神秘、ディジーフィル!
四万字を超えるんじゃと冷や冷やいたしました。
なんでこうも長くなるorz
まあ、これも激闘だったから、ということで片付けましょう。そうしましょう。
「行くぞ、小娘ども!」
宮崎 茸人の言葉に、米沢 凛子、稲葉 ひかるの両名は回避に移る。
色濃い闇を切り裂いて、刃を振るうAガンバルディアの赤い装甲が二人の目に焼きついた。
「じょ、じょ冗談じゃない! なにさあれ! ヒコーキがどうやったらああなるのッ!?」
「あたしが知るかぁ!」
縦横無尽に空を舞い、追撃するAガンバルディアに悲鳴をあげて逃げ惑う。Aメカとは比べるまでもなく巨大なロボットは、その巨躯に似合わぬ高い機動力を誇っていた。
見た目だけならば、その速度も納得がいくが――
「……こんにゃろ……! シャイザレオンのぱちもんみたいな変形合体メカで、調子こいてンじゃないわよぉー!」
凛子が吼えてAメカを反転、翼の下に装備された機関砲を撃ち鳴らす。重い音と同時に降り注ぐ鉛弾を盾で受け止め、茸人が哂う。
そんなものかと――、ひかるは分離中を狙うのは卑怯だとのたまうが、正義を貫く力にそんなものは関係ないと嗣畑 源五郎が豪語する。
「そう、正義とは、最後まで立ち続け……その拳で勝利を示す者のみが言える台詞――」
それに関係のない者を巻き込むのは、例えなにがあろうと正義ではない。
逃げ惑いながらのひかるの台詞に反応したように、もう一人の男、蓬 卓は溜息をついた。
「元々、あの人質は君たちを倒すために使われたものではない――全ては、私たちの勝利のため」
「そう、拙者たちの勝利――!」
「“デュラン不動産(株)”を叩き潰す、それこそが!」
なにを言っているのか――、目を白黒させたひかるに、茸人は唇を歪めた。
「昔の仲間を騙すのは苦であった。んが! 拙者たちの行動は“デュラン不動産(株)”が誘拐行為、果ては人質といった最低・卑劣な行為に関与したと日本中に知らしめることができた!」
会社にとって、身内がこれほどの大事を起こすことは全権に関わること。そして、例えこれが仕組まれたことだとしても、ワンマン経営の会社では部下離れは避けられない。今まで行われてきた不正も尽く外へ放出されるだろう――、それこそ、まるで風船が弾けるように。
人徳もなく、ただただ強欲に利権だけを求めた者への、正義の鉄槌だ。
「んな、こと……自分たちで裁判でもなんでも、起こせばいいじゃないか!」
「ハ、そんなものしてどうする? 金だけは無駄に多く持つ者が、正義ヅラした弁護人や裁判官に擁護してもらって刑を軽くするだけだ。だからこそ私はジャンク・スターに入り、奴を社会的にも本当の意味でも抹殺してやると決めたのだ!」
奴のお陰でどれだけの人間が涙を飲んだか――命を落とした者さえいるだろう。そんな彼に対しても、忠実に会社を守るため勤めてきた者がいた。愚直に、ただ愚直なまでに。
そんな者たちさえも、あの者は切り捨てたのだ。
「そうして最後まで奴の下で戦い続けたこの私、宮崎 茸人さえも! だから、別の部にいた嗣畑 源五郎、蓬 卓に協力を仰いだのだ」
「二十数年の時を会社とともに過ごし、戦い続けた拙者ら企業戦士の力を、正義ヅラしてでてきた大人の世界も知らぬガキに折れると思うなよ!」
我らこそ、正義なのだ――!
激しく追撃するAガンバルディアに、ひかるは粟実 津達に助けを求めた。戦闘機で勝てるような相手ではない――、しかし彼からの返答によりばまだ時間がかかるとのこと。
それはそうだ、戦闘機の飛翔した距離を車が行くのだから――、基地に駐在する粟実クリエイチブ企業の職員たちが来るまでの間、自分の叔父に生徒たちの見張りを任せていると津達は言う。
「だから頼む、俺がつくまで潰されるなよ!」
「そ、そそそんなこと言ったってさぁ!」
Aメカが援護に入ってくれるからいいものの、さきほどの台詞に火がついたのか、それともこちらの操縦技術の低さに気づいたのか。
狙いを完全にこちらへ定めたAガンバルディアにひかるは悲痛な声をあげる。凛子は舌打ちした。
「ひかる、シャイザレ・スクランブル!」
「へ? え、ゴ、ゴー? ――え?」
戸惑いながらも言葉を返したひかるに、よくぞ言ったと太い笑みを浮かべる凛子。同時に急上昇を開始するAメカ――、置いてかれてなるものかと同じく上昇したBメカを、Aガンバルディアが追い上げる。
逃すものか――、茸人の言葉に背筋が凍った。なにをするつもりなのかと見上げた先で、凛子がAメカを変形、急降下させる。
次の瞬間。
「……へっ?」
凄まじい衝撃と同時にBメカが傾ぎ、同時に視界が塞がる。
少年が状況を飲み込んだのはそれからたっぷりと数秒後。変形すらしていないBメカの上に、変形したBメカが無理に覆いかぶさったのだ。
「ちょっ、え? なんで!?」
「なんでもいい、ひかる! 操縦に集中しろよー、行ッくぞお、シャイザレオン!」
「な、なんでぇぇぇぇっ!?」
ひかるの悲鳴にも構わず、背部の大型スラスターを起動させてAガンバルディアに向けて接近するAメカとBメカ。凛子はBメカに対して、バランスを崩さず浮くことだけを要求するが、それこそが一番至難の業だろう。
変形もせず、合体していない今の状態では視点も変更されない。ひかるは悲鳴をあげながら戦闘機のスラスターを全開にしてAメカとともに地面に落ちないようペダルを踏みまくる。
そのため、Aガンバルディアを目前にして急上昇してしまう。
「……! ひかる、ナイス回避!」
その場に留まっていたならば串刺しであったろう、Aガンバルディアのブレードを見下ろしながら笑う。それと同時に構える拳、右拳に輝く“D”の文字――
「シャイザアァァアレェェ、エンブレエェーッム!」
虚空を薙ぐ一撃。
回避され、そして大きく振りかぶったことでバランスを崩し、AメカとBメカが空中分解する。
悲鳴をあげたひかるを黙れと一喝し、隙と見て突撃したAガンバルディアに拳を突き出す凛子。
「ふっははは! どうした、当たらんぞ!」
