おまけ3 オーランドの場合
オーランド17歳。
青い春、真っ只中です。
変な女と知り合った。
いきなりアルフレドと俺の目の前で倒立回転してきた。意味が分からない。
あまりのことに、護衛を忘れて見入ってしまったじゃないか。
「……白だったな」
次の日、日課の学園の見回りをしていたら、東の池のところにある木に、短いスカートで登ろうとしていたピンクブロンドの髪の女がいた。またあいつだった。
ローズが「アイリス」とか言っていた。小さいくせに、なかなかいい筋力があるらしく、黙っていればスルスルと木に登ってしまいそうだったから、慌てて止めに入る。俺以外いないとしても、やっぱりスカートで木登りは駄目だろう。
そいつは、仔猫を助けると言って俺に協力を頼んできたが、肩車をしろって、男の忍耐力を試そうっていうのか?生足を顔の横にぶら下げられて、何も思わない男がいるわけないだろう。いや、俺がこいつをどうこうするわけじゃないが……。それでも、貞操観念を小一時間くらい説教してやりたい。
と、憤慨していた数十秒前の俺が懐かしい。
あろうことか、その女は、俺の脚を掴んできた。あほか!逆だろうが。
何でも筋力には自信があるらしい。少し、どれだけやれるのか興味が湧いたが、慌てて俺はその考えを捨てる。小さい女に担ぎ上げられる俺とか、外から見た絵面がヤバいだろ。
それで、俺がヤツを持ち上げることになったんだが、俺に腰を掴まれても平然としていた。むしろワクワクしているように見える。クソッ!少しは恥じらうとか抵抗とかしろ!こっちが細くて柔い感触にドキドキしているのが馬鹿みたいだろうが。いっそ、堂々と触ってやろうかとも思ったが、不名誉な噂でも流されたらアルフレドの護衛ができなくなるのでやめた。こいつは不審者であって、そんなやつに隙は見せられない。
その後は、リードが来てくれて何とかその場は収まったが、助けた猫を渡したら、それまでの奇行が嘘のように普通の女のように笑っていた。まあ、見てくれは悪くはない。
それからもその女は、度々アルフレドや俺達の周りに出没したが、付きまといとか、権力目当てとかそういう雰囲気ではなかった。特にアルフレドに危害を加える気配もなく、礼節を欠くわけでもないから、しばらく放置していた。出没する時は、ローズと何やら楽しそうに密談をしているから、女子間の新手の遊びなのかもしれない。見ていると面白いので、アルフレドも自由にさせておきたいようだった。
アルフレドと一緒に、たまたま通りかかった園芸部の作業中に、一抱えもある丸太を担ぎ上げた時はさすがに驚いた。あの細さであれを持ち上げるには、筋力もだが技術もいるはずだ。少し力試ししたくてうずうずしたが、アルフレドも参戦しそうな気配だったので諦める。アルフレドも鍛えてはいるが、絶対に怪我をすることが目に見えていたからだ。
アイリスはいつの間にか生徒会の中で、不審者から面白い後輩くらいの扱いになったが、その評価が変わる出来事があった。
秋になって、アルフレドが怪我をしたと知らせが入った。交流大会の代表を決める際の事故に巻き込まれたようだ。俺は久しぶりに血の気の引く思いをして現場に駆け付けると、ピンク頭のアイリスが、アルフレドを介抱しているところだった。
王族の治癒は非常に繊細で、本職でも躊躇することがあるくらいだが、しっかりとした覚悟を持って、最善を尽くそうとしていることはすぐ見て取れた。それは、いつもの素っ頓狂な行動が別人なのではと疑うくらい、とても厳かで見入るような光景だった。
優しい目でアルフレドの髪を撫でながら治癒を行う様を見て、こいつは絶対に他人を傷付けるような人間でないことを確信した。
俺は、護衛の才を見込まれて、本来なら18歳からなれる正騎士に抜擢された。それは、俺の家柄もあったろうが、未来の王となるアルフレドの為の特例だった。幼馴染で、アルフレドなどと気安く呼び捨ててはいるが、あいつは俺の命を懸けて守るべき主君だ。
その大切な主君を助けたアイリスは、俺にとっても恩人になった。
それからは、アルフレドもリードもアイリスを重宝するようになった。使い勝手のいい小間使い的な扱いもあったが、アルフレドもリードも、普段は隠している不調をアイリスにだけは曝け出しているようだった。悩みも疲れも知らない人間なんていない。だから、その傾向は悪くないと思った。
