激臨、みんなで叫ぼうシャイザレオン!
最終話。
けっこうスピード投稿……稀に見る完結ですね。
勢いで書いていた割りに、ラストは予想外にきれいに仕上がったんじゃないかと思います。
たぶん、一番に燃えるお話だと思います。
前話がくどかっただけに。
目の前に建ち上がるそれを見上げて、稲葉 ひかるは思わず呻く。
“デュラン不動産(株)”――今、この少年とはとても繋がりが深い名前、会社であった。ここまで運んでくれた栗山 縁と二人で自分の母親である稲葉 仁を運ぶ。
なぜ病院ではないのかとするひかるの問いを、縁はここにしか医者がいないのだと返した。ますます強くなっていく雨水に仁の体を守るように、車内にあったタオルケットをその体に被せる。
ビルの中へ運び入れると、その中には沢山の人がいた。誰も彼も、家を失くして避難した住人だろうか――、広間にあるテレビにかじりついている。ひかるはそんな様子を気にしながらも、縁の指示にを受けて仁を運ぶ。
「――あ痛ァ!」
その頭に投げつけられた空き缶ひとつ。
余りの痛さに怒り目で振り返れば、そこには数人の男がこちらを睨みつけて立っていた。思わず視線をそらす。ひかるに対して、彼らが詰め寄ってくる。同時に漂った酒の匂いに、ひかるも縁も顔をしかめた。
「お、おいっ、てめ~……てめえのせいで、俺たちの家が失くなったんだぞ!」
「え……!?」
思わず呻く。それに対して縁はただの酔っ払いだと、気にすることなどないと言ってのけた。だが、彼にとって気にするのは当然のことだ。騒ぎを聞きつけ、他の避難者も続々と彼の周りを囲み始める。
「ひかる、稲葉 ひかるだ……」
「シャイザレオンのパイロットでしょ?」
「……あのロボットたちが戦ったせいで、この町はめちゃくちゃになったんだ」
「なんでも、誘拐された子供たちごと敵を叩きのめしたって言うじゃないか……」
口々に溢れ出す言葉に酔っ払った男は、それを声援と受け取るように意地の悪い笑みを浮かべた。ゆかりは早く仁を運ぶように言うが、ひかるはまるで地面に足が張り付いたように動けなくなってしまった。
彼を見つめる、目、目、目。これほど大量の人間の目に、しかも敵意の目に曝されたことなど、彼にはない。足が竦み、完全に硬直しているひかるに空き缶を投げつける。それを合図にしたように、様々なゴミが少年に向けて投げられた。中にはガラス片などの危険なものもあり、縁は制止を呼びかけながら仁の体に覆いかぶさった。
ひかるは、ただ俯いてそれを受ける。なぜ――、なぜ自分がと思いながらも。
悔しい。
違うのに、本当は違うのに。みんなを守ろうと思っただけなのに。
(そりゃあ、最初はそんなのなかったよ……ただ、巻き込まれて、しょうがないじゃないか……目の前しかわからなかったんだから! 俺、俺は……俺が悪いの?)
震える両手を握り締め、涙をその目一杯に湛えて――喧騒の荒ぶる中、今にも彼らが掴みかかろうとしたまさにそのとき、一台の車がビルの中に突っ込んだ。ヘッドライトがビルの明かりよりも強く人々を貫き、クラクションを鳴らす。
驚いた一同がそれを見つめる。その視線の中、怖気ながらも車の外に出たのは栗山 祥子だった。元々は車に忘れた財布を取りに戻ったはずなのだが――この有様を見て、車で突撃したようだ。
無謀にもほどがある。行動力がありすぎる。
余りの光景に目が点になった一同に、祥子は気弱な目で、これ以上ないというぐらいの強気をつくった。
「そ、それ! ……以上、その……」
途端に聞こえなくなった声に苛立ち、批判するような声を受けて体をびくつかせる。ひかるから祥子へ、その言葉があっと言う間に移り変わった。
ただ不平不満をぶつけられれば、彼らはそれで満足なのではないか――、ただ批判できる相手に、自分の不幸をその相手のせいにしたいだけなんじゃないかと、ひかるは唸った。
こんな集団で、寄ってたかって――!
縮こまり、指をもじもじとし始めて涙を流す少女を批判する彼らに、ひかるは怒りを顕にして大口を開けた。
「黙れお前ら!!」
その一言は彼らの言葉よりも強く、また車を突撃させた音を超えて。
しかし、言いたかった言葉を叫んだのはひかるではなかった。驚いて視線を向けると、縁をどかす仁の姿があった。顔面中に脂汗、もしくは雨水を滴らせながらも、その目には燃えるような怒りが見て取れる。
「お前ら、恥ずかしくないのか? よってたかって子供にゴミを投げつけて、挙句は恨み辛みだと? ハッ、情けないもいい所だな!」
重そうに体を持ち上げ、立ち上がる仁に、酔っ払いの一人が暴言を吐きながら殴りかかった。それをあっさりとその顔に受け、お返しとばかりに放った拳の一撃で男を沈める。
その光景の凄まじさ――、振り上げた拳が腹を捉えた瞬間、男は「うッ」と呻いて体を折り曲げ、それからはなにも声を上げず、ゆっくりと崩れ落ちていった。動きすらせず――完全に気絶したようだった。
仁はうっすらと流れ出た鼻血を吹き出し、痛くないと笑う。
「顔を殴られようが痛くない、腹ぁ殴られても痛くない、熊と戦った古傷のがよっぽど痛い!
――けどなあ、目の前で子供を嬲り者にされるのが、母親は一番、イタいんだよ!!」
叫び、ふらつく体に、ひかるは慌ててそれを支えようとするが、仁はそれを抱き寄せて体重を預けた。杖代わりにするようにして、周囲を一瞥する。その目には彼らだけでなく縁も、祥子も思わず体を竦ませた。
「お前らはなにか、この子の立場に立ったことがあるのか! 一週間ちょっと前までは普通に学校に通ってた、ただの普通の子供だぞ! お前らだって、ただただ普通に過ごしてきたんだ、そこまではわかるだろ?
けど、この子は、この子はお前らみたいな蛆虫とは違う! いきなりあんなロボットに乗せられて、戦わされて! 命を賭けてこの町を守ってきたんだ。敵を倒してきたんだ。それを誇りそうなものを、この子はあたしに、心配かけまいとなにも言わなかったんだよッ! 自分は、まるで悪党みたいに報道されてるのも知らずにさ!!」
吐き捨てるように、しかし後半は声が震えていた。ごく、僅かに――、いつも身近にいるひかるにしかわからないだろう口調の変化。ひかるは、身を震わせる。
それでも、文句の言える奴は立派なものだ、大したものだと――仁は拳を振り上げる。なにかこの子に対して言える者がこの場にいるなら前へ出ろと、それを聞いた上で叩き潰すと宣言した。
さきほどまではひかるや祥子に悪意を向けていた彼らも、まるで叱られた子供のように――さきほどのひかるのように俯いて、震えていた。中には涙を流す者もいた。
「……あのとき、ひかるくんは、わ、私たちを救ってくれました」
祥子の気弱な言葉が響くほど、中にあるのは息する音と室外から降り注ぐ雨の音だけ。
その言葉に反応するように振り向いた彼らに思わず体をびくつかせ、しかし気をしっかり保つように、両手を後ろに回して“気をつけ”をする。
天上を見上げて口を開く祥子に、ひかるは思わず作文発表会の自分を重ねる。
「ひ、ひかるくんも、津達くんも、り、凛子さんも、みんな、みんな私たちを助けるために頑張ってくれました。みんな不安だったけど、ひかるくんたちのお陰で、わ、私、私たち――……」
とっても安心できたんだよ。
涙を零す。ぼろぼろと零しながら顔を歪めて、大声で泣き始めた。怖かった――ずっと怖かったと、助けがきてくれて本当に良かったと。
仁は勝ち誇ったような顔で、さすがは自慢の息子だとひかるの頬を叩く。ひりひりと痛むが、少年はそれをよけずに受けて、力強く頷いた。
「……ひかる。もう、あたしのことはいいから――、行っといで。あのロボットのところに」
「か、かーちゃん、でも……」
不安げな声をあげるひかる。仁はそれに優しい笑みを浮かべて――股間を握る。
またこれかと、頭の中では冷静に、しかし体は過敏に反応して悲鳴をあげる。
「あんたは男だ! いちいち女のことを考えてるんじゃない、自分のできること、やりたいことだけを追っかけろ!」
「は、ははは、はい、はいィッ!」
ようし――、とその手を離し、猫背になったひかるの尻に蹴りを入れて姿勢を正す。
行って来いと――力強く頷く仁に、ひかるは目から涙を流しながら、行ってきますと、そう返した。
いまだ黙り込んだままの俯く彼らが開いた道を抜け、そのさきで泣きじゃくる少女に礼を言う。
思わず振り返った祥子の後ろから、声援が響き渡った。泣いていた少女が泣き止むほどの声援だ。
「――……ッ! ひ、ひかるくん! がんばってねェー!」
笑顔で、彼らにも負けじと叫ぶ。駆け出す少年が肩越しに振り返って手を振るのを見ながら、いつから下の名前で呼ぶようになったのかと疑問に思いながら――
――そして、ひかるも思わず零す。
「……成り行きって言っても、ここから走って学校まで行くの、俺?」
思わず肩を落とす。しかし、その表情に張り付くのは笑顔のみ。
体中から力が漲る、降り注ぐ雨が今は心地良いほどに胸が高鳴り、体にも熱が篭る。
「待ってろよ、シャイザレオン――、俺は、俺はもう、お前と一緒に、最後までがんばるぞぉーッ!」
