第9話 AOBと國見青葉
机に置かれたお茶のコップを見つめ、俺は縮こまりながら座っていた。
青葉はこの部屋で独り暮らしをしているらしい。
そして当の彼女が何をしているかといえば、男を1人自分の部屋に残してシャワーを浴びているのである。
そりゃまあ、あの強さだったら襲われる心配もないだろうけどさ……。
慣れない女子の部屋で一人ぼっちという俺の精神状態も考えてくれよ。
「あー、さっぱり。ごめん、シャワー浴びさせてもらった」
「お、おう」
「あれ?お茶飲んでないじゃん。もしかしてお茶飲めない人?」
「あ、いや、飲めるよ。いただきます」
俺はコップを手に取り、一気に飲み干す。
本当のところを言うと、喉はめちゃくちゃ乾いてたんだよな。
風呂上がりの青葉は、白いもこもこのパジャマを着ている。
ひょっとしたらブランド物のオシャレなやつなのかもしれないが、俺には全く分からない。
ドライヤーでその金髪を乾かすと、青葉は俺の前に座った。
瞳の色も黒っぽい茶色っぽい感じになっている。
「さっきの碧眼はカラコンか?」
「そ。似合ってたっしょ。優太もさ、その髪色めっちゃいいじゃん。どこで染めてんの?」
「あー、これは……知り合いのところで」
「へー、カラーリング上手くね。アタシも行ってみたい」
「そ、そのうち紹介する」
「あんがと」
どうにも緊張するし落ち着かない。
人生初の同世代の女子の部屋。
しかも相手はパジャマ姿のギャル。
ゲーム界隈を騒がせたプレイヤーキラーで、くっそ強いダンジョン探索者でもある。
えぐい情報過多だ。
「AOB知ってるってことは、それなりにゲームやってんだよな?」
「まあな。学校行かなくなってからは、ゲーム三昧の暮らしだから」
「それはうらやま。アタシもAOBって名前は捨てたけど、まだゲームはやってるんだよね」
「そうなんだ。最近だと何を?」
「んー、気になって『ワールドホライズン・オンライン』は買ったんだけど、まだキャラメイクすらできてない。忙しくて」
「忙しいって、ダンジョンの探索が?」
青葉は少し考えてから、机に頬杖をついて言った。
「探索っつーより……人助け?今日みたいな初心者狩りから、探索者を守るみたいな」
「でも警備隊ではないんだよな?」
「うん、民間の協力者的な感じ」
「すっげーデリカシーないの承知で聞くけどさ」
「ん?」
「AOBと今日のお前がどうしても結びつかないんだよ。どういう事情があるんだ?」
AOBといえば、無差別にPKしまくる絶対的な悪人だった。
初心者だろうと上級者だろうと関係なく、狙った獲物は99%仕留める。
そんなプレイヤーキラーと、女性の探索者に優しく手を差し伸べた彼女がどうしてもリンクしない。
青葉はため息をついて天井を見上げた。
「長くなる。それでもいいなら話す」
「聞くよ」
「んじゃ……アタシさ、AOBとして活動してた頃はギャルでも何でもなくて。ド陰キャでいじめられててさ」
AOBとして活動していた頃っていうと、俺や彼女が中学生の時だ。
俺は入学したての時に見たギャルの國見青葉しか知らない。
だから彼女はずっとそんな調子かと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。
「そのストレス発散に、ゲームでPK繰り返してた。そのうち強くなって上級者も狩れるようになって、そしたら掲示板でアタシの名前を目にするようになってさ。めっちゃ気持ちよくて」
「AOBは嫌われてたけど、一部には憧れる奴とかファンとかもいたもんな」
「そ。んでゲームに没頭してたんだけど、何か物足りなくなってきて。そしたら、ふと頭にダンジョンが浮かんだんだよね」
「物足りないってのは……?」
「ゲームでPKしてもさ、結局そいつってリスポーンすんじゃん?だけどダンジョンのモンスターは、殺したらそのまま死んでくれる。あー、今はそんなこと思ってねえよ?見ての通り、明るく元気にやってっから。ただ当時は、それくらい心が壊れてたんだろーな」