だが、二人のためとは思うが、アルフレドやリードを労わるアイリスを見て、胸の奥が少し騒ぐのには我ながら苦笑するしかなかった。
俺とアイリスは、たまに筋トレの話で盛り上がるが、ふとトレーニングの後に治癒魔法を掛けたらどうなるか気になったので、一度試してみたら思いのほか訓練が捗ったので、見かけたら訓練に付き合わせている。
そういう名目で便利な後輩扱いをしているが、そう思っていないことは自分が一番良く分かっている。
いつしか、その日は時間が過ぎるのがやけに早く感じるようになった。
アイリスといる時間は、もっとゆっくりと流れないかと思う。
最初の出会いから比べて、思いもかけず一緒にいる時間が長くなったが、相も変わらずアイリスの奇行は続いていた。何故かアイリスは、学園内で何かに巻き込まれて行き倒れていることがしばしばあり、これも何故かたまたま居合わせることが多かったせいで、何か問題を起こすと生徒会が呼ばれることが常識のようになってしまっていた。生徒会の連中も世話になっているから仕方が無いと諦めている。
そんな時はほぼ俺が回収係となっていた。まあ大体の原因が、魔法学のサディスト教師が原因だったので、ある意味アイリスも被害者だとは思う。
そんな訳で、初めの頃は丁寧に横抱きで回収してやったが、慣れてくると手が塞がるのが面倒なので担ぐことにしていた。
そのせいか分からないが、俺が触れても、訓練後に半裸でいても、アイリスはドキドキする素振りどころか何も反応がない。
空気か、俺は。
いい加減、男として見られていないことに、さすがの俺でも軽く傷付く。自分で言うのもなんだが、俺は結構いい男の部類だと思うんだが、そんな自負がガラガラと崩れていく。
その日も、行き倒れというか、サディスト教師がボロボロのアイリスを気軽に俺に預けてきた。一緒にいたアルフレドが事情を聴くと、何でも、結界の弱まったトラビス地方へアイリスを放り込んだらしい。
あそこは、魔物が強力で、精強な軍が駐留している場所だ。俺も従騎士時代に正騎士に付いて行ったことがあるが、なかなかどぎつい場所と記憶している。そこでアイリスは、最前線で魔物を倒しながら結界を張って来たらしい。姿はボロボロでも怪我はしてないようで、魔力を使って疲れて寝ているだけのようだ。
もう、こいつ聖女なんじゃないかと思う。あの最前線で無傷とか、あり得ない。本人のためにはいっそ聖女認定されてしまった方が、サディスト教師に利用されなくて済むんじゃないか?
いろいろと考えながら、アイリスを生徒会室のある建物へ運ぶ。ボロボロさ加減に、さすがに今日は肩に担がずに、ちゃんと横抱きで運んだ。
アルフレドが替わろうかと提案してきたが、アイリスは軽いから全く苦にならない。
それにアイリスを運ぶ役目は、アルフレドでも譲りたくないと思った。
生徒会室は二階部分が渡り廊下で本棟と繋がっているが、それ以外は独立した建物だ。泊まり込みでの仕事があるから、仮眠室からシャワー室、簡易的なキッチンを備えた給湯室もある。その仮眠室のベッドにアイリスを下ろした。
アルフレドは、会計のサラを呼びに行ってくれるようだった。王族だがマメなヤツだ。
そして、離れようとして、小さな抵抗を感じた。アイリスが、俺の制服の前身頃を握っていた。
ベッドに下ろしたことで、何かうなされているようで、顔を顰めながら縋るように握っていた。外そうとするが、力が強くてなかなか外れない。ベッドの上で、アイリスに覆いかぶさるような姿勢であることに気付いた。
突然、良くない衝動が湧きおこる。
寝ているアイリスに跨るように、足をベッドに乗せると、ギシッと軋む音がした。
アイリスの髪を除けるように頬を撫でる。そのまま髪を耳に掛けながら、指を髪に忍ばせて頭を引き寄せる。露になった耳に顔を近づけた。
「意識しないのもいい加減にしろよ。襲うぞ」
低く囁くと、ピクッと身体が動いた。目が覚めるのかもしれない。
アイリスの顔を見ると、小鼻がフスッと膨らんだ。小動物みたいで可愛い。噛んだらびっくりして起きるだろうな。
そうしたら、この状態をどう思うだろう。さすがのアイリスも分かるだろうか。
その瑠璃色の瞳に、俺だけを映すよう、この腕に閉じ込めれば、今の安穏とした関係が何か変わるかもしれない。