「――かかったなこのアホウ! ひかるぅ!」
なんだと――、目を見開いた茸人が思わずBメカへ視線を向ける。しかしそこには、いまだふらつきながら自機のバランスを整えるBメカの姿があるだけだ。
「な――?」
「かかった」
心底、嬉しそうに哂う凛子。正面だと卓の叫びに反応して左手の盾を構えるAガンバルディアにハンマー・グラブが叩きつけられる。
――私の反応のほうが早かったな。
笑う茸人――しかし。
轟音、炸裂。光りが視界を染め上げて、構えた盾が砕け散る。同時にその左腕、そして構えた胸部に輝く刻印――真っ赤に焼けた装甲と衝撃に、彼らは悲鳴をあげた。
凛子は右腕を振り抜き、弾き飛ばしたAガンバルディアを笑う。
「だぁーっはっはっはっはっはっはっはァ! 見たか中年エロオヤジども! これがシャイザレオン、シャイザレ・エンブレムだぁー!」
落下しながら変形、Aメカは戦闘機の姿へ戻り宙を舞う。
Aガンバルディアがきりもみ状態で落下する中、機関砲で射撃する。茸人は源五郎の助言を受けて翼を展開、無理に風を掴んでその状態から脱出し、バランスを取る。撃ち込まれる鉛弾に悪態をつき、再び羽根を羽ばたかせて回避に移る。
「ちぃ、すばしっこい!」
舌打ちする凛子に対して、彼らの余裕は少なくなっていった。彼らの持っていた盾はガンバルディア3の持つ装甲の中で一番の防御能力を持つ。装甲の厚さだけではない、耐衝撃能力、耐熱能力などまさしくトップクラスの防御能力だ。
それが一撃の下に打ち砕かれる――そんな攻撃力をまざまざと見せ付けられて、余裕でいられるほうが逆におかしいだろう。
「こうなれば、シャイザレオンへ合体する前になんとしても叩き潰さなければな――!」
「……ここは任せろ」
卓の言葉に、茸人は頷く。いつも控え目な男だが、意志表現が弱いだけでその心根は強い。静かに熱く燃えるのだと源五郎によく絡まれている姿ばかりだが、ここ一番で頼りになるのはいつも彼だった。
そう、いつだって――
「……え? 前にもどこかで見たよ、このパターン……」
思わず呻いたひかるを無視し、過去のストーリーが展開された。
それは茸人がまだあの会社に勤めていたときのことだった。部下が取引先で問題を起こし、その火消しに躍起になっていた頃だ。
彼は度々問題を起こしていたが、彼自身が悪い訳ではないように茸人には思えた。問題はやはり――、社長という立場ながら、度々各オフィスに姿を見せる者せいだ。その姿を見せる度に毒を撒き散らすその姿に好感を持つ者は少ないだろう。
特に社内恋愛から結婚にまでがんばった彼は、茸人の勤める経理課総出で祝福したが、良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎた。
本当ならば上司である自分、茸人自身が、あの社長に目をつけられ、ストレスから素行も荒み始めた彼の精神的なケアをしなければいけないのだろうが、とも思った。
しかし新婚ということからそれを、妻の役目と二人をただ励ますだけだった。
それが彼を追い詰めていたのかも知れない――目に見えてやつれていった彼に申し訳のない気持ちと、社長に対する怒りが段々と溜まっていったときに、よく相談役に乗ってくれた蓬 卓に、やはりまた今回も相談に乗ってもらった。
全てを聞いてくれた彼は、ただ彼の肩を叩いて「任せておけ」と笑った。その笑顔に何度、安堵をしたのかと考えればキリがないほど、その笑顔に茸人は絶対の信頼を寄せていたのだ。
しかしその次の日、“社長命令”とでも言うように、彼の部下に対して異動命令が下った。これには納得できなかったが、異動部署が卓が申し出たのだと聞いたとき、彼がこの件を社長に伝えたのだと直感し、そして感謝した。
彼は、絶対に譲歩しない――細い見た目と違い、自分の信条から少しでもずれたことには必ず“NO”と答える。社長が自分の部署への立ち入りさえ制限しているのだ。彼が自分の部下を守ってくれることが、茸人には純粋に嬉しかった。
――だが、それと同時に卓は会社を辞めることとなる。今まで彼の行為に社長は腹を立てていたようだが、彼の働きぶりを鑑みて、職場に足を入れることを制限されるぐらいだと考えていたようだが……これを機に厄介払いしたようだった。
怒り狂って社長室へ殴りこもうとした茸人を止めたのは、他でもない卓と、彼の部下だった。彼らに説得されて、そして彼らの代わりにこの会社に仕えるように、いつか必ず、この会社を修正できるようにと――茸人が残された。
彼の部下は本社から離れた場所でゆっくりと休んでいる。今も――、茸人はいつか必ずこの場所へ、また配属させてやると約束した。しかしそれは、果たせぬままに――
改めて言おう、ありがとうと。そして、約束を破ることになってしまった自分――、すまなかったと。
「なにも言うな、宮崎くん」
卓の言葉に、茸人は黙って頷く。卓はそれを認めて、例の笑みを浮かべた。
話の展開についていけない凛子と違い、思わず熱くなった目頭をこするひかるのAメカ、Bメカを前に、卓は口を開く。
「ゴーッ、トップストライダー!」
『ゴオォォ! トォーップ・スリィィィッ!』
それに続くように源五郎、茸人は声も高々に叫びを入れて、Aガンバルディアが分離する。
驚く少年たちの間を駆け抜けて、三機の戦闘機が疾風となる。
「ユナイト・コンバイン! セイフ、ガンバルディアアァァ!」
卓の言葉――茸人と違い、猛る想いをその内に秘めた、重い声。それに合わせて三機の機影が重なり、急降下する。
それを見て思わず吹き出すひかる。空中より紅い光を弾けて舞い降りたのは、亀だった。
「か、え? カメ? 翼つきの次は亀ぇ?」
丸く、巨大な半球状の体、そして端々に覗く、体を支える四本の足とこちらを睨みつけるひとつの顔――これを亀と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