おそらくは葉月中学校があるであろう場所に向けて吼え、ひかるは土砂降りの雨の中を駆け抜けた。
〜◇■◇■◇〜
暗がりの中、米沢 凛子はよくシャイザレオン・パイロットで集まっていた部屋に一人でいた。じわじわと鳴く蝉――所狭しとみっつの虫かごに押し込められたそれらの声を聞きながら、凛子は一枚の写真に目を通す。
小さな小さな女の子を挟み、幸せそうに笑う二人の男女――、その写真をパイロットスーツの胸にしまいこみ、ジッパーで閉じる。ヘルメットを抱えるその目には強い意志が宿っていた。
今から三時間ほど前に、ジャンク・スターの本拠地があるとされる場所が報告された。太平洋海域――、一番最初に襲撃してきたオプディウス、それが現れた場所を捉えた粟実クリエイチブ企業グループの衛星写真を頼りにその場所を探そうと言う話だ。
すでにシャイザレオンには耐水処理が施されている。
凛子は左腕にヘルメットと、右腕に虫かごを抱えて歩き出した。打ち崩れたシャイザレオンの収容施設を抜け、部材を運ぶために電気の通されたエレベーターを昇る。
雨の中、地上に出た凛子は蝉を一斉に放した。雷雨が閃きながらも果敢に挑まんとするようなその姿に、テントを張りながらも作業を進める職員たちが、驚いたように空を見上げる。その視線の先にあるのは、ヘルメットを被り、シャイザレオンへと歩む凛子の姿。
「き、君! なにを――」
「うるさい!」
慌てて止めようとした職員の顎を肘で打ち抜き、シャイザレオンの下へ駆け出す。異常に気づいた米沢 米輔の言葉もすでに遅く。
制止を振り切った凛子が、シャイザレオンへ乗り込んだ。
「……行くわよ、シャイザレオン。あんたは、あたしの正義なんだから」
静かに言葉を放つ。シャイザレオンはその身に青い光りを滾らせた。まるでその言葉を受け入れるように――
さあ、行こう。
凛子の言葉に反応するように、シャイザレオンの出力が上がる。勝手に起動したその兵器に、多くの者が驚愕した。雷鳴轟き、雨に打たれてシャイザレオンは立ち上がる。
あたしは、一人でも戦える。
凛子の想いを形にすべく。
来るかな。……来るだろうな。
一人、嘯く。来なければいけない、来なければならない。来なければ――、逸る気持ちを落ち着かせるのには、苦労する。
宮崎 茸人は、ゆっくりと、深く息を吸い、吐いた。すでに彼とともに行動してくれた蓬 卓は捕まり、嗣畑 源五郎も彼を逃がすために捕まった。
シャイザレオンを倒すのは、お前しか居ないと言葉を残して。
一人で息をつき、考える。すでにもう、ジャンク・スター残されしロボットはこの一機のみ。だが、彼らの仕えるジャンク・スター総帥を時間を稼げと言った。彼らにわからぬロボットがあるらしく、皆を基地から脱出させて。今はその言葉を信じて、ただ自分は使命を全うするのみ。
――時間を稼ぐ、のではなく。シャイザレオンを、倒すのだ。
レーダーに映った反応に、笑みを色濃くして茸人は自分の駆る兵器を起動させる。
全ては、ここから始まったのだ。そうだろう、シャイザレオン?
「またお前かぁ! いい加減にしつっこいのよ!」
甲高い少女の怒鳴り声に、茸人は唸る。
「何度だってやってやる、何度でも! この身が朽ち果てようと、最早、俺に――この私に、残されたものも残されるものもないんだからなぁ!!」
突き動かすは、貴様を破壊せよと高鳴る鼓動のみ。
これが最後だと笑い、茸人の駆るオプディウス3が浮かび上がった。
「どういうことだよ!」
荒い息もそのままに、ひかるが思わず叫ぶ。どうもこうも、そのまんまの意味だと耳をかいて粟実 津達が言った。
凛子は一人で戦いの場へ向かった。シャイザレオンに搭乗し、彼らを置いて。
なぜ止めなかったのかと吼えるひかるに対して、あの女を止められるような奴はインテリしないよと息を吐く津達。それもそうだ――、と思わず納得した自分に首を振る。
「どこに行ったの? 追っかけようよ!」
「追っかけても、多分、あいつは乗せたりなかしねえよ。……お前、本当になにも覚えてないのか?」
「? なにが?」
これだもんな。
思わず舌打ちして、津達はひかるの襟元を掴んで引き寄せる。元々、これはお前の蒔いた種なんだぞ、と。
目を白黒させる彼に言葉を重ねようとした津達を、米輔が制す。
「じいさん……」
「ひかるくん、君は昨日のこと、ガンバルディア3の最後を覚えてないようだね」
素直に頷くひかるに、津達は手を離す。米輔は力なく頷いて頭を下げた。
謝罪の意思――、この上なく、謝罪を表すその姿勢。少年たちが、周りの大人たちが驚く中、姿勢をそのままに顔だけで見上げ、勝手なことは承知だと言う、否、叫ぶ。
「君たちをこんな戦いに、そしてディジーフィルへと巻き込んでしまったのは私の責任、私のせいだ! あのロボットが襲ってきたときだって、ただ、ただ研究が、これでいつも以上にはかどると、進歩すると喜んでいたんだ。
――けれど、あの子は、凛子ちゃんは違う! お願いだ、お願いします、津達くん、ひかるくん! あの子を……あの子を、助けてあげてくれ……ッ」
顔を伏せる。いつもの陽気な雰囲気もなく、ただ哀れな老人に、頬をかきながらひかる、津達の両名は顔を見合わせた。二人して互いに頷くと笑みを見せ、米輔のその肩を叩く。
顔を上げたその瞬間、米輔の顔面に少年二人の全力の拳が入った。
「うぐふぉっ……!」
鼻血を散らし、悲鳴をあげてテントから転がり出た老人を、他の職員が助け起こす。
なにを――、口々に老人の安否を心配する周囲の大人に黙れと津達が一喝する。
「いいかじいさん、俺らを見くびるなよ! 確かに最初は巻き込まれて嫌々だったがなぁ!」
「俺たちは、もう自分でやりたくてシャイザレオンに乗ってるんだ! 凛子が一人で戦おうがなんだろうが、凛子はもう、俺たちの仲間なんだから!」
『求めてなくても、助けるのが当然だろうッツ!!』
二人の叫びが土砂降りの音さえ掻き消す。その意思に強く、強い太い笑みを浮かべた後、真剣な表情に戻して立ち上がった米輔に、職員たちに頭を下げる。
どうか、俺たちを助けてください。俺たちの、仲間を――
彼らの言葉に、その場の全ての人間が頷いた。
「早くターバリアンの調整を!」
「追加武器の仕上げはぁ!」
「出力どうだ!?」
最初から忙しかったこの場所に、熱気が加わる。もはやテントもなにもない、全員が全員、雨に打たれて泥でその衣服を汚し、駆け回る。津達もひかるも、そして米輔も彼らに感謝した。本当に、ありがとうと。
それを言うのはこちらもだと、職員の一人が柔らかな笑みを浮かべる。
「私は、夢がありました。それも諦めて、給料のためだけにこの会社に入りました。
――けど、今、やっと私の、自分たちの夢に出会えた気がします」
がんばってくれよ、津達くん、ひかるくん。私たちの想いも一緒に――、ディジーフィルが、きっと君たちを守ってくれるから。
言葉を残して走り去る。
負けられないな、とぽつり言葉を零す津達に、ひかるは力強く答えた。
「負けやしないよ、俺たちは無敵なんだから」
唸る鉄塊に拳を撃ちつけるシャイザレオン――しかしそれを、オプディウス3が弾き飛ばす。
「ううッ……く、こ、このぉ……かませ犬がいつまでも粘ってんじゃないわよぉ!」
「それは今の貴様だろうが、小娘ェー!」
至近距離で発射されたミサイルに凛子は呻いて機体を分離させる。巻き上がる白煙を切り裂いて攻撃の渦から脱出するが、途端にBメカとCメカが捉えられた。
たかが一人で、なにができることがあろうか。
茸人の哄笑とともにBメカが弾き飛ばされ、Cメカに叩きつけられる。
「ふっはっはっはっは! なぁにを喜び勇んだか知らないが、たかが小娘一人、恐るるに足らん」
「黙れ! あたしは一人でも戦える、あたしは勝つんだ、正義は――、自分で打ち立てる!」
機関砲を撃ち鳴らしてオプディウス3へ突撃するが、なみいる弾丸を弾き返すその装甲に舌打ちをする。
打ち立てる正義など、貴様にあるものか――、茸人は吼えてAメカを真っ向から弾く。凛子は思わず悲鳴をあげたが、BメカとCメカが解放されたのを見てシャイザレオンへと合体する。
「――ある!」
正義は、ここにある。
自らの胸を指して猛々しく吼え、蹴りを放つ。重いその一撃はオプディウス3を軋ませる。
「うおおおおおおりゃああああああっ!」
蹴りを撃ち、拳を叩きつけ、オプディウス3へ猛撃を加える。止めとばかりに放ったハンマー・グラブはオプディウス3に触れると同時に炸裂を起こした。
立ち上る煙と閃光に目を細め、確かな手応えを感じた――そのシャイザレオンを、全身の突進一撃で弾き飛ばす。
「うぅあッ!」
「はぁーっはっはっはっはっはっは! 正義? それが正義!? 話にならん!」
地に伏したその姿を愉快そうに哂い、段々状の胴体を伸ばし、ミサイルを構える。
私は、私は負けられん、負けられないのだと――、同胞に託された全ての想いをこの身に、例え燃え尽きても――
「私は貴様を打倒しジャンク・スターを勝利へ導く!
