第8話 ギャルは顔見知り
「【ファイアーブレード】」
西野の剣が炎をまとい、そのままギャルへと襲い掛かる。
彼女は回避する素振りも、武器を抜く素振りも見せない。
斬られる。俺は思わず目を逸らそうとした。
しかし……
「【水責めの刑】」
静かな声が響き渡り、剣はギャルを斬ることなく停止する。
よく見てみると、彼女のかざした右手から生じる水が、剣を受け止めていた。
「ちっ!」
西野は剣を構え直そうとする。
しかし、水が剣の刃へとまとわりついてそれを許さない。
炎も完全に消えている。
「は、離しやがれ!」
「離すわけなくね」
水は剣を伝い、徐々に西野の腕へ、肩へ、首へ、腹部へ、足へと全身に広がっていく。
とうとう、顔を残して全身が水に覆われてしまった。
意志を持っているかのように動く水によって、西野は足を払われ転倒する。
剣がその手から離れ、地面に落ちてカランと音を立てた。
「西野さん!」
もう1人の男が、慌てて西野を水から引きずり出そうとする。
しかし、彼もまた水に吞まれてしまった。
そしてとうとう、2人は頭部まですっぽりと水の球に包まれる。
「ボガ!グゴ!」
「ガボゴボ……!」
息ができず、男たちは水の中で苦しんでいた。
そこへギャルが声を掛ける。
「自分たちがやったって認める?」
「ゴボゴボ……!」
「もう悪事はしない?」
「ゴボゴボゴボゴボ……!」
男たちは水中で、何度も必死に頷いた。
すると水の球が消え去り、びしょびしょになった男たちは地面に転がってぜえぜえと息をする。
圧巻の強さ。
大の大人2人が、突然現れたギャルに手も足も出なかった。
でも彼女の技、どこかで見たことがあるような……。
「に、逃げんぞ!」
西野が慌てて駆けだし、ダンジョンの入口の方へ向かう。
もう1人もその後に続いた。
俺とギャル、それに怪我をした女性探索者の3人がこの場に残る。
「逃げちゃうけど、いいのか?捕まえなくて」
「入口でダンジョン警備隊が待機してる。外に出た瞬間、あっさり逮捕っしょ」
そう言うと、ギャルは怪我をした女性に近づく。
「怖かったよな。立てる?」
「は、はい」
「アタシ、回復系のスキル持ってないんだよね。あー、お前は持ってる?」
「俺も持ってない」
「つっかえな」
「お前もだからな!?」
「悪いんだけど入口まで頑張って歩いて。歩けなそうなら、そこの奴がおんぶする」
「勝手に決めるなよ!?」
「いえ、歩けます」
女性は少しふらつきながらも、きちんと歩き出した。
斬られた手は痛むようだが、それ以外に傷つけられてはいないようだ。
おんぶ回避。
「アタシらも行くか」
「その『アタシら』には俺も入ってるんだよな?」
「他に誰かいんの?え?何か見えちゃう系の人?」
「お前、自分の登場シーン忘れんなよ」
音もなく急に肩を掴まれて、振り返ったらもうそこにはいない。
何のホラーかと思ったぜ、全く。
ダンジョンの攻略中ではあるが、このギャルが妙に気になるので、俺はあとをついて行く。
無事にダンジョンから退避すると、そこでは警備隊の制服を着た女性が待っていた。
「茜ちゃん、彼女ね。よろ」
女性探索者が引き渡され、すぐに傷の手当てが始まる。
警備隊員は、ギャルと握手を交わしながら笑って言った。
「青葉ちゃん、いつもありがとね」
「軽い軽い。んじゃまた」
「はーい。お疲れ」
ギャルの名前は青葉というらしい。
あの声も、名前も、そしてスキルも何か見覚えあるんだけど何だっけな……。
そんなことを考えていたら、青葉はさっさと踵を返して歩き始めていた。
俺は慌てて後を追い、その隣に並んで歩く。
家とは反対の方角だけど、今は彼女が気になるからいいや。
時間帯は深夜。
街灯のおかげで灯りはあるが、ひっそりと静まり返った夜道を歩いていく。
「いやー、お前とダンジョンで再会するとはな」
「え?」
「マジ懐い。え、ホントに懐いわ」
「あの……さ」
「ん?」
「俺ら、どこかで会ったっけ?」
「……は?」
青葉が歩みを止める。
その顔がすんっと無表情になった。
あ、これ、思い出さないとヤバいやつだ。
「いや、どこかで会った気はするんだよ。ただ思い出せなくて」
「マジ?めっちゃショック」
「ごめん!すぐ思い出すから」
えっと……青葉、青葉、青葉、ギャル、ギャル、ギャル。
そもそも引きこもり廃ゲーマー、世間一般的な陰キャに所属する俺にギャルの知り合いなんていたっけか。
名前と見た目でダメならスキルだ。
【水責めの刑】ってどこかで聞いたような。
あれは確か……
「『セブンアイズ』……」
「ん?」
「お前、あの“AOB”か?」
2、3年前にゲーム界隈を騒がせた謎のプレイヤーキラー“AOB”。
使うスキルに「パニッシュメント」という単語が付くことから、掲示板などでは「処刑人」という二つ名をつけられていた。
俺も一度、『セブンアイズ』というゲームで見かけたことがある。
直接戦ったことはないけど。
「うわ、そっちの名前が出てくるとは思わなかったわ。最悪」
「AOBなのか?」
「……ん。だけどさ、あんたとはもっと別の場所で会ってんじゃん。ほら、高校に入学した日にさ……」
高校に入学した日。
俺が高校へ通った数少ない日のうちの1日だ。
……そういえば、隣の席がギャルJKで怖かったんだっけ。
学校の記憶とか完全に消えてたわ。
「思い出した。國見青葉、隣の席だったな」
「やっとかよ。安達優太」
「俺のこと、覚えてたんだ」
彼女とは、自己紹介で一度会話しただけだ。
すぐに俺が学校に行かなくなったし、接点という接点はほとんどない。
「まあアタシ、一回話した相手のことは基本忘れないし」
「すげーな」
「大したことじゃないっしょ。せっかく会ったんだし、もーちょい話さない?」
「別にいいけど」
「じゃ、ここアタシんちだから。入って入って」
「え?は?う?」
気が付けば、2階建てアパートの前についていた。
青葉は101のドアを開け、俺の方を振り返る。
「遠慮すなって」
「い、いや、でも」
「ほらほら」
青葉が俺の肩を抱き、半ば強制的に家へ連れ込まれる。
うう、ギャル、やっぱり、怖い、、、、、、。