甲羅の頂上部は丸い穴が開いて陥没しており、本当ならばここにあの盾がきたのであろうと少年は唸る。その唸った矢先、少年の眼下に佇む亀の甲羅が一斉に開いた。まるで小窓がついていたかのように、その甲羅の一部が全部、開いたのだ。
呆けた少年に、凛子が叫ぶ。
「ミサァイル! くるぞーっ!」
見覚えのある光景だと思っていたひかるは、少女の言葉で思い出す。オプディウスの放ったミサイルを――
全身総毛立つとともに、慌てて逃げるべく空を走るBメカ、それと同時に白煙を上げるSガンバルディア。
無理でしょ、これは。
思わず胸中で呟きながら、機銃で応戦する。狙いもせずに放たれた弾丸は、易々とミサイルの群れに当たるが――迎撃するには数が少なすぎる。凛子のAメカが加勢に入るが、それでも変わらない。ミサイルはすでにBメカを標的に固定されている。
「――こ、これって……死……!?」
――言うなよ、情けないことを。
皮肉るような言葉に、ひかるは顔を輝かせた。今はそんな悪態も頼もしく聞こえ――
「津達ーッ!」
地上を駆ける装甲車――津達は待たせたとばかりにミサイル、キャノン砲を撃ち鳴らす。放たれた砲撃は次々と白煙の中に消え、ミサイルを次々と爆散していく。
「ぬぅ……!」
「来おったな三人目――、粟実 津達!」
「合体するぞ、凛子! ひかるぅ!」
津達の言葉に、凛子は仕切るなとご立腹だ。しかし、その言葉に従うつもりでいるようで、すぐさまCメカの上空へ突き進む。難を脱したひかるのBメカも同様で、三機は縦一直線に並んだ。
「シャイザァァアアレ! スクランブルゥゥ!」
『ゴオォォウ!!』
変形する三機――急降下する少年らの乗る機体を、淡い光りが包み込む。
これは――、とひかる、凛子が目を細め、津達は目眩を覚えた。輝く光が一筋に――各メカを繋げるように伸びる、ディジーフィルの光り。
「…………ッ!?」
光りに導かれるようにして降りいくひかるは、自分の体の感覚が優しく奪われていくのを感じた。さきほどまで受けていた重圧も、緊張感もなかった。
虚脱感と浮遊感、吸い込まれそうな――、意識を失いそうになって慌てて頭を振った。同時に体を豪速が突き抜ける。
凄まじい衝撃と同時に、無事にCメカへ連結できたことに安堵し――同時に上から降ってきた衝撃にシートの上で「ぐぇ」と呻く。
合体に成功した凛子は、シャイザレオンの足を大きく開いて大地を踏みしめる。
「天上天下古今無双! 唯一無二にして至高のマシンロボ、シャイッ……ザレオンッ!
くぉくぉぬぃい……、大・見・参ッツ!!」
青い光りを放ち、自らの右拳を掲げ、燦然と輝くエンブレムを見せ付ける。いつも以上にテンションの高い名乗りは、やはりガンバルディア3に触発されたのであろう、勝ち誇ったような視線をそれへ向ける。
とき同じくして、シャイザレオンは鳴動した。鳴動、というような綺麗なものではない。まるで機械に悪寒が走ったかのような突発的な衝撃だった。
こんなことが前にも――、そうひかるは思い返した。こよりもずっと振動は小さかったが、これは――
「……シャンザリオンのとき……? アンチ・ディジーフィル!?」
「どうしたのよ、急に?」
そんなことはさっきっからわかってることでしょ。
呆れたような視線を向けた凛子に、ひかるは思わず首を捻る。誰も、感じていないのかと――説明しようとも思ったが、今は目の前の敵が先だ。さきほどのミサイル斉射後から微動だにしない亀に、津達は油断をしないようにと釘を刺す。
「ふっ、ふふふ……やはりこうでなくてはな」
「我らがジャンク・スター、貴様らのために製造したこのガンバルディア3で叩き潰してやるぞ、シャイザレオン!」
できるものならば、やってみろ。
猛々しく吼えた少年たちに応えるように、大人たちも咆哮を発する。黒いエネルギーが迸り、Sガンバルディアが分離する。
「ゴオォォオオウ、トォオップエェーィスッ!」
『ゴーッ、トップ・スリィィイイ!』
茸人の言葉と同時にエネルギーが弾け、深紅の光りへ変わる。それを潜り抜けて戦闘機が紅い色へと変化し、Aガンバルディアへと合体、変形した。
相変わらず盾はないが、ブレードを構えるその姿――黒いエネルギーを纏うAガンバルディアに、津達が思わず生唾を飲み込む。
「……行くわよ、あんたら」
「ああ……本戦開始だな」
静かに闘志を燃やす二人を、モニター越しに見つめて、ひかるは頷いた。
いける――、誰にも負けない、何者を相手にしても勝利を掴み取る力が、今このシャイザレオンには溢れていると。
走り出すAガンバルディアに、シャイザレオンも走る。
『うぅううおおおおおおおおッ!!』
鋼の巨兵が、ぶつかり合う。
決闘が始まった。
すっかり闇に染まった空間で、赤々と燃える火がひとつ。
粟実 宗平は高価そうな葉巻を銜え、盛大な煙を吐く。その隣には兄である宗太が並び、二人してこれまた高価そうな車の上に越しを降ろして、時折に鮮やかな光りを散らす空を見上げていた。
「……ゲホ、ゴホ……宗平、もう少し――ごぶふぇ」
「――むせるか喋るか血を吐くか、どっちかに絞ってくれ兄やん」
絹のハンカチを寄こし、その筋肉質な体格からか窮屈そうに上着を脱いで兄に被せる。宗太は笑い、御礼を言いながら鼻をかむ要領で盛大に血をハンカチに吐き捨てる。
すっかり汚れたハンカチを溜息ひとつで受け取って、「そろそろ病院に戻らないか?」とさして心配もしてない口調の弟に、兄は首を横に振る。
「いいや、私はあの子たちの戦いを見ておきたい、見守りたいんだ……」
「……そうかい」
血ぃ出しすぎて、瞼の下りたツラで言うことかね。
哂う宗平に、こちらも笑い返して、「それでも恥ずかしながら、あの子の父ですから」と言った。彼の言葉にこちらも笑い、二人で火の散る空を眺める。
綺麗だ――、宗平は思わず呟く。色濃く染まった闇を、青い光りが切り裂いていく。それを更に濃い闇が覆い、捕らえ――それを更に打ち砕く。
デジカメでももってくれば良かったかと、残念そうに唸る弟の肩をつつき、自分の膝に置いたデジタルカメラを見せ付ける兄。
