おまけ1 王太子アルフレドの場合
番外編です。
アルフレド視点になります。
変な女子生徒と出会ってしまった。
入学して3ヵ月ほど経った頃だった。
突然、青い鳥を探しながら、私の目の前で盛大にすっ転んだ後、今まで見たこともないほど見事な大回転と着地を見せた。
もう、何が何やら分からない。
その後、その女子生徒を幼馴染のローズが引き取っていったので、恐らく警戒をするほどの人間ではないと思うが、あまりに強烈な印象を残していったため、本人の名前どころか顔も覚えていなかった。
覚えているのは、その色彩。珍しいピンクブロンドの髪と……。
「……白、だったな」
いや、決して疚しい気持ちで見た訳では無い。不可抗力だった。誰だって、自分の目の前で美しい倒立回転を見せられれば、自ずと目がくぎ付けになるはずだ。それで、着地の際に閃いたスカートの裾が目に入るのは、自然の成り行きだ。
まあ、その件は置いておいて、もう関わる事は無いだろうと思っていたのだが、件の生徒は、思いもかけずちょくちょく私の前に姿を見せるようになった。
最初は、この学園でもよくいる、私に取り入ろうとする令嬢と同じかと思ったのだが、よくよく観察してみると、大概が陰にローズがいて何やら指示を出していたので、彼女の意思ではないことが伺えた。むしろ、倒立回転女は渋々といったていであった。王太子である私に対してどうなのかという態度だったが、ローズは何故か彼女を私に近づけたいようだ。
そんな唯々諾々とローズの言うことを聞いていたので、最初ローズの取り巻きかと思ったが、どうやら対等な友人のようで、それも驚かされた。ローズは、彼女と不仲を装っているが、どうみても仲良しにしか見えない。ローズは幼馴染だが、他人にも厳しいが自分には更に厳しい孤高の令嬢であったから、気の置けない友人を作らないものと思っていたのだ。
何を目的としてのものか分からなかったが、その女子生徒は、特に自分たち身分の高い者にベタベタする訳でもないので放置していた。まあ邪魔にもならないので、たまに変なのがいるな、くらいで認識していたが、ローズが呼んでいたので名前くらいは覚えた。
アイリスといって、まあ容姿は悪くないのだが、本人は下町で平民として育ったらしく、貴族の常識をいろいろと覆す人間だった。
まず、園芸部に入って、自分で土いじりをするのも型破りだったが、その庭造りから自分でやるというのだ。
ある日庭園を通りかかった際に何やら楽しそうに材木を組んでいるで、面白そうなので見せてもらうと声を掛けたら、「どっせーい」と実に野太い掛け声を上げ、一抱えはあろうかという丸太を肩に担いだ。それを私の目の前に下ろすと、「むさ苦しい所ですが、こちらでご覧になってください」と笑顔で丸太をベンチ代わりにと勧めてきた。私は自分の目を疑った。
一緒にいたオーランドならそういうことも出来ようが、はっきり言って私だってあんな丸太を片腕で担ぐなんて無理だ。何故か、ちょっとその丸太を担いでみたくなったのは、きっと自分よりも華奢な女性に筋力で負けていると思いたくなかったのだと分析する。
私だって、ちゃんと鍛えていて、脱いだら凄いんだぞ。
その後のアイリスは、私を笑顔で見送ってくれた。眩しい笑顔なのは認めるが、汚れた軍手で顔の汗を拭いたものだから、くっきりと鼻の下が髭っぽくなっていた。控えめに言って、わんぱく小僧だ。
また別の日、生徒会の荷物を廊下に仮置きしようとしたが、誰もいなくて一人でどうしたものかと悩んでいた時、偶然通りかかったアイリスが手伝いを申し出てくれた。ローズがいない時は普通に親切な人間に見えるのだが、やはり大荷物を一人で運んでしまうことから、どうしても私はアイリスを女子生徒と見ることに違和感を覚えるのだった。
だが、その手伝いを機に、アイリスとはよく話すようになったと思う。
主に雑用を頼むためだが。
それも彼女は気安く引き受けてくれるものだから、ついつい面倒なことが発生すると、「美味しいものをあげるからおいで」とおびき寄せるようになった。報酬は、リードが生徒会室に隠し持っている飴やクッキーを一、二個渡せばいいだけなので、安上がりな上、私の懐は一切痛まない。雇う側にとっては、非常に良質な働き手であった。
そんなある日、転機は突然訪れた。
学年対抗の交流大会の代表を決める際、少しエキサイトした私とは別の組の対戦で魔法が暴発し、他の生徒たちの方へに向かってしまい、咄嗟に庇ってしまって魔法を受けてしまったのだ。打ち身と切り傷を少々こさえただけで、あとは軽い脳震盪だけだったが、私の身分を考えれば周りはさぞ騒然としただろうと思う。何せ脳震盪だったので記憶があいまいだったが、目覚めた時はすこぶる良い気分だった。
少し甘い香りと後頭部に柔らかな感触を覚えながら目を覚ますと、そこには心配げなアイリスの顔が眼前にあって驚く。彼女は珍しく笑みを封印して、心配げな顔を私に向けてきた。上から覗き込むような角度で、無礼だなと一瞬思ったが、よく状況を確認してみると、驚くことにアイリスに膝枕をされていたのだ。
