ちゃんちゃちゃーんちゃーんちゃーんちゃーん
♢
「ちゃんちゃちゃーんちゃーんちゃーんちゃーん。ハッピバースデイ・はおりんりん~、ハッピバースデイ・はおりんりん~、ハッピバースデイ・ラブ・はおりんりん~。ハッピバースデイ・はおりんりん~」
麻依の歌が終わる。
「ありがとう」
叶織は膝の上の麻依に言う。
「という訳でプレゼントはこちら」
「俺からも、プレゼント――あ?」
麻依が取り出したのは、ネコのぬいぐるみのストラップ。
眞緒が取り出したのは、ネコのぬいぐるみのストラップ。
同じ商品、ネコの種類まで同じだ。
二匹のスコティッシュフォールド。
「はおりんりんはあたしのを受け取るよね!?」
「オレのほうが先に選んでた! 先週木曜!」
「どっちももらうから。ありがとう」叶織は二つとも受け取り、リュックの両側に着ける。
「おはよう。お、常夏誕生日か」遥樹が登校してきて言った。「おめでとう。プレゼントはないけど」
「お気遣いありがとう」
叶織は返しながら、この場には関係ないことを考える。いや、厳密には無関係ということはない、なぜなら話題は彼女の誕生日から逸れていないから。何を考えていたのかといえば――聡のことである。
観上の誕生日パーティを化学室で開いたことは記憶に新しいが、前回は観上にも、というか叶織にも通達なく完全にサプライズだった。しかし今回は、事前に連絡があったのだ。なぜ誕生日を知られているのかは分からないが、パーティを開くと。
屋上で。
「はおりん! はぴばっ!」
「おめでとう、叶織ちゃん」
理知佳と御唯綺がA組の教室に飛び込んできた。「麻ちゃんいないなと思ったら、はおりんの生誕祭が催されてるというじゃない」理知佳は叶織の後ろに回って彼女の肩を揉む。「やっほー」御唯綺は眞緒に挨拶する。「何かプレゼントあげたの?」
「それが、笛崎にパクられた」
「パクったのはお前だから!」
「仲がいいことだね」理知佳は笑う。「ところではおりん、今日は部活ある? よかったらどこかでパーティでも」
「ごめん、あるんだ」叶織は肩に置かれている理知佳の右手を取って言った。まあ化学部の活動をするのかといわれると分からないが、所属する部活動の部長から集合の号令がかかっているのは事実である。
「じゃあ食堂でやろ。ねえ筒井くん」
「お、それなら貸し切ってくる!」「何言ってんの」言いながら、眞緒と麻依の二人は食堂に駆けていった。
「行っちゃった……」
御唯綺は呟く。
叶織は見送りながら、こうして素直に誕生日を祝ってくれる者がいることは、単純に嬉しいことだと思った。
♢
そしてこちらは、素直ではないほう。
素直でないというか、特殊というか。
放課後の華園高校、立入禁止の屋上。
流石に許可は取っているだろうと思って、叶織は観上と共に階段を上がる。
「これ、プレゼントです。私の誕生日の時にもらったので、お返しに。あの、桐嶋先輩と会った後だと渡す機会を逸してしまう気がして」
途中、観上は手提げバッグから小包を取り出した。「ありがとう。確かにね」叶織は受け取る。「開けてもいい?」
「はい――」
かさかさと、丁寧に包み紙をめくっていく。中に入っていたのは、おしゃれなペンケースであった。
「その、この間、買い換えようかと言っていたので。もしもう自分で買ったというなら、えっと――」
「いや、ありがとう。そろそろチェックしようと思い始めてたところだから、丁度よかったよ」叶織は笑って言う。
「……それは、よかったです」
その言葉に、観上は含羞んだ。
二人はそのまま、並んで屋上に繋がるドアに辿りつく。ドアの向こうに、聡が待っているはずだ。蜜祢が来るかどうかは聞いていない。しかしそれにしても――妙に、がやがやしているような。
叶織はとりあえずドアを開ける。「先ぱ――」
屋上には。
少なくとも三十人はいるだろうか、今現れた叶織たちに気づいていないほど込み合っている。
そして風通しが良いながら、焦げ臭い匂いが充満している。
「…………」
「…………」
彼女たちは入口で立ち尽くす。そこに、
「あ、常夏ちゃん! 待ってたよ!」
ぴょんぴょん跳んで二人の元にやって来たのは――軽音楽部部長、瞳であった。「いよっ、本日の主役! あんたが大将!」
「……何ですかこれは」叶織はこめかみを押さえながら言う。「というか、何持ってるんですか」
瞳は右手に紙皿を、左手に割箸を持っていた。そして何も乗っていない皿を持っている訳ではなく。
「お肉だけど」
そう、お肉である。
屋上で行われていたのは、バーベキューパーティーだった。
「聡先輩から何も言われてないの?」
「屋上集合とだけ」
叶織は辺りを見渡す。
「その先輩は、どこにいるんですか?」
「確か、買い出し行ったよ」
「買い出し……」
「お肉&お野菜、追加だよー!」
そこに。
扉を開け放ち、ようやく聡が現れた。
今度は一同も気づいたようで、めいめい追加の食材を受け取りに来る。
