攻略開始
殿下逃げて~!
現在の時刻16:00。
ローズ様情報によると、アルフレド様は生徒会の仕事が終わるこの時間に、庭園のガゼボで一人息抜きをするらしい。なんてイベント向きの息抜き。
ちなみに、王族の人は、部活は選べなくて、強制的に生徒会入りするらしいよ。
意気揚々としたローズ様に唯々諾々のわたし。
現場に到着すると、こっそり木の陰から殿下の様子を窺う。ガゼボのベンチに寝そべるようにして何かの本を読む殿下。遠目なのに、すごい絵になる様なのが分かるのが怖い。
殿下は、大らかな性格が良く出た優し気な美少年だ。細身に見えるけど、実は脱いだら凄いらしい。(ローズ様のサポートキャラ調べ)
「そう言えば、ローズ様と王太子殿下って、こういう場合婚約者とかじゃないんですか?」
ちょっと疑問に思ったのでローズ様に聞いてみた。悪役令嬢という婚約者いるのにヒロインが略奪しーの、謀略で断罪からの婚約破棄とかが定番な気がする。
「ご期待に沿えなくて悪いけど、この世界では自分の婚約者はこの学園で探すっていうのが王族の定番みたい。わたくしは殿下の幼馴染で、家柄も教養も容姿も断トツの婚約者の最有力候補ってポジションね」
なるほど。自由恋愛を尊重する設定な訳ですね。
「あ、殿下が本を読み終わるようよ。ちょうどいいわ。あなた、殿下がこちらに歩いてきたら、何かを探す振りをして近くまで行きなさい。そしたら偶然を装って躓いて殿下の胸に倒れるのよ。あわよくば、ラッキースケベで唇を奪いなさい」
他人事だと思って、注文がどぎつい。
「ええ、嫌ですよ。それにベタすぎやしませんか?」
「ベタというのは、何度も使われているからベタなの。つまりは有効な手段ということよ」
「はあ、なるほど。でも、キスは無しにしても、わたしわざとなんて転べませんし、何を探したらいいでしょう」
「探し物くらいアドリブでおやりなさい」
「わたし、演技って、小学生の学芸会でさるかに合戦の柿の種役しかやったことないんですが」
「……大丈夫よ。きっと、やれば出来るわ」
何か悪役令嬢様の同情を買った。
「それに転ぶのは、いい頃合いでわたくしが土魔法で転ばせてさしあげるわ」
さすが悪役令嬢様。魔法などお手の物のようだ。
「でも、わたしが倒れ込んだくらいで、殿下が気になさるでしょうか?」
最大の心配事はそれだ。何といっても魅力を10も下げてるくらいなので、正直殿下がわたしに興味を持つ自信が無い。まあ、「曲者」くらいの認識はしてくれると思うが。
「何言っているの。ちょっと二の腕とか逞しいけど、魅力を10下げたとしてもあなたは十分可愛らしいのよ。自信を持ちなさい」
やだ、ちょっとキュンとした。
「多少馬鹿っぽくても、男どもに対してはヒロイン補正っていうのがあるのよ」
上げて落とす。さすが悪役令嬢様だ。わたしの自尊心は軽く傷付いたぜ。
そうこう打ち合わせをしているうちに、なんと殿下を迎えに護衛騎士のオーランド様がやってきてしまった。
「やば。今日はやめましょう」
「何を言っているの。一石二鳥、二人と出会うチャンスじゃないの。さあ、お行きなさい」
悪役令嬢様がポジティブ過ぎる。
背中を押されて、わたしは渋々と歩き出した。
徐々に殿下と騎士様が近付いて来る。わたしは意を決して、渾身の演技を披露した。
「どこー。どこに行ったのー、わたしの青い鳥―」
ローズ様がいる後方で「ブホ」と吹き出す音とガサッと茂みが揺れる音がした。ついでに、殿下と騎士様が唖然とする様が見える。どうだ。わたしの探し物の演技は!
幸せを探しながら軽やかに駆けるわたしは、殿下たちまであと数メートルという距離まで近づいた。
その時、足元の土がメコッと盛り上がり、わたしは盛大にそれに躓いた。
ローズ様、思ったより土魔法が過剰でした。
わたしは、躓くというよりダイブする勢いで前のめった。このままでは、殿下と事故チューどころではなく、激突し頭蓋骨骨折だ。そして、断罪イベを待たず、わたしは打ち首に!
