言われてみればそうだね
♢
一年B組では、伴奏者と指揮者を誰にするか決めているところだ。
「まおまお、軽音部なんだからピアノくらい弾けないのか」
「逆に軽音部だからピアノが弾けないんだよ」眞緒はひねくれたことを言った。
「御唯綺はキーボード担当でしょう」叶織は適当な眞緒の発言にツッコむ。「というか鹿山くん、その『まおまお』って」
「眞緒のこと」
「オレのこと」
「それはそう」
叶織は返す。「えっと、新しい渾名ってこと?」
「そ。叶織もほしい?」
「別に特にはいらない」
「遥樹だったら『はるはる』」眞緒は話を聞いているのかいないのか、そう続ける。「叶織だったら『はおはお』か。いいじゃん」
「眞緒、ぼくは?」眞緒の隣の席の維墨が話に参加してきた。どうやらずっと聞き耳を立てていたらしい。
「うーん……『いずいず』も『ずみずみ』も言いにくいな」
「『まきまき』だろ。ここは」遥樹が言った。どうやら彼はこの渾名大会に乗り気のようである。というか、『まおまお』は彼が考えたのかも知れない。「ただ、『まおまお』。『はおはお』。『まきまき』。この様式だと、皆似たり寄ったりになるんだよな」
「叶織さんと眞緒とかそっくりだよね。五十音表でも隣だし」
「ん? あー、確かに」「言われてみればそうだね」
「その筒井の辺り。立候補や推薦なら挙手して発言してください」
前に出ていた観上が言う。彼女は合唱祭委員で、この時間をもう一人の委員と共に仕切っていた。
眞緒は名指しされて、前を向く。
「あー、ごめんみあみあ」
そして、そう言い放った。教室が一瞬静かになった後――笑いと拍手が湧き起こる。どうやら一同のお気に召したようである。唯一、観上だけは嫌そうな顔をしているが。
「みあみあ、指揮者は鹿山くんがいいと思います! 身長的に」
雛が挙手して言った。早速、便乗されたようである。
「みあみあ」「みあみあー」「みあみあ!」
「他に候補はいませんか? では鹿山くんがいいと思う人は挙手を」
無限に連鎖が続きそうだったのを、観上が強引に打ち切って決を採る。
B組の一同は――揃って手を挙げた。当然、眞緒と叶織も。
「では鹿山くんで決定とします」観上の言葉に、再び拍手が起こる。「では伴奏者は――」
そうして話し合いは続く。
♢
「なあ、はおはお」
「ちょっと待って筒井、その『はおはお』ってなに?」
昼休み。B組、というか叶織のところに麻依が来ていた。眞緒の使用した単語に彼女は反応する。
「叶織のこと」
「私のこと」
「それはそう」
麻依は返す。「えっと、新しい渾名ってこと?」
「そ。笛崎もほしい?」
「全く微塵もいらない」
「でも難しいな、どこを取ろう」眞緒は話を聞かずに続ける。「候補としては――
①ふえふえ
②えさえさ
③さきさき
④きあきあ
⑤あさあさ
⑥さいさい
⑦いふいふ
って感じか」
「全部変だろ」麻依は顔を顰めて言う。「というか『はおはお』も変でしょ。ねえはおりんりん?」
「はおりんりんは変じゃねえのかよ!」
「はおりんりんははおりんりんだもん」
「別に私は何て呼ばれても構わないよ」
三人がめいめい、意見を述べる。そこへ、観上がやって来た。
「お、みあみあ」
「観上にまで変な渾名つけてるの?」
「さっきつけた」
「……筒井。二度とその渾名で私を呼ばないでください」観上は眞緒を睨みながら言う。「叶織。少しいいですか」そしてそう言って、叶織を連れていった。
「麻依さんの渾名決めたところで、眞緒は呼ばないでしょ?」
ずっと聞き耳を立てていた維墨が叶織に代わって話を進める。
眞緒は正直に、「まー呼ばねえな」と答える。
「じゃあ誰が呼ぶ想定だった訳?」「叶織?」「それは望まない」「遥樹?」「なんかヤダ」「我儘だな」
「需要がないトコに供給しても意味ないんだよ」麻依は言う。「『みあみあ』は多少ありそうだけど。あれ、あの子、選挙出るとか何とかって言ってたよね?」
眞緒は「知らない」と首を横に振り、
維墨は「そうだよ」と首を縦に振る。
「なんでそんな仲よくないのに渾名考えたの?」
「みあみあがほしいって――」
「言ってません」観上が帰ってきて、眞緒の言葉にそう被せて言う。「あと、二度と呼ぶなと言ったのですが」
「今のは呼んだんじゃなくて、声に出しただけ――」
「二度と」彼女は厳しい口調で言う。「その渾名を声に出さないでください」そうして、自分の席に戻った。
「喧嘩しないの、まおまお」叶織が戻ってきて言った。「……うん、やっぱり変だね。眞緒でいいや」
「オレもそう思う」「あたしもそう思う」
ここに来て、三人の意見が合致する。
「みあみあーッ! 調子どうだい」B組の教室に――雛と連れ立って、まほろが来た。来訪というより、襲来に近い。観上は――キッと、眞緒を睨んだ。
「え、オレなの?」
「そうだよ」麻依は言い、
「そうだね」叶織は言う。
この渾名は、結局卒業まで、一部の女子に限られるとはいえ使い続けられた。その名を聞く度に観上は苦い顔をしたが、眞緒はすぐ、そんな渾名を忘れた。