隠しキャラが隠れてない
日本の夏と言えば、怪談。
そんな訳で、夏休みです。
学生たちは大体実家に帰るらしいが、学園は遠方から来ている人もいるので、長期休暇中でも居残り出来るようになっている。学生の食堂やカフェテリアは閉まってしまうが、生徒と教員の寮の食堂は開いているし、売店も無休でやっている。先生たちは授業が無くてもいろいろと仕事はあるのだそうだ。
わたしは居残り組だ。園芸部の植物の世話もあるしね。
帰ると言っても、下町の実家はもう引き払ったし、男爵家にははっきり言って行きたくない。ローズ様からお家に来ていいと誘われたし、ファビアン様も「来れば」とおっしゃったが、公爵邸なんて恐ろしくて身動きも出来なくなりそうなので、丁重にお断りした。
去年も居残りだったので全く問題なかった。それに、殿下ご一行も実家に帰るはずなので、わたしは久々に思い切り羽を伸ばせるとワクワクしていた。
何といっても、サポート役のサラとグレンは一緒に残ってくれるしね。
他の居残り組と休みの課題を持ち寄って教え合ったり、わたしが作ったお弁当を持って、広い学園の敷地にある小高い丘でピクニックしたりと、結構青春っぽいことをしたと思う。
ああ、そうそう。夏休み前に、お隣のローランドから留学生が来た。ユーシスという名前で、大きな海運商会の御曹司らしいけど、品のいいオレ様系っぽくって、魔法や剣術も達人級らしい。
うーん。これってきっと、隠しキャラだよね。しかも、身分を隠した王子様系の。
「キャー!隠しキャラ来ましたわよ!」
とローズ様も宣っていたので、間違いない。分かっちゃったけどね、隠しキャラ。
「という訳で、今年はわたくしも寮に残りますわ」
突然わたしに宣言したローズ様。ご実家には、一週間ほどだけ滞在し、凱旋するがごとく学園に戻って来た。なんでも、隠しキャラたるユーシス様とお近づきになるべく、この夏休み中にイベントをこなそうというつもりらしい。
ユーシス様は、短期留学のため、基礎知識やミッドランドのマナー等を学ぶために、夏休み中にある程度の授業を特別に受けているらしい。
ローズ様がおっしゃるには、わたしが逆ハーレムルート選択後にローズ様の断罪イベが発生すば、そのままヒロインの悪行を逆断罪するエンドで、アルフレド殿下はローズ様をお妃にして大団円となるらしい。他の方も、リード様はモブ王宮侍女、オーランド様は王女殿下、ファビアン様は取り巻きモブ令嬢とそれぞれくっつき、ハッピーエンドだ。で、肝心のユーシス様だが、逆断罪イベ後に、何と失意のヒロインにプロポーズをして隣国に連れ去るらしい。
隠しキャラは逆ハールート以外では出ないと思われていて、ユーシス様が出てこないと、誰かはハッピーエンドにならない結末らしい。だからあれほど逆ハー逆ハー言っていたのか、と今更ながらローズ様の「全員ハッピーエンド」に対する情熱に敬服する。
ちなみに、ローズ様の研究でも分からないらしいが、イベントスチルの解析では、どうやらトゥルーエンドと呼ばれるものもあるらしい。これは一切正体が分からないらしく、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか友情エンドなのかすら分からないらしい。
という訳で、現段階で最も素晴らしいエンドに必要なキャラが、予想だにしない状態で出てきたことにローズ様は大喜びという訳だ。
で、何故かローズ様は、知能が下がったわたしに、事あるごとに頭を使わせようとするので、ローズ様のお部屋で毎日作戦会議をして、どうしたらユーシス様とのイベントを起こせるかプレゼンをさせられている。まあ、今のところ全却下だけど。
そんなこんなで無駄な会議を重ねたその結果。
その隠しキャラのユーシス様ですが、現在夜の学校で、何故かわたしに壁ドンをしています。それもただの壁ドンではなくて、喉元に短剣を突き付けながら。
どうしてこうなったといえば、遡ること数時間前のことです。
行き詰ったわたしたちだったが、思わぬことにユーシス様の方から接触があったのだ。
わたし達の元にやってきたユーシス様は、くせの無い銀の短髪と黄金の目、蜜のような濃い肌色を持ち、長身でしなやかな筋肉のついた彫刻のような体型に、野性味を持つ正統派美形だった。第一印象は「黒豹みたいな人」だ。
何でも短期留学なので、少しでも学生同士で交流を図りたいが、何かいい案は無いかというのだ。この学園に残っている生徒で、現在一番権力を持っているのがローズ様だ。だから声を我々に掛けてきたらしい。これがヒロイン補正またはご都合主義というやつか。