気付けば、王太子殿下と騎士様の眼前で、わたしは美しい前方倒立回転を見せ、殿下たちの後方へ完璧な着地を決めた。少しのパンチラを添えて。
これぞ体力値60のなせる業。
「殿下。お怪我はありませんか?」
「………………ああ」
片膝を突いた着地の姿勢のままわたしが尋ねると、凍り付いた空気からようやく抜け出したような面持ちで、殿下が頷いた。それにハッとした騎士様が、慌てて腰の剣を抜こうとする。
「おほほほほほ。こんな所にいらっしゃったの、アイリスさん」
オーランド様が剣をわたしに向ける前に、ローズ様がわたしたちの間に割って入った。
「あら、殿下、オーランド様、ごきげんよう」
何事も無かったかのようにわたしの隣に来て、ガシッとわたしと腕を組むようにホールドすると、朗らかに殿下と騎士様に挨拶をした。
「ああ、ローズ。その、彼女は知り合いか?」
「ええそうですのわたくしたちとっても仲良しですの一緒に帰りましょうと言いましたのに何か探し物があるといって姿が見えなくなったものですから心配で探しておりましたのよ」
凄い。一息で言い切った。だけど、わたしに対する圧が凄い。
「ねえ、アイリスさん?」
「はい」
イエス以外の答えの無い問いかけに、わたしは引き攣る頬を隠すように返事をした。
「あら、やだ。もうこんな時間ですのね。さあ、帰りましょう、アイリスさん。それでは殿下、オーランド様、ごきげんよう」
ローズは高笑いをしながら、令嬢とは思えない力でわたしと組んだ腕を引いてその場を立ち去った。
殿下たちから遠く離れ、人気のない場所まで来ると、ローズ様は組んだ腕を振り払うように離した。
「バカ!おバカ!誰が幸せを探せって言ったの!ペンとかハンカチとか物理的なヤツを探しなさいよ!あれじゃ、頭のおかしい女としか思われないわよ!それに、何でアクロバット極めてるのよ!唖然としていたわよ、二人とも!オーランド様なんて護衛忘れて見入ってたわよ!しかもラッキースケベしろとは言ったけど、何でパンチラなのよ!少年誌か!こちとら乙女ゲームだバカ!」
「……面目ない」
それはもう、反省会をするまでもないほど的確にわたしのやらかし事項が並べられた。
でも、あの土魔法はやりすぎだったと思う。……と告げられないわたし。
項垂れるわたしに、ローズ様は大きなため息をついた。
「もう、やってしまったものは仕方ないわ。取りあえず相当なインパクトは残せたと思うし。まあ、殿下はびっくりしていただけだと思うけど、オーランド様はマズいわね。完全にあなたのことを不審者認定していたっぽいし」
「ですよねぇ」
なんならあの場で斬り捨てられても可笑しくない状況だったな。
「こうなれば、急務になるのはオーランド様の印象を変えることね。いいわ。出会いイベントでもとっておきを使いましょう」
「また無駄になるような気が……」
「お黙り。やれることはとことんやって、この状況を打破しなければ」
ローズ様は、縦ロールをビヨンビヨンさせて頷く。
「いいこと、アイリス。明日の昼休み、東の池近くの木に集合よ。そこでオーランド様の好感度を挽回するわ」
「……はぁい」
わたしが細々と返事をすると、ローズ様は息まいて帰っていった。あのバイタリティはいったいどこから湧くのだろうか。
わたしは大きなため息をついて、とぼとぼと寮の方へ歩いた。
途中力尽き、近くにあったベンチに腰掛け、沈む夕日を眺めながら黄昏れていた。
「……はあ、ヒロインって大変ね。でも、ローズ様は面白い方だし、もっと仲良くなりたいし。もう少し頑張ってみようかな」
ボソッと呟くわたしに、夕日を背にした大きな影が掛かった。
「アイリス」
顔を上げると、そこにはグレンがいた。
「あ、グレン。ごめん、今日は走り込みはお休みにしようかと」
いつもわたしの体力づくりに協力してくれているけど、今日はちょっと疲れたのだ。
そんなわたしを見て、グレンがわたしの隣に無造作に座った。
「どうしたの?なんか疲れているみたいだ」
顔を覗き込むようにしてグレンが心配そうに声を掛ける。隣に座ると、わたしの身体が隠れてしまって、まったく夕日が当たらない。グレンは出会った時はひょろっとしていたけど、わたしと筋トレしているうちに、いつの間にか細マッチョ手前くらいになっていたようだ。
オーランド様ほどではないけど、頑張れば騎士にだってなれそうな感じだ。まだ、筋肉を付ける余地はたくさんあるけど。
「うん。学生でも、人との関係性って、いろいろ大変なんだな、と思って」
「誰かに嫌なことされたの?」
「ううん。ただ、ここは将来的に長く関わっていく人たちとの繋がりを見つける場なんだなって。そのために、わたしものほほんとしているだけじゃダメかなって思って」
ローズ様は、疑似転生とは知っていても、よりよい縁を掴もうとして動いている。それは例えこの三年間が幻となっても、自分が納得いく結果に導く努力をしている。わたしだって目指すスローライフのために走り込みとかしていたけど、根本的に向いている方向が違うんだと思った。
わたしはわたし一人が満足する結果を求めて、ローズ様は自分を取り巻く人間関係すべてを良い方向へ持っていこうとしているんだ。たとえそれが百パーセント自分のためだけだとしても。
「せっかくたくさん友達を作れるようになったんだもん、もっとたくさんの人と出会えるようにするのもいいのかも」
グレンにもたくさん紹介してもらったしね、と言うとグレンは、いつもは快活な笑みを絶やさないのに、何故か真顔でこちらを見てきた。
「ねえ。何か悩んでいるなら、俺を頼って」
思いもかけない言葉だった。わたし、悩んでるのか、もしかして。
「いやぁ、悩むって程ではないんだよ。たださ、自分がやりたい事ばかり考えるよりも、誰かとやりたい事を共有する方が、もしかしたら楽しいのかもって思って。グレンには、ずっとわたしのわがままで走り込みとか付き合ってもらっているけど、たまにはグレンもわたしにやってほしい事があったら言ってよ」
グレンを見上げると、少しきょとんとしてから考える素振りをした。
「何でもいいの?」
「いいよ。まあ、わたしに出来ることなんて大したことないけどね」
笑いながらそう言うと、グレンは優しく目を細めた。
「俺は、アイリスが幸せなら、それでいい」
わたしは間抜けにも、グレンの顔を、ポカンと口を開けたまま見つめてしまった。
サポートキャラって、わたしのためにお役立ち情報をくれるNPCだと思っていた。
でも、わたしには、もうそんなの関係なく、大切な友達なんだと思い知らされた。
もう、わたしの身体は発作を起こさないはずなのに、何だか胸が苦しいよ。
今日も悪役令嬢のおかげで、ヒロインがなんとか生きています。
ヒロインのパンツは白です。
サポートキャラって、慈母だと思っています。
本日も閲覧ありがとうございました。
また明日投稿します。