それが、この私に科せられた使命、定め――、私の正義だァーッ!」
「そんな不自由な正義が、あるくぁあああ!!」
こちらもミサイルを撃ち、迎撃する。炸裂する光りとともに雷が落ちて、シャイザレオンは煙のあがる先にある敵へ、拳を突き出す。オプディウス3も、そこにあるべき敵を倒すためにその身を突き出した。
互いの正義が、ここにあるのだ。打ちつけられた衝撃に凛子は、茸人は呻く。
全くの互角の状態で、時だけが過ぎる。
「おぉらおらおらおらおらおらおらあぁぁあ!」
「でぇいりゃあーッ!」
もはや武装もなにもない、互いに互いの“我”を通すべく、その意志を通すために彼らの体となりぶつかりあう鋼の装甲。火花を散らし、その装甲を軋ませ、痛みを感じながらもただ打ち付ける。
邪魔だ、邪魔をするな、先へ行く、進ませろ。
この先に、互いの求めたものが――“正義”があると信じて。
「――私はァ、娘にも“止めて”と叫ばれたのだ! 私が乗っているとも知らず、そのひ弱な体で貴様らをかばうその姿を見て、改めて決心した! 私は全てを捨てても、この社会を作り変える礎になるとッツ!!」
「あんたはそれでも、父親かあ!」
「父親である以前に、男だよ!!」
「――ッ、親になるなら男を捨てる覚悟を、持てってのよーッツ!!」
凛子の頭の中でなにかが弾けた。
淡い光りを放ち、青く染まりいく視界――シャイザレオンが力を増す。
軋む鋼が雄叫びを上げて、オプディウス3を持ち上げるシャイザレオン――、凛子は叫びとともにその巨塊を地面へ叩きつける。凄まじい音が響き渡り、その巨躯は地を割いて地面へ沈み込む。
「とぉどぉめええ――、ぅうぅるあああああああッツ!!」
「寝ぇえぼおぉおけえええるゥゥうなぁぁあああァァッツ」
打ち下ろされた輝く右拳に、オプディウス3はとの登頂部から伸ばしたアームを叩き付ける――握られたミサイルとともに。
二機のロボットは爆炎に飲み込まれて、その姿を消した。
聞いて欲しい、と米輔はパイロットスーツを着込んだ二人の少年を呼び止める。
胸に輝く、グラブ・ハンマーと同じエンブレムに頬を緩めていたひかるは、その神妙な表情に眉を潜めた。
「凛子ちゃんが、なぜあそこまで正義にこだわるか、わかるかい?」
「……いや」
ただ、そんなのが好きなだけじゃないのか――、嘆息する津達は、自分のかぶるヘルメットのバンドを調整しているところだった。
米輔はそれは違うと言って、降り注ぐ雨に打たれるターバリアンへ目を向けた。
「あの子の父親と母親は、刑事だった」
「――ああ、それで」
納得したようにぽんと手を叩いたひかるの肩に手を置いて、黙らせる。津達は米輔へ視線を向け、なぜ“だった”と過去形なのか聞いた。
意味がわからないようであったひかるも、次の米輔の言葉を聞いて表情を凍らせる。
「死んだからだ。あの子が生まれて八年、彼らは、その間しかあの子と一緒におれんかったのよ」
復讐だった――、そう、零す。身勝手な復讐、幼稚な思考。あってはならないこと。父親が捕らえた犯罪者の報復――、目の前で両親を奪われたのだと米輔は溜息をついた。
彼女自身、無事ではなく発見された当初はすぐに病院へ運ばれたという。その間、ずっと繰り返した言葉は、“信じてたのに、来てくれなかった”と。
「あの子は小さい頃からヒーローもののテレビが好きで、男子のようにかじりついていたよ。多分、悪を捕らえる“正義のヒーロー”に父親を重ねた憧れだったのかも知れない。
けれど、いつも呼べば駆けつけてくれるのはテレビの中だけの話だ――」
米輔は凛子の幼き頃、よく男子と喧嘩して泣いて帰って来る凛子が、「ヒーロー、呼んでもこないの?」と繰り返したことを思い出す。そのときは「本当の危機にしか現れないんだ」と諭していたが――、少女は、“本当の危機”に瀕しても現れなかったヒーローに絶望した。
「そして、あの子は思ったんだ。強くあろうと――どんな者よりも強く、真っ直ぐで、正義であろうと――呼んでもこないなら正義じゃない、呼ばれても正義はわからない、ならば自分自身が正義となろうと、唯一の正義へ!」
拳を振りかざす。
なんと言葉をかければいいのかわからない、二人の少年に米輔は、笑顔で振り返った。
「だから、私はシャイザレオンに武器を施し、あの子の正義を形作った――いつか来たる悪と戦うため、あの子を正義にするために」
ひかるくん、津達くん――、あの子を頼む。
米輔の言葉に二人は頷く。同時に、止み始めた雨空を見上げた。黒雲を裂く日光を、目を細めて見上げ――ひかるはPちゃんを片手に、ターバリアンへ向かう。津達も静かにそれに続く。
「がんばれっ!」
どこからともなく、声が響いた。
それに合わせるように、周囲の大人たちが彼に声援を送る。がんばれ、がんばってくれ――、負けるな、勝ってくれ、勝利を――
ひかると津達は振り返り、親指を立ててみせる。
「俺たちは負けない! 凛子も守る!」
「見とけよじいさん、俺たちの勇姿ってヤツをな」
駆け足にターバリアンへ乗り込み二人を見つめ、米輔は思う。
ディジーフィルは“あの日”に発現した。そしておそらくそれは、凛子、あるいはひかるの誕生とともに、この世界に生れ落ち、一個の完全に独立した生命体となると同時に。
「見せておくれよ、この私に、その意味を!」
そして勝利の輝きを。
発進するターバリアン――そのスラスターの熱風に服をはためかせて、米輔は右拳を掲げた。
黒雲が流れ行き、その顔を見せた陽の光りが降り注ぐ。
強力な爆発により、丸く空いた穴の中心で、シャイザレオンは片膝をついていた。そこから幾分か離れて、爆発によりひしゃげたオプディウス3の姿がある。
「……う、ううぅ……」
激しい爆発に頭を打ちつけ、ヘルメットがありながらも揺さぶられた頭からは吐き気が催される。ぐらりとゆれる視界に、火花を散らすオプディウス3を見つめて、凛子はシャイザレオンを立ち上がらせる。各部に多少の負荷がかかったようだが、直撃した右拳は破壊されても全体的な損傷は軽微である。
これも、ディジーフィルが守ってくれたからか――、凛子は笑う。
「……ぐ……、ま、まだだ……ま、だ……、まだ、私は戦えるっ……」
言葉に思わず背筋を凍らせる。回転すらしないスラスターを噴射し、身を起こそうともがくオプディウス3。
こんなになっても――、私は、生きている。
茸人の言葉に、凛子の顔も歪む。
こいつ、最後までやる気だ。その身の最期まで――!