「俺を楽しませることが出来たら、褒美をやろう」
王子であること隠す気皆無だな。そんな上から目線の商人がいて堪るか。こうなると、その高い鼻っ柱をへし折って差し上げたくもなる。
わたしは閃いてしまった。レクリエーションを装った楽しい恐怖のひと時を。
「では、『学園の七不思議』巡りをする『肝試し』なんてどうでしょうかぁ」
夏、人気のない学校と言ったら、これしかないでしょう。と言うと、自称商人の王子はキョトンとしていた。
「ほう。七不思議。初めて聞くが、どんなものだ?」
もしかして、この世界には「七不思議」って無いのか。異文化交流どころか、異世界文化交流になってしまう。ローズ様はと言えば、顔を青くして全力否定だ。
「ば、バカらしい。わたくし、そんなくだらないこと反対よ。それに、この学園の七不思議なんて知りませんわよ」
しまった!わたしも知らないわ。っていうか、そもそもあるかどうかも不明だ。しかし、言った手前、興味津々のユーシス様を前に、今更やめますと言えない雰囲気だ。
ないのなら 作ってしまおう ホトトギス
前世のネット知識とかを駆使して、即席「七不思議」を完成させる。
1 夜になると一段増える階段(テキトーに園芸部の別棟あたりを指定)
2 音楽室の音楽家の肖像画の目が光る(光魔法でピカッとすればよろし)
3 魔法薬実験室の動き出す人体模型(カミル先生が急所の解説で使ってた奴でいいか)
4 女子トイレの一番奥の個室に現れる女児の霊(花子さんって言っても通じないので)
5 美術室の鏡に自分の姿が映らない(光魔法で反射を抑えればいけるはず)
6 真夜中の廊下を歩きまわる足(適当に「見えた」って言っとくか)
7 6番目までを体験すると何かが現れる(7個思いつかなかった)
とでっち上げるが、ユーシス様は「ふうん」と愉快そうに笑い、ローズ様はブルブルと震えていた。ユーシス様の鼻に突く態度も気になるが、ローズ様の蒼白な様子がさらに気になった。え?もしかして、怖い話ダメなの?
わたしが心配そうに見ると、「無理無理無理無理」と言っていたので、これはお留守番確定となりそうだ。一方ユーシス様は、尊大な態度を更にふんぞり返らせている。
「幼稚な妄想と、魔法で説明がつくのがほとんどだが、試してやろう」
不敵な笑みを浮かべて挑戦的にわたしを見る。そういえば、魔法で物動かすのなんて普通だし。いや、こうなったら、わたしも受けて立とう!怖がらせてやる!
「では、今夜決行だな」
「泣いてもしりませんよ」
わたしたち二人の間にバチバチと火花が散る幻影を見た。
そして、日の落ちる直前の黄昏時。わたしたちは決戦の舞台の前に立った。
「お前、それで真面目にやっているつもりか?」
2→3→4→5→1→6と見ていくが、結果は、わたしの惨敗だった。わたしの姑息な魔法をことごとく見破られてしまった。
唯一、傲慢王子をビビらせることが出来たのは、4の女子トイレに入るというやつだ。霊的なものに怯えた訳では無く、身分ある人間が最も恐れる事案的な恐怖だ。普通に、男性が女子トイレ入ったら、社会的にアウトだろう。実証は無しだが、「この学園に女児がいるはずないだろう」という至極真っ当なことを言われ、完敗だった。でも、いるはずのないのがいるのが七不思議でしょうが。
そうしてとっぷりと日の暮れた校舎内を、ユーシス様とトボトボと歩いていた時だった。
「時に、お前、光魔法が使えるんだな」
唐突な話題の転換だったが、音楽室とか、美術室で使っているのを見破られていたので、わたしは素直に頷いた。
「トラビス地方へ行ったことはあるか?」
まったく意図は分からない質問だったが、その名前には覚えがあった。確か、光魔法で結界を無理やり張らせられた時に、カミル先生に無理やり放り込まれた魔物出現の危険地帯の名前だ。わたしはもう一度頷いた。
すると、突然ユーシス様が、わたしの肩を掴むと、廊下の壁に乱暴に押し付けた。
「いったぁい。何するんですか」
わたしが抗議すると、ユーシス様は壁ドンをしたままわたしの髪を一房指で取った。普通は胸キュン事案だが、その雰囲気には一切の甘さが無かった。
「小柄でピンクの髪で、強力な光魔法を使う女。情報とぴったりだ。お前、なんの恨みがあって、俺の国の結界を弱めた」
意味が分からん。しかも俺の国とか言って、もう身分隠す気ないね。
