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夕日  作者: 永島大二朗
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裏目

 マウンテンバイクに乗って家を出た。昨日テレビでモトクロスを見て、ふと乗ってみたくなった。しかしマウンテンバイクしかなかった。それだけのことだ。すぐに路地へ入り、マンホールの蓋をジグザグに通り抜け、緑の土手に出た。階段の横には自転車用の通路が設けてあったが、それは坂の途中でくの字に曲がっていて、大きな自転車で乗ったまま登るのは困難だった。

 そこは昨日見たチャンピオンのテクニックのごとく、後輪をぴょんと一回跳ねれば楽に曲がれるのであった。跳ねることが出来れば。そこは悲しい素人の技。がたがた震えるハンドルを左右にバランスを取りながら、ブレーキを操作してゆっくり回るのが関の山だった。

 それでも何とか曲がりきると、後は土手の上まで登るだけ。ギアは既に一番軽い所にしてあったので、勢い良く登ることが出来た。押して歩いた方が早いと指摘する人がいなかったので満足だった。

 土手の上にあるサイクリングロードまで上がると、野球のグラウンドにはいつもより多くの人がいた。普段はガラ空きの向こう側のベンチに、見覚えのないユニフォームを着たチームがいた。こちら側のベンチには、首からカメラをぶら下げたマスターがいて、応援をしていた。マスターが時々氷やジュースを運んでいるのを見かけたので、こちら側のチームのサポーターなのだろう。

 昨日見たモトクロスチャンピオンの様に、ペダルに両足を乗せたまま静止しているのは無理だった。降りてフレームに腰掛け、野球のグラウンドを観察することにした。

 こちら側と同じ色のユニフォームを着た選手が、グラウンド上に沢山いたが、どうやら向こう側のチームが優勢である様だった。何の相談をしているのだろうか。一ヶ所に六人も集まっていた。いつも動きの良い背番号「9」は、その時無関心を装ってか、まったく動いていなかった。マークをする者さえいなかった。

 集まった人の中で、背番号「1」を付けた人がその番号通り一番疲れている様だった。肩を大きく上下に動かして、息も絶え絶えといった感じである。普段からいつも同じ場所にいて、他の選手と比較してもあまり走り回らないのにこの疲れよう。情けない。これはもう明らかに交代だろう。

 すると思った通り、背番号「11」を付けた真打が現れた。しかし、背番号「1」は意外にもベンチではなく、まだ元気な背番号「9」の所へ歩いて行った。

 背番号「9」は普段から良い動きをしていた。他の人の所へボールが出ると、先を読んでか、常にパスを受けやすい位置にダッシュで移動していた。なかなか体力がありそうだった。

 しかし今回は、肩で息をする背番号「1」が歩いて背番号「9」が陣取っていた場所に入り、背番号「9」が元気良く走ってベンチに戻って来た。休憩するには早いだろう。いや、もしかしたらトイレ休憩かもしれない。

 背番号「1」が芝生のない所にたどり着くと振り返った。その瞬間金属音がしてボールが背番号「5」の所に転がった。

 今日、背番号「5」は一人でその場所にいるが、普段はそこに背番号「13」と「27」がいて、スリートップ体制を採っていた。三人は監督から順番にパスを受けていた。

 背番号「5」は、いつも言われている通り、ボールの正面へ回り込むと両手で捕球した。そして相手選手のマークを振り切ってベースを踏んだ。体を捻ると、そのまま背番号「3」へ向かってボールパスをした。しかし、その瞬間相手選手とぶつかってパスコースが大きく反れた。ボールは、左手を大きく伸ばした背番号「3」に、かすりもせずに飛んで行った。

「フォロー」

 ボールがタッチライン割ったにも関わらず線審がプレイを止めないので、ベンチで休憩していた背番号「9」が叫んだ。自らはボールを取りに行かなかった。代わりに背番号「1」が慌ててボールを取りに行ったが、時既に遅しの感があった。