「よすのだ、茸人よ」
『――ッ……!?』
降り注いだ言葉に、思わず天を仰ぐ両者。その視線の先に、それは浮いていた。
巨大な島――、戦艦、途方もなく大きなその巨体は、軽くこの葉月市を覆い尽くしそうであった。
「き、起動……、したのですね? 我らの基地、最強のロボ、クランツオーレが!」
「ああ、その通りだ、茸人よ」
ADD三基――、崩壊するか否かの瀬戸際だがな。
喜びの声を上げる茸人に、老人の、優しげな言葉を投げかける。
だからもう、君は使命を果たした、早く逃げるのだと。
「……、命令には従えません。わ、私はまだ戦える! この身に代えても奴を――シャイザレオンを!」
「――、命令に従えぬのなら、強行するまでよ」
老人の言葉と同時にシャイザレオンの頭頂部が火を噴いて弾ける。茸人の制止の声を無視して、その意思を遮って、オプディウス3の脱出装置が射出、戦域を離脱する。
必要はないのだ、こんな馬鹿げたことに命を賭ける必要など――どこか優しげに嘯く老人。
凛子はそれを見送って、息をつく。この巨大な戦艦を――クランツオーレに向けて、肘から先のない右腕を突きつける。
「あんたがジャンク・スターの親玉ね、馬鹿げた黒幕……! ようやっと引きずり出したわよ」
「――シャイザレオン……ディジーフィル……アンチ・ディジーフィル……ふふふ、素晴らしい発明品だ、どれもこれも」
これらの製作者は、今、とても喜んでいることだろうなと老人が語る。凛子は、なにを言っているのかわからないと小首を傾げた。
わからぬのも無理からぬ話――、それを使役するパイロットならばな。
「私の名は山西、山西 応保。ジャンク・スターを指揮し、そして無敵のマシンロボを作り上げた者だ」
老人、応保の台詞に哂う凛子。
無敵などと高が知れる――、無敵であるのはこちらのほうだと闘志を燃やすその姿に、応保は頷いた。
それもその通りだろう、そう言ってにこやかに笑う。
「なぜならそのシャイザレオンは、私と、そして私のパートナーであった米沢 米輔の手がけた、史上最強のマシンなのだからな」
「……え……? あ、あんたがこのロボットを――おじいちゃんと一緒に造ったぁ!?」
「さよう。正確にはそのマシンの構造を、そしてエネルギー回路などを手がけたのは米輔であったがな」
あの理論を完成させる、さすがは我が宿敵よ。
応保の笑い声に、黙れと凛子が一喝する。例え製作者だろうがなんだろうが関係はない――、目の前に立ち塞がるのならば叩き潰すのみだと豪語する。
立ち塞がるだと――、凛子の言葉を、さも可笑しそうに笑い飛ばす。
「私は、ただ自分の作品を披露しているだけだ。ただ、私の手がけた物を、私の可愛い子供たちをこの世界に放つのみ、みなに見てもらい、支持を受けたくてなぁ」
「な、なにを馬鹿なことを――」
米輔も同じだ。応保の言葉が、凛子を射抜く。その意味は凛子に理解できなかったが、それでもただひとつ、胸に思うことがあった。
あたしの家族を、お前みたいな狂人と一緒にするな――
「あたしはぁ、正義は! 悪をただ、殴るだけッツ。
ぶん殴らせろ、山西 応保ッーォ!!」
青い光りを散らし、クランツオーレに迫る。クランツオーレは全身に装備した機関砲でこれを迎撃する。
一発一発が砲弾のような巨大な猛撃をかわし、抜けて――シャイザレオンはその輝きを強くする。
凛子の咆哮とともに猛撃の雨を抜けて、横にした鉛筆に独楽を刺したようなその外観の、巨大なクランツオーレに向けて上空より飛びかかる。
「素晴らしい――、ディジーフィルよ、お前は……三基のADDに囲まれているというのに――」
だが――、それでもこの私には届かん。
上部についた独楽が解け、薄い装甲板が飛来する。
「――な、なんっ……!?」
大量の紙飛行機のようなそれらが射撃を行いながらシャイザレオンに迫る。夕闇を飛ぶ蝙蝠よりも数多く、さきほどまでこの空を支配していた雲よりも更に濃く。
次々と射撃、体当たりを繰り返す猛風撃に、シャイザレオンはその装甲を引き裂かれながら弾き飛ばされた。
「こ、これって……あの装甲の一枚一枚が、自律兵器!?」
「お嬢さん、まだまだこれからだよ」
その身に刺さった装甲を引き千切る。見上げた先に浮かぶクランツオーレの攻撃に、凛子は慌てて回避に移った。
一度逃げれば、最早その拳は届かないぞ。
からかうような応保の言葉に感情を逆撫でされるが、それでも無理があり過ぎた。
その巨躯、先すら見えず――降下するクランツオーレの巨体に喉を鳴らす。その周囲に独楽状のものが解けた自律兵器が旋回し、絶対の防壁とともにこの町を押し潰さんとするクランツオーレ。
「――くぉの、頭ちきんがぁぁあああああッツ!!」
叫び、分離。高度が低くなればやり易いものだとばかりにAメカ単機でクランツオーレに真っ向から立ち向かう。
機体を旋回させ、複雑な動きでその無限とも思える砲座をかわし、その側壁に沿って飛ぶ。前方の装甲が開き、複数の可変型砲座がこちらへ狙いを定めたことに舌打ちし、装甲から離れ――Aメカをシャイザレオンの上半身へ変形させる。
「うぅおおおおおおおおおおッツ!!」
肘までしかない右腕でそれらを薙ぎ払い、再び変形して上昇する。迫り来る装甲板をかわし、よけ、撃ち落とし――雄叫びをあげて凛子が迫る。
それをクランツオーレに直接立ち、白衣と真っ白な頭髪、髭を風に流しながら余裕の笑みで見下ろすのは山西 応保。
しかし、その笑みも驚きに見開かれた。視線をAメカから自身の上空へ変える。それと同時に自律兵器の群れに弾かれるAメカ。
「――っく、う……?」
回転する機体、その頭が上空へ向いたとき、空を飛ぶターバリアンが――そしてそれから降り立つ人間の姿が見えた。慌てて体勢と取り直す凛子の前で、パラシュートを開く――が、それは装甲板によって引き裂かれた。
落ち行く人間は凛子と同じパイロットスーツを着込んでいた。
べたり――、そんな擬音語が似合いそうな形で少年がセンサーに張り付く。ヘルメットのバイザー越しに見えたその顔――
「ちょ……ひかるっ!?」
「…………!」
「あああ、こらこらこらぁっ!?」
なにごとかを叫びつつ。
風に負けてAメカの上を転がり落ちるひかるに思わず悲鳴をあげ、即座に変形した凛子がその左手にひかるを握る。迫る装甲板から身を守り、多少、荒っぽい操縦で難を逃れ、地上へと着陸した凛子はその手を開く。
「ひかる、あんたなにやって――」
……血塗れじゃないの。
割れたバイザー、顔面から血を流しながら、ひかるはヘルメットを脱ぎ捨てて、笑いながら指を突き出す。
「……へ、へへへ――ぶいッ」
なにがブイじゃ。
噛みつく凛子を無視し、上方を指すひかるに慌てて上を見れば、同じようにして津達が降り立つところだった。シャイザレオンの上半身へ変形したAメカ、その頭部の横に降り立つ津達に、凛子は荒い言葉をぶつける。
「なにしてんのよ、あんたら! とっとと退きなさい! あんたらは数合わせのためだけにシャイザレオンに乗ってたんだから、勘違いするなッ!
シャイザレオンはあたしだけの――」
吼える凛子に、津達は笑ってその言葉を遮る。
お前は、俺たちを助けてくれたじゃないか――、と。
「助けてくれたんなら敵じゃねえ、敵じゃないなら友達か仲間だ。それが、一人で戦ってるのに、黙ってるわけにはいかないだろ?」
あんたら――、目を丸くする凛子。
Pちゃんが敵の注意を引き付けている今がチャンスだと、津達、ひかるは凛子に言う。
凛子は目を閉じ、静かになにごとかを小さく呟く。
次に目を開いたときには、いつものような太い笑みを浮かべていた。
「行くわよあんたら! このあたしの足を引っ張らないように、せぇぜえ気張りなさい!」
『了解ッ!』
砂塵を撒き散らすCメカ――、その上方を飛ぶBメカに、津達とひかるはAメカから飛び乗った。
「シャイザァァアレ・スクランブルゥーッ!」
『ゴォォォオオッツ!!』
ともに叫び、縦一直線に並んだ各機が、青き光りに導かれる。
最初は、本当に最初はただの偶然で出会った彼ら。ただ凛子に引きずられて戦いの場に立った彼ら。しかし、ひかるも津達も、その戦いの中で自分の想いを感じ、掴み取った。
それはおそらく、凛子も――
「激ッ、臨ッツ」
『シャァァァアアイ、ザアアアァァレェェ、……オオォォォオンンッツ!!』
青の雷を放ち、シャイザレオンが立ち上がる。
その純白の装甲に青き光りを湛えて、ディジーフィルが彼らの闘志に応えた。
「Pちゃあああんッ!」
「――ぬ……!?」
凛子の呼び声に答え、ターバリアンが機体を翻し、風を裂き――シャイザレオンの下に急ぐ。
砲撃がその機体を追うが、その速度に反応できずに空を裂くのみ。ターバリアンはパワーアームに所持していたボックス、機体後部に装着されたボックス計十にも及ぶそれらを落し、更に速度を上げる。
落とされたボックスは青い光りを放ちながら弾け、中から武器の姿を見せる。
それらはシャイザレオンの光りに導かれるようにして、肩に、背中に、そしてその手に繋がる。
「改めて仕切り直しだな」
津達が歯を見せて笑う。様々な火器が連結し、それと同時に操縦席から覗くコントローラーも大量に弾け出る。
追加された分である――握り締めるその目に睨むはクランツオーレただひとつ。
「自己紹介でもしちゃおうか?」
鼻血を吹き取りながら、おどけて言うひかる。しかしその目には強い意志が見て取れた。
改めてグリップを握るその顔には、野性的な笑みが浮かんでいる。
「人の想いを力に変えるディジーフィル――それを動力に動くは最強のロボット・シャイザレオン!
それを駆るはあたしたち、米沢 凛子と舎弟その一にやんちーぱっぱ! 最高のメンバー、最強の力、見せてやるはクランツオーレ、ジャンク・スターッツ!!
――たぁだで済むと思うなよーッ!」
結局紹介はそれかと苦笑する二人を叱咤し、シャイザレオンが銃器を構える。肩に担いだ迫撃砲、ミサイルポッド、肩部側面に装着されたエネルギー砲や右腕に装備されたバズーカ砲、左手に握るアンチ・マテリアル・ライフル――
シャイザレオンッ!
