おまけ4 カミルの場合
お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。
謎スキル「俊足」を回収します。
本日は、このお話ともう一つ、登場人物紹介をアップしますが、実質このお話が最終話になります。
最後まで閲覧よろしくお願いします。
懐かしい子と再会した。
向こうは僕の事を覚えていないようだったけど、僕ははっきりと覚えていた。
ピンクブロンドの髪はそのままだけど、昔は警戒心の強い仔猫みたいな子だったのに、6年ぶりにあったその子は砂糖菓子みたいな可愛い子になっていた。
僕は、王都で結構有名な服飾店の長男として生まれた。姉が1人いたし、小さい頃は容姿も女の子と間違われていたし、家業柄あまり男くさいことをしなかったこともあるけど、僕は昔から本を読むのが好きだった。
ある時、親戚の人が外国へ引っ越すことになって、蔵書を一部譲ってくれた。その中に、魔法に関する書物が結構あって、興味本位で読んでみると、たちまち僕はその世界の虜となった。
元から魔力が多めにあると言われていたけど、特にそれを生かす生活をしていなかった。周りも手先が器用な僕が家業を継ぐものと思っていたから、特に教師を付けたり専門の学校に通わせたりすることもなかった。
それまで何事にも特に興味を持たずに漫然と生きてきた僕が、初めて見せる執着にも似た好奇心に、裕福だった両親は惜しみなく援助してくれた。
家に魔法の教師を招き、魔道具と言われる高価な教材を取り寄せ、僕が10歳になる頃には、大人が舌を巻くほどの魔法を扱うことが出来るようになった。
理論を早々と習得した僕は、次に実践に興味を移した。
幸いなことに、僕は4つの属性に恵まれていたから、平民では珍しく王立学園の幼等部への入学も決まって、そこで様々な訓練を受けることができた。
とは言っても、幼等部は比較的魔力が強めの貴族子女の魔力制御の基本を学ぶ場所で、本当に地力のある高魔力の貴族は、専属の王宮魔導士が派遣されるので、この学園には通っていない。それに貴族の高等教育を受けた人間とは言っても、12歳までの子供の集まりでは、少々僕には物足りなかった。
王立学園が郊外寄りとはいえ王都にあったため、僕は自宅から通っていた。だから、授業が終わるとさっさと帰って、王都の城壁から少し離れた森で、人知れず魔法の練習をしていた。
その森は、魔物が出るため、聖女が結界を張っていて立ち入り禁止となっていたが、僕は小さな綻びを見つけてそこに侵入し、中で小さな魔物から狩り始めた。幼等部から卒業して中等部に上がる頃には、大型の魔物でも簡単に狩ることが出来るようになっていた。
高等部入りを目前としたそんなある日。いつもどおりその森へ行くと、ふと自分以外の人間の気配を察知した。
ここに入り込む人間は、僕のように結界の綻びを見つけられる人間か、よほど鈍感で結界にも気付かずに偶然入り込む人間のどちらかなので、興味が湧いて僕はその気配を追った。鈍感な人間であれば、適当に魔法で誘導して逃がしてやってもいいけど、魔力の強い人間であった時は、ここにわざわざやって来たことになる。その目的如何によっては、楽しいことになりそうだったから。
気配に追いついてみて、僕はまだまだ自分でも驚くという感情があることを知った。
相手は、まだ10歳にも満たない小さな少女だった。
ピンクブロンドの珍しい髪色をして、痩せっぽちで、隙の無いような目をしていた。清潔だけどくたびれた布地の服を着ていて、少女があまり裕福ではないことが分かる。
少し観察をしていると、少女は辺りをキョロキョロと見回し、徐にそこら辺に生えた草を摘み始めた。遠目だったけど、よく見るとそれが薬草であることが分かった。
この森は魔物が蔓延るくらいだから、魔素に満ちてて薬草の類は効能の高い物が生える。この少女はそれを知っていてこの森に入ったのだ。ということは、結界の綻びが分かっているということ。俄然、興味が湧いてきた。
少女は森の浅い場所を徘徊していたが、少し奥に移動する時に、不思議な力を使った。書物では読んだことがあるが、僕も発動を初めて見る魔法だった。この森の結界に似た力で、少女は自分の周りに薄い光の膜を張っていた。それが魔物除けの光魔法だと分かった。
聖女の結界は、強力な聖性で闇属性の魔物を浄化し、それにより魔物に畏怖を与えて遠ざけるものだが、少女の魔法は、光学的な迷彩効果と気配の遮断効果があった。珍しい属性にもだが、その斬新な使い方に背筋がゾクゾクとした。