 向こうのベンチにいる人達が大喜びをしていた。しかし、グラウンドには同じユニフォームを着た選手はたった一人になっていた。

 素人目に見ても背番号「9」がいれば、何ともなかったはずだと思った。一言言ってやろうかなと思ったが、こちら側の人達があまりにがっかりしていたのでやめた。

 見ていられなくなったので、マウンテンバイクに乗り、その場を後にした。

 河原のサイクリングロードは快適である。追い風でペダルも軽く、草の匂いが心地よい。一番近い橋にあっという間に着いた。この橋は普段バスで渡っている。窓から見ると歩行者用の橋が平行に掛かっているのが見える。車道には歩道がない。自転車の場合、どっちの橋を渡るべきか迷った。

 自転車は軽車両であり、特に指示がない限り車道を走行するものである。心の葛藤は三秒でケリが着き、赤信号で向こう側に渡ることが出来ないのも理由の一つにして、車道を行くことにした。

 橋は鉄骨のトラスがあり、バスで通る時は斜めの鉄骨が、蛇のごとく上下に移動して見えた。しかし自転車で走行する時に、トラスの鉄骨は隙間だらけの役に立たない壁にしか見えなかった。自動車用のガードレールは、自転車のサドルよりも低い高さしかなく、何かのはずみで転んだら、下に落ちてしまうことは明らかだった。

 橋の端から相対的にだんだん高くなる現象から、高所恐怖症であることを思い出した。車道を行くと決めてから三秒も経たずに後悔したが、後ろから車が来るので引き返せない。

 やがて水面の上に差し掛かると、恐怖のあまり路面だけを見た。ガラス片や小石で転ばない様に、それこそ目を皿の様にして走った。するとぎざぎざした橋の継ぎ目から、キラキラ光る水面が見えた。なんということだろう。これは発見である。車道を走る自動車からは、絶対に見られない景色である。

 恐怖の中、他の人が味わえないものを味わえた気がしても、得した気にはならなかった。しかし、新たな発見であることには違いなかった。その時、乾杯をするなら何が良いかと考えたが、本能は前を見ることに集中せよと叫んだ。反対側の河原に差し掛かり、落下したらとても痛そうに感じられたからだ。

 橋を渡り終えて振り返ると、そこには何事もなかった様に橋が掛かっていた。よく見ると歩道専用橋の方が、手すりが高くなっている。うんうんと頷いて土手を降りた。

 バス通りを自転車で走ると、色々な発見があった。意外とラーメン屋が多いのだ。しかも行列の出来る店だ。店自慢のスープの香りが歩道にまで漂って食欲をそそる。歩道をゆっくり走行しているとなおさらである。電柱に立てかけた旗と入り口からはみ出した行列で、自転車を降りなければならない程であった。しかし、行列に並んでまで食べる気はないので、早々に通り過ぎた。

 所々にあるバス停は、聞いたことのある名前が書いてある。その中でいつも沢山の人が乗ってくるバス停を見つけた。バス停自体は他のバス停と同じデザインであるが、ここだけ疲れている様に見えた。いや、実際バス停は立っているだけで、酔っ払いに絡まれたりしない限り歩いたりはしない。

 バス停の付近には自転車が沢山置いてある。どう見ても歩道なので自転車置き場ではない。駐輪禁止の看板を起点として、ずらりと自転車が並んでいる様は、苦笑いをするしかない。

 しばらくすると終点の駅が見えて来た。当初の目的を忘れたサイクリングになってしまっていたが、各駅停車自転車の旅と勝手に名付けて納得することにした。

 街路樹の下に警備員がいて、歩行者を誘導している。駅はすぐそこだ。ゴール直前でストップを食らった格好である。

 見ると、車道に止めたトラックの上から、建築中のビルへ鉄骨を運んでいる所だった。鉄骨はワイヤーで吊るされて、今まさに空を飛んでいる。快晴微風。絶好の飛行日和であろう。鉄骨は荷台上空を離れ、歩道にさしかかった。警備員は下から管制官のごとく空飛ぶ鉄骨を眺めた。

「どうぞ。お通り下さい」

 ビルの上にいる鳶が手を伸ばして鉄骨を押さえたのを確認すると、警備員は微笑んでそう言った。赤い棒を振って歩行者に通るよう促すのを見ながら、くるりと方向転換して横道に入った。