「グゥウランドッ、フィナアアアァァレ・ファイアアアアアァッツ!!」
一斉射撃。
その巨躯よ見ろ、火力を見ろよとするクランツオーレに対し、足を止め、真っ向から力押しを始めるシャイザレオン。
青き光りがその機体を包み、撃ち出される全ての攻撃にシャイザレオンのエネルギー体が固まっている。
なんだと――、目を見張る応保の前で、馬鹿げた巨躯を誇るその機体が今、沈もうとしている。セイフガンバルディアを、オプディウスを易々と超えるその装甲を撃ち抜くは青き巨人、シャイザレオン!
『ううぅぅうううおおぉおぉぉおおおぉぉおぉおおおっつ!!』
三人の雄叫びが重なり、クランツオーレの巨躯が折れ曲がる。その火線により装甲からなにからずたずたにされ、自機の重さに耐えられなくなったのだ。
轟沈する――クランツオーレが!
「――ふ、ふっはっはっはっはっはっは!
素晴らしい、素晴らしき我らのマシンロボ、我らの兵器よ! 米沢ぁ! だがな、私とてただ隠匿していたわけではない、私一人で作り上げていないシャイザレオンなどを我が遺産などにはせんぞーっ!
はぁーっはっはっはっはっはっはっは!」
音が轟く。その体中から火を噴き、沈みゆくクランツオーレに、シャイザレオンはその全ての火器で応戦した。ライフルを残し、全ての弾丸の尽きたその武器の群れが、接着面から青い火を噴き上げて落下していく。
凛子はライフルを、沈み行く艦へ向けた。
まだ、終わりではないと――、応保の言葉が胸をざわめかせる。
やがて、地に落ちて――シャイザレオンを引き寄せるような凄まじい風をおこしながら、クランツオーレは大爆発を起こした。瓦礫を塵のように舞い上げて、海に面したこの町から海水を巻き上げながらきのこ雲を上げる。
衝撃にその体を揺らし、シャイザレオンもそれに耐えるように身を屈ませて――
その爆発の嵐とでも呼ぶべきそれが終わった後、舞い落ちる火の粉の中を一機にロボットが歩み行く。シャイザレオンを目指すそのロボットは、その装甲から黒い輝きを――赤い光りを放っていた。
「――うぅっ?」
急激に出力の落ちたシャイザレオンに呻くひかる。
シャイザレオンが震え、それに凛子は悲鳴をあげた。シャイザレオンが崩れ落ちる――、津達も驚愕する。なにが起きたのかと。
「ADDと反応したか――、それもそうだろうな、ディジーフィルはこれが怖いんだろう」
静かに笑うはクランツオーレの動力炉にしてジャンク・スターの最終兵器――バロウリス。
シャイザレオンよ――今一度見よとその両腕を開く。その体に纏う赤い光り、その端々に黒いエネルギー体を弾けさせるその姿。魔王の如く顔面から生えた一本の角、刺々しいそのデザイン――しかしこれもまた、シャイザレオンに酷似していた。
これぞ我が至高の兵器バロウリス――来たれよと両手を開き、シャイザレオンに構える。
「なんだかんだ言ったところで結局おじいちゃんのエネルギーを使うわけね、このパチモン・シャイザレオンが!」
「ふん、人間の英知だ、無駄にはせん。米輔の作り出したそれとて、様々な人間の編み出した知恵の結集品なのだぞ?」
どちらにせよ――、貴様らでは勝てないがな。
応保の言葉と同時に、纏う輝きが一層強くなり――
「――、なんだ……っ?」
思わず零す津達。バロウリスを取り巻くように現れた板――クランツオーレの自律兵器だ。
突き破れるか、このバロウリスを。
乱れ飛ぶそれを受けて、シャイザレオンが傾ぐ。
「――な、ろう……!」
自律兵器の数はたかが数十、負けるものか。
凛子は言うとライフルを構え、射撃する。弾丸は何枚かのそれを貫き、爆散させる。
「いいだろう、来るがいい、シャイザレオンよ、ディジーフィルに選ばれし子らよ」
上昇するバロウリス、その身を守るように取り巻く自律兵器を次々と打ち抜く――しかし、それも次第に当たらなくなる。
目標が遠い、小さいということか。凛子は舌打ちし機体を上昇、それを待っていたとばかりに残った自律兵器が攻撃を始める。特攻するものとバロウリスを取り巻き射撃するものにわかれたフォーメーション――
舐めるんじゃない。
凛子は吼えて突撃するそれらをかわし、ライフルを構える。
「シャイザレ・ライフルッ! うらうらうらうらうらうらうらァァ!!」
シャンザリオンの機銃の如く、その長い砲身に幾つもの弾倉の取り付けられたそれが乱射される。
しかし――、攻撃が当たらない。自発的に機能し、自律兵器はその照準から逃れる。ちゃんとしたAIが搭載されているのかとひかるが目を見開き――、津達は凛子に操縦を代わるように言った。
「わかった、津達――」
「違う、ひかるにだ!」
え、俺?
当たらない機銃に苛立っていたひかるも、きょとんとした表情でこちらを見やる。凛子なら尚更だ。
機銃ならば俺が撃つ、だが操縦はひかるだ――、そう言った津達に難色を見せた凛子。だが、津達の強い押しに、舌打ちして了承する。
「え、ちょっと、なんで俺? 一番、操縦が下手なんだよ!」
「いいから黙って、奴に向かって飛べ!」
「わ、わわ、わかったっ!」
操縦が入れ替わり、ひかるが操縦桿を握る。
行くぞ――、空を並び舞う自律兵器の群れへ突き進む。
射撃をかわしきれずにその装甲に受けて、更には迫り来る装甲版がシャイザレオンの身を削っても。
(行け、行け……っ! シャイザレオン! 任されたんだ、全うしてみせる――バロウリスっ!)
空に浮かぶそれを睨みつけて加速する。
凛子と津達の射撃が次々と自律兵器を破壊していく。段々と――、その身に受ける傷が減っていく。
“仲間”を信じて、仲間に委ねてただひたすら進む。敵へ――
それに合わせるように、シャイザレオンが光りを放ち始める。青い光りを。
(――なんだ……、怖くない。目の前に敵がいるのに、これだけ馬鹿みたいに攻撃を受けたのに――)
そうか、これが信頼か。
思わず、目を閉じる。津達と、凛子の息づく声がその耳に聞こえた――気がした。
繋がっている。ディジーフィルが自分たちを、そしてシャイザレオンを。例えどれだけアンチ・ディジーフィルがあろうが怖くはない。なぜなら、ディジーフィルには――
「俺たちが、ついてる!」
ひかる――? 疑問を感じたのも束の間に、シャイザレオンの出力が上昇する。青い輝きを放ち、その身を染めていく。
これは――、いぶかしむ応保、それを睨んで凛子が、津達がひかるへ吼える。
「シャイザレオン――、みんな――、俺は……!
シャァァアアイザアアァアァァレ、スパァァァァァァァック!!」
応えるように吼えたひかる。そして、その咆哮に更に応えるように――シャイザレオンが輝きを放つ。煌く光りが空を焼き、迫り来る自律兵器を灼き尽くす。
急激な加速をつけたシャイザレオンに対応できず、応保はその体当たりをまともに受けた。青い光りと赤い光りが散り、生まれた衝撃波が残りの自律兵器も弾き飛ばす。
「ぬぅ……これは!」
「これが! シャイザレオンだ!」
ひかる――、思わずその名を呼び、目を伏せる。
まだ、ひかるに対して思うことがあるのかと言葉を投げる津達に、凛子は目を逸らした。
「――違うよ、これは俺の力なんかじゃない。みんなの力だ、みんながいてくれたから、俺は――シャイザレオンは応えてくれたんだ。これだけの力を!」
「――……はん、当ったり前でしょうがッ」
なにを今更――、笑みを浮かべる凛子にひかるも笑い、津達は安堵したように息を吐く。
そして彼らは、改めて対峙した。赤く燃え立つ巨兵を。
「ふ……相も変わらず素晴らしきはディジーフィル、そしてその友情ということか……だが、力の差を考える必要がある」
言葉と同時に天へ突き出すその右手。
ひかるも合わせるようにライフルを投げ捨てて、左手を天へ突き出した。
「来るがいい、我が子らよ!」
「こぉい、シャイザレ・ロッドオォォォ!」
ターバリアンから射出された、シャイザレオン最強の武器と、自律兵器が組み合わさって形となった大剣がぶつかりあって光りを撒き散らす。
唸り声を上げる両者――、しかし片腕のシャイザレオンが押され、シャイザレ・ロッドを弾き飛ばされてしまう。
突き出されたその巨剣を分離してかわし、戦闘機へ変形することなく再び連結する。操縦を凛子に変わり、青き光りの鎖に繋がれたシャイザレ・ロッドを引き戻す。
「ふ――、さきほどの武器といい、ディジーフィルが大分に濃くなっているようだな――だが、それでもこの私は超えられん」
「ほざけ応保! シャイザレ・ランス!」
左腕の装甲が剥がれ、シャイザレ・ロッドの先端へ装着される。片腕ということもあり以前のものより短いが――それで十分とバロウリスに突きを繰り出す。
それをいなして弾き、お返しだと撃ち込まれた巨剣を槍で受け止めるシャイザレオン。しかし、片腕ということ、そして出力に差があり過ぎた。
簡単に弾かれたシャイザレオンの胸部を薙ぐ一撃に装甲を裂かれ、衝撃に悲鳴があがる。
「……ぐ、シャイザレオン! バトル・トマホォォォウク!」
Aメカの翼を外し、槍へと繋げて斧へ変える。
操縦桿をしっかりと握り締めて、シャイザレオン・パイロットの雄叫びが重なる――繰り出された一撃を巨剣で受け止めて、応保は呻いた。
効いてる――、思わずひかるが歓声をあげる。それはそうだ、この質量、重量、力にこの速度。片腕とは言え、これならば――
「ふん、報告通りに恐ろしき速度よ――殺人的と言えようが、人が死なぬうちはそうは言わん」
吐き捨てる。凛子は言っていろとばかりに斧を振り回し、その先から消えた赤き巨兵に目を瞬かせる。
「――後ろだ凛子ォ!」
「え――」
遅い。
低く、しゃがれた声に走る悪寒――同時に衝撃がシャイザレオンを揺らす。
弾き飛ばされ、悲鳴をあげる彼らに応保が笑う。
「どうした、シャイザレオン、もっとだ! もっと走れ、ついてこい! この私にその無限の力を見せろディジーフィル! ……ふふふ……、ふはっはっはっはっは!」
調子に乗るなよ――、弾かれたまま凛子は姿勢を変えて、低く唸る。
少女の合図とともに少年二人も頷き、側壁のレバーへと手をかけた。
「シャァアイザレ・ビイイイイィィィムウウゥゥーッツ!!
