交流大会 ~モブ令嬢~
五重の塔を見ると、だるま落としを連想します。
少しいじめ表記あります。ちょっと良くない言葉使ってます。
でも、主人公のメンタルは鋼鉄です。
そんなこんなで、わたしは救護係に任命され、今は各会場間を走り回っていた。
ありがたいことに、わたしのスキル「俊足」がこんなところで役立っている。掌をパーにして走っている。
おかげさまで、係の仕事の合間に、皆さんの応援が何とかこなせそうだ。
最初は、オーランド様の剣術で、あっさり勝利していた。ドヤ顔でこっち見たけど、格下相手にもまったく一切の手抜きをしていないのが分かったので、この先怪我もしないだろうと、「がんばれ~」と適当に声だけ掛けてその場を後にする。後ろから「最後まで見ていけ!」と聞こえたが、逃げるように去った。この競技はトーナメント方式でまだ試合数はあったが、ゆっくり見学などしていたら、こき使われるのが目に見えているからだ。
次は、ローズ様の魔力操作で、土魔法の得意なローズ様は、それは見事な五重の塔を作っていた。この世界に五重の塔があるか不明だが、周りの人も何の建物か分からないながらも、その緻密さには感嘆していたようだ。「お上手です~」と褒め讃えると、高笑いをして「もっとわたくしを讃えなさい」と崇拝を強要してきた。ついでに肩を揉まされた。
そのまま次のブロックのリード様を応援するが、リード様の作品は美麗な乙女の氷像だった。さすが「氷の貴公子」だ。作品には個人の趣味趣向が反映されると言うが、どうやらリード様は、癒し系のお顔立ちと慎ましやかな体型の方がお好みのようだ。わたしがそう指摘すると、微かに頬を染めながら、「これは芸術のための造形だ!」と荒ぶっておられたが、周りの女生徒たちがサッとメモを取っていたのをわたしは知っている。
日も高くなった頃に総合対戦競技に向かうと、ちょうど殿下の出番だった。元々わたしと同じ希少な光魔法が使えるだけでなく、他の魔法にも適性があって、様々な魔法を駆使していた。それに、オーランド様と剣術を鍛錬しているだけあって、生半な技量では相手にならないくらい剣もお強かった。対戦相手は三年生だったけど、危なげなく勝っており、戻って来た殿下に遠巻きに「ナイスファイト!」と声を掛けた。何故遠巻きかと言うと、応援の令嬢たちがひしめいていて、とても近くに寄れる状況ではなかったからだ。さすが王族。
そして、別コートにおいてグレンの試合が始まっていた。
なんと、これは二回戦目らしく、これを勝てば準決勝のようだ。相手はやはり三年生で、どうやら炎の魔法が得意のようだ。そういえば、グレンの得意魔法って知らないかも。実戦魔法の授業は一緒に取っていたけど、いつものらりくらりと逃げ回っているわたしは、先生に怒られていて、あまり授業の内容が頭に入っていなかったし、怪我も結構あるので、治癒でサポート役に駆り出されていたから、他の生徒の得意魔法まで知らなかったのだ。
対峙すると、いくらグレンの身体の成長が著しいとはいえ、16歳と18歳では体格差があった。それをグレンは巧みに利用し、剣を合わせると魔法を放って、ヒット&アウェイ攻撃で着実に相手にダメージを負わせていた。驚くことにグレイは、土と風と雷の魔法が使えるようだ。いつの間にそんなハイスペックになっていたんだ?