僕が持つ属性は、雷、水、風、そして闇だ。闇にも同じ隠密の効果があるが、これは闇で身体を覆う古来から一般的なもので、持っている人間も珍しくもない。もっとも、大半の人間は、軽い認識阻害程度の力であり、僕のように完全に気配を遮断するほどの闇属性の力は珍しく、こうして相手に気付かれずに観察できるのは、王宮の諜報活動員くらいなものだ。
少女は10日に1度程度の頻度で森に現れた。森で採った薬草を売って家計の足しにしているようだった。僕の実家から遠くない王都の下町に母親と二人で住んでいて、慎ましいながら楽しそうな暮らしだった。魔法が使えることは誰にも知られていないようで、薬草は運よく群生地を見つけたと説明していた。理由はあるのだろうが、あれ程の才能を隠すのは勿体ないと歯痒く思う。
何で知っているかと言うと、街中で薬草を持った彼女にわざとぶつかって、お詫びと称して薬草売りから自宅まで付き添ったから。気になると突き詰めたくなる性質なんだよね。
僕の興味は観察を続けるほど深くなり、ある日、ちょっとした悪戯を仕掛けたくなった。魔物と親和性のある闇魔法で、小さな魔物をけしかけてみた。最初は兎の魔物で、額に生えた角さえ気を付ければ、子供でもちょっと大怪我するくらいだ。
少女はあるはずのない接敵に驚いていたが、意外と冷静で、魔物を刺激しないように牽制しながら逃げ出した。まんまと結界の外まで逃げてしまい、僕は残念なことに気付いてしまった。自分の魔法が魔物に通用しないと思ってしまったら、もうあの少女はこの森に通わなくなるのではないか、と。
後悔と、あの少女の魔法に焦がれて、一晩中頭から少女のことが離れなかった。もやもやとした感情を抱えながらも、またあの森へ行く。これではまるで、僕があの子に恋をしているみたいだ。
あの結界の綻びを定位置から見ていると、あの少女は再び現れた。僕は、心臓が喉から出てしまうのではないと思うほどに高鳴るのを感じた。
あの子は、どこまで僕の悪戯に付き合ってくれるだろうか。
それから、僕と少女の奇妙な追いかけっこが始まった。追いかけるのは僕じゃなくて魔物だけど。
どんどんけしかける魔物を、大きく強くしていった。最初は冷静ながらも怯えて逃げるだけだった少女だったけど、徐々に光魔法で戦うことを覚えていった。もう逃げ足だけでも、余程足の速い魔物以外なら逃げられるくらいになっていたけど、魔物の素材が高く売れることを知ってからは、工夫して魔物を倒すようになった。それも僕が、街でそれとなく情報が伝わるようにしたんだけど。
今更だけど、通りすがりを装うんじゃなくて、出て行って声を掛け、もっと効率のいい魔物の倒し方を教えたい。学園でも街でも、女の子から声を掛けられることはあっても、僕から声を掛けたいと思ったのは彼女が初めてだった。今すぐ、闇魔法の隠形を解いて、その瑠璃色の目に映りたいな。
しばらくすると、僕は学業が忙しくて、もうその子と会うことは出来なくなった。
でも、何年かした頃、風の噂で大物の魔物を倒して彼女が光属性を持っていることが周囲にバレてしまったことを聞いた。そのことがきっかけで、本当の父親である男爵に引き取られたこと。
そして、この僕が教鞭をとる王立学園に入学してくることを。
再会は、驚くほど何もなかった。向こうもまったく気付いていない。
10歳くらいの時に、街で1,2度出会った人間を覚えてないのも無理はないとは思う。だけど、それが何となく癪で、授業で余所見をした時にはちょっとだけ他の生徒より力が入った注意をしてしまった。
幼い時は名前を呼べなかったけど、今はちゃんと呼べる。
アイリスが来てからの学園生活は、何故かとても楽しい。
きっかけとなったのは交流大会のゴーレム暴走だった。ある生徒が、大会用のゴーレム発生装置に細工をしていたのに気付いたけど、アイリスがどう対処するか知りたくて放置した。案の定、アイリスは規格外の光魔法を僕に見せてくれて、大手を振ってその光魔法の実験をする機会を得た。
念願かなって、僕はアイリスに直接魔物の倒し方を教えることが出来た。教えれば教えるだけ吸収して、もっともっとと僕は欲張りになった。
どこまで出来るのか試したくて、ちょっと電流や麻痺毒を流してみたり、檻に魔物と一緒に入れて火事場のバカ力というのが出るのか実験してみたり、魔力量を測ると称して不眠不休で魔石に魔力を込めさせたりした。心を鬼にして、限界以上を彼女から引き出したお陰か、そのどれもで彼女は面白い結果を残した。
まるで部活動のようで楽しかったな。誰もが一度は、熱血教師って憧れるよね。
彼女への興味は尽きることが無かった。
そういえば、この前贈ったマンドラゴラの種は、また見知らぬ女が何かしらの細工をしていたけど、アイリスだったらどれくらいの被害で済むのか楽しみだ。春の収穫が待ち遠しい。
