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燃える嫌いが叫んだ  作者: 柿本 碧
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今思うと確かに何もキッカケなんてものはなかったかも知れない。なんていうことは結構ある。


まだ数回は吸えただろう煙草を灰皿に擦り付け、目の前の唐揚げに箸を伸ばす。

隣の山田と向かいの坂本は楽しそうに時に何かを憂うような顔をしながら話しており、2人の口からも灰色の煙が漏れている。いつもの光景だ。


だが、僕の斜めに座る斎藤だけは今日は違った。

「あれ、斎藤お前タバコ切れ?」山田が言う。

「いや、俺子供が生まれるだろ?だからやめたんだよ」斎藤はバツが悪そうな顔をしながら言った。

「そっか、そうだよな。それが良いと思う。」あの斎藤が禁煙かなんて思いながら僕は言った。

「今日くらい良いだろ、折角久しぶりに集まれたんだし。一本やるよ。吸いたいだろ」坂本が白い筒を手のひらに乗せ差し出した。


昔の僕はこういうノリが大嫌いで煙草なんてもの絶対に吸ってやるものかという固い意志があった。こんなものの何が良いのか、と。

喫煙者となった今でもこう言うノリは好きじゃない。


「ごめん。今日は遠慮しとくよ。」

斎藤は申し訳なさそうに両腕を体の前でクロスさせる。

「なんだよ。一番ヘビースモーカーだったのに。」坂本は手のひらの煙草を咥え、ライターを近づけた。

「なんかさ、タバコって吸い終わったその瞬間から吸い殻になっちゃうじゃん。ある日、禁煙がうまくいかなかったときにさ、それが、ああ、俺は吸っちまったんだなって罪悪感に感じるようになったんだ」斎藤は淡々と言った。

「なにそれ。どう言う意味?」

僕ら3人は同じ気持ちだったと思う。

「うまく言えないけど、ついさっきまでタバコって呼ばれてて、俺らのオアシスになってたものがさ、用が足りたら吸い殻と呼ばれて面倒なものにされるのが、切ねえなって思ったのよ。俺がタバコだったとして」

僕はそれと罪悪感は別だろうと思ったが心の中に留めた。ただ、確かに切ないとも思った。僕がタバコだったとして。


そこから数十分、僕たちは斎藤が始めた「俺がタバコだったとして」討論会をしていた。


そんな中、

「俺がタバコだったとしてさ、柿本みたいな奴にはぜってぇ吸われたくない」山田は言う。

「なんでさ」

「だってあんなに自分のこと目の敵みたいに否定してた奴に吸われたくねえだろ。俺がタバコだったとしてな」

「そういや、なんで柿本はタバコ吸い始めたんだっけ?」斎藤は普通の疑問を僕に投げかけ、自ら始めたタバコだったとして討論に終止符を打った。


「それはな…」

ふとその問いに言葉が出てこないことに気がつく。なんでだっけ。


初めて自分で吸う煙草をどこで買ってどこで吸ったか、吸ってどんな気分だったかは覚えている。しかしなんで吸ってみたのかはうまく説明できない。興味本位、仕事が忙しくて?私生活のバタバタ?確かにその一つ一つはどれも理由の一部ではあったのだろう。だが、あの日近所のコンビニに立ち寄ったその時点で明確に煙草を買おうと決めていた訳では全くなかった。その時も煙草は嫌いだったのだし。



その日、僕の人生に喫煙者という称号が付与された日、僕は晩御飯をカゴに入れ、会計の列に並ぶとふとレジ横のライターが目に入った。それは本当にたまたまだった。あ、ライターってレジ横に置いてあるんだ。興味がなかったから今更気付いた。なんて思った。


思い出してきたぞ。


ライターを見て僕はぼんやりといつかの斎藤との会話を回想していた。


「俺はさ、セッタ、セブンスターが好きなんだよ。特に名前が。」

「名前?」

「セブンスターはななつぼしだろ?奇しくも俺たち日本人の誇りであり、俺たちの身体をつくってくれるお米の銘柄とタバコが同じ名前なんだぜ、おもしろいだろ」

「なるほど。たぶんななつぼしの方が後発だけどね。というか斎藤が米を銘柄って言うとなんか嫌だな」

「日本人は米が主食だし、俺はタバコが主食だからさ。米とタバコ摂取する銘柄統一してるんだよ」

「さすが斉藤、とんでもないね」

斎藤の通常運転でもある理解し難い理論を聞いてからというもの、米を買うときに目に入るななつぼしを嫌でもセブンスターと英訳してしまうようになった。その年の誕生日にはセブンスターとななつぼしを送り付けたっけ。


「お箸はつけますか」

「セブンスターひとつ」

僕は無意識に口に出していた。そしてなぜか慌ててライターをカゴに入れ会計を済ませた。

そうだ。こんなことで煙草を買ってしまったことが始まりだったのだ。セブンスターを愛称として七つ星と呼ぶこともあるのは後で知った。



「斎藤とななつぼしのせいかな」

「はあ?」

山田と坂本の反応はわかるが、斉藤までも2人と同じ反応をしているのが憎い。

僕は3人に経緯を説明したが、それは理由ではないだろと詰められ笑われた。

「でも、あの柿本がタバコ吸い始めるなんて思わなかったよな」山田はうなずきながら大袈裟に感慨深そうな顔で言った。

「あのときは、ああこいつもこっちに来たかくらいに思ってたけど。理由まで聞いたことなかったもんな」坂本が返す。

「俺は今更事実を知って悲しくなってきたよ。お前を不健康の道に引き込んだのが俺だったなんて。でも俺が代わりに禁煙してるからチャラだよな」とニコニコ話す斉藤。

「でもそれは後付けのきっかけなんだよ。僕は吸わないという選択もできたはずなんだから」



買ってしまったからには吸ってみた。嫌いだったけれど興味はあった。そんなにリラックスできるものなのかと。吸い続ける気なんてさらさらなかった。敵を知る。そんな気持ちだった。

煙草の吸い方すら知らない僕は帰宅するなり、YouTubeで煙草の吸い方を見た。ライターの着け方から何まで今の時代は全てすぐに教えてくれる。

煙を肺に入れる時は、水を口の中に溜めてから飲むイメージで。なるほど、わかりやすい。

煙草を指に挟み、口元へ運ぶ。ライターを着け、息を吸い込む。僕は何故かドキドキしていた。

次の瞬間、僕はたまらず咳き込んだ。

こんなものの何が良いんだ!敵は敵だったのだ。と脳内に感情が溢れる。


続く


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