わたしが呆けてユーシス様を見上げていると、盛大な舌打ちをして腰から何かを取り出した。それは王族の彼が持つにはシンプルで、実用的な短剣だった。それをユーシス様はわたしの喉元に突きつけた。彼の黄金の瞳が、暗闇に光る。
「白を切るつもりか?」
「いや、本当に知らないんですけど。確かに去年、うちのカミル先生に実験と称してそこに放り込まれました。で、結界が綻んでいたんで、溢れてくる魔物を倒しながら、張り直しをさせられたんですよ」
結界を張りこそすれ、なんで結界を弱めるようなことをしなければならないのか。トラビスはミッドランドとローランドの国境だったから、ついでに両国の結界を強化したのは覚えているが、弱めた記憶は無い。一緒に行ったカミル先生と、王国の魔術師と騎士団の偉い人も「良く出来ました」と言っていたから、間違いない。まあ、ローランド側の補強をしたことは言ってなかったけど。
「今、ローランドは、霜月の半ばから魔物の被害出てないはずです。わたしがその辺りに行ったのはその時だけですし、国境の警備の人とかに問い合わせてください。すぐに証明してもらえるはずです」
そう言うと、何かを思案するように短剣を下ろした。
「お前によく似た女が、俺の国の結界へ干渉したという報告があった。その後すぐに結界は修復され、不審な点があって留学名目で調査しようと思ったが、まあ考えてみれば、お前のような間抜けな女が、俺の国へ忍び込むなど不可能だな。お陰で、別の点で再調査が必要になったようだし。それに、思わぬ拾い物をしたかもしれないな」
ユーシス様は、グイとわたしの顔を持ち上げると、覆いかぶさるように顔を寄せてきた。
「聖女級の光魔法か。俺の国へ来い。俺のために働かせてやろう。一生な」
ローズ様⁉この人ハッピーエンドでわたしを隣国へ連れ去るんじゃなく、結界維持のために連れて行こうとしています。しかも、なんか人権無視っぽい!
全力で逃げようとするわたしの手を逃がさんとばかりに締め上げるユーシス様の手に、ふと誰かの手が置かれた。
「女の子には優しく、と教わりませんでしたか。ユーシス様?」
聞き覚えのあるこの声は、グレンだ!ローズ様から肝試しをすることを聞きつけて、不測の事態を予想して来てくれたらしい。どんな不測の事態を想像していたか分からないが、結果わたしにとってグレンは救世主となった。我が道を行くユーシス様をグレンが説得し、わたしに対して無理強いしないことを約束してもらった。ありがてぇありがてぇ、とグレンの手を取って何度も頭を下げた。
「チッ、つまらん。だが、俺の国に来ることは考えておけ。この国には、もう聖女級の力持ったヤツがいるみたいだから、お前のその力を持ち腐れにするのはもったいないだろう。なんならその男も一緒に付いてきても面倒看てやる」
「だって、グレン」
「君について行くのはいいけど、なんか男として大事なものを失くしそうだ」
男の人に養ってやるって言われて喜ぶ男の人って、そう多くはないのかな。
まあ、ユーシス様はそんなのお構いなしのスパダリ系オレ様ではあるが、一応わたしの事を考えてもくれているらしい。でも、聖女級の力を持った人って誰だろう。ま、いいか。それに断罪イベが無くても、早々に悪いことが起きるでもなさそうだ。これは一度ローズ様に相談しなくちゃね。
何か変な空気ではあるけど、ユーシス様とは敵対しなくて良さそうなので、取りあえず終わり良ければ総て良しとしましょう。
で、わたしたちが帰ろうと先に進むと、ふとグレンは不思議そうに言った。
「さっきから気になっていたんだけど、ずっと一緒にいるその女の子、知り合い?」
グレンがわたしたちの背後を指さす。
わたしとユーシス様は、錆びたおもちゃのように、ギギギとゆっくり後ろを振り返った。
そのすぐ背後には、小学校低学年くらいのおかっぱ頭の女児が……。
『……あそぼ……』
「「ギャーーーーーー‼七番目ぇぇぇ⁉」」
わたしとユーシス様の悲鳴が夜の校舎に響き渡った。
その後、何故かグレンがその女児を説得して成仏させ、遊び半分で危険なことをしてはいけないと散々怒られた。ユーシス様と一緒に。グレンが凄すぎる。
そして、ユーシス様共々、何気にハイスペックなグレンに頭が上がらなくなったのだった。
いかがでしたでしょうか。
ホラーも読みますが、ホラーにもハッピーエンドを求める作者でございます。
みんな幸せにな~れ。
完結まで漕ぎ着けたので、一気に投稿します。
閲覧よろしくお願いします。
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