結果は、グレンの勝利。でも少なくはない怪我をしていた。戻って来たグレンを捕まえてベンチに座らせると、わたしはすぐに治癒魔法を掛けた。
「こんなに怪我して。もう見ていてヒヤヒヤしたんだから」
「うん。ありがとう。それより、殿下がおっしゃってたけど、ゴーレムの暴走をアイリスが止めたんだって?」
「まあ、成り行きで」
「アイリスこそ無茶をして。俺が見ていない所で危ない目に遭うなんて、俺の方こそ心臓がもたないよ」
「結果、無傷だったし、先生方も原因を究明するっていうし、終わり良ければ総て良し?」
「アイリス」
真剣な顔でグレンはわたしを見つめてくる。明らかに怒っているのが分かるから、わたしは居たたまれなくて少し俯いた。
「こっち向いて」
「……はい」
ほっぺを両手で挟まれて、強制的にグレンと目を合わせられた。
「無茶をしなくちゃいけない時はある。それを止めることはしないけど、でも……」
グレンが少し切なげに目を細めて、少し首を傾げた。
「無茶をするのは、俺の側にいる時だけにして」
グレンの方こそ結構な無茶を言いなさるが、ローズ様とは別の意味で、何故だかグレンには逆らえる気がしない。
「は、はい」
「うん、いい子」
最後にグレンは良い笑顔をわたしにお見舞いした。
何だかモワモワした気分になるが、遠くから同級生がグレンを呼ぶ声がする。グレンはわたしの頭をポンと撫でてからベンチを立ち、同級生の方へ走っていく。多分、次の試合のための武器や装備の調整に呼ばれたのだろう。次の試合は、二試合を挟んだ後に行われる。きっとグレンはいい成績を残すはずだ。
それまでは、救護係として真面目にお仕事をしよう。
別の会場に呼ばれて、捻挫した人の治療をした後、わたしは次の馬術会場に向かおうと、近道の庭園を突っ切ろうとした。
「そこのあなた、救護係かしら」
そう言って呼び止められ、振り向くと緑がかった金髪の令嬢がいらっしゃった。
「はい、そうですが」
「ちょうど良かったわ。少し体調を崩された方がいらっしゃって、治療をお願いできる?」
「はい、喜んで!」
「は?」
いかん。ついローズ様に対応する時の反応をしてしまった。わたしは照れを誤魔化すように、何でもない態度を装って、令嬢に案内を頼んだ。
令嬢についていくと、庭園管理の物資が入った倉庫の裏側だった。人気が無くて、こんな所で具合を悪くしているなんて、何かの作業中に倒れたんだろうか。
心配をしていたが、着いた場所には数人の令嬢が待っていた。一人は見たことがあるが、他はうちの学年じゃ見ない顔なので、多分上級生だ。4人いるが、全員ピンピンとして立っている。どういうこと?
「やっと一人になってくれたわね」
「あなた、ここに何故呼び出されたか分かってらっしゃる?」
「えっと、具合が悪い人がいるとお聞きしましたが」
「まあ、なんて鈍い方でしょう。お育ちが悪いと、察する力も持ち合わせが無いようね」
ここでピンときた。ローズ様と違って、今度こそ本物の「体育館裏、囲みイベント」だ!
「ああ、と。わたしが何かいたしましたでしょうか?」
「本当に平民から成り上がりの男爵に引き取られた方は、ご自分のなさったことをご自覚されていらっしゃらないようよ」
丁寧語過多で聞き取りづらい。が、令嬢たちは、やっぱりわたしに何か物申したいようだ。
園芸部で取った草を肥料にしようと発酵させたら異臭騒ぎになったことか。はたまた土壌改良をしようとして捕まえたミミズの虫かごを、うっかり中庭に忘れて、令嬢たちを阿鼻叫喚地獄に叩き落としたことか。スローライフに犠牲は付き物であるが、心当たりがあり過ぎて、わたしには見当もつかない。
「物わかりの悪いあなたに、親切にもわたくしたちが教えて差し上げますわ」
プラチナブロンドの令嬢が、制服なのに、どこからか取り出した扇子で、わたしの肩をトンと突いて、倉庫の壁に追い詰める。
「あなた、殿下やリード様、オーランド様、ローズ様に随分付きまとっているようじゃない」
それかぁ!いやぁ、盲点だった。でもあれって、ばったり出会ったり、強制呼び出しをされたりするだけで、別にわたしから接触したことないんですが。ああ、ローズ様の命令で泣く泣くイベントもどきを起こさせられたことを言っているのかな。
わたしが無言で思案していると、令嬢たちは苛立ったように目を吊り上げた。
「いいこと、殿下方は、あなたみたいな下賤の民が珍しくて相手してくださってるの。それを弁えもせずに売女のように擦り寄って、恥を知りなさい」
売女って、日本じゃほぼ出会わない単語だ。良くないなぁ、そんな言葉使うの。事情があってそういうお仕事に就いている人だっているのに。
「お言葉ですが、ちゃんと法を守り、自分や家族をそれで養う人たちを貶める言葉はいけません。誰かを蔑む言葉は、いずれ自分に返ります。それにわたしたちは親の庇護の元、この世の生産的なことに何も寄与していない身です。それを自分たちよりも貧しい生き方をしているから下賤というなら、心根の貧しいことをおっしゃるあなたたちも、そう呼ばれても文句は言えませんよ」
わたしの言葉に、令嬢たちがギリッと歯ぎしりせんばかりに顔を歪ませる。だから、わたしは言葉を続けた。
「だから、わたしのことは、脳筋とか、ペチャパイとか呼んでください。身体的特徴も本当はあげつらうのは良くないのですが、事実なのでわたしに限っては使っていいですよ!」
「はあ⁉」
「も、問題がすり替わっているわ!あなた、バカなの⁉」
「はい、それです!わたしは真正のバカらしいので、それでもいいです!」
「い、いやー!この子、頭がおかしいわ!」
わたしがジリジリと近付くと、その分令嬢たちは下がっていく。
「もう、このへんでお止めください」
突然か細い声がその場を制した。わたしが声の方を見ると、わたしと同級生と思われる女生徒がおずおずと口を開いた。
「わたくしたちはただ、アイリスさんが貴族女性としては常識的でないことを諭そうと集まったのではないのですか?」
亜麻色の髪に、アンバーに近い黄色っぽい瞳をした、ともすれば群衆に埋もれてしまいそうな雰囲気の子だった。でも、顔立ちは綺麗で、少し手を加えれば宝石に化けるような原石感のある子だ。「俺が磨いてやる」みたいな欲望を掻き立てられる感じ。わたしも感じる。
この子はこれまで、令嬢たちの舌戦にも加わっておらず、一歩引いた所からこちらを見ていた。でも、騒然としだした事態に、噤んでいた口を決意の上開いたっぽい。
まさか!この子は、もしや、「悪役令嬢の取り巻きモブ」!
