弟、現る
第二学年です。
そうこうしているうちに、冬が過ぎた。
乙女ゲーム的な特筆すべきことは、ない。
わたしは相変わらずローズ様に振り回され、土いじりをし、殿下たちのジジ臭い症状緩和に寄与し、グレンと鍛錬をする毎日だ。
変わることといえば、もうすぐ入学の季節となり、最高学年だったリード様がご卒業されるということだ。これで一人、わたしの目の上のたん瘤が減る。
と思いきや、宰相候補として実務を王宮で学びながら、殿下の側近となるべく、学園にもちょこちょこ顔を出すそうだ。なんも変わらない、わたしの生活。
そういえば、交流大会の時のゴーレムの暴走は、発生装置に不具合があったとかで、点検をしたけど原因は分からなかったと言っていた。そんなこともあるんだな。
それと、わたしにちょっかいを掛けてきた令嬢たちとは和解した。ローズ様により、強制的に。
ただ、わたしの実情を目の当たりにした令嬢たちは、最近になり、むしろわたしに同情するようになった。彼女たちが思っていた蜜月的な要素が皆無だということに気付いたのだ。
文化祭とか、卒業パーティーとかあったけど、結局イベントも進んでないので断罪イベなんか起こりようもなく、また制服着用が義務のため、ドレスを着て「これがわたし?」をやることもなく、パーティーではひたすらローズ様の引き立て役に徹していた。思い出と言えば、ご飯が美味しかったことくらいだろうか。
あ、特筆すべきことあった。カミル先生の拷問も無事通過したことだ。いろいろ実験と称し、頭に電極付けられてシルエットが骸骨になる感じの電流流されたり、連続耐久ゴーレム破壊でわんこそばのように次から次へと出てくるゴーレムを三日不眠不休で倒したり、ちょっとやってごらんと国を魔物から守る結界を張るため危険地帯に拉致られたり、思えば若気の至りといつか笑える日がくると思えるだろうかと自問するような経験をした。
むしろイベントが進まなかったのは、カミル先生に拠るところが大きい。
結果カミル先生のわたしへの評価は、「宝の持ち腐れ」でした。単位はもらえて、ある意味親密な時間を過ごしたけどね。
ゆるフワ設定の乙女ゲームじゃなかったら、わたし死んでた。
前世と現世のお母さん それでもわたしは元気です
そんな中、いよいよ新入生がやってくる時期が来た。
生徒会長は、二年生以上に王族がいると強制的にやらされるようで、アルフレド殿下が代表スピーチをした。そして、新入生の代表は、真紅の髪にエメラルドの瞳をしたツン系美少年だった。
もうお分かりだろうが、彼はファビアン様。あのローズ様の弟君だ。
ローズ様曰く、実の姉が言うものなんだけど、うちの子マジ天使、らしい。実際見た目は紅顔の美少年って感じで天使だが、ローズ様から言わせれば性格も天使なんだって。もう、お腹いっぱいなくらいほめ倒しておった。でも乙女ゲーム的な感じだと、姉を断罪しないといけないから、家では冷たく接していてマジツラいと言っていた。いつもながら悪役令嬢の鑑である。
まあ、姉の評価は置いておいても、実際新入生代表になるくらいだから優秀なんだと思う。
ちなみに、ローズ様は公爵家なのでやはり強制的に生徒会入りし、弟君も強制加入させられるようだ。ついでに言うと、殿下の護衛のオーランド様も生徒会だ。わたしが三年になれば、ローズ様を慕っているというアルフレド殿下の妹君も入ってくるらしく、この方も生徒会入りが決まっている。ついでのついでに言うと、リード様とまだ見ぬ王女殿下を含めた六人は幼馴染だって。逆ハーレムルート起こすために、攻略キャラを集めるためのご都合主義はいっそ天晴れだ。
実は、密かにサラは生徒会の会計だったりする。こうやって攻略キャラの情報を集めてくれているようだ。全然活用できてなくてごめんね。
それで肝心の出会いイベントだけど、ローズ様曰く、悪役令嬢がヒロインの殿下たちに対する目に余る行為を注意しようと、ヒロインに恥を掻かせないように人気のない廊下で話をしようとした時に、弟君が偶然通りかかるのを計算し、ヒロインは悪役令嬢に突き飛ばされたように演技をし、弟君それを見てヒロインを助けるのだが、信じていた姉の悪辣な所業を軽蔑し、ヒロインを慰めていい感じになるらしい。
まあ、ある意味わたしの殿下方への行動は、目に余るものと言えなくもないか。
また演技か、と思い悩んでいたが、そこはローズ様が「あなたに演技力なんて期待していないから、わたくしに任せておきなさい」と頼もしく宣った。乙女ゲーム成就に対するローズ様の情熱は過剰だと思うが、びっくりするほど面倒見が良くって、わたしはそんなローズ様が大好きだ。
