おまけ2 生徒会長リードの場合
リード視点のお話です。
いつもとちょっとテイストを変えております。
変な女子生徒と出会ってしまった。
東の庭園の池のほとりにある木の下で、何やら言い争うオーランドと女子生徒の姿があり、不審に思って近付いたのだ。
声を掛けようとして、まずい場所に居合わせたと思った。オーランドが女子生徒を抱き上げようとしていたからだ。脳筋ではあるが、幼い頃から上級騎士となるべく女性の扱いを叩き込まれているオーランドだが、少し頬を赤らめていたので「そういう」場面なのかと思ったのだ。
結果は違った。おかしな方向に。
何故か木の上に取り残された仔猫を助けようとして、女子生徒がオーランドを肩車しようとしたらしい。何故だ?それをオーランドが拒否して、女子生徒の方を持ち上げようという次第のようだ。
常識を覆す女子生徒の行動に、可笑しくもあり新鮮さもあったので、私は迷わず手伝いを申し出た。あっさりと解決した事態に、何故か女子生徒は自分が肩車を出来なかったことに不満を持っているようだったが、仔猫を渡すと、その小さな命と戯れる姿は、普通の女子生徒に見えた。
いや、普通というよりも、とても愛らしい少女だと思った。
その女子生徒はアイリスと言って、アルフレド殿下と同じ学年の男爵家の令嬢だった。
最初は奇行が目立ったが、それは幼馴染のローズとの変わった遊びなのだと殿下が言っていた。確かに、ローズが陰にいる時は、待ち構えていたかのように廊下の角で猪のようにぶつかろうとするし、カフェのサンドイッチを食べようとして誤って包み紙を食べて「わたしったらドジっ娘☆」と絶対に間違えないはずの失敗を披露した。その紙は吐き出してなかったので、どうやら本当に飲み込んだらしい。大丈夫だろうか。
忙しい時にやられたらイラッとするだろうが、比較的穏やかな時に披露されるものだから、次は何をするのか少し楽しみでもあった。
夏くらいから、殿下やオーランドはアイリスにいろいろ頼みごとをするようになった。ローズが絡まなければ、気のいいさばけた性格で、殿下たちも徐々に信頼を置いているようだった。私もたまに雑用をお願いするが、特に筋力を使うことはオーランドよりも細やかな気配りが出来るので大変重宝した。さり気なく殿下は私の秘蔵の菓子を与えているようで癪だが、アイリスは心から喜んでいるようなので悪い気はしなかった。
秋になり、アイリスの治癒魔法には疲労回復効果があることが分かり、殿下の治癒のついでに私も掛けてもらうことになった。最初は半信半疑だったが、驚くことにアイリスに手を当てられると、慢性的にあったかすみ目と疼痛が綺麗に無くなったのだ。
それからは更に、アイリスとの交流が多くなった。本人の園芸部の活動も忙しいようだが、私たちが声を掛けると、打算無く協力してくれることが悪くない心地がする。アイリスは良く笑い、私たちを普通に労ってくれるのだ。
私たち生徒会に入る人間は、国でも高い地位にあり、幼少から英才教育を受けていて、全ての事が「出来て当たり前」と周囲から思われていた。だがそれは、たまたまそういった努力を惜しみなくする人間が集まっただけで、普通の人間と同じで、悩みもするし分からないこともあるし疲労もするのだ。
周りの人間が忘れがちなことだが、アイリスはそれを忘れない。
いつしか、アイリスがこま鼠のようにちょこちょこと動き回る姿を、知らず知らずのうちに目の端に入れていることに気付いた。
日は流れて、私の学園生活最後の交流大会になった。
やはりというか、アイリスはここでも盛大に騒ぎを起こした。ゴーレムの暴走による殲滅行動だ。はっきりと言って、人間兵器級の魔力だ。
まあ、これは事故か故意か疑わしい事態であり、彼女のせいばかりではないことだが、運営陣は相当混乱したようだった。我が生徒会でも、サポートに走っていささか大変な思いをしたものだが。しかし、怪我の功名というか、この競技が中止となったことで、私が最も得意とする魔力操作の競技に彼女が応援に来られることになった。
殿下を始め、他の連中もそのことに気合が入った様子だった。特にオーランドとローズの牽制が凄い。私が肩に置いた手には、その華奢なのに柔らかな感触が伝わった。
競技は、緻密な魔力操作の技術もさることながら、芸術性も見られるとあって、生半な覚悟では挑めないものだ。私は、清らかな水と癒しのインスピレーションで、何代か前の有名な聖女をイメージした氷像を作り上げた。私の中での会心の出来となったが、応援に来たアイリスにニヤニヤとされながら、「作品には自分の好みが出る」と言われて改めて見直してみた。たおやかな微笑みを浮かべた、慎ましい体型の少女。
その途端に、先ほど触れたアイリスの華奢な肩の感触が蘇る。ローズを見慣れていたので、女性の臭いに乏しいアイリス体型は新鮮であったが、言われた言葉に今更ながらに気付かされた。私は、聖女ではなくて、アイリスをイメージしてこの像を作ったのだと。
面差しも髪の長さも違うので、直接的にアイリスを想起する人間はいないと思うが、これは私の中で間違いなくアイリスの象徴だった。努力の末に身体に不調が現れても、悩んで落ち込んで心が辛くても、人の上に立つ者として外には出せない私たちに、アイリスは紛れもない癒しを与えてくれた。国を魔物から守るだけが聖女ではない。人の心を癒すのもまた聖女の在り方だ。
まあ、独自配合の肥料を作って異臭騒ぎを起こしたり、ミミズの群れをうっかり放置して目撃した女子生徒の何人かが失神する騒ぎを起こしたりもしたが、概ね……ギリギリ癒しの聖女と言っても、……いいか?