「親馬鹿もいいところだよな、兄やんは」
「子煩悩なのは宗平だよ。私がこんなだから、お前は立派に育ってくれて、宗平がそんなだから、津達がああやって育ったんだ」
「…………」
黙りこんだ宗平に喉の奥で笑い、「津達には、人を見る目はあると言っておいたよ」と言って目を開く。宗平はその兄の目を見て、歯を見せて笑った。
葉巻を捨てて、ただ静かに、静寂に轟く音を見つめる。そんな彼らの頭の上に、別の音が響き始めた。疑問に思って上を見上げれば、そこにあるのは報道局のヘリコプターである。一台だけではない、何台と続き、地上からもバンやトラックが何台か、この場所に集い始めていた。
「やかましくなってきたなあ、兄やん」
「そうだなぁ」
「……移動するか?」
「必要ないさ」
「――、……そうだな」
「せええいりゃッ!」
気合一発。
放たれた拳を紙一重でかわし、伸びた腕の下へ潜り込んで鋼の体に膝蹴りを見舞う。それを受けたシャイザレオンは傾ぎ、悲鳴をあげたひかるを無視して、凛子は無理に下半身をひねって蹴りを繰り出した。
体勢を崩しながらのカウンター――、上空に飛び上がってこれをかわし、Aガンバルディアは沈み込むシャイザレオンに剣戟を見舞う。同時に閃く光り――
「う、うわッ、なんだ!?」
「い、っかーん!」
あまりの眩しさに悲鳴をあげる。津達の問いに答えるようにして米沢 米輔の声が操縦席に響いた。
あの攻撃は――、説明しようとした祖父の顔を縮小化し、変わりにAガンバルディアを覆い尽くさんばかりにアップした凛子の顔がモニターに表示される。
「どわッ!」
「ドワッ、てなによひかる! ……そんなことより、今のは電流よ。あの剣、高圧電流かなにか流してるのよ!」
「ちょ、それじゃあ……パーマになっちゃうじゃないか!」
思わず叫んだひかるに、津達、凛子ら両名の冷たい視線が突き刺さる。
石化した彼を放り、迫り来るAガンバルディアをいなす凛子を援護するべく津達はミサイルを発射。追い払えたことを確認して、このロボットの帯電能力について問う。
「大丈夫よ、コックピットはね!」
「……ってことは?」
「何度も喰らってたら内部機関が即アウト!」
「えぇえー!」
話はまとまったか?
含み笑いと同時に翼をはためかせ、Aガンバルディアが降り立つ。眼前に堂々と佇む敵ロボットに、凛子はシャイザレオンに構えを取らせた。空手を真似たような大仰な構えで、しばらくの間をとってからAガンバルディアにびしりと指をつきつける。
「まとまりにまとまって悶絶関節地獄状態よ、ガンバルディア! いつでもかかってきなさい!」
そうか、では――、と当然の如く間を詰めるAガンバルディアに驚いた凛子は、慌てて足刀を放つ。それを易々とかわした相手に対し、今度は津達のキャノン砲が雄叫びをあげるが――これも翼をはためかせて軽々とかわされてしまう。
あっと言う間に接近を許し、がら空きになった胴体にブレードを叩きつける。
「こ、こいつ……ッ!」
「ふっはっは、どうしたシャイザレオン、遅すぎるぞ!」
言うと同時に上空に舞い上がり、陽の代わりに輝く月を背にこちらを見下ろして剣を向ける。その姿は悪と呼ぶに相応しい映え方であった。
凛子は思わず息をつく。面倒くさい、と。
「あぁんな細々した動き……っ! 男のすることかコラぁ! カッコつけてないで降りて来い! ロボットプロレスという言葉を知らんのか!」
「真剣勝負中になにを言ってるんだ!?」
堪らず叫び返した源五郎に凛子はにやりと笑い、高らかに吼える。
「シャイザレ・スクランブルッ、パァージング!」
「へ?」
「な……凛子!?」
Aガンバルディアを正眼で捉える。シャイザレオンの巨躯ではAガンバルディアの機動性に対応できないと踏んだ凛子の賭けとも言える行為だった。しかし、それは正しいのだろうと津達も唸る。
このままでは埒が明かない――、そう考えた津達、ひかるは単機特攻をしかけた凛子の援護をすべく変形する――が、それを制したのは他ならぬ凛子だった。
驚く二人を尻目に、凛子はいつもの太い笑みを二人に送った。
「……なるほどな」
思わずこちらも笑う。津達は小首を傾げながら、いいから合わせろと言う津達に従う。
「ふっふははははは! どうした、小娘! 降参するのは白旗だぞ!」
「誰がンなもん上げるかぁー、今からあんたらを叩き落してあげるわよッ!」
哄笑をあげる茸人、振り下ろした剣をかわし、その側面へ回り込む。
――今!
凛子はAガンバルディアの向きが変わったことで、結果的に背後に回ることになったBメカ、Cメカに命令を下す。
「変・則! シャイザァアレ、グぅーランドッファイヤァァアアーッ!!」
「ぬぁにィ!?」
少女の叫びと同時に周囲から砲撃を受けて、茸人が悲鳴をあげる。
これだ、これを待っていたのだ――、凛子は火線から逃れるように移動したAガンバルディアに、Bメカ、Cメカの位置が詳しく把握されない内にとシャイザレオンへ合体する。
Cメカによるミサイルの煙幕に笑みを濃くして、こちらを見失ったAガンバルディアを“見上げた”。
「聞きなさいよあんたら! ひかる“1”、津達“1”、そしてこのあたしが“1”。いいわね?」
「や、やってみる!」
「任せろ」
二人の言葉に満足げに頷く。そして――
「宮崎くん、下だ!」
「ぬぅう!」
白煙を引き裂き、その姿を月光に曝すシャイザレオン――淡い光りを放ちながら、ハンマー・グラブを一閃する。
しかし、後少しといったところでAガンバルディアは分離、その一撃を回避する。
だが、これこそが凛子たちの狙いであった。
「シャイザレ・スクランブルッ!」
『パアァージングッ!』
すっかり分離の際の台詞も身について、三機の戦闘メカへ分離するシャイザレオン。
再び紅い光りを放ち、Aガンバルディアへと合体しようとした三機の間に、Aメカが滑り込む。
「――ッ……!」
「な――」
「――にぃッ!?」
「――だぁーっはっはっはっはっはっはっはァ!