まず、その状況に頭が真っ白になるのだが、常の頓狂な言動からは想像が出来ない程真面目なアイリスの顔に次第に冷静になる。何か言おうとしたが、その前にアイリスが呟く。
「ご無事で、良かったです」
自分のものより随分小さな手が、私の髪をそっと撫でる。その手が温かくて、アイリスの柔い感触と相まって、ふわふわとした心地になる。どうやら彼女は治癒魔法が使えるようで、倒れた私を素早く介抱してくれたようだ。
「もう痛い所は無いですか?」
控えめに尋ねられ、私はどこも痛くないと答えると、安堵しように微笑んだ。
何となく、その笑顔に見入った。まるで、その名のごとく、花菖蒲のように清廉な笑みだった。
他の生徒の視線にようやく気付き、無性に恥ずかしい気がして、咄嗟に起き上がってしまった。だが、急な動作にも立ち眩みすることもなく、不思議と身体軽い事に気付く。親友のような付き合いをしていた慢性肩こり、胃もたれ、寝不足が何故か微塵も感じられなかったのだ。
原因は一つしか考えられない。アイリスの治癒魔法だ。普通の治癒魔法は、怪我を治すことはできるが、寝不足まで解消することはできない。乙女らしからぬ言動で気付きもしなかったが、もしかするととんでもない才能の持ち主なのかもしれなかった。
それからは、今度は雑用ではなく、私の疲労を取るためと言って、アイリスを呼び止めるようになった。
アイリスは、どれほど自分が忙しくても、頼まれたことを断ることは無かった。明らかに怪我でも体調不良でもないオーランドのクールダウンに付き合っているのには、そのお人好し加減に少し腹立たしく思ったものだが、私もそれを利用している自覚はあるので、誰にも文句を言うことも出来なかった。
治癒魔法の時間は、癒しの時間とはよく言ったもので、身体だけではなくて、一人庭園で寛ぐ以上の、私にとっての心安らぐ時間となった。
少し体温の高い彼女の手が、私の不調のある部分に宛がわれる。そして、痛みを慮るようにゆっくりと撫でていく。その手の柔らかさに、いつしか不調を取り除くためよりも、その手に触れられることが目的になっていくのだった。
ああ、私も彼女の髪に、頬に、触れてみたい。
ふと頭を過った感情に、私は驚く。初めてアイリスを異性として見ていたことに気付いたからだ。そして同時に、自分の感情を強く戒めた。
王族である自分から特定の女性に触れる行為は、当事者の感情を抜きにして、様々な憶測や関心を生んでしまう。否が応でもその相手は、貴族のパワーゲームに巻き込まれるだろう。
だから、私からは、決して触れてはいけないのだ。
もうすぐ卒業パーティーの準備も始まる、冬のある日のことだった。
何やら、ローズとアイリスがひそひそと話し合っている現場に居合わせてしまった。
何故かローズは、階段下にアイリスを連れ込んで密談するのが好きなようだが、案外話していることが聞こえていることをそろそろ教えてあげようかと思う。
だが、次の二人の会話で、私は声を掛けることをやめた。
「アイリス、今日はあちらで言うところの『バレンタインデー』よ。何故今日、おあつらえ向きに調理実習があるか分かっているわね」
「むろん、心得ております。ローズ様に本命チョコをお作りいたします」
「おバカ!恋愛イベントを何だと思っているのよ。今日、チョコを渡した相手とはグンと親密度が上がるのに、何故わざわざわたくしに本命チョコを作るのよ」
ローズが容赦の無い手刀をアイリスの脳天に叩き込んでいるが、アイリスは堪えた風もなくニヤニヤしていた。
「フフフ。そうですね。今日は『好きな人』にチョコをあげる日ですからね。ちゃんと心得ていますよ。それは美味しいチョコレートで心を掴んでみせます」
「……まあ、分かればいいのよ。女の子から告白する最大のイベントをドブに捨てるような真似だけはしないように」
まだ彼女たちは何かを話していたようだったが、私はもう居ても立っても居られずにその場を後にした。「バレンタインデー」など聞いたことも無かったが、どうやら女性が意中の男性にチョコを渡して告白をする日のようだ。
そう言えば、貴族も多い学校なのに、何故かこの時期、女子生徒にだけ謎の調理実習という授業があると思っていたが、そんなイベントが絡んでいたとは知らなかった。
何故だか妙に心臓の音がうるさい。
その後の授業は、ほとんど身に入らなかった。クラスメートに体調を心配されて医務室に連れて行かれそうになったが、私は全力否定して元気度をアピールしておいた。
午後の例の授業の終わりに、用もないのに思わず実習室の前を通ってしまった。ゾロゾロと教室から出てくる女子生徒たちと出くわしてしまい、私に気付いた女子生徒たちに囲まれる。そして次々と名乗られて自分が作ったというチョコの包みを、ゲームかと思うほど腕に積み上げられてしまったのだ。何かもう、前とか見えないくらいに。
視界の端にピンクブロンドの髪を見かけるが、何故かこちらに気付かずに遠ざかって行った。そうか、このチョコの山で私の顔が見えないのか!