俺はどっちかといえばずっと一人でいる方だったけど、別にいじめられたことはない。
だから分かるよとも、大変だったなとも安易には言えなかった。
「それで探索者登録したらさ、びっくりしたことにこんなスキルが出た」
青葉は派手なケースのついたスマホを出し、画面を俺に見せてくれる。
それは『SoDA』内の彼女のステータス画面だった。
國見青葉
Lv. 107
ATA 432
DEF 218
AGI 360
DEX 290
LUC 149
DEP 1160
《スキル》
【電脳処刑人】
「ステータスの数値えぐいな」
「まあ、2年半はやってるしね。問題はスキルの方」
「【電脳処刑人】……。AOBの二つ名は処刑人だったっけか」
「このスキルさ、ゲームのスキルがそのまま現実世界でも使えるスキルだったんだよね。スキル欄には出てないけど、【水責めの刑】とか【八つ裂きの刑】とか」
俺の【ゲーマー】と同じく、彼女もゲームに関係したスキルを手にしたのか。
心の荒んだプレイヤーキラーが、その力を現実世界まで持ち込んだわけだ。
「一応、使えるスキルには条件があるみたいで。1つ目はゲーム内で実際に使用したスキルであること。もう1つは、そのスキルでPKしていること。それとは別に、現実世界でスキルが獲得できないってのもある」
「回復スキルを持ってないってのは、そういう理由があったんだな?」
「そゆこと。ATAを上昇させる効果もあるから、制限を考えても十分なぶっ壊れスキルっしょ」
「間違いない」
「それで私は意気揚々とダンジョンへ乗り込んだってわけ。そっから一ヶ月くらい、ゲームとダンジョンでストレス発散してたんだけど。ある日、ダンジョンでちっちゃな女の子と会った」
「女の子って探索者か?」
「いやいや、小学校低学年くらいの子が迷い込んでたんだよ。あとから分かったことだけど、扉のシステムがバグってたらしい」
青葉は髪を手櫛で梳かしながら、淡々としゃべり続ける。
俺はただ、その顔を見たり緊張して彼女の背後の壁を見たりしながら、話を聞いていた。
「モンスターに襲われかけてたその子を助けて、急いでダンジョンを脱出した。その時の私って、顔は死んでたし髪も黒のぼさぼさで、しかも武器は大鎌。そんなんでモンスターをばっさばっさ殺してくから、死神みたく見えたろうね」
「今のお前からは想像できない姿だな」
「でしょ。ともかく脱出して、そしたらその子はアタシになんて言ったと思う?」
「……ありがとう?」
「せーかい。怖かったんだろ、泣きながらそれでも笑顔でね」
「そりゃ助けてもらったらお礼くらいは……」
青葉はチッチッと指を振って、俺の言葉を遮った。
「私は誰かに笑顔でお礼言われたのなんて初めてだったんだよ。それも、PKとかいう真っ当とは言えない方法で手に入れた力でだよ。何か……何だろな……救われた気がした」
「救われた……か」
「ああ。その日を境にAOBはこの世界に存在しなくなった。私の力が誰かの役に立てた。こんな私でも誰かの役に立てた。そう思ったら、ちょっとだけ心が軽くなったから」
「そこからギャルってのは、だいぶぶっ飛んでるけどな」
「助けた子の親がめっちゃギャルママだったんだよ。絶対に合うからって、メイクされて派手な服着させられて髪も染められた」
「いやじゃなかったのか?」
「楽しかったよ。ちょうど自分の内面が変わり始めてたから、外面も変えてみたかったし」
「それでプレイヤーキラーAOBはいなくなり、新人探索者の味方の國見青葉が生まれたんだな」
「そーゆーこと。だから私のことはAOBだと思わずに、國見青葉として接して」
「分かった。何ていうか……國見青葉になれてよかったな」
「な。アタシもめっちゃそう思うわ」
青葉はピースをしてニカッと笑う。
俺は自分のスマホを取り出し、『SoDA』を起動する。
「ちょっと俺の話をしてもいいか?」
「もち!聞かせてよ」
「俺が手に入れたスキルなんだけど……」
俺は【ゲーマー】の文字を指し示す。
「何これ?」
「実はさ……」