シャイザァレ・トルネィイイドッツ!!」
変形、同時に腕を左右に開いて回転し、トップ・スリーを弾き飛ばす。同時に黒いエネルギー体が弾けて、紅い色が消え失せた。
――今、この瞬間が機だ。
雄叫びを上げて、茸人の駆るトップエースに機銃を撃ちながら突撃するひかる。男は舌打ちして機体を空中で反転、逃れるように間を開こうとする。
それを見届けた凛子が狙ったのはトップストライダー。シャイザレオンの上半身に変形したままその機体を掴み、地面に叩きつけるように落下する。しかし合体したときと違って握力も小さく、機体をうまく掴めない――
機を見て脱出したトップ・ストライダーを援護すべく前に出てくるは源五郎の搭乗するトップ・ライダーだ。しかし、それも津達の砲撃によって弾かれてしまう。
「――行くわよ、クソ大人!」
「かかってこい、ガキンチョどもめ!」
各個分断され、空中を舞う彼らをシャイザレオン・パイロットが追い上げる。それを凌ぎ、迎え撃ちながらも、ガンバルディア3・パイロットたちは自分たちが予想以上に追い詰められていることに焦りを隠せなかった。
いや――地力が彼らに劣っているのを、認めたくなかったのかも知れない。
源五郎はCメカの攻撃をかわすのに手一杯で、しかし津達は他の機体を攻撃する余力がある。それに合わせるように、同じ戦闘機での戦いはひかるでさえ善戦している有様で、凛子と卓では話にならない。
――ならば。
「チェエエンジ! トップ・スリーッ!」
茸人の言葉に合わせるように、卓らも叫ぶ。驚く彼らの目の前で、戦闘機は人型の機動兵器へと変形した。
戦闘機ほどの推進力はなくなったが、それを補って余りある機動力で少年たちを撹乱する。
ひかるは自機の周りを飛ぶトップエースに怖気づいてしまい、茸人を逃してしまう。一度バランスが崩れてしまえば――、茸人はCメカを強襲して源五郎の動きを解放し、源五郎の助太刀によって卓も凛子から逃げ果せる。
「なっ……しまった――」
「拙者に任せろ! ゴォウ、トップライダーッツ!!」
戦闘機へ変形し、空を翔るトップライダーへ重なる機影――、紅い光の輝きを放ち、高速で津達の乗るCメカへ迫る。
さっきはよくもやってくれたな――!
低く、唸るような源五郎の声と同時に、Cメカが弾き飛ばされた。
「――な……速ッ……! 見えねえ――ッ」
「――くぅ、ひかるのせいで……シャイザレ・スクランブル!」
悪態を吐きながらシャイザレオンへと合体しようとする凛子――、しかしそれを笑うのは源五郎だ。
縦一直線に並んだ三機を相手に突進、勢いをそのままにガンバルディア3は分離、人型機動兵器へ変形してBメカを取り囲む。
「――なッ……!?」
「喰らうがいい、少年!」
『ガンバルディア・フォース・サンダアアアァァァ!』
腕を繋いで円陣を組み、電流を放電する。Aガンバルディア時のブレードの比ではなく、中心にいたひかるも無事ではすまなかった。悲鳴をあげ、締め上げる三機に固定されて身動きのできず、その猛撃に曝される。
「――ひかるううううッ!!」
凛子は変形を続行し、拳を振り上げる。それを察知して離れたトップ・スリーを放り、力なく落下するBメカを掴み取る。その小さな機体を胸に抱き、Aメカでかばいながら地面へ落下する。
衝撃に顔を歪め、はたと気づいたように少年の名を呼ぶ凛子。その先で、少年は荒い息をしながらピースを示した。声を出せない状況ながらも無事だと虚勢を張るひかるに、凛子は目を丸くして――笑う。
「……津達、そっちのエネルギーゲージ、上がってる?」
「ああ。……つーか、オプディウスと戦ったときほどじゃあないが、三分の二超を維持してる」
これより下には落ちてねえ。
そう――、と凛子は頷き、ひかるを見やる。ひかるは顔を俯けたまま、親指を立てた。いつもの少年に似つかわしくない態度に思わず笑い――同時にBメカを空中へ放ると、ひかるはかすれた悲鳴をあげながら変形し、そのままCメカへ向かって落下する。
「改めて行くわよ、シャイザレ・スクランブル!」
「……ゴ、が……」
「ゴーッ!」
人型から戦闘機へ変形するガンバルディア3を尻目に、シャイザレオンへと合体する少年たち。
源五郎はもう一度だとばかりに自分を戦闘に空を舞い、合体する。
「ユナイト・コンバインッ! ラぁぁイジぃぃぃぃング……ガンバルディアアアアッ!」
弾ける黒い稲妻。
シャイザレオンは駆ける黒い嵐を受け止める。青い光りを放つ両の手で、黒いエネルギー体を噴き出すRガンバルディアを挟み込んだ。
Rガンバルディアは、豹のようなフォルムの機動兵器だった。両脇から羽ともブレードともつかないものを突出させ、大きな鋭いブレードを口、そして肘に供えている。
「よくぞ受け止めたな、シャイザレオン!」
「ほざけエロオヤジ! このまま捻り潰すッ!」
全身に力を漲らせ、体を振動させるシャイザレオンに、いかにも演技がかった様子で怯えて見せる。直後に分離し、シャイザレオンの脇をすり抜ける。
なに――、振り返ったその先で再びRガンバルディアへ合体した彼らが笑みを浮かべる。
「受けろ忍法! 差武間心眼ッ!」
「――って、ただの銃かよ!」
肩に装備された二門の機関砲を唸らせる。慌てて回避に移ろうとしたシャイザレオンへ即座に飛びつくRガンバルディア。
速い――などと言うものではない。推進力が異常である。
Aガンバルディアとは違い、電流の流れないブレードに感謝しつつも一方的な展開へと変わっていく。
――見たか、我が雄姿を。
源五郎の言葉に、茸人は力強く頷いた。その刹那に、初めて出会った彼の姿が目に浮かんだ。
