体験版異世界転生だそうです
初めましての方も他の作品をお読みいただいている方もよろしくお願いします。
真面目にストレス発散の勢いだけで書いたので、おバカなお話です。
むしゃくしゃしてやった 後悔はしてない
わたしの現世で覚えている大抵の景色は、病院のベッドから見える白い天井だった。
小さい頃から心臓が弱かったから、外で友達と走り回った記憶も無ければ、どこかへ旅行に行ったことも無い。ただ、自宅とこの病室、たまに行く学校の教室だけがわたしの世界だった。友達は、同じような病気で入院している子がほとんどで、学校では挨拶する程度の子しかいない。後は、病室の窓に来るスズメくらいだ。
時間だけは持て余していたわたしは、幸いなことに本が大好きだった。あまり体に負担を掛けない暇つぶしは、思いの外わたしを有意義な時間へといざなってくれた。
本を読めば、宇宙旅行だって、太古の地球だって、異世界へだって自由に行けるのだから。
そうしてわたしは、もうすぐ十六歳になろうという春に、多分死んだ。
記憶は無い。
急に胸が苦しくなった記憶を最後に、わたしは白い世界にいた。
生前の姿かたちは無く、自分がただの光のような状態だと認識する。暑くも寒くもなく、白一色の世界に溶け込むように浮遊しているだけだった。夢かとも思ったけど、変に意識がはっきりしていて、何となく死後の世界という言葉がしっくりきた。
胸に浮かぶのは、先立つ不孝とやらをしてしまった両親への謝罪だった。
元々物事に動じない性格らしく、主治医からポロッと「図太いからね」と言われたことがあるくらいだったので、自分の死にはそれほど衝撃を受けていない。
そんなこんなで、訳の分からないこの空間にぼんやり漂っていた時だった。
「本日の第二便は以上です」
「ご苦労様」
突然響いた声に、きょろきょろと辺りを見回すと、不意に白い世界なのに白い光が迸るのが見えた。するとそこには、白い髪に白い肌、瞳だけが綺麗な金色をした、見たことも無いほど整った顔のお兄さんがいた。白い世界に白い色彩なのに、存在感が半端ない。
「こんにちは。ここがどこか分かるかな?」
にっこりと笑うお兄さんに、わたしはふと『死後の世界?』という言葉を思い浮かべた。
「そうだよ。そして君は、転生先選別試験を受けるんだ」
このお兄さんはわたしが考えたことが分かるらしい。口も無い光の玉のような状態だけど、意志の疎通は出来そうだ。
だけど、まったく言っていることが分からない。単語としては分かる。本が好きだったから、ライトノベルとかファンタジー系の小説とかいろいろ読んだので、今異世界転生とか転移とかが流行っているので知っている。
でもまさか、そんなことが現実にある訳が無い、と冷静に思う。
「そうそう。その異世界転生ってやつだよ」
……マジか。現実にあったみたいだ。まあ、今の状況が現実かは自信ないけど。
お兄さんが言うことを要約するとこんな感じだ。
この世は、いくつかの世界が並列した状態で、成熟した世界で生まれた魂を未熟な世界へ横流しし、その世界を育てるエネルギーにしているらしい。
なんのこっちゃ。
そうやって魂を循環させながら、新しい世界を形作るのがお兄さんのお仕事のようだ。
もしかしなくても、お兄さんは「神様」的な何かなのだろうか。
それで、どの魂をどこの世界に送るかというのは、地球でもどの地域でもある「死後の審判」的なもので決めると言っていた。何でも、人を犠牲にしてでも我を通す人間っていうのは、それだけ大きなエネルギーがあるらしくて、お兄さんの言う未熟な世界を成長させるのにとてもいいエネルギーになるそうだ。
「君たちの言う、『天国』『地獄』とかいう概念って、その別の世界に行くことなんだよ~」
とお兄さんは軽めにのたまう。ただ、別に地獄でも責め苦とかある訳ではないらしい。
のだけれど、わたしのように若くして死んだ魂は、人生それほど経験している訳では無く、そのエネルギーの適性を測るのが難しいようだ。
「という訳で、若い魂は転生先選別試験っていうのをやるんだけど、試しに疑似転生体験をしてもらって判定をしてみようってなってねえ」
ますます意味が分からない。こんな話をしたら、みんないい子のふりして、適性なんてはかれないんじゃないかなぁ。
「そこは大丈夫。そういうのも含めて、君たちの年代で流行っている小説なんかの『異世界転生』を舞台に、適性判断をするってこと」
なるほど。それでラノベみたいなフィクションが実現するのか。
いくつか舞台は用意されていて、男の子に人気なのは、スキル育成系や無双系、生産職系みたいだ。ハーレム系は人気がありすぎてちょっと休止中らしい。ハーレムって、とちょっと引くけど。
女の子は、乙女ゲーム系、聖女召喚系、料理チート系辺りが人気で、男性ほどじゃないけどやっぱり逆ハーレム指向が高いらしい。……女子もかぁ。
ちなみに、聖女召喚系は、疑似現世からの転移とかで、本当の現世を引っ張ってくる訳ではないようだ。
どの世界観でも男女の区別はなくて、男の子でも乙女ゲームの王子様ポジションをやることも多いようだ。乙女ゲームの王子様は女の子の理想を集めたようなものだから、平凡な男の子がのし上がるストーリーよりもずっとチート感がある気がする。