そして、わたしの素の反応を引き出すため、いつイベントが起こるかは教えてもらえなかったが、そろそろ何かが起こりそうな予感がしていたある日のことだった。
今日もいつものように、せっせと園芸部の庭いじりをしていた。冬に、花壇の一角をわたしの好きに使って良いというお許しが出たので、何を植えようかワクワクしていたところ、カミル先生が珍しい植物を手に入れたと言って、少しその種を分けてくれたのだ。
春になり、人参みたいな葉っぱが出たので、多分高麗人参とかそんな類の植物だろうと思っていたが、ちょうどいい収穫時期っぽいので、今日は大収穫祭と銘打っていた。
カミル先生は、「春採れのマンドラゴラだよ。収穫は勢いよく抜くといいらしいよ」と教えてくださったので、わたしは意気揚々とその植物を引っこ抜いたのだ。でも、マンドラゴラって何だろうと思っていたが、わたしはカミル先生の悪意を失念していたのだった。
もう何が起こるか、お分かりいただけただろうか。
校内に響き渡った絶叫に、何人かの生徒と教師が園芸部に集まって来たらしい。何故、伝聞形式かというと、わたしはマンドラゴラの絶叫の精神攻撃の餌食になり、花壇の真ん中に倒れ伏していたから記憶が無いのだ。また聞いた話だが、わたしが気絶しながら握っていたマンドラゴラは、カミル先生がほくそ笑みながら持っていったそうだ。確信犯だった。
人的被害はわたしだけだったのが幸いだったが、運の悪いカラスが二、三羽わたしの周りに落ちていたようだ。そこに、生徒会の用事で通りかかった殿下とオーランド様とファビアン様が、現場の惨状からある程度事情を察し、わたしを医務室まで運んでくれたようだ。
姫抱っことかの乙女ゲーム的な展開を期待しただろうローズ様には本当に申し訳ないが、現実は、野良作業用のダサいズボンのわたしをオーランド様が俵担ぎして運んでくださったようだ。その扱いを見たファビアン様は驚いていたらしいけど、殿下も周りの人間も誰も咎めないので、頭のいいファビアン様はわたしのポジションを察したようだった。
その後目が覚めたわたしは、医務室の先生にこってりと怒られてから解放された。医務室の先生は、あまりに早くわたしが回復したのでビックリされておられたが、何でも、マンドラゴラは絶叫を遮断する耳当てをしていないと、抜いた本人は数日間目覚めなかったり酷い時は発狂したりするらしい。おのれカミル先生め、攻略対象にヤンデレエンド以外で殺されかけるとは、恐ろしい人だ。
そんな訳で、少しお疲れ気味に廊下を歩いていると、前から真紅の縦ロールをビヨンビヨンと弾ませたローズ様がやって来るのが見えた。わたしが挨拶しようとすると、無言でわたしの腕を掴んで歩き出し、生徒会室の隣の休憩室に放り込んだ。
「そこにお座りなさい」
わたしは、そこにあったパイプ椅子に座ろうとした。
「床に正座!」
「……はい」
そうしてわたしは、上質な絨毯の上に正座をした。多分ローズ様は反省させようとしてのご命令だと思うが、全然痛くも冷たくもない床は、むしろ汚いズボンのわたしにとって気兼ねしなくて、とてもいい塩梅だった。
「あなたね、本当に自分がどんな人間か分かっていないようね!あれほど注意したわたくしの善意が、その空っぽの脳みそに全く入っていっていないようね!」
お?凄い悪役令嬢の忠告シナリオっぽいセリフ。責め感と語調が強めだけど。
「あなたには、あれだけ知らない人とカミル先生からは物を貰わないようにと忠告したのに、何でマンドラゴラなんて貰っているのよ!ヒロインチートがあるあなた以外だったら、軽く死んでるわよ。カミル先生は絶対確信的にそれを見越してやっているのだけど。いい、これからカミル先生から何か貰った時は、必ずわたくしかあのグレンって子に相談しなさい。あと、カミル先生に接近されたら、取りあえず逃げなさい。いいわね!」
エラい剣幕で威圧感バリバリだけど、おっしゃっていることはめっちゃオカンです。っていうか、ローズ様の中でわたしは幼児扱いだったんだな。あとカミル先生の不審者扱い半端ないです。攻略対象のはずなのに。でも、ローズ様に心配されるの嬉しい。
わたしがちょっとヘラッとしていると、吊り気味の目をさらに吊り上げてローズ様がわたしを睨んだ。
「反省してるの?」
「はい。せっかくの気絶イベントだったのに、姫抱っこしてもらえなかったのはわたしの不徳の致すところです。せめてスカート履いてパンチラくらいしとけば、と……」