「……って、ここでまた回想!? あんたら、変形するごとにそれやるつもりかぁ、コラぁ!?」
吼える凛子に、どうせなにもできないのだからいいんじゃないかとひかるが諦めたように零した。
茸人とほぼ同時期に入社したのが源五郎であった。小太りで、陽気な男――それが彼の源五郎に対するイメージであった。同時期に入社ということから、彼らはすぐに打ち解けていった。
しかしすぐに茸人は経理課へ異動することとなったのだが、それでも彼らの交友は続いていた。仕事で嫌なことがあったとき、家庭で嫌なことがあったとき――彼らはよく仕事帰りに酒屋により、付き合いの長い飲み友達となっていた。どれだけの時が過ぎようと、社長の椅子が代わろうと、この友情は揺ぎ無く、より確実なものとなっていった。
そんなある日、茸人は猛る心情を、いつものような酒の席で源五郎に吐露していた。人一倍正義感の強い彼が、自分の考えに賛同してくれると思ったからだ。源五郎は彼の思った通りに賛同してくれたが、余りすぎたことは言わないように、そしてならないようにと彼に釘を刺した。
今、振り返ればいつ爆発していたとも知れない彼を、源五郎が何度もサポートしてくれていたのだと痛感する。言葉を選びながら、彼の棘を除き――
しかし、彼は社長により自主退職することになってしまう。理由は取引先での痴漢行為――、それも彼が行ったことではない、全ては例の社長によって起こされたことだった。彼は濡れ衣を着せられ、変わり身にされたのだ。
なぜ、人一倍正義感の強い彼がそれを受け入れたのか――怒りは社長よりもまず源五郎へと向き、彼へ詰め寄った。そのとき、彼は弱気に笑った。社長より金を受け取り、それで妻と子供を養うことになった、と。
痴漢の冤罪を立証することは難しい。上司という立場を利用した卑劣な行為は到底、許せるものではなかったが、示談で丸く治めてやると先方から話を受けたのだ。
このままでは、会社が――長年仕えてきたこの会社が危うい。そう、考えた末での苦渋の決断だった。そう、考えた末での――彼もまた、この会社を想い、去っていったのだ。後に彼と偶然、町で出会ったときに酒屋へ行ったが、そのときには離婚していて、妻子は彼を残し去っていった。
そこまで言うと、煽るように酒を飲んで、飲んで酔い潰れてしまった。そのままうわ言のように社長への恨みを吐き、妻子の名を呼ぶ未練がましさ。
そこに居たのは、男とした誇りを捨てた源五郎であった。しかし、それでも彼は戦士だった。会社のために忠を尽くし、己を潰した男の姿だったのだ。
茸人は、勇ましい笑みを浮かべる源五郎に思わず目頭が熱くなった。
これは、我らの勝利に華を飾るための戦い――負けない、負けはしない。
『まるで負ける気がしないぞ、シャイザレオン!』
三人が一丸となって吼える。
企業戦士の力――今こそ光れと、Rガンバルディアが駆け抜けた。
米輔は、モニターに映るシャイザレオン視点の映像に唸り声をあげる。
専門でないので当たり前だが、最早凄まじくてなんの助言も出せないオペレーターを尻目に、画面を食い入るように見つめる米輔。
跳び立つ瞬間に黒いエネルギー体が弾けることからして、ADDを使ったスラスターが後部に備えられているのだとは予想した。その凄まじい突貫能力は、推進力を後方に集中させた故であることも確認できた。
だが――だからと言って、なにができるのか。敵の特徴がわかったところで、この相手になにを――分離すれば各機、一気に押し潰されてしまうかも知れない危険性を孕み、かと言えこのままでは嬲り者にされてしまう。
「……しようがない、緊急事態か」
一人頷き、オペレーターの女性の肩を優しく触る。女は思わず悲鳴をあげて体を振るわせたが、米輔はそれに構うことなく、「ここは任せたぞ」と優しく両肩を揉み、スキンシップを楽しんだ後に女性の蹴りを食らい、部屋から退場した。
任せるもなにも――
「今まであんた、画面見てただけじゃないの!」
思わず唸った後、女は画面を振り返る。オペレーターとして、彼女ができることなど、ないに等しかった。実際、ないだろう――専門用語すら知らないのだから。
ただ、今は。
「……勝って……、お願い、負けないで、みんな!」
女の言葉に応える凛子。しかし、シャイザレオンの視界にRガンバルディアの姿を捉えることすら稀だ。
これ以上――どうすればいいのか。女が顔を伏せると同時に、米輔の声が響き渡った。
「凛子ちゃーんっ、ひかるくぅーん、津達のクソガキぃー!」
突然の声に思わず眉を潜めた一同――それに対して、米輔の顔が画面一杯に映し出される。にか、と笑う干からびた老人に思わずげんなりとしながらも、なにをしているのかと厳しい口調で問う女に、米輔は笑って画面から引いた。
映し出されたのは肩にPちゃんを乗せた米輔と、駆け足で画面を横切る作業員――そして最奥に映るはウェポン・キャリアー=ターバリアン。
「おじいちゃん、どうかしたのッ!?」
「凛子ちゃん、聞けーぃ、私はね、今からターバリアンに武器を持たせる! うまく使うんじゃぞー!」
「武器って――、……まさか?」
顔を輝かせる凛子に、米輔が太い笑みを浮かべた。そして、指を鳴らし画面を見つめる職員たちに地に伏せるように忠告した。
Pちゃんを投げ、ターバリアンを起動させるべく、その側に建てられたコントロールパネルを叩く。
「米沢博士!? ぶ、武器ってなにを使うおつもりなんですか? 現状ではまだなにも――」
「あるわい、あんたみたいなイイ姉ちゃんが来るもっと、ずっと前に、シャイザレオンとともに鍛え上げたとっておきがな!」
とっておき――?