消ぇし飛べェェエエ!」
放たれた青き輝きを――、しかしバロウリスは黒く染まった剣を盾のように構えてその巨光をあっさりと弾き返して見せた。
呆気に取られた凛子を前に、バロウリスがシャイザレオンと同じ構えを取る。胸の前で、その腕を交差し――
「ま、ず……! シャイザレ・スクランブル――」
解けるようにばらばらになった巨剣がその胴体から露出した砲身の前に並び、今、放たれんとする光球を取り囲む。
高速で回転しながら黒いエネルギーの渦を巻き起こし――
「この一撃を見よ、バロウリス! ビイィィーィイムッ!」
『うぅああぁああ!?』
間一髪で分離して回避しつつも、その衝撃波に押し流されてばらける各機――凛子は慌てて召集をかけて合体を行おうとするも、BメカとCメカが連結したところで、斧を携えたAメカを自律兵器が弾き出す。
悲鳴をあげて戦闘機へと変形したAメカの前に、巨剣を構えるバロウリス――
「――さぁせぇえるぅかァァアアッ!」
ターバリアンとともに機銃を撃ち、突撃するひかる。応保は舌打ちしてBメカを払う。
「ぐ――Pちゃん!」
回転する機体のバランスを正し、ひかるはPちゃんの操縦するターバリアンをそのままに、スラスターで落下速度を調整するCメカへ急ぐ。凛子もこれに続き、シャイザレオンへと合体する。
――ちまちまとうるさい奴だ。
応保は言葉と同時に刃を突き出す。容易くその体を貫かれ、ターバリアンが火を噴いた。
「Pちゃ――!」
落下する機体を回転させ、巻き上がった炎を地上すれすれのラインを飛行し、巻き起こした砂埃で掻き消す。
まだターバリアンは生きている――安堵する一同を前に、バロウリスが巨剣を携えて迫る。
「……凛子。あいつの速さは尋常じゃない――だけど、シャイザレオンなら追えるはずだ」
無論だ。しかし――
凛子はひかるの言葉に顔を歪めた。それには危険を伴う、ひかるを、津達を――
「なに悩んでるんだ? 迷わずやれよ、いつもみたいにな」
哂う。
その津達に凛子は、肩の力を抜いた。そう、自分はこのシャイザレオン・チームの親分だ。わざわざ下の者を考える必要はない、自分の部下ならば、自分でなんとかしてくれる。
仲間を信じろ凛子! あいつらはそんなで壊れやしない!
強い意志をその瞳に、凛子は男らしい笑みを見せた。それを見て、津達が頷く。
「しっかりついて来なさいよ、あんたら――! シャイザレ・パワー、オォオン!」
出力を上げて、迫るバロウリスに真っ向からぶつかる。振りかぶったその巨剣を撃ち下ろす前に弾き、体勢を崩したその胴体を薙ぐ――その直前に後方へと高速で移動した赤い巨兵。
繰り出される蹴りを横へ回避し、振り上げた斧を巨剣で叩きつける。
鋼鉄のぶつかり合う音と激しい火花を散らし、二機のロボットを取り巻く空間が歪んで見えた――同時に。
「うぉらッ!」
「どりゃあ!」
薙ぎ、突き出し、弾き、落とし、高速で剣戟が繰り出される。
シャイザレオンとバロウリス、赤と青が混ざり合い互いに一歩も引かないその攻撃は熾烈を極めた。互いの装甲を削り、裂き、軋ませ、変形させ、叩き付ける。
そんな嵐を思わせる猛攻に、機体の速度に振り回されて津達とひかるは苦痛に喘いた。息すらできないような、体が引き千切られるような、凄まじい力に引きずられ、悲鳴をあげる。
「――ハ、ふぅッ。……てぇいりゃああッツ」
突き、弾き、体勢を崩したバロウリスへ振り下ろすその一撃。青き光りを纏う白刃が迫り――
しかしそれはバロウリスに届くことなく、赤い残像を残してバロウリスがシャイザレオンの背後へと回る。
――なにぃッ。
慌てて振り向き様に放つ一撃を掻い潜り、バロウリスがその巨剣をシャイザレオンの胸部に叩きつける。
「うああああッ!」
悲鳴をあげて弾き出されたシャイザレオンに、更に追撃を見舞うバロウリス。凛子はそれを肘で撃ち落とし、膝蹴りなどで対応するが、凛子の直線的な操縦に対してバロウリスの曲線的な軌道がそれらをかわす。
目を見開く凛子――その頭部へ、巨剣が振り下ろされる。
「――おおおッツ」
すんでのところで斧を振り上げてその一撃を受けるが、余りにも重過ぎた。
力負けし、下がった腕にあわせるように、その左肩を巨剣が撃ち破る。
悲鳴をあげた凛子に対して津達が操縦を変わり、バロウリスから間合いを取る。しかし、その急発進する速度に体がついていけずに視界が歪む。
(――だ、駄目だッ、制御できねえ……!)
歪む視界に捉える赤。
不味い。
反射的に分離したAメカとBメカの間を巨剣がすり抜ける。
「――俺が行く!」
叫びと同時に合体、過ぎた赤い影を追うひかる。
青い光りを放ち、輝く斧を振りかぶってその背へ投げつけた。さすがにその攻撃は予測していなかったのか、応保は驚きの声をあげ、しかし易々と打ち払う。
その直後、スラスターの出力をあげてひかるがバロウリスに掴みかかる。
「――、つ、っかまえたァアー!」
「なんだと……!」
もがくバロウリスにひかるは笑い、万力の如く締め上げる。
力押しならば負けない――豪語するひかるの目に力が宿り、シャイザレオンも青い炎を噴き上げた。それは輝かしい火柱となり、更に勢いを増す。
――これは、いかん。
剥がされ始めた赤い光りに応保は初めて焦りの色を見せた。
「わ、わははははは! このまま捻り潰してやる!!」
「させぬわ小僧ォォ!」
『ぬううぅぅおおおおぉぉぉおおッツ!!』
互いに一歩も譲らず、立ち上がる赤き炎も青き炎も押しては引いての一進一退だった。
ひかるは歯を剥き出しにして食いしばり、無理に口角をつけて笑うと、応保に言ってやる。かかったな――、と。
その力を活かして体を振り回していればよかったものを――、締め付ける力に押し返す力で対抗しようとするから、もう遅い。
目を見開いたその矢先、バロウリスを激しい衝撃が襲う。
「――ぐ……!?」
その背に深々と打ち立てられたは、光りの鎖に繋がれし巨大な斧――
ひかるは同時にバロウリスから離れて、胴体から光りを放つ、青き輝きを。
「食らえええええッツ!
シャアアアイザアアアァアルルルェエエェエェ!!」
溢れ出た光りは渦を巻き、強い輝きを放つ。
斧ごとその体を固定されたバロウリスはかわす手立てはなく――ここまでくればままよとばかりに構えを取る。
赤き光りを湛え、分解された巨剣がその露出した砲身の周りを回転する。
『ビイイイイイィィィィンンンンムウウウゥゥゥウウウッツ!!』
「バロウリス――ビイイイイイイイイイイインンンンムッツ!!」
荒れ狂う光りがぶつかりあってエネルギーを散らす。圧倒的な力が、シャイザレオンとバロウリスを包み込んだ。
生じた衝撃波にその体を押し流されつつも、その光りの放出を止めようとはしない。
――負けられない、負けて堪るか、こんな奴に!
凛子が限界まで引き上げたレバーを更に押す。限界を――、限界を超えるのだ!
「いけええぇぇぇッ!」
「はああぁぁあああああぁぁぁあぁあ!!」
出力を増し、光りを増し、青が消え失せて白い輝きを見せる。その光りは唸りを上げて突き進む。背部のスラスターで踏ん張りながらも後退し、前にも後ろにも強い圧力を受けて機体が悲鳴をあげる。
――まだだ、まだ奴がいる!
