオ)さん」「えっと、いい、と思う」「決まりだー」

「決まったんだ」理知佳は苦笑する。一方の叶織は、一瀬瞳という人間に興味が湧いた。




     ♢




 翌日。

 化学部の活動日であるため、叶織は観上(ミア)と共に化学室へ向かう。

「こんにちは」叶織は戸を開ける。

「あ、常夏ちゃん」

 そう返すのは、聡でも蜜祢(ミツネ )でもない。二人共室内にいるが、声の主は――

「……一瀬先輩」

「がつらく先輩もいるよ!」瞳は隣に座る月楽と肩を組む。観上は知らない人間が二人もいるので入室を躊躇した。「大丈夫、悪い人たちではないから」叶織が観上を振り向いていった。観上はその言葉を信じてとりあえず部屋の中に入る。

 ただ、今日は化学部の活動日である訳で。

()切って5! がつらくスキップ!」

「Jバック」

「10捨て!」

「8切り、4止め、あがり」

「またがつらくが大富豪!?」

 トランプで遊ぶ時間ではないはずである。

「二人もやる? 大富豪」

 聡が訊いた。叶織は部屋を見渡すが関屋(セキヤ)先生はいなかった。準備室にいるのだろうか、この状態の化学室を放置して。

「叶織、大富豪って、何ですか?」隣の観上がそう言った。

「おっと、知らないなら違うゲームにしようか。また叶織ちゃんにやられちゃあ敵わないからね」

 聡が言う。この間の、人狼ゲームの話だろうが――そもそもなぜ何かのゲームをやることは確定しているのか。

「じゃあ七並べは分かる? 観上ちゃん」

「あ、それは分かります」

 観上は返す。「きょうだいでやったことがあります」

「二人でやるゲームじゃないと思うけど。まあいいや、カード配るね」聡は場のカードを集めてシャッフルを始める。「ジョーカーは一枚。全部で五十三枚だから、ビギナーズラックで観上ちゃん八枚、他は九枚ね」

 8+9×5=53。やはり叶織も勘定に入っているようだ。

「7をいちばん多く持ってた人から時計回りね。複数の時はじゃんけんで勝った人から」

 聡は配りながら、細則を口頭で確認していく。

「ジョーカー出たらそこのカードを持ってる人がすぐ置くこと。それであがるのはアリ」

 カードを配り終えた。

「パスは三回まで! そんな感じで開始!」

 六人は手札を一斉に見た。聡が、「あ、♤の7!」と言って一枚机に置く。

 そして残りの7は。

「あ、私です」

 観上が、三枚出す。

「聡ちゃん下手っぴ」蜜祢が言い。

 観上から時計回りに、聡、蜜祢、月楽、瞳、叶織という順での七並べが始まる。



「♤8」(観上・残五)

「♢8」(聡 ・残七)

「♡8」(蜜祢・残八)

「♡6」(月楽・残八)

「あ、がつらく空気読めないんだー!

 ♢6」(瞳 ・残八)

「♧10」(叶織・残八)


「パス」(観上・残五・パス残二)

「♡9」(聡 ・残六)

「♢9」(蜜祢・残七)

「♤9」(月楽・残七)

「あ、がつらく真似っこしてるー!

 ♢5」(瞳 ・残七)

「♡10」(叶織・残七)


「パス」(観上・残四・パス残一)

「♧6」(聡 ・残五)

「♧6」(蜜祢・残六)

「パス」(月楽・残七・パス残二)

「わーい、がつらくパスー!

 パス」(瞳 ・残七・パス残二)

「♤5」(叶織・残六)


「パス」(観上・残四・パス残0)

「観上ちゃんもうパスできないからね。

 ♢10」(聡 ・残四)

「パス」(蜜祢・残六・パス残二)

「♡5」(月楽・残六)

「がつらく止めてないよね?

 パス」(瞳 ・残七・パス残一)

「♧5」(叶織・残五)


「♢J」(観上・残三)

「♤4」(聡 ・残三)

「♡4」(蜜祢・残五)

「♢4」(月楽・残五)

「きた!

 ♢Q」(瞳 ・残六)

「パス」(叶織・残五・パス残二)


「♢3」(観上・残二)

「♡J」(聡 ・残二)

「パス」(蜜祢・残五・パス残一)

「♤10」(月楽・残四)

「よし!

 ♡Q」(瞳 ・残五)

「♢2」(叶織・残四)


「♡K」(観上・残一)

「観上ちゃん、ウノって言ってない! ……冗談だよ叶織ちゃん怒んないで。

 ♤3」(聡 ・残一)

「♢K」(蜜祢・残四)

「♤J」(月楽・残三)

「やた!

 ♤Q」(瞳 ・残四)

「♤K」(叶織・残三)


「出せません」(観上・失格・手札の♧2は場に)

「あがり!

 ♡3」(聡 ・残0・一位)

「♧4」(蜜祢・残三)

「♢A」(月楽・残二)

「止めてたの蜜祢先輩か!

 ♧3」(瞳 ・残三)

「♤2」(叶織・残二)


「ありがと叶織ちゃん。

 ♤A」(蜜祢・残二)

「♧A」(月楽・残一)

「仕方ない!

 ♧9の位置にジョーカー」(瞳 ・残二)

「あがり。

 ♧9」(月楽・残0・二位)

「♧10」(叶織・残一)


「♧J」(蜜祢・残一)

「がつらくめ!

 ♧Q」(瞳 ・残一)

「あがりです。

 ♡2」(叶織・残0・三位)


「ありがと叶織ちゃん。

 ♡A」(蜜祢・残0・四位)

「あがりだ! でも最後だ!

 ♧K」(瞳 ・残0・五位)


 こうして決着がついた。

「……一瀬先輩、(クイーン)四枚持ってませんでした?」

「聡ちゃん下手っぴ」




     ♢




「それで、お二人はどうして化学室に?」

 最下位のため片づけを命じられた観上を手伝いながら、叶織は尋ねた。

「なんでだろうね、なんでだっけね、がつらく?」瞳は歌うように月楽に訊くが彼女はそれを無視する。「仕方ないなあ。あのね、がつらくは次の生徒会役員選挙で副会長の座を狙ってるんだよ」

「そうなんですか」要は、観上と同じだ。現職にいろいろ話を聞きにきたのだろう。

「なんで副会長の座を狙ってるかっていうと、青塚(アオヅカ)とかいう現副生徒会長・バスケ部・成績優秀・スポーツ万能のコテコテに定番(ベタ)な奴がいるんだけど、がつらくはそいつに首ったけなの」

 と瞳が言い終える前に、月楽は彼女の首に手をかけ力を込めた。よく見るといつもの顎マスクを上げてふつうに着用している。

「ちなみにがつらくは感情がすぐ顔に出るからこうしてマスクを常備してるの」

 瞳は余裕の表情で月楽のマスクをぺろりとめくった。彼女の紅潮した顔が露わになり――

 月楽は、瞳の顎にフックを決めた。瞳は机に突っ伏し、動かなくなる。

「……えっと、私も選挙に出るので、お互いがんばりましょう」

 観上が恐る恐る月楽に言った。彼女は、「――ん」とだけ返し、「失礼しました」と瞳を引きずって化学室を出ていった。

「叶織ちゃん、あの子が軽音部にいる天才――」

桐嶋(キリシマ)先輩みたいな人ですね」 

 叶織は言った。聡は首を傾げ、「わたし褒められてるのかな?」と隣の蜜祢に訊いた。

「ベタ褒めだと思うよ」

「やったね」


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