「パンチラから離れなさい!」
女の子なんだから、自分の下着を安売りするなと怒られた。外見以外に女子力の無いわたしの苦肉の策なのだが、ローズ様はわたしのほっぺたに人差し指をブスッブスッと突き刺しながら言った。
「あなたねぇ、わたくしやグレンって子にやってるみたく、控えめにニコッと笑うだけで、男子の好感度なんて爆上がりするのに、なんで他の男子には出来ないの?だからいつまで経っても殿下たちの扱いが『珍獣』から変わらないのよ。早く人間と認められなさい!」
え?わたしってローズ様やグレンにそんな感じだったの?まあ、殿下たちの前だと攻略しようと身構えてしまうけど、確かにローズ様やグレンには素で接しているかもしれない。そうか、緊張感溢れる人間と親密にはなりづらいな、確かに。
「ありがとうございます、ローズ様。わたし頑張って人間になります!」
「そうよ。頑張りなさい」
「はい!」
わたしたちが、今までにないほどの意識の共有を図ったところで、奥のソファの方から「ブホ」と息を吐く音が聞こえた。何故か既視感のある噴き出し音だ。
っていうか、この部屋に誰かいたの⁉
わたしとローズ様がギョッとして音がした方を向くと、ソファから誰かが起き上がった。後ろ姿だったが、紅い髪がその人物が誰か物語っていた。ファビアン様だ。
「ファ、ファビアン?」
「はい。大事なお話を遮って申し訳ありません、姉上」
声には出さないが「大事な」に副音声が付いている。嫌味なく嫌味を言うそのセンスはローズ様に通じるところがある。どうやらファビアン様は仮眠を取っていたらしく、手ぐしで髪を整えるとわたしたちの方へ歩み寄って来た。
近くで見ると、ローズ様によく似ていることが分かる。ちょっとツンとした雰囲気で、身長はそれほど低くないが、若干のショタ感をいい具合に醸し出す華奢さと相まって、お姉さんとか一部のおじさんとかに熱狂されそうな、年上キラー的な感じだ。
「ですが、そういうお話は、周りに人がいないことを確認してからされた方がよろしいかと」
僕には関係ないですけどね、とツンと言ってファビアン様は部屋を去って行った。
残されたわたしたちはしばらく声が出なかった。
「……あの、これって、わたしたちが結託しているのバレましたよね」
「……」
「断罪イベ後に、わたしがローズ様を陥れているのがバレる流れ、出来なくなりましたよね」
「……」
無言のローズ様に、わたしが手を添えると同時に、ガチャッと休憩室のドアが開けられた。ちょっとノックくらいしてよ、と憤ったが、開けたのがオーランド様だったので諦めた。
「何だ、お前たちか。相変わらず仲がいいな」
そう言って、休憩室の棚からプロテインらしき飲み物を取って、わたしが運んでもらったお礼を言う間もなく部屋を出て行った。鈍感な脳筋騎士様をして、不仲説を信じ込ませることに失敗していたことに、今更ながら無力感が襲い掛かる。主にローズ様に。
「……ああ、わたくしの完璧な計画が!」
仰け反るローズ様に掛ける言葉もない。でもわたし分かってた、無理があるって。
「断罪イベが無くなったら、隠しキャラルートが出てこないじゃない!」
ローズ様の絶望は、やっぱりブレなく攻略に関することだった。全員が大団円で終わるには、その隠しキャラが重要なんだって。
でもさ、そんなルートを辿らなくても、今が十分幸せなんだけどな。
ピコン
『ステータス
名前 アイリス・メイフラワー 16歳
知能40 体力70 魅力70 センス40 魔力80 器用さ80 運80
◇取得スキル
光魔法Lv.MAX 治癒魔法Lv.7 調理Lv.5 俊足Lv.6 土木Lv.7 NEW根性Lv.4 NEW状態異常耐性Lv.5
◇親密度
アルフレド 50% オーランド 55% リード 45% カミル 60% NEWファビアン 5% NEW☆☆☆☆ 0%
◇アイテム
マンドラゴラ(強毒性)
◇イベント発生率
アルフレド 30% オーランド 35% リード 35% カミル 60% NEWファビアン 5% NEW☆☆☆☆ 0%』
ステータス画面の親密度。
何気にカミル先生が高いことからお気付きでしょうが、接触の回数も反映されています。
次がオーランドですからね。
恋愛感情からの接触かどうかは、ご想像にお任せします。
あと、ヒロインの知能が下がってますね。
閲覧ありがとうございました。
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