いつもなら止めに入る津達も、自身らの安否など二の次に、眼前の赤い巨兵を叩き潰すことを第一に考える。
食いしばった歯茎から血の味が染み出るが、津達はただ唸ってレバーを引き絞る。勝つためにこそ、その力を!
「シャイザレオオオオオンンンッツ!!」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっけえええええぇぇぇ!!」
その半円状の砲身にヒビが入る。
炸裂する光りは唸りをあげて、青い稲妻を巻き起こした。
それを真っ向から受ける赤い光り、バロウリス。
「――ふ……っはっはっはっはっはっはっはっはっは!
あぁーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
少年たちの咆哮を哂う応保。
同時に、赤い光りがその深さを増す。血のように赤い光りがシャイザレオンの放つ巨光を押し留め、火花を散らす。
濃く、更に濃く――赤から黒へと変わったそのエネルギーはシャイザレオンの光りさえ飲み込んで吹き散らした。
「――がッ……!?」
荒れ狂う黒いエネルギーがシャイザレオンを飲み込み、そのまま地表へ叩きつける。
圧倒的な“質量”を持つエネルギー――その衝撃に悲鳴をあげて、打ち崩れたシャイザレオンごと大地を薙ぎ払う。その跡をなぞるように、亀裂の入った台地から鮮血のような赤い光りが吹き上がった。
「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!
終わりか、シャイザレオンよ、終わったな、シャイザレオンよ――はっはっは!」
その体に裂傷を抱えながらも、未だ健在のバロウリス。赤い光りを背負い、自律兵器がその旋回する。陽の光りに色濃い影を落すその姿を、ひかるは地面に横たわったまま見上げていた。
荒い息が、操縦席に響く。津達も、凛子も言葉を発さぬ中で、ひかるは虚脱した体に活を入れる。
負けたくない、負けたくないのに――
「――強すぎる……」
思わず零した台詞。それと同時に、彼の目の前から操縦桿が消えた。我に返ったように顔を上げたその先には、掴むべきものはなにもなかった。銃型のコントローラーも、枠つきのグリップも。
サブモニターに映る、津達と凛子の座席にも、それらの姿はなかった。
「そ……んな……」
哄笑を上げる応保、バロウリスを見上げて、ひかるは嗚咽をあげる。
負ける――、負けるのか。負けてしまうのか、シャイザレオンも、俺たちも――
しゃくり上げたその矢先に、聞き覚えのある声が飛び込んだ。
「負けるなァー! シャイザレオーン! みんな~ッ!」
その言葉に顔を上げる三人。その目に飛び込んできたのは、ほぼ荒野と化したこの場所に続々と集う車、車、車。車の大群。
選挙カーから身を乗り出し、マイクを握るのは栗山 祥子――
次々と開くドア、駆け下りる人の山。シャイザレオンの傍らに立ち、祥子を筆頭に葉月中学校の面々が、その後方に葉月市内に住む全ての市民が集まった。その人の数たるや――こんな狭い市内に、よくぞこれまでという数が揃う。
「みんな……」
「なんで――?」
思わず零した凛子の疑問に、恩人に報いたいのは誰もが同じことだと、男物の学生服に身を包んだ祥子が応える。はためくハチマキには彼らと同じく輝かしいシャイザレオンのエンブレム、“D”の文字――
口に笛を銜え、音を鳴らす。整列した同じ服装の生徒たちを従えて、声を張り上げた。
「――ふ、ふれー、ふれーっ、シャ・イ・ザ・レ、ふれっ、ふれっ、負けるなシャイザレオン! ふれーっ!」
応援を始めた。
それに合わせるように太鼓を打ち鳴らし、続々と呼び声が輪を成す。子供も大人も、老人もない。全ての人々がシャイザレオンに向けて、シャイザレオン・パイロットに向けて声援を送っていた。
ひかるを貶していた者も、誰も彼もが腕を振り上げてその名を呼ぶ。
シャイザレオン――
「負けるなぁー! 情けない格好してんじゃないぞ、ひかるうううッ! 凛子ぉぉぉおお! 津達ぅぅぅぅううう!」
両脇に米輔と粟実 宗太を挟み込み、仁が笑みを浮かべて声を張り上げる。
かーちゃん――、鼻の奥に痛みにも似た熱を感じて、それと同時に目頭が熱くなる。
「――目障りな――、邪魔をするな」
そんな彼らのすぐ側に、バロウリスの攻撃が放たれる。光りは大地を抉り、砂塵を巻き上げて強烈な風で人々を横なぎにする。
「……みんな……!」
目を見開く津達――、しかし、砂塵が収まった後、そこから逃げ出そうとする者はいなかった。ただの一人も。
祥子は爆風で横に流れたままの髪をそのままに、目を回しながらふらつきながら、応援を続けている。幾分も声が小さくなって、その声は彼らへ届かなかったが――想いは、届く。
熱い胸の高鳴りが、凛子を、ひかるを、津達の中で響く。声援を送る人々の周囲が淡い青の光りを放ち始め、霞むような薄い光りがシャイザレオンへと流れる。その光りを受けて、凛子は笑った。
「……想いを力に変えるディジーフィル……それを動力に動く、シャイザレオン」
これで負けたら、嘘だ。
言ったその言葉に、二人も笑って頷く。力強く。
行こう――、これが最後だ。青い輝きを放ち、全員の操縦席に現れた操縦桿を握る。
倒れたシャイザレオンが立ち上がる。各部位から火の粉を散らし、裂けた装甲からそのフレームを支える支柱を覗かせ、痛々しい姿で。
しかし、その優しく光る体はどうだろう。神々しく、そして頼もしく――このうえなく力に溢れるその立ち姿。
それに危機感を覚えたのは応保だった。確認の感情を力に変えるシャイザレオン――これだけの人間が、集まったとなれば。
殺す――、か。
苦い顔をして応保は決断した。砲身を覗かせて、エネルギーを充填する。最早、周りの人間など知ったことではない、自らの兵器の力を見せ付けるのだ。
「残念だ――、君たちのような志を失うのは、非情に残念だ。が、終わりだ」
上空より強い光りを放ち、再び黒いエネルギー塊が落とされる。圧倒的な速度で打ち出され、放出されたエネルギーの奔流は竜巻の如く渦を巻き――
「――うぅうああああああああッツ」
凛子が吼えた。続けてひかるも、津達も吼える。空を仰ぎ、ぼろぼろになった体で天に両腕を突き上げる。同時にその周囲の地盤が割れて、光りが溢れた。
慌てて周囲の人間が逃げる中、大地とともに吹き荒れたエネルギーがバロウリスのエネルギー塊を吹き散らす。
「な、なにぃっ!?」
迫る光りに慌てて防御体勢を取る応保。自律兵器を前面へと押し出し、黒いエネルギーを纏わせて旋回、その光りを吹き散らす。だが――、その黒きエネルギーも引き剥がされ、自律兵器が次々と溶解していく。
「シャアアアアァァァァアアァァアァアァイイイィィザアアアァレ――」
目を開く。
凛子は光りに包まれた操縦席の中で、天に座するバロウリスを睨みつけた。
「――オオオオオォォォォオオンンンンンッツ!!」
「究ゥゥゥゥ――」
「――極ッツ!!」
三人の想いが重なる。言葉はない、ただ、それだけが彼らを支配する。
“勝つ”――最も単純で野性的な、自らの我を突き通す方法。
『砲ぅぅぅうううううぅううああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁっつ!!』
全身から放たれた光りが渦を巻き、エネルギーの荒れ狂う竜巻となって上空のバロウリスを飲み込んだ。
悲鳴をあげる機体に、応保は呼びかける。
「こ、これが――これが、渾身の一撃だ、シャイザレオンの――、これさえ……これさえ凌げば――」
私の勝ちだ。
荒れ狂う雷光にも似た、それでいて優しい青の光りの中で、バロウリスの体は引き裂かれていく装甲が弾け、腕を、足をもぎ取られ――光りのに巻き上がれ、溶かされる己が体。その中に自らの最期を見て――応保は、目を見開いて哂った。
それがどうしたシャイザレオン、それがどうしたディジーフィル。私は死なない、貴様を超えるためにこそ――
――そして。
光りが過ぎて、応保は笑った。哄笑を上げる。
「はっはっはっはっは! 耐えた、耐えたぞ! 渾身の力を、私は、私は勝ったのだ、シャイザレオンの渾身の一撃を受け止めた!」
ばらばらに引き裂かれた装甲――剥き出しの内部。だが、機体は、赤き巨兵は未だ死なず。
笑い、その手に光りを湛えたバロウリス。今こそ止めをと、シャイザレオンに向けて一撃を放とうとしたそのとき、輝く青の点を見つける。
「――……?」
その点は、輝きも強く、段々と大きくなっていき――
「――あ、れは……っ! まさか!?」
「――渾身のォオオ、ニ撃だあああああああッツ!!」
ひかるの咆哮。
同時に迫るは光り輝くBメカの――
放たれた光りをかわし、Bメカはバロウリスを貫いた。
〜◇■◇■◇〜
一人、絵を描く少女に、彼は笑って帰ろうと促した。
少女は、それに応えて帰る支度を始める少女の頭を撫でて、保母にわかれの挨拶を言い、私は外に出た。歩道から歩道へ渡るときは、右を向き、左を向き、もう一度だけ右を見て、少女と笑いながら道路を渡る。
