第7話 初心者ダンジョンに響く悲鳴
俺の家から徒歩で向かえるダンジョンは全部で3つ。
1つ目が、一度は門前払いされたものの無事に攻略成功したダンジョン。
2つ目のダンジョンも初心者向けで、俺は今そこへ向かっている。
そして3つ目は上級者向けのダンジョン。
距離的には近いけど、実際に挑むのはもう少し先のことだろう。
――『SoDA』を確認。データを読み込みます。
――当該ダンジョン攻略における必要ステータスを確認。ダンジョンの扉が開きます。15秒で扉は再度ロックされますので注意してください。
お決まりの音声が流れ、ダンジョンの扉が開く。
少しぬかるんだ地面には、それなりに新しい3人分の足跡がついていた。
すでに誰かがこのダンジョンへ入っているようだ。
近くで戦闘の音は聞こえないから、もうかなり先に行ってるのだろうけど。
ひょっとしたら、すでにクリアして外へ戻っているかもしれない。
「さーて、行きますか」
身に着けている装備は、『WHO』と同じ『始まりの一歩』セットと『青の剣』だ。
この『始まりの一歩』を身につけた状態で戦うのは初めてだな。
ステータスが上昇したことで、どれくらい感覚に違いが出るんだろう。
「おっと、お出ましか」
現われたの3体のゴブリン。
緑色の肌に小さな体、そして剣を持っている。
キキキキッという高い声が気持ち悪い。
「【青の煌めき】」
剣が青い光を放つ。
一振り、二振り、三振り。
1体につき1撃で、あっさりとゴブリンは倒れてしまった。
これがゲームだったら、光となって消えていってくれるのだが、現実の場合は死骸が残る。
スライムは地面に染み込んでったけど。
この死体の処理をどうするのか。
実はめちゃくちゃ簡単だ。
モンスターが死んだ時、ダンジョンの壁に“穴”が開く。
ぽっかりと口を開けるその穴の先は真っ暗で、どうなっているのか全く分からない。
ただ一つ言えるのは、その穴へ死骸を放り込むことで処理が完了するということだ。
昔、穴の先がどうなっているのか調べようと入った探索者もいたらしい。
しかし、入った途端に穴は口を閉じ、その探索者が戻ってくることはなかったそうだ。
これ、本当にあった怖い話。
ゴブリンを3体まとめて穴に放り込み、俺はさらに先へと進む。
ふと、どこからか「いやっ!助けてっ!」という高い声が聞こえてきた。
声からして女性。女性が悲鳴を上げている。
そしてこのダンジョンに出没するのはゴブリン。
「まさかっ……!」
ゴブリンといえば、女性を襲うモンスターの代表格である。
人間しかりエルフしかり、奴らの犠牲になってボロボロになる姿はよく描写される。
このダンジョンでも、初心者の女性探索者がゴブリンに襲われているのかもしれない。
「先の方だよな」
俺は一目散にダンジョンの先へと駆け出す。
途中、スライムが出てきたが一瞬で斬り捨て、ドロップアイテムには目もくれずに走った。
「いやだっ!」
再び悲鳴が上がる。
さっきよりも声が近い。もうすぐそこだ。
「大丈夫ですか!?」
俺が駆けつけた先にいたのは、地面に尻もちをついた女性の探索者と、男の探索者が2人の合計3人だった。
入ってすぐのところにあった足跡の主かもしれない。
片方の男が振り返り、俺を見てニコッと笑った。
「おう、兄ちゃん。声聞いて駆けつけてくれたのか?」
「は、はい。その女性は……」
「ゴブリンにやられかけたみたいでな。俺らも悲鳴を聞いてここへ来たんだ。ゴブリンは俺らで退治したし、彼女の傷も治療できる。兄ちゃんは安心して先へ進んでいいぞ」
「そうですか……。良かったです」
「おうよ」
何はともあれ、助けられたのなら良かった。
俺は男の言葉に甘え、ダンジョンの先へと進もうとする。
しかし、肩を誰かに掴まれその場に引き留められた。
「騙されんな」
耳元で声がする。
女性の声だ。どこかで聞き覚えがあるような……。
「彼女の手を見てみ。斬られた傷があるっしょ」
「あ、ああ。ゴブリンにやられたって……」
「傷に重なって火傷の跡もある。このダンジョンに、炎を扱うゴブリンは生息してない」
「え?それって……」
「彼女を傷つけたのはこいつらだよ」
俺は驚きと共に、男たちの方を見る。
彼らは相変わらず、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「どうした兄ちゃん、先へ進まねえのか?心配はいらねえよ。彼女は俺らが責任をもって、地上目で送り届けっからさ」
「は、はい。それがその……」
「どうしたよ」
男たちはまっすぐに俺を見ている。
まるで俺の肩を掴んでいる女性が見えていないかのように。
「この人がですね……」
俺が振り返ると、そこには誰もいなかった。
いつの間にか、肩にあった感覚も消えている。
「誰もいねえぞ?兄ちゃん、慣れないダンジョン攻略で緊張してんじゃねえか?」
「そんなはずは……」
「アタシならここにいっけど?」
再び女性の声がしたのは、男たちの背後からだった。
怪我した女性探索者を庇うようにして、もう1人、女性探索者が立っている。
派手なロングの金髪にバッチリの化粧、碧眼はおそらくカラコンだろうし、装備を身に着けていなかったらとても探索者には見えない。
整った顔立ちのギャルがそこにいた。
「あ?ってお前、いつの間に!?」
「ついさっき?お前らさ、しょーもないことしてんのな」
「何だと?」
「あの傷はゴブリンに付けられたもんじゃないっしょ。どう考えても犯人はお前ら。最近、ここらのダンジョンで初心者狩りが起きてるって聞いたから来てみたんだけど、全部お前らの仕業か」
初心者狩りについては、俺もネットで読んだことがある。
まだダンジョンになれておらず能力も低い探索者を狙い、アイテムや金を脅し取る悪人がいるらしいのだ。
ギャルの言うことが本当なら、彼らは女性を襲って傷つけたうえで、俺には完ぺきな演技をしてみせたということになる。
「西野さん、どうします?」
片方の男がもう1人に尋ねる。
西野と呼ばれた男は、少し考えてから言った。
「こんな舐めた格好の奴、余裕だろ」
その言葉を合図に、2人の男が剣を抜いてギャルへと襲い掛かる。
「その行動、認めったつーことでオッケー?」
男たちがすぐそばまで迫っても、ギャルは涼しい顔で笑っていた。