頭の痛くなる騒ぎをたまに引き起こすが、それを思い出して私はふと微笑んでしまった。
これも、癒しの一種なのだろうな、と。
彼女の引き起こすこと。それを思うだけで、毎日が楽しい。
もう自分の感情が何に起因しているか、気付かないふりはやめよう。
冬も最盛期を越えて、日増しに日差しが温かくなり始めた頃、私の卒業の日が近付いて来た。
二年生で強制的に生徒会長をやらされる殿下のために、出来るだけ仕事を減らすように、連日書類仕事を遅くまでこなしていた。
少し伸びた前髪が眼鏡に掛かる。普段は掛けていないが、書類仕事をする時だけ眼鏡を掛けているもので、慣れないせいかそれを煩わしく思って払おうとして、眼鏡に指が当たってしまう。すると、肩と目がズキズキと痛んだ。首を回すようにして顔を上げると、20時を過ぎていることに気付いた。もう3時間ほど休憩をしておらず、身体も目もどうりで痛みを訴える訳だ。
今日はたまたま他の人間がおらずに一人でいたために、休憩のタイミングを逸してしまったようだ。少し甘い物でも食べて休憩しようと立ち上がると、不意にドアが開いた。
「あれ?リードさま、まだこちらにいらしたんですね」
ピンクブロンドの髪がひょっこりと現れた。どうやら、今日の夕方に荷物運びを手伝ってくれた際に、ここに筋トレ用のダンベルを忘れたらしい。……何故そんなものを。もっと、可愛らしいものを忘れてくれると、こちらも反応に困らずに済むのだが。
アイリスは、ダンベルを見つけるとすぐに帰ろうとしたが、私に挨拶しに近寄ってきて急に顔を顰めたのだ。
「リード様、顔色があまりよろしくありませんよ」
根を詰め過ぎていたことを見抜かれてしまった。曖昧に頷くと、アイリスは急に怒りだして、私の手を急に掴むと、ソファの方へ引っ張っていった。突然の接触に、私は息が詰まった。
私を強引にソファに座らせると、眼鏡を引き抜かれた。そして、肩を掴まれてソファにの背もたれに押し倒されてた。あまりの事にアイリスを見つめてしまった。
私とアイリスしかいない人気のない夜の生徒会室で、異性に触れるという行為。令嬢が取る行動としては非常識であり、何が起きても弁明できない状況だ。相手にその意思が皆無だとしても、男としては抗いがたい誘惑に取れる。
「治癒魔法を掛けてもいいですか?」
アイリスに伸ばし掛けた手が止まる。そうだ、相手はあのアイリスだ。純粋に私を心配している様子を見て、一瞬浮かんだ不埒な考えに、俄かに羞恥を覚えて顔を逸らした。
「そんな疲れた顔をして、お身体を大切にしてください」
疲れに染み入るような労わりの言葉に、更に私の不埒な精神は削られた。ぎこちなく頷くと、アイリスは「失礼します」と声を掛けて私の隣に座ると、いつものように私の目を手で覆った。すぐに柔らかな感触と、温かな魔力が流れてくる気配がする。
幾度受けても、いつでも新鮮な心地よさを与えてくれる瞬間だ。
知らず知らずのうちに緊張していた体が、ふんわりと弛緩していく。それまで感じていた体の痛みが柔らかく去るのを感じた。
私が回復したのを感知したのか、アイリスの手が外されて、離れていく気配がした。それが酷く惜しいものに思える。意図せずアイリスを見つめてしまったが、それを何かの懇願と感じたのか、アイリスは小さく微笑んで首を傾げた。
「お食事、まだですよね?よろしかったら、何かお作りしますか?」
私に尋ねながら、確か、オーランド様の置いて行ったものがあったはずですが、と独り言ちた。そういえば、年末の聖人の生誕祭準備から、オーランドやローズが食糧や調理器具を持ち込んで、常に生徒会室の給湯室には数食分の食糧が保存してあった。もちろん作るのはアイリスだったが。
私が無言ながら頷くと、またアイリスは笑って「少しお待ちください」と言って、給湯室の方へ消えていった。他人のために骨身を惜しまないその姿に、少しだけ彼女に甘えることを許してもいいのだと思えた。
ソファに身体を埋めながら、さして長くもない時間を待つと、香ばしい匂いを醸す皿を手にしたアイリスが戻ってきた。その皿を私の前に置いて、スプーンを差し出す。
「本当に簡単なものしか出来なかったんですが、召し上がってください」