家に着くと、部屋の掃除をしていた少女の母親が奥の部屋から出てきて、駆け寄る少女を抱き寄せる。掃除中だったのか、汚れたエプロンを空いた手に持ち、私に向かってお帰りなさいと微笑んだ。
私は、彼女の旦那はまだ帰ってきていないのかと問う。母親はまだですよ、お父さんと応えて、私はただ笑顔で頷く。
いつもの光景、いつもの家、いつもの場所。やがて少女の父親が帰り、明るい笑顔の絶えない一家団欒の時が流れる。私は少女の父親にお酒を誘われて、将棋盤を持ってくるように少女に頼む。これが、彼と過ごす日課であった。
将棋を打ち、何手も何手も先を読んで、互いにひとしきり唸りながら参った、参らないと互いに言い合う中で、母親が酒を注いでくれる。
私はそれを飲んで上機嫌になる。いつもの光景、いつもの家、いつもの場所。しかしそれは、私の心を満たしてくれることはなかった。
――その日、夜分遅くにかかってきた電話。珍しく起きていた私の受け取った電話。それがなくば、私はこの柔らかな昼の陽だまりのような場所を捨てたりはしなかったろう。それがなくば、私はこのような充実した日々を遅れなかったろう。
それがなくば――
〜◇■◇■◇〜
溢れた光景に、ひかるは目を見開いていた。すでにBメカに光はなく、ただ重力に従って落下するのみ。その視線の先で、胴体に大穴を空けたバロウリス――青い光りに包まれながら、その穴の中に老人が立っていた。白い毛髪と髭を風に流し、白衣をはためかせ――微笑んでいる。
「――あ……!」
声をあげるひかる。老人は優しく、本当に優しく微笑んだ。
そして、ゆっくりと口を開く。
「本当に、本当にすまなかった――、ここに住まう人々よ。私は、どうしても自分の力を、持てる力をぶつけたかった――なにかになどではなく、ただただ、その持て余す力を使い果たしてしまいたかった。
そうしないと、狂ってしまいそうだったからだ。
だが、力を使い果たしたと思っても、これらの兵器を作り出しても、まだだ、まだと私の中で叫ぶ者がいる、暴れ狂う力がある。だから私は、この子らを世にだしたかった。存分にその力を振るってほしかった。だからジャンク・スターを結成したのだ。
社会を変えるためなどではなく、ただ、己が力を見たくて――」
本当にすまなかったな、シャイザレオンの子らよ。
マイクもなく、スピーカーもなく、それでもその優しげな声は、ディジーフィルを通して人々の胸に響く。
思わず呻いた米輔を、まるで米粒のように小さく見える遥か下の彼に微笑み、そして落ち行くBメカ、地上に残るAメカとCメカに視線を落とした。
「シャイザレオンの子らよ、覚えておいてくれ。君たちの選択した答えの犠牲を。どれだけ最良でも、1足す1は2だ、必ず1は消えて、2という新たなものが産まれる」
――違う、そんなことはない。
ひかるは思わず叫んだ。助かる、助かるのだと。Bメカの操縦席を開き、腕を伸ばす。
「必ず、必ず受け止めるから――、応保さん! 帰りを待ってくれる人が、いるんだろ!?」
目を細める。思わず泣いたひかるを、不思議なものを見つめるようにして――だが、それは無駄だと首を振った。目を見開くひかるの前で、小さくなっていく応保の白衣が赤く染まりだす。
最期に、我が願いを聞いて欲しい。
もはや姿も見えなくなり、操縦席へ戻って顔を拭うひかるに、優しく語り掛ける。
「このバロウリスは三基のADDを搭載している。このままでは、この一帯を巻き込んで暴走・消滅するだろう――止めるのは簡単だ、ディジーフィルのエネルギーを打ち込んで相殺してくれればいい。
すでにこの私とともに、バロウリスをディジーフィルが包み込んでいる。だけど、力が足りない――あと少しなのだ」
頼んだぞ、シャイザレオンの子らよ。
――それきり、声が途絶える。止まらない涙に、顔が痛くなるまで擦り続け――、ひかるはその目に力を宿して凛子、津達の駆るメカの下へ急ぐ。スラスターを起動させ、彼らを目指して真っ直ぐに。
凛子は横倒しになったCメカへと合体するBメカを見やり、自身も横倒しのままシャイザレオンへと合体する。その身を起こして、降下を始めるバロウリスを見上げた。
「話はわかったけどさ、ひかる――」
「……わかってる、もう飛べないんだよね、シャイザレオンは」
そう、シャイザレオンはもう飛べない。バロウリスとの打ち合いにより背部のスラスターが破損し、空を飛ぶことが不可能だ。
ならばどうやって、そこへ辿り着くかだ。にやりと笑って、津達が指を鳴らす。
同時に、ターバリアンがシャイザレオンの下に迫る。
「……なぁるほど。あったまいいねー、津達は」
「褒めるな。照れる」
照れた様子もないくせに――ひかるの言葉に嘆息してみせ、そして衝撃にその身を揺らす。
シャイザレオンの背中にその胴体を密着させ、パワーアームをその脇の下に入れて傷ついた機体を固定する。
「……むりやり合体、スーパーシャイザレオン、ってね」
笑う。微笑む。力なく。
誰もが言葉を発さぬ中で、シャイザレオンは上昇を始めた。ターバリアンが大きく火を噴き上げて、シャイザレオンを空へと運ぶ。
がんばれ、Pちゃん、ターバリアン――
さきほど巨剣に貫かれた背から再び火花を散らして、その身を燃やす。速度を上げてバロウリスに向かい、火を噴くその姿はまるで陽に駆けるイカロスのようにも見えた。
青き光りの筋が伸びて――シャイザレオンが燃え上がる。その光りに弾かれるようにして、ターバリアンが崩れ落ちた。残るはシャイザレオン、ただひとつ。
バロウリスから伸びる光りを手綱にとるように左手で掴み、上昇する。
「――シャイザレオン、よくがんばったね」
「もう疲れたろ、お前もいい加減」
「……これで、最期だよ。だから、もう少しだけがんばって――あたしの、“正義”」
手綱を引き、バロウリスに並ぶ。
崩れ落ちた白衣の老人をその目に焼き付けて、シャイザレオンはバロウリスを抱きしめた。
「――シャイザレオン、ディジーフィル・エネルギー、全開」
優しく呟いたその声とともに、強力な光りが放たれる。
それはバロウリスを包み込み、炸裂した。
膨れ上がる光りの中を黒いエネルギー塊が暴れるように弾け散り――、青き光りとともに砕け散る。
青の光りは流れ星のように、氷上を滑る氷のように、水平に四方八方へ飛び散った。輝ける光を放ち、それは消えいく。
後に残されるはただひとつ、強く、青の輝きを放つシャイザレオン――
降下を始めたそれに、人々は地上から見上げて歓声を送った。この二週間にも満たない時間の中で、激しい戦いを行ったその戦士を、それを駆る勇者を。
その雄々しい光りに誰もが声をあげて、大手を振るう。シャイザレオンは一際強い光りを放ち、それが消えると同時に落下した。
痛い。
衝撃に呻く。
「……みんなー、無事?」
ひかるの間の抜けた声に応えるふたつの言葉。内部にさえ亀裂が入り、ばらばら寸前のそれは暗闇に染まる操縦席の中でも、容易く彼らに居所を教えてくれた。
「凄いな、全く……操縦席まで引き裂かれて、よくばらばらにならなかったな」
「それはいいけど、電源も落ちたみたいね。本当に、全力を尽くしたのね、シャイザレオンは……」
感慨深く唸る。ひかるは大きく伸びをして、シートにその身を預ける。ひしゃげて傾き、座り心地は非情に悪かったが、でもそれがいいと思った。
このまま寝てしまおうか――、思いながら、ふと気づいて身を起こす。
「えーっとさ、電源が落ちちゃったんだよね?」
「そうだけど?」
「ちょっと待て、それってつまり……」
「ド、ドアが開かない!」
「ぬぁにぃ!?」
「ちょ、えぇ!? 誰かっ、助けてえぇぇ~!?」
光り輝く頂に立つ者。
ディジーフィルを表す者。
その名は――
「天上天下、古今無双!
唯一無二にして! 至高の究極マシンロボ!
シャアイ、ザァアレッ、オオォン!!
今、ここにぃ――」
『大・見・参ッツ!!!』
いかがでしょうか、シャイザレオンの完結です。
しかし、最後に機体説明などやストーリーの設定てきなものを記したあとがき? っぽいのを載せたいと思います。
この後書きスペースだけで二万字あるのですが、まあ一応ということで。
そして、ようやく〈中〉へ――、けど、疲れたなぁ。
もし、〈上〉の雰囲気が好きだと言う方がいらしたら、〈中〉・〈下〉は激しくお勧めしません。〈上〉の雰囲気なんて一切ない、モンスター出現+αのエログロ(エロは未定)シリアス小説です。
私の書くシリアスほどクソつまらないものはないので。
しかし、話としてはシャイザレオン〈上〉のほうが番外編であり、〈中〉・〈下〉が前・後編といった具合になります。
シャイザレオンというよりも、ディジーフィル、アンチ・ディジーフィルへ関する話へと移りますので。
それではまた、読んでくださる方がいらしたならば、あとがきと言うか、設定みたいなので会いましょう。