その前に、国境線の結界が緩んだと知らせがあったので、そこにアイリスをぶち込んでみようと思う。学園や国境騎士団への根回しも済んだ。
トラビス地方の魔物は、王都の森の比ではない強力なものがわんさかと棲息している。いよいよ僕が教えた魔法の集大成を見ることが出来るだろう。
何やら結界を弱めた人間は、この学園にもちらほら出没している人間のようだけど、僕にとっては都合のいい動きをしてくれているから、今は目を瞑ってあげる。
トラビス地方は、思ったよりも荒廃していた。結界が弱まってひと月の間に、国境線に接する山野から魔物が溢れた。それをどうにか騎士団で食い止めてきたが、死者こそ治癒魔法使いのお陰でなかったもの、人的被害はゼロではない。それに、魔物の大群によって荒らされた土地は、元は草原だったものが今は荒野となっている。
アイリスは、到着した早々に、まず怪我人の手当てを手伝った。国境に配置された治癒魔法使いの中でも、アイリスは1、2を争う使い手だったから、誰もが学生とアイリスを侮っていた態度を改めた。
次の日からもアイリスの快進撃は続いた。
僕が鍛えたアイリスの光魔法の前には、強力な魔物も淡雪のように儚いものだった。そうして魔物に侵食された防衛線を少しずつ押し戻し、拠点に戻っては食事の準備を手伝ってと、寝る間も惜しんでアイリスは働き続きた。
いつしかアイリスの周囲には人が集まるようになった。幼い頃から愛らしかった容姿だったが、今は柔らかさが加わって華やかになっている。それがいっそう周囲に人を集める結果となっていた。
アイリスが人に囲まれ、笑顔を向けているのを見ていると、僕は少し胸の奥がざわつく。
でも、その笑顔が僕に向けられると、その不快感は霧消した。
今日も力を使い果たしたアイリスは、騎士の一人に運ばれようとしていたが、僕はそれを横から奪う。
「せんせー、今日はうまく出来ましたか」
運ばれ慣れたもので、騎士に比べたら力の無い僕の負担にならないように、アイリスは僕の首に手を回している。だからアイリスの声は驚くほど至近距離で耳に響く。そして、その声は、他の人間に掛ける元気な声とは違って、褒めて欲しいと内気に囁かれるもので、どことなく感じる特別感に僕は精一杯の優しい声で応える。
「うん。よくできました」
「はい……あの、そろそろ帰り……」
「明日は、もっともっと進めますね」
「…………はい…………」
やがて大人しくなったアイリスだったが、専用の天幕に辿り着く前に、寝息が漏れだした。今日は余程疲れたのだろう。そんなアイリスを寝台に下ろすと、「……うう、悪魔……」と僅かに寝言を呟いた。楽しい夢を見ているようで何より。
この前線もあと数日で回復するだろう。そうしたら、次は一体何をしようか。
アイリスは、ちょっと捻ったくらいでは簡単には死なないところがいい。僕のやりたかったことに余すところなく付き合ってくれる唯一の子だった。それに、アイリスは僕の手で、その才能をどんどん伸ばしていて、その手ごたえが僕を釘付けにする。
きっと君となら、古の魔王とやらも倒せてしまうかも。
つくづく、今その存在がいないことが悔やまれる。
まあ、どうしようもなく今に飽きてしまったら、魔王を作ってしまうのもアリかもしれない。そうならないように、アイリスにはもう少し僕を楽しませてもらわなくちゃ。
柔らかいピンクブロンドの髪に指を絡めて、スルスルとその髪を梳いた。
「頑張ってね、可愛いアイリス」
今日もいい一日だった。
きっと明日は、もっといい一日になるだろう。
世界って素晴らしいね。
お父さん、魔王がいるよ。……そんなお話になってしまった。
大丈夫です!この世界線に魔王はいません。「悪役令嬢ブーム~魔王カミル編~」は予定していませんので安心してください。
異世界(恋愛)ジャンルって何かなぁ。
アイリスが俊足になった理由はこの人でした。
他の作品のあとがきでドSランキングをちょっとやりましたが、今ならその作品にお邪魔しても恐らくこの人は1位の人とデッドヒートを繰り広げられるでしょう。この作品の王太子が可愛らしく見えます。
というわけで、短いようで長かったこのお話も最後となりました。
このような拙作に、今までお付き合いいただきありがとうございました。
本日は、最後に登場人物紹介をアップしましたので、見なくても大丈夫ですが、そちらまで見ていただけると嬉しいです。
回収してないフラグまだあったかなぁ。何か思いついたらまたアップするかもしれませんので、その際はまたよろしくお願いします。