首を傾げる。ならば、なぜ今まで使わなかったのか――、米輔は「危険だったからね」と軽い調子で返す。その言葉の意味がわからず、さらに問おうと画面に顔をよせたとき、基地を激しい振動が襲った。画面に顔面をぶつけて仰け反った女は、鼻を抑えながら慌てて音を鳴らし、揺れる机の下にもぐりこみ、その足を支える。
「――うわぁ~っはっはっはっはっはっはっは! 往けィ、ターバリアン! シャイザレオンに、私の可愛い“子供たち”に武器を、お前の指名を果たすのだ!」
哄笑が木霊する。
強烈なライトをつけて、ターバリアンは翼の下に収容されていたパワーアームを伸ばし、格納されていた部屋の壁を打ち壊す。そして、シャイザレオンが格納されていたブロックへと侵入する。
「Pちゃーん、頼んだぞー!」
米輔の声援とともに、ターバリアンは“武器”を掴んだ。
脇腹に体当たりを受けて、シャイザレオンが地面に倒れこむ。そこへ追撃をとブレードを唸らせるRガンバルディア、しかしそれを手で制して、シャイザレオンは背部のスラスターを展開、後退しながら立ち上がる。
あらゆる装甲を軋ませて、削り、穴まで穿たれる中、シャイザレオンは立っていた。そう――あれだけの攻撃を受けながら、装甲は削られただけで、穴など致命傷には程遠いものだった。
「……はぁ、はぁ……くっ、なんて頑丈なロボットなのだ!?」
「シャイザレオン……さすがはオプディウスの体当たりをまともに受けられるだけのことはある!」
「決定打に欠けるな……エネルギー炉にもなっていた盾が破壊されたことが大きな痛手か」
口々に言いながら、そびえる巨人を見上げる。凛子は、そんな彼らを見て笑った。
勝利の笑みを浮かべたのだ。なにが可笑しいのかと源五郎が怒鳴ると、勝負はついたも同然だと指を突きつける。
「なんだと? 機体は満更でもなさそうだが、まるで貴様らは疲れ果てて、虫の息ではないかっ……はぁ、ふぅ」
「中年くさいブタ呼吸してんじゃないわよ、いい? あたしのシャイザレオンにはね、頼れる相棒がいるのよ」
見下した笑み――目を吊り上げた茸人が口を開くが、それを制してシャイザレオンは右拳を掲げる。そこには光りは灯っていなかったが、彼女の言葉に反応するように、段々と青い光りが立ち上る。
「時速スーパーマッハ53で空を飛び!」
上空を飛びながらも祭神を巻き上げ、闇を切り裂くその翼。
「搭載された強力な火器で邪魔者どもを粉砕し!」
眼前に群がる小型ヘリを弾き飛ばし、突き進む。
「これまた搭載された武器を射出してシャイザレオンに武器を渡す!」
射出されるは長大な――シャイザレオンが振るうその武器こそ。
淡い光りの渦を巻き起こし、突き出したその手が掴み取るは一本の――
「――タイミング、ドンピシャってやつね。ナイスよPちゃん!」
凛子は太い笑みを浮かべて、長距離より放たれたシャイザレオンの獲物を構える。それはディジーフィルの輝きに溢れた――、棒、だった。
「……え、ぶ、武器って……それ?」
「? そうだけど?」
「そんだけか?」
「だからそうだって言ってるでしょ?」
憮然とする凛子。
源五郎は、そんな少年たちのやり取りに堪えきれないといった様子で笑う。
そんなものでなにができるものか――、源五郎は薙刀のように頭上で旋回し、びしりとこちらに棒を突きつけるシャイザレオンに余裕の笑みを浮かべ――突進する。
「――ハん」
それを鼻で笑い――あっさりと弾くシャイザレオン。
一瞬、場が凍りつく。
めげずに何度か突進を繰り返す源五郎。しかし、右へ左へ上へ後ろへと、変幻自在の動きでRガンバルディアを弾き返す。
「な、な、な……なんだとおおおッ!? なんだ、それは! なんで急にそうなる? 自動反撃棒か、イカサマか!?」
「だぁーっはっはっはっはっは! このあたしは凡人どもより動体視力から反射神経から底抜けにズバ抜けてんのよ! あんたの無謀な突撃で目が慣れたう・え・に! シャイザレオンの短いリーチが長いリーチになりゃあ、弾くなんてお茶の子さいさいだっつーのッ!」
そんなものなのか?
思わず半眼で呻く津達だが、どちらにせよこの変わりようはありがた過ぎる。
これは完全に攻略されたと、Rガンバルディアは分離、Aガンバルディアへと変形合体する。
しかし、ここからが――
「シャイザレ・ロッド、この輝ける姿を目に焼き付けろォ!」
『――な……ッ?』
握り締め、掲げるシャイザレ・ロッドに、青い光り――ディジーフィルのエネルギーが纏わりつく。同時に両手を補強していた装甲が外れ、光りに巻き上げられながら繋がり、ロッドの先端へと合体する。
シャイザレ・ランス――、その名を叫び武器を構えるシャイザレオン。なるほど、確かに槍と呼ぶに相応しい見た目をしている。
茸人は、それがどうしたと突進するが、攻撃範囲の広がった凛子にとって、Aガンバルディアの機動力ではすでに死角へ回り込むことも、その攻撃をかわすこともできなくなっていた。
突き出された一撃をかわせば、同時に回転した槍がその横面を叩き、上空から攻め入ろうにも津達、ひかるの猛攻に曝される。そのような制限された場所から接近すれば、すぐさまその槍に貫かれているのは目に見えていた。
「くっ、こうなればこのAブレードで無理にでも――」
「ぬっふっふ、来るならきなさい、コレを見てもまだ言えるなら、ッね!」
言葉と同時に槍を上空へ投げる。回転しながら飛んだ槍――それは青い光りを散らす。凛子がAメカの翼を開くとその光りは翼に絡みつき、もぎ取る、否、取り外した。回転するごとに光りは強くなり、眩いばかりの光りを巻き起こす。
見ろよ、これぞシャイザレオンの最強武器。
輝く“D”の文字を掲げ、光りの渦がその右手に舞い降りる。
「シャイザレオンッ! バァトォルゥ、トマホォォォォォウクッツ!!」
Aメカの翼が刃となった形で装備され、巨大な斧を模したその姿。凛子はそれを両手に構えて、太い笑みを浮かべた。
逃げられないわよ――エロオヤジ!
叫ぶと同時に青い光りを撒き散らし、シャイザレオンが疾風る。その速度は、Rガンバルディアにも負けずとも劣らぬ――、茸人は反応できずに、眼前の輝くロボットを見つめていた。
なぜ、これが今、目の前にいるのだと。さきほどまで眼下にいたこの存在が――
「食ぅらぁあえェェェッ!」
「――! 回避だ、茸人!」
思わず名を叫んだ卓に反応して、すんでのところでその一撃をかわす茸人。同時にブレードを突き出して反撃を行うが、その瞬間には眼前から消え失せる。驚愕する茸人に、源五郎の言葉を得てようやっと離れた場所に佇むシャイザレオンを認めた。
なんという推進力――、こんな速度が!?
卓はAガンバルディアの周りに漂う青い光りの残滓を見つけ、眉を潜める。
「これは――ディジーフィル?」
「……はぁ、はっ……そうよ。元々、シャイザレオンはこれだけの速度を出せる機体だった。シャイザレオンの背中のスラスターがディジーフィル・リアクターと直接、連動しているからね。けど、それじゃあスラスターも機体も持たないってことで、シャイザレ・ウィングをリミッターにしていたのよ」
……ところで、あんたら大丈夫?