きっとここからモブを辞め、美少女に開花して、王子たちに愛されキャラに変貌するんだ。
「も、もうちょっと、そこのところを詳しく!わたしの、どこが駄目なのか!」
わたしが令嬢の手を握って詰め寄ると、明らかに狼狽し引き攣った顔でわたしを遠ざける。
「あ、あの、普通貴族の女性は、男性と二人きりで気軽にお話したり、接触をしたりしません。あなたは、その、そういうことを意識なさらずに、オーランド様やリード様たちと関わっていらっしゃるようだから。……近い!」
なるほど!この世界では、婚約者がいないドフリーでも、安易にお近づきになってはいけないんだ。好都合……いや、仕方がない。何て言っても、この世の常識だから。殿下たちのパシリ……要請は泣く泣く断り、わたしは常識家になる!
「教えてくださって、ありがとうございます、ありがとうございます!不用意に高貴なる方々には決して近付きませんゆえ!」
ぐいぐいと取り巻きモブ令嬢に顔を押し戻されながら、わたしは歓喜のお礼を何度も述べた。
令嬢たちは、わたしを未知の生物かのように恐ろし気な目で見て、捕らえられた取り巻きモブ令嬢を保護すると、捨て台詞を吐いた。
「さ、先ほど自分でおっしゃった言葉、お、覚えておきなさい!」
ええ、忘れませんとも!
悪役の鑑のような方々を見送り、わたしが固く約束を守ろうと決意したとき、背後からオホンという空咳が聞こえた。ゾワッとして振り返ると、倉庫の脇から、赤いドリル頭の高貴な令嬢が現れた。
「ゲッ!ローズ様」
わたしが後ずさると、ローズ様にギュッと抱きしめられた。そのけしからん豊かな胸に顔が埋まり、わたしは思わず「ゲヘヘ」と漏らしてしまった。
「こうなることは予想して然るべきだったわ。ごめんなさい」
なに!あのローズ様が謝罪している。それもわたしに!
「いやいや、ご令嬢には貴重な情報を提供していただき、逆に感謝してますよ」
そう言ったのに、今度は無言で、更に力を込めてギュッとされた。
「いくらあなたがおバカでも、悪意は哀しいものでしょ」
ああ、やだなぁ。涙が出そう。ローズ様、大好き。
「あの子たちは、わたくしの取り巻きだわ。ちゃんと言い聞かせなくてはね」
あれ?ローズ様の声が低い。
「そんな、ローズ様のお手を煩わせることは。それに、わたしが殿下たちと適度な距離を保ちつつ好感度をそれなりに上げれば……」
「わたくしを誰だと思っているの。わたくしの庇護する子を苛めて、タダで済ませるほど、安くはなくてよ」
またじーんとするが、次に宣われた言葉に、わたしは察した。
「あなたはくだらないことを考えずに、数個しかクリアしてないイベントをこなしなさいな。そして、コンプリートを目指すのよ!」
ローズ様は、イベントスチルの全開放したいんだ。筋金入りの乙女ゲームマニアなんだ。
いや違う。イベントオタクだな。
こうしてわたしは、殿下たちのパシリから抜け出すこともできず、ローズ様の圧力をのらりくらりとかわす日々を続けるのだった。
主人公の悪役令嬢に対する感情は、「崇拝」です。
でも、けしからん人にけしからん場所でギュッとされたら「ゲヘヘ」ってなると思います。
百合を期待された方、申し訳ない。
という訳で、今回も閲覧ありがとうございます。