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華の子 外典  作者: 烏合衆国
常夏叶織編
4/11

別腹っていっぱいになるの!?




     ♢




「ハッピバースデイ・トゥ・ユー、ハッピバースデイ・トゥ・ユー」

 五月の大型(ゴールデン)連休(ウィーク)明け。叶織(ハ オリ)が合唱祭の集まりに出てから化学室に向かっていると、そんな歌声が廊下に漏れていた。ひとまず扉の前まで彼女は歩いていく。

「ハッピバースデイ・親愛な(ディアディア)るわた(ディアディア)しの大(ディアディア)好きな(ディアディア)叶織ち(ディアディア)ゃんの(ディアディア)大好き(ディアディア)な天使(ディアディア)観上(ミア)ちゃーん」

「長いですよ」

 思わずツッコみながら叶織は入室する。

「ハッピバースデイ・トゥ・ユー。ハッピバースデイ……あ、叶織ちゃん遅いよ」

 室内にいたのは、エプロンと三角巾姿の(サトル)。ケーキを食べている観上。ケーキを食べている関屋(セキヤ )先生の計三人。

 そしてホールケーキが、八分の一切れが二つ取られているものと、聡が今まさに作っているもの、計二つ。

 先程の歌を要約すれば、『ハッピーバースデイ・ディア・観上』。どうやら誕生日会をしているようである。「観上、今日誕生日なの?」叶織はケーキを作っている先輩を無視(スキップ)してケーキを食している友人に尋ねる。

 観上はこくりと口の中のものを飲み込むと、

「ええと、五月の二日なのですが、今日私がここに来た時には既に準備が始まっていまして。それで――」

「叶織ちゃんもどうぞ!」聡が話に割り込んできて、八分の一切れを叶織が座るであろう席の前に提供した。イチゴのショートケーキ。

「……この場で作ったってことですか?」

 彼女は観念して席に座り訊く。観上の隣の椅子だ。

「厳密には()()()()、だね」生クリームを絞りながら聡は訂正する。クリームが茶色いためチョコレートケーキだろうか。「そして()()()()()()考征(タカユキ)センセー、チョコ食べます? それともイチゴもう一切れ?」

 見ると、関屋先生はもう皿を空けていた。「チョコをくれ」彼が言うと、聡は作り立てのホールケーキを八つに分け、そのうちのひとつを新しい皿に乗せて彼に渡した。

「まあ、お誕生日おめでとう、観上」まずそう言って、叶織はケーキを一口食べてみた。「あ、美味し……」そこまで言って、彼女は口を手で押さえる。

 しかしもう遅い。調子に乗った聡が、ゆらゆらと揺れながら、しかし目はずっと叶織を捉えて、彼女のほうへ近づいてきた。「叶織ちゃんにも甘いものが好きという可愛い一面があるじゃんね? よおしよし、むぞかむぞかー。ゾー(so)ズュース(süß)」聡は無理やり叶織の膝に乗って彼女の頭を撫でる。叶織はされるがままになりながらもう一口ケーキを食べた。うーん、美味しい。体温計を割ったり校内を掃除させたり突然人狼ゲームを始めたりと、よく言えば天衣無縫、悪く言えば軽挙妄動、とてもこの学校の生徒会長を務めている人間とは思えない行動ばかり見てきたが、料理が上手というフツウというかブナンというか、真っ当な側面を見せつけられ、叶織としては複雑である。まあケーキを作る前後には奇行を見たので差し(プラス)引き(マイナス)ゼロか。

「じゃあここでプレゼントターイム。考征センセーからどうぞ」

 叶織の膝に座ったまま、聡はそう宣言した?

「ない」

 一方の関屋先生はそう端的に答える。

「えー?」

「教師がいち生徒にそうそう贈りものできる訳がないだろ」

(ホマレ)センセーにはよくあげてるのに――」

「おい」

 聡の言葉に、関屋先生は鋭く言う。叶織と観上はその名を聞いてもピンと来なかったようで、ホマレ先生? と首を傾げる。入学したばかりの二人に、まだ養護教諭の名前は馴染みが薄い。

「仕方ないな、じゃあ叶織ちゃんどうぞ」

「……えっと」

 聡の視線は叶織に移る。しかし、

「私は、今日が誕生日(そう)だと知ったのはついさっきなので用意してないです。……ごめんね観上」

「いえいえ」観上は答える。「祝ってくれるだけで嬉しいですよ」

「二人共だらしない。やれやれ、わたしの番かね」

 聡は立ち上がって机の下に潜る。そして取り出したのは。

「じゃーん! お誕生日おめでとー!」

 全国チェーンのドーナツ屋の箱である。

「?」観上は首を傾げながらそれを受け取る。「ありがとうございます。開けていいですか」

「勿論いいよ〜」

 観上は箱を開け、叶織は横からそれを覗く。

 中に入っていたのは――当然といえば当然だが、ドーナツ、である。いろいろな種類のものが計八個。

「…………」

「…………」

 叶織と観上は顔を見合わせた。

「あれ? 何とも言えない反応集」聡は言う。「あ! もしかして好きじゃなかった!?」

「そういう訳ではなくて……」観上は答える。「このオールドファッションなどは特に好んで食べますが、その、先程ケーキを頂いたので」

「ドーナツは別腹だよね! ちなみに私はストロベリーカスタードフレンチが好きだよ!」

「別腹がケーキで埋まってるから困ってるんだろ」

 チョコレートケーキも食べ終わった関屋先生が口を挟んだ。

「別腹っていっぱいになるの!?」

 聡の叫び声が廊下に響いた。なんて台詞を響かせているのだと叶織は呆れる。「じゃあ、観下(ミオ)ちゃんと分けなよ」聡はすぐに気を取り直して言った。

「観下ちゃんっていうと――観上のきょうだいだよね。双子の」

「はい。でも……」

 なぜ知っているのか、という目では聡を見るが口には出さない観上。観下は、観上の双子のきょうだいであり、同じく華園(ハナゾノ)高校に通っている。叶織はまだ数回しか会ったことがないが、観上とよく似ている。そして双子ということは観上と観下は誕生日が同じである。

「……ありがとうございます」観上は疑問を飲み込んで言い、頭を下げた。

「喜んでくれてよかった! じゃあ最後に写真撮ろ! 記念写真。ねえセンセー……」聡が関屋先生の席を見ると、

 彼は既にいなくなっていた。机の上のケーキは一切れずつなくなっている。

「まあ三人で撮ろっか! はい(Say)チーズ(cheese)!」

 この人はどこまでも自由なのだと叶織はようやく観念する。話が通じるようでどこかズレているし、論理を通す気が最初からないような語り口。彼女との部活動は楽しみでないことはないが、それよりも今は先が思い遣られる感が勝っている。


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