「順番ねー、お肉は取り過ぎないでね、今日の主役が――あ、叶織ちゃん! ようやく来たんだ」聡は叶織に気づくと、持っていた袋を近くの男子に渡し、彼女の手を取り引っ張っていく。「席があるからね。はい、じゃーん!」
じゃーんと言われたが、連れていかれた先にあったのは何の変哲もないパイプ椅子だった。まあ他の人は全員立っているかしゃがんでいることを考えると格が上ではある。
ちなみに蜜祢が座って肉を食べていた。
「もぐっ。あ、叶織ちゃん、座りたかったら私を倒してから座って。ぐっぱで」
「何を決められるんですか、それで」
蜜祢はけらけら笑いながら席から立った。
そして空いた椅子に、聡が座る。
「…………」
「わたしはまだ倒されてないよ」ふふんと彼女は不敵に笑む。「決着をつけようか。うらおもてで」
「観上、そろそろ帰ろう」
叶織はくるっと翻り、去っていこうとする。
「あっ、待って待って」聡はすぐに立ち上がり、テキパキと二つの皿に焼けた肉と野菜を持ってくる。「えへへ、これからもひとつご贔屓に」
ぺこぺこ頭を下げる聡から、二人は仕方なく皿を受け取った。
叶織はは肉を一口食べてみた。「あ、美味し……」そこまで言って、彼女は口を手で押さえる。
しかしもう遅い。調子に乗った聡が、ゆらゆらと揺れながら、しかし目はずっと叶織を捉えて、彼女のほうへ近づいてきた。「まだまだ成長期だもんね? お肉いっぱい食べて大きくなりなね? よおしよし」聡は無理やり叶織を座らせて膝に乗って彼女の頭を撫でる。叶織はされるがままになりながらもう一口肉を食べた。明らかに高い肉なのが分かる。しかも火の通り具合が絶妙だ。
「そのお肉はがつらくが焼いたやつだよ! 噛み締めてね」瞳が口を挟んだ。見ると、先ほど聡が取りに行った網を、顎マスクの月楽が仕切っている。「あ、でも邪魔しないであげてね。今、大好きな人のために肉を焼いてる最中だから――」その言葉が終わる前に。月楽がものすごい速さで瞳の背後に立ち、彼女の口に焼けたピーマン(丸ごと)を突っ込み、また網に戻っていった。
「ほら、そこにいるのが青塚」
ピーマンをがぬがぬ齧りながら、瞳は懲りずに少し離れたところにいる、誰かと会話中の男子を指差す。「おーい、アオヅカァ」そしてあまつさえ、彼を呼びつけた。
「なんだ一瀬」
「肉足りてる? がつらくが今焼いてるんだけど」
「お、もらうもらう。ありがとう月楽」
青塚は気楽に肉をもらいに行く。一方の月楽は彼が来ると分かった瞬間、顎マスクを本来の位置にかなぐり着けた。
他方、青塚と会話していた女子は、叶織のほうへまっすぐ向かってくる。先ほどは顔が見えなかったが、見た瞬間に誰だか分かった。
「叶織だっけ。誕生日おめでとう、陸上部入れ」
千紘の下の姉、千幸である。
彼女の誕生日パーティだと知っていて、この場に来たようである。
「ちゅっきー!」瞳は千幸に抱きつこうとするが、素早い手刀で千幸は瞳を倒した。「寄るな。一瀬が伝染る」
「超天才美少女ギタリスト一瀬が伝染るってそれは叙勲レベルでは?」
「百可に構ってもらえ」
瞳を物理的に踏みつけにする千幸。「さて、叶織――」
「ちゆちゃん、その子が例の?」
彼女の後ろから、新たな女子が現れる。今度は面識がなかったが――誰なのかはすぐに分かった。髪は長く、眼鏡をかけているが、明らかに千幸や千紘と似ている顔つき。彼女こそが、
「ちは。そ、こいつが」
「初めましてー。私は笠永千早。叶織ちゃん、陸上部入らない?」
千紘の上の姉である。見た目が天使、だったか。確かに荒削りな千幸に比べて、線が細く大人しくて、存在に透き通るような質感を覚える。
「んー、君はひょろいから駄目」
彼女は観上を向いて言った。しかしやはり、性格には難ありという感じである。というか千早もそれなりにひょろいと叶織はひそかに思う。
「あ、千早ちゃん。やほ」
そこに蜜祢がやって来る。
「やほー。叶織ちゃんもらっていい?」
「ダメ。聡ちゃんならあげるよ」
「要らない」即答だった。「まあ私の代はもう終わるから続きの交渉はちゆちゃんに任せようかな」言って千早は千幸の肩を叩く。「でも桐嶋先輩は私じゃ相手できないよ」千幸が言うと、
「私が引退ってことは――聡ちゃんも引退でしょ。勝負はそれから」
千早は言い。「会えてよかったよ、叶織ちゃん」振り返り、去っていった。
そう、三年生はもう部活を引退する。運動部は高総体が終わったら。文化部は文化祭で代替わりするところもあれば、年度の始まりにもう交代してしまうところもある。聡は恐らく文化祭で引退するつもりだろうが、あと三ヵ月もない。あっという間だ。化学部に二年生はいるかどうか分からないが、今まで一人も見たことがないためいるとしても全員幽霊部員だろう。そして観上。彼女が生徒会副生徒会長になれば、部活をやめることになる。つまりこのままでは――近い将来、化学部は叶織独りになる。
「常夏ちゃんはわたしが護る! 勝負だちゅっきー」
瞳はそう言ってくれる――いまだ千幸に踏まれながら。
しかし叶織は早いうちにこれからどうすればよいか、考える必要があるのだと強く思う。