皿の上には、何やら米らしきものを数種類の具材と炒めたものが乗っていた。初めて見るものだったが、これまでアイリスの作ったものに不味いものは無かったので、不安なくスプーンを差し込んだ。そしてスプーンいっぱいに掬い取ると、躊躇なく口に入れる。
「……美味いな」
「お口に合って良かったです。それはチャーハンといって、お米を卵とハムとで炒めただけのものですが、小腹を満たすのには丁度いいかと思って」
たまにアイリスは聞いたことも無いような単語を使うが、それにはちゃんと素地があってデタラメや絵空事ではないことがハッキリしていた。国内のことだけでなく、諸国についてもそれなりの知識を持っていると自負している自分でさえ聞いたことの無い言葉を、アイリスが使う不思議さがあったが、それを聞いてしまえばアイリスが私の前から消えてしまうようなそんな予感がして、私の口を重くするのだった。
目の前には、そんな私のちっぽけな好奇心を満たすよりも、遥かに大切な安らぎがある。それを失ってまで得るものなどこの世には無いと思えた。
平民の家庭では、妻が温かい食事を作って夫の帰りを迎えるらしい。そして、家族が揃って食卓を囲み、他愛のない会話をして一日を終えると聞く。
一瞬、目の前の少女と、そうした家庭を築くという取り留めも無い夢想をしてしまった。
それは、何とも美しい夢だった。そして、決して手の届かない夢ではない。
だがその夢は、私が一方的に押し進めて得られるものではないことも分かっている。アイリスから歩み寄ってもらって初めて、私だけへの特別な笑顔を向けてもらえるようになるのだと。
私は後ひと月もしないうちに卒業となり、今のような近しい距離で過ごす機会はもうそれほど残されていない。これまで私は早く卒業をして、王宮で実務を経験したいと思っていたのだが、まさか卒業を惜しむ日が来ようとは思いもしなかった。
私が思案に耽っていると、いつの間にか私の食べ終わった食器を下げて、アイリスは帰り支度を終えていた。しっかりとダンベルは回収されているようだった。
「それでは帰りますね。リード様も無理せずにお帰り下さいね」
部屋を出ようとするアイリスの腕を咄嗟に捕らえたのは、私にしては上出来だと思う。
「もう遅い時間だ。寮まで送ろう」
そう言って、その手を離さずにいる口実を得た。アイリスは少し驚いたようだったが、疑問にも思わずに「ありがとうございます」と言って一緒に歩き出した。
しばらくは他愛もない話をしていた。月明かりがあるので、夜道は明かりも必要ないほどだったが、「夜道は危ないから」と言い訳をして繋いだ手は外されることも無く、二人の距離を遠ざけることはなかった。
普段は歩けば結構な距離があるはずだが、今日は何故か寮までの道のりがやけに短く感じられた。女子寮の前までたどり着くと、するりと繋いだ手が離れる。それがどうしようもなく切なかった。
「送っていただきありがとうございました。手まで繋いでいただいて、リード様は本当に面倒見がいい方ですよね。実の兄がいたらリード様がいいなと思いました」
私は自分を、もっと理性的な人間だと思っていた。
彼女の言葉が、無情に胸に刺さったからだろうか。気付けば、門にアイリスを押し付けるように、両手で囲っていた。そして、月明かりに輝く金に縁どられた虹彩を持つ瞳を見降ろしてから、滑らかな額に口付けを落とす。
驚きのあまり大きな目を零れんばかりに見開いた顔を見て、大きな充足感と、少しの後悔を覚えた。
「兄ならば、おやすみの口付けをするだろう?」
それは精一杯の意趣返し。
目の前の男が、兄なんてそんな安全な代物ではないことを思い知るといい。
私の言葉に、大いに疑問を持ちながらも素直に頷く少女に、何とも言えない心地になる。
アイリスと別れて、自寮への道すがら、私は卒業後もこの学園へ入り浸るための構想を練る。時間を掛けて計画的に目標を達成することは得意だ。
さて、これから少し忙しくなるな、と夜気の中で、大きく伸びをするのだった。
本編の中で最も大人(常識人)なキャラにしたので、少しアクティブにしてみました。
おかげさま(?)で、本編にはない語るキャラと化しました。
番外編は、脳筋騎士か鬼畜教師かツン属性か俺様王子か、あと二人くらいを考えていますが、未定ですので完結設定のままでおかせいただきます。
閲覧、ブクマ、評価、本当にありがとうございます。
作品のエネルギーとなっています。
また応援よろしくお願いします。