 裏通りは静かだった。どこからともなく鰻を焼く香ばしい匂いが漂って来たが、とりあえずゴール地点を目指すことにした。各駅停車自転車の旅、ゴールは駅前のバス停である。駅前のバス停は屋根が付いていて、酔っ払いでも動かせない。これにタッチして完走とし、短い自転車旅行は終わった。

 いや、正確には折り返し地点だろう。旅番組でも目的地点でフィナーレを迎えるが、その後、帰り道は一体どうしたのだろうかと気になる。鈍行列車や路線バスを乗り継いで帰ったのだろうか。それとも普通に飛行機と特急列車で帰ったのだろうか。仲良く旅をしていた出演者達は、帰り道も同じだったのだろうか。気になって仕方がない。

 帰路は速い方が良いに決まっているが、旅の名残惜しさも噛締めたい。山を降りて新幹線で帰ると日が高いうちに帰ることが出来る。しかし昼寝をしながら、今朝は確かに三千メートルを超える雲の上にいたと思うと、一種不思議な感覚を伴う。

 自転車の旅は、帰り道もまた自転車である。誰かのトラックをヒッチハイクする訳にもいくまい。帰り道の構想を練るべく、自販機で飲み物を買うと近くの公園へ移動した。

 公園にはジョギング用の道がある。しかし自転車は乗り入れ禁止だったので、押して入った。本当に自転車は便利である。看板の警告をうまくすり抜けた気持ちになった。

 人もまばらな公園のベンチ。三人は座れるだろうが、隣りに座ろうとする人はいなかった。背もたれに肘を掛け、空を見上げて飲み干した。帰り道にも飲めるようにと考えて、蓋の出来る物にしたのだが、全部飲んでしまっては意味がない。

 飲み終わってからすることがないので、飲み物の原材料を見た。知らない物質ばかりであったが、多分人体に影響はないだろう。一通り見てゴミ箱にシュートしようと思ったが、ゴールは見つからなかった。しかし少し離れた所に水のみ場を見つけ、このボトルへ水を入れることに思い至った。我ながら賢いと思ったのは言うまでもない。

 自転車に鍵は掛けてなかったが、すぐ近くだし必要はないと思えた。足を振り上げ、勢いを付けてベンチから立ち上がると、ジョギングコースを横切って水のみ場に向かった。水のみ場は最近使われた形跡がなかった。それでも、意味もなく安全であると確信してボトルに水を入れた。

 半分くらい水を入れると、四、五回振って洗い、すこし色がついた水を捨てた。どんな味がするかは十分経験済みであったので惜しくはなかった。水のみ場は他に人がいなかったので、ちょっと面白いことを考えた。水のみ場の下方にある蛇口ではなく、最上部の垂直に上がる所から水を出してボトルに入れようと思ったのだ。素晴らしく良い思いつきとは言えなかったが、その考えを実行した。

 親に教えられた通り、口を蛇口付近へ近づけると、ゆっくりと蛇口をひねった。すると思った以上に強い水圧が喉を襲った。あわてて顔をそむけると、今度は顔中が水浸しになった。誰も見ていなかったのが幸いした。

 意地になってボトルの高さに水が上がるように調整すると、細いボトルの口から水が入る位置に合わせた。ボトルの内部で水が踊るように増えていき、太陽を反射してキラキラ光った。

 ここで二つの選択肢から一つを選ばなければならなかった。一つはすぐに蛇口を止めること。もう一つはボトルを水から放して、それから蛇口を止めること。

 蛇口を先に止めた場合、水の供給が絶たれてからボトルに最後の一滴が入るまで、若干のタイムラグがある。その量と時間を計ることは長年の経験と勘が頼りとなるだろう。一方ボトルを水から離してから蛇口を止めることは至極簡単である。しかし、ボトルの水は一杯になるが、水を無駄にする恐れがあった。

 水はゆるやかな弧を描いてボトルに吸い込まれ、中で揺れながら飲み口まで迫りつつあった。決断の時は迫っていた。より高等な技術に挑戦していくことが人類の務めであるとするならば、選択肢は前者しかなかった。

「ここだっ」

 ボトルに水が入りきるタイミングを見計らって蛇口をひねった。

 うかつにも利き腕でボトルを持っていたので、閉じたはずの蛇口は全開になった。まるで噴水の様に吹き上がる水を見て、余りにも意外な光景に頭が真っ白になった。それでも人間というのは良く出来たもので、反射的に蛇口を反対にひねったので水は止まった。