逆に、女の子でも無双系の男の子を育てる役とかを希望したりすることもあるらしい。もちろん性別が変わってもいいようだ。意外に思ったけど、主役みたいに苦労しなくても手っ取り早くヒロインになれるルート選択も人気らしい。
スローライフ系は?と聞いたら、十代の人にはいまいち人気がないとのこと。
いいと思うんだけどなぁ。
そう呟いたら、お兄さんが優しく笑って、光の玉のわたしを撫でた。顔がいいだけに、わたしはちょっとキュンとしたぞ。前世なら間違いなく発作かと思うけど、胸キュンもなかなかいいものだ。
説明に戻ると、一舞台にある程度のポジションがあって、わたしみたいな疑似転生体験をする幾人かがグループで転生し、その中で各役柄が割り当てられるらしい。
疑似転生は、サポートキャラと呼ばれる案内役が男女一人ずついて、転生者の生活をサポートしてくれるらしい。
転生者以外の登場人物はNPC的な感じだけど、わたしたちの言動に合わせて動くようだ。AIっぽくいろいろと学習をするとのこと。たまに、お兄さんたちが意図しない動きをすることもあるので、お兄さんの仲間内では、実写化されたラノベを見てるみたいな感覚になって、たまに覗きに来ることがあるそうだ。
神様って、暇なのかなぁ。なんか凄いんだけど、ファンタジー感が薄れる。
そう考えると、お兄さんがクスクスと笑った。
グループ分けはある程度希望を聞くらしいけれど、どうやらわたしは一番遅くここへ来たので、舞台は残り物しかないようだ。強制だったら説明しなくていいのに、と思わないでもない。残念感が半端ないじゃないか。
「それで、君には申し訳ないんだけど、乙女ゲームのヒロインしか残ってないんだよ」
ヒロインって、普通は主役でハッピーエンドが約束されているんじゃないか、と思うのだけど、そういえば最近の乙女ゲーム系は、悪役令嬢が愛され無双して、実はヒロインが悪役で断罪されるパターンが主流だった。そりゃあ、残るよね、ヒロイン役。
何でも転生体験は、十六歳から十八歳までの三年間を王国の学園で過ごすものらしい。剣と魔法の世界で、魔物がいて、ついでに聖者や聖女がいる。ここは、ヒロインがニセ聖女の需要は無いようで、聖女になるならないは適当でいいらしい。いいね、テキトー。
ちなみにわたしのグループの子たちは、悪役令嬢の争奪戦があって、その次に侍女のモブ役が埋まって、悪役令嬢の取り巻きのモブ役が埋まって……と、みんなモブ好きだな。多分、モブがチート系能力を持っているとか、見初められる系のアレを期待しているのか。いや、出来ればわたしもモブになりたいけれども、そっち系ではなくて真のモブになりたい。
っていうか、そんなに真のヒロイン候補がうじゃうじゃしてて、ストーリー大渋滞するんじゃないの?
わたしは、息は出ないけどため息を吐いた。
でもヒロインって美形の男子を落としていかなきゃならないんでしょ?わたし全然上手く出来る気がしないんですけど。
わたしが問いかけると、お兄さんはそっと首を振った。
「いいんだよ。イベントは用意してあるけど、役割はただの役名だけで、どう生きるかは君次第だから」
そうか。それなら安心だ。ヒロインだからって、悪役令嬢を落とし入れたり、無理やり誰かと結ばれるために一生懸命になったりしなくていいんだね。
よし、それなら前世で出来なかった畑仕事とか、牧場とかの仕事をしてみたい。前世は、運動はもちろんダメだったし、動物の毛もアレルギーでダメだったから、一度はそういうのにどっぷりと漬かってみたい。動物は、窓に来たスズメに餌をあげるくらいしか出来なかったからなぁ。餌付けすると怒られるから、こっそりパンくずあげてたから、今度は堂々とお世話をするんだ。
目指せ、スローライフ筋肉系モブヒロイン!
「初めて聞く単語だね」
意気込むわたしに、お兄さんは楽し気に笑った。
「そうだ。余ったヒロインを引き受けてくれたお礼に、何か一つギフトをあげよう」
何がいい?と聞いてくるお兄さんに、わたしは首を傾げ(イメージ)て考えた。
じゃあ、スローライフに必要なスキルを。
とは言ったものの、スローライフに必要なスキルって何だ?
「悩むようだったら、こちらで決めてもいいかな?」
自分でも決めることが出来ないからありがたいことだった。よろしくお願いします。
わたしがお礼を言うと、お兄さんは「スキルは転生後のお楽しみに」と言っていた。
どんなスキルが付くか分からないけど、何を目指すか自分でも取っ散らかってるので、何が当てられてもどんとこいだ。自分でも適当だなと思うが、せっかくなので、与えられた中でやりたいことを全部やろうと思う。
お兄さんはもう一度笑うと、わたしを掌に乗せた。
「そうだね。何でもやりたい事をやってごらん」
了解です。
ふわふわ球体でなければ敬礼していたな。
そんなわたしにお兄さんがフッと息を掛けると、わたしの身体は空気に溶け込んだ。
「それでは、学園の三年間を楽しんでおいで」
お兄さんとの記憶は、優しいそんな声で途切れた。
悪役令嬢いいなぁ、と思って書いたのに、何故か方向がズレました。
出だしは不幸な部分もありますが、ほぼ主人公の不思議メンタルが暴走列車と化しています。
初回なので、3話投稿します。
次話も閲覧よろしくお願いします。