ふと唇に目が行く。いつもはもぎたての果実のような唇が、今は疲れからか、少しかさついている。
口づければ、元に戻るだろうか。
無意識に手がアイリスの頬を包む。そっと近づく唇に、アイリスの吐息が掛かる。
「…………」
唇が触れる寸前、呼気とは違うものがアイリスの唇から漏れた。最接近していたから聞こえた声は、俺以外の名前を呼ぶものだった。
鈍器で殴られたような衝撃を感じた。アイリスがその名前を呼んだことではなく、自分だけの感情でアイリスに触れようとした行為に、自分で愕然とした。
俺は直感で動くことが多いが、それは護衛としての反射であって、それ以外は理性的な方だと思っていた。周りには脳筋だと思われているし、最後は力が物を言うと思うのでそういう傾向なのは間違いないが、時に奔放に振舞うのは、護衛や警戒対象にそれと悟られないためだ。視野を広く持ち、冷静でなければ王族の護衛など任せてもらえない。
それが、今俺の頭の中は、アイリスを手に入れることだけになっていた。こいつの意思も何もかもを置き去りにして。
騎士として以前に、人として駄目な行動だった。得られるのは一時の自己満足だけで、何も実を結ばない行為だ。
自分に呆れながらも理性を取り戻し、俺はアイリスから離れた。それと同時に触れなくて良かったと安堵した。
もし、アイリスが気付かなくても、俺は自分で自分が許せなくなるだろうから。
そんな俺の葛藤を知らないアイリスは、相変わらず暢気な顔で寝ている。
それに何故か無性に腹が立って、俺はアイリスの鼻を思いきり摘まんだ。「ふが!」と変な声を出して、アイリスが咽て飛び起きた。俺の制服を掴んでいた手は放された。
「こ、ここはどこ⁉わたしは誰⁉」
意味の分からない起き抜けの言葉を叫んでいたが、俺が額を小突くと我に返ったようだった。
「オーランド様?それにここは、生徒会の仮眠室。……ということは、わたし、また行き倒れて収容されたんですね」
何とも状況把握が早いものだ。もう、これは行き倒れ慣れとしか言いようがない。そんな玄人には、俺だったら絶対になりたくない。
「毎度毎度、本当、ご迷惑をお掛けします」
簡易ベッドの上で正座をしつつ、丁寧に頭を下げるアイリスに、「まったくだ」と言うと、「うへぇ」と意味不明の声を出して平身低頭でまた謝る。鬱陶しいので、こめかみを掴んで締め上げると、ようやく謝るのをやめた。相当痛かったのか、両手でこめかみを抑えながら、それでも俺を見上げて言った。
「毎回申し訳ないとは思うんですが、オーランド様が回収してくれるので安心しちゃうんですよね」
そうやってお前は、簡単に俺の意識を揺さぶる。そんな意識は全然無い事は分かっているのに、懐かれているのも間違いないと分かるから、勘違いもしたくもなる。
寝言で呟いた名前が無かったら、今すぐに力ずくで分からせてやるところだ。
はぁぁ、と盛大なため息をついて、簡易ベッドに腰かけたまま少し近付く。俺のため息に驚いたアイリスの肩に、自分の額をそっと乗せた。
「え、ええ!どうしたんですか、オーランド様!具合悪いの⁉」
「うるさい。疲れた。少しくらい肩、貸せ」
小さい身体で俺を受け止めて、命令通りアイリスは大人しくなった。
少しして、遠慮がちに俺の髪を撫でる感触がした。それは、優しい触れ方で、でも、どうしようもなく温かかった。
「いつも、ありがとうございます。オーランド様」
春の雨のように密やかに耳を打つ声と、小さいはずなのに俺を包むような掌を、刻み付けるように華奢な肩に額を擦り寄せた。
今は、これでいい。
夢にまで見るような一番ではなくても、気軽に触れることが許される位置が俺の場所なら。
胸に湧いた幸福感と、少しの苦さに目を閉じた。
アルフレドやサラの足音が聞こえるまで、もう少しこのままで。
前話のアップ時点で8割出来てたんですが、やっと上げられました。
今回はおふざけを出来るだけ封印しています。
アオハルは、自分で書いててさぶイボが出ましたが、やってやる!と自分を鼓舞しました。
他の作品では、なかなか甘い展開が書けないので、ここで鬱憤を晴らしています。
そんな訳で、ヘタレな作者の作品にお付き合いいただきありがとうございました。
間は空くとおもいますが、また番外編投下したいと思っています。
では、またの閲覧よろしくお願いします。