 空に舞い上がった水塊がキラキラと輝きながら雨よりも遅く落ちてくると、空気抵抗を受けてやや広がった。気の早い水滴がいくつか塊から離れた。やがて足元のコンクリートに当たって輝きを失い、液体なのに重力に逆らって再び空を目指したが、三十センチ程で力尽きると再び落下した。

 足が多少濡れたが、それを問題とは考えなかった。気が付くとボトルの上方は、さっきより水位が下がっている。それでも開封前と同じくらいの位置だったので良しとした。

 少し離れた所で地面をガリガリ擦っている人がこちらを見た。恥ずかしさの余り、冷静を装うため一口ボトルの水を飲み、それから蓋を閉じた。

 何か用かね? と言わんばかりにガリガリと音をする方を見た。すると向こうが目を逸らした。勝った。

 地面をガリガリ擦っているのは、どうやらガムを剥がす作業の様だ。もちろん他のゴミが落ちていればそれも拾っていたが、今回の主なターゲットはガム。手元の道具がそれを物語っていた。

 お好み焼きでもやるようなヘラで、地面についた黒い丸を擦る。意外なことに、それは影でも油の染みでもなく、ガムだったのだ。「ガムは包んで捨てましょう」と書いてあるのに、その辺に吐き出す人もいるのかと思った。そういう人がいるから書いてあるのか、書いてあるけど反抗的な態度をとっているのかは判らない。

 ガムの跡は直径三センチくらいの小さなホクロの様だったので、それに気が付いてガリガリと掃除するのも目が良いなと思った。しかしよく見るとそのホクロが点々とある。そういえばさっきゴールした駅前にも点々とあったのを思い出した。あれも全部ガムなのだろうか。てっきりアスファルトから滲み出たコールタールかと思っていた。

 今まで景色に溶け込んでしまっていて何とも思っていなかったが、ガムと判ると不快な気持ちになった。人が口から吐き出した物を、別の人がガリガリと掃除しなければならないのがとても不憫だった。

「落し物ですよ」

 そう言ってガムを吐き捨てた人に返してあげたい。時間が経ってしまった物は、DNA鑑定をして落とし主を探してあげたい。悪事は必ず身を滅ぼすのだ。

 自転車のあるベンチへ戻る途中、ジョギングコースに黒い丸を発見した。それは明らかにガムであると推察出来た。周りを見渡すと手頃な小石が落ちていたので、平らな所を使ってガリガリと擦った。やがて黒色からドス黒い赤色に変わり、安そうないちごの香りが漂って来た。ちょっと小石を鼻に近づけると、取れたガムから更に強いいちごの甘い香りが漂ったが、産地までは判らなかった。

 なかなか取れないので意地になってガリガリ擦ったが、完全に取り切ることは出来なかった。それに小石に付いたガムを、果たして燃えるゴミに捨てるべきか、燃えないゴミに捨てるべきかも迷った。

 ポイと小石を草むらに投げ入れると、ベンチに戻って自己満足に浸ることにした。良いことをした後に見上げる空は、普段より一層青く清々しかった。

 ジョギングコースを良いペースで走ってくる人がいた。さっきも見たような気がするが、同一人物か確証はなかった。双子かもしれないし、三つ子かもしれない。何か顔の特徴を探したが今回は何も見つからなかった。

 すると先程掃除したガムを踏んで、二,三歩行って止まった。不思議そうに運動靴の裏を見て自分の走って来た道を見た。やがて二,三回足を地面に擦りつけて走り去って行った。何となくいたたまれなくなって、公園を後にした。

 デパートでお食事と思ったが駐輪場がなく、回りを三周してデパートの重力圏を離脱した。デパートに自転車で行く人は少ないのだろう。「スーパーとは違うのだよ」というセリフが頭をよぎったが、聞こえなかったフリをした。