私の腕の筋力の限界を試すかのようなチョコ積みの行列に、「用事があるから」と、私は逃げ去るようにその場を後にした。
生徒会室に何とか逃げ込むと、ソファセットのテーブルの上にざざざーっとチョコを下ろした。もう腕がプルプルしている。何というか、ある意味恐ろしい行事であることを知った。また外に出たら、あのチョコ攻撃に出会うのだろうか。私が王族だからこそのプレゼントだと思うのだが、正直これはしんどいぞ。
私は少し疲れて、ソファにだらしなく身を沈めた。
「あれ?殿下お一人ですか?」
背もたれに猫のようにもたれていた時に、先ほど声を掛け損ねた主が現れた。あまりに突然のことに、心臓が跳ね上がって跳び起きた。
「ア、アイリスか」
「殿下、少しお疲れですか?っていうか、すごい量のチョコだ。殿下モテモテですね」
少しニヤニヤしているアイリスに、何故か無性に腹が立った。
が、ふとアイリスを見ると、小さく透明な袋に包まれたチョコを持っているのに気付いた。
「アイリス、それは?」
「ああ、これは殿下の分なんですが、こんなに貰っているんじゃ必要無いですね」
そのままチョコを持ち帰ろうとするアイリスの腕を咄嗟に掴んでしまった。アイリスは今、「殿下」つまり私のものと言っていたのではないか?
「いる」
「え、でもそんなに食べたら鼻血出ますよ」
何故、そんなにあっさり持ち帰ろうとするんだ。で、なんだ鼻血って。私へのものということは、そういう気持ちが私にあるということなのではないのか?
腕を掴んだ手に思わず力が入ってしまった。
「君のそれが欲しい」
何かを欲しいと切実に思うのは、いったい何時ぶりだろうか。驚きで見開かれたアイリスの瑠璃色の瞳を、もっと間近で見たいと思った。
「……好き、なんですか?」
胸が痛いほど高鳴る。なんてストレートに聞いてくるんだと思った。だが、飾らないその言葉は、憎らしいような嬉しいような心地がして、彼女らしいと思う。
私は、肯定の言葉を紡ごうとした。
「チョコレート」
そのままその言葉を飲み込んだ。私は人生で初めて、本気で女性を投げ飛ばそうと考えてしまった。いや、ダメだ落ち着け、私。とりあえず、腕は放しておこう。
そうして一度距離を取ると、突然無遠慮にドアが開いた。
「ああ、殿下と、アイリスもいたのか」
気安げに「よお」と言いながら、オーランドが大量のチョコを片手に抱えて入って来た。
「さっきのチョコ、美味かったぞ。ありがとな」
そう言ってオーランドは、私にアイリスが差し出したものと同じ包装のチョコを掲げた。
「いえいえ。たくさん作ったチョコで申し訳ないです」
ああ、なるほどね。そう言えばさっき、「殿下の分」って言ってたなぁ。
「ん?アルフレド、顔疲れてるぞ」
「……気のせいさ」
後でアイリスが教えてくれたのだが、好きな友人に送るチョコを「友チョコ」というらしい。私とオーランドの他に、リードとサラ、同じクラスのグレンにもあげたという。
ちなみに、感謝の気持ちを込めたチョコレートケーキを、その後顔を出したローズに渡していた。完全に質が違う。あきれ顔のローズだったが、満更でもないようで、みんなにもと振舞ってくれたので、小さなパーティの様相になった。
味が絶品だったのに、私は少し泣ける気分だった。
16歳の冬。
王太子である私は、王族にだって簡単に手に入らないものがあるという、当たり前の教訓を身をもって知った。
まあ、それも悪くないな。
お付き合いいただきありがとうございました。
いつになるか分かりませんが、番外編、また書いてみたいと思います。
次はリードかオーランドあたりになるでしょうか。
更新しましたら、また閲覧よろしくお願いします。
閲覧してくださったみなさんのおかげで、異世界転生日間ランキング最高44位になりました。
こんな拙い物語ですが、ブクマや評価してくださったみなさんに改めてお礼申し上げます。
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