 何を食べようか迷いながら表通りを走る。街をゆっくりと走ると、色々な看板が目に入ってくる。それと同時に頭にはテーマソングが鳴り響いた。最初は当たり前の様に感じていたが、やがて十曲を超えた辺りから恐ろしくなって来た。門前の小僧はこうして成長していったのかと思ったが、これらの曲はお経と違って何の役にも立たないことに愕然とした。しかし今更忘れることも出来なかった。

 段々イライラしてきて、看板を見てもテーマソングが流れない店で弁当を買った。

「はい。参百四拾万円のお釣り」

 千円札でのお釣りがそんなに多いとはありがたい。そんな大金久しく見ていなかった。大金をかけたCMに乗せられることなく、自分の意思で商品を選択出来たことを誇らしく思った。

「我々は戦いに勝利した!」

 というセリフとテーマソングが鳴り響いた。これはかなり重症である。

 バス通りを川まで戻ってくると、今度は歩行者用の橋を渡ることにした。こちらの橋は欄干が腰よりも高い位置にあったので、転倒により落下する心配はなかった。しかし橋の幅が思ったより狭かったので、いつ崩れるかもしれないという恐怖に襲われた。

 歩行者用の橋とは言っても、ここを歩いて渡る人など見たことがない。躊躇なくスピードを上げると、つなぎ目でガタンガタンと車輪が跳ねたが、ハンドルをしっかり握っていれば問題はない。とにかく早く渡りきることが第一優先なのだ。頭の中ではけたたましい音楽が鳴り、耳元には風切り音が響いた。

 程なく反対側の河原が見えて来た時、車道と歩道の間から赤いMiniが止まっているのが見えた。その前で赤い本を左手に持ち、右手を大きく振っている人がいた。口をパクパクさせていたが、声までは聞こえてこなかったので、「おぉロミオ」と勝手に補正しておいた。車が橋のつなぎ目で大きな音をたてていても、まったく気にする様子がない。耳栓でもしているのだろう。

 ここまで帰ってくれば、弁当は家に帰ってテレビを見ながら食べても良かったが、河原で開封することにした。Slowtimeは目と鼻の先である。しかし、エビピラフは冷凍なのでお勧め出来なかったし、かといって弁当を持ち込むのはイヤミというものだろう。自転車を斜面に放り投げると、草が短い所を探して座り込んだ。河原でお弁当なんて小学生の遠足以来だろうか。

 卵焼きにタコさんウインナー、おやつは三百円まで。これは定番である。前の日、天気予報が晴れと言っているのを母親に伝えると、大きな赤いがま口を渡された。隣の肉屋でウインナーを買い、その足で向かいのパン屋でおやつ用の栗饅頭と月餅を買った。二百八十円になって、もう何も買えなくなった。それでもおやつと言えば三時に一回が常識だったので違和感はなかった。

 ところが遠足のバスが出発すると、直ぐに先生がお菓子を食べて良いと言う。教育上あまりよろしくないと思いつつ、子供なので栗饅頭を食べた。

 弁当の時先生が隣りに来て一緒に食べた。食後に月餅を出した。それを見た先生が言った。

「おつな物を食べるね」

 いまいち意味が判らなかったが、旨そうな物であると解釈し、ならばと半分に割って先生にあげた。

「どうぞ」

「あはは、先生は結構よ」

 笑うだけで受け取ろうとはしなかった。

「こちらを一本頂くわ」

 目を向けるとそこには、本来のデザートであるはずのバナナが一房、店から持って来たそのままの状態であった。バナナなんて珍しくも何ともなかった。

「一本なんて言わず、二本でも三本でも」

「あはは。このバナナおいしいわよ。食べなさい」

 先生はまた笑うだけだった。

 帰りのバスの中で食べるべきお菓子がなかったので、友達のリュックから出て来たひょろ長いお菓子とバナナを交換して食べた。

「台湾バナナをそんな物と交換するな」

 遠足から帰ってきてバナナの行き先を父に話すと、そう言って笑った。

 昔のことを思い出していたら、不意に突風が吹いた。飛びそうな弁当箱を足で挟んだら、バリバリという安っぽい音がして潰れた。食べ終わってマックスコーヒーを飲んでいる所だったので特に影響はない。

 風に吹かれて冷たくなった手をポケットに入れると、もっと冷たい物が手に触れた。取り出すとデジカメだった。そういえば今日は何も写していなかった。

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