荒い息をそのままに小声で話かける凛子、しかし返ってくるのは荒い息だけで少女は嘆息する。つまりこの速度は、機体どころかパイロットにまで高い負荷を与える危険なものなのだ。小声でありながらも通信回線は開いたままで丸聞こえの会話に茸人は唇を歪める。
つけいるならば、そこしかない。ただでさえ高出力で、Rガンバルディアのように直線、そして短距離でしかあの速度を発揮できないようだ。ならば、こちらは機動力で勝負する。折線には曲線を――、なにがなんでも食いついてやる。
意気込んだ彼らの操縦席を衝撃が揺さぶる。頭を壁に叩きつけて呻く。
「な、にが……っ!?」
視線の先、Aガンバルディアの右肩に斧が生えているのに気づく。斧の頭頂部にある矛先が、Aガンバルディアの肩を貫いていたのだ。
ブレードがその手から離れ、斧のその重さに引きずられ、ゆっくりと降下が始まる。
「はぁ、はぁ……っ。あたしの舎弟が限界近いみたいだから、とっとと決着ィ、つけさせてもらうわよ!」
まあ、このあたしは全然ヘーキだけど。
言いながら接近し、投げつけた斧を握り、Aガンバルディアの胴体を蹴りつけて獲物をその手に戻す。
持ち上がらない右腕に舌打ちしながら体勢を戻し、シャイザレオンを睨みつける。それは、月光を背に巨大な斧を肩に担ぎ――青い光りにその全身を染めていた。まるで滴り落ちるように、光が重力に従い零れ落ちる。その姿は彼に異様な恐怖を与えた。
「ここは、私に任せてくれ」
「卓! ――し、しかし!」
思わず下の名前を叫んだ茸人に目を丸くし、そして自分ならば大丈夫だと笑う。源五郎に諭され、茸人はAガンバルディアを分離させる。
性懲りもなく――、ばらけた機体に舌打ちし、合体しようとするトップ・スリーの中心へ瞬時に移動する。
「……ぐ――ッ」
ぐらりと揺れた視界。しかし、凛子は構わず斧を振り回した――が、当たりはない。かわされたのだ。
歪んだ視界に猛烈な吐き気を覚える。凛子はそれを飲み下し、ガンバルディア3を探す。
(どこ、どこだ――ガンバルディア……! ――!)
居た、地上に。Sガンバルディア――しかしそれは甲羅状の装甲を大きく展開し、まるで巨大な砲台のような形へと、否、実際に砲台へと変形していた。
構えさせたな、シャイザレオン。
卓が哂う。
「これをかわせん、受け止められもしない!」
「なにをぅ!」
「受けろ、セイフ、ガンバルディア・キャノンッ!」
伸びた二本の砲身の間を黒いエネルギーが弾け、赤い光りの花を咲かせる。同時にシャイザレオンの身に纏う光りが薄らいだ。
アンチ・ディジーフィル――!
目を見開いた凛子に対して放たれた弾丸は音速を超え――目標違わず、シャイザレオンの手に持った斧を弾き飛ばした。金属と金属を打ち鳴らす凄まじい音が響いてシャイザレオンが墜落する。
「ぐっ……な、くっそ……全然、見えなかった――、今のが噂の電磁レールなんたら?」
その通りだ。
砲身を戻し、分離、Aガンバルディアへと再合体する。凛子はひかると津達を「へばるな、敵はすぐそこだ!」と怒鳴りつける。それになんとか応えたものの、少年たちの目に生気がない。
これでは――、これではシャイザレオンは、ディジーフィルは応えてくれない。
「ぬぁああああにしてんの、あんたらは! いい加減にシャキっとしろ! あいつを、あいつをブッ潰さなきゃ、このあたしの気が済まないのよぉー!」
肩で息をし、吼える凛子。しかし彼らとてこんな長期戦闘は始めてなのだ。乗り直れている凛子ですら体力的に限界が近づいている状態であり、ひかるや津達に至ってはとうに限界を超えている。
しかし、それでも――凛子の言葉は無茶苦茶だが、それでも彼らの心には響くのだ。
「――はっ、はっ……はぁ、はっ……り、凛、子……もう、こうなったら、あ、あれしかなひ……」
がっくりと項垂れながら言うひかるに、凛子は逆に眉を潜めた。“あれ”とは――、津達も項垂れながら、しかし僅かに顔をあげてひかるへ、そして凛子に視線を向ける。
「はあ、はあ、はあぁ……た、ぶんっ、あれだ……あれ……ア、アンチ・ディジーフィルを、はぁっ、超えた、ときの……」
一向に起き上がる気配を見せないシャイザレオンに、Aガンバルディアは自らの獲物を拾う。その様子をモニターで確認しながら、「あれか」と凛子が頷く。
そんな彼らに、ひかるは顔面中から汗を噴出して、名前を考えたんだと力なく笑う。
「ド、ドラゴン・スター……流星から、はふ、ひぃ……と、とっへ、ドラゴン・スターって……かっこよくなひ?」
「……なにそれ、ダサッ」
「お、お前……はあ、凛子と同レベルかよ」
冷たい視線に射抜かれながらも、ひかるは「へへへ」と気持ちの悪い笑みを浮かべた。凛子はそれを叱咤しつつ、名づけるならば“真・シャイザレキック”だろうと豪語すると、津達すらも吹き出した。
狭い操縦席の中、少年たちの笑い声が響く。
「…………!」
その様に、以前に戦った事象を思い出して立ち止まる茸人。それらのやり取りは彼の持ち帰った戦闘記録により、源五郎、そして卓も知っていることである。
ここは私に任せろと、源五郎が名乗りをあげる。
「一気に終わらせるぞ! ゴーッ、トップライダァァーッ!」
『ゴオォォォオウ、トップ・スリィィィッ!』
相変わらず、精が出るな。
まるで老人のような台詞に凛子が笑い、ひかるもそれに賛同するように笑う。急上昇していく三機の戦闘機を見上げて、シャイザレオンは身を起こした。
すでにその身に光りは纏っていない、ただの鉄の兵士――だが。
「無敵だ……シャイザレオンは、無敵なんだッツ!!」
ひかるが叫ぶ。その目には力が宿り、そしてそれはシャイザレオンそのものの力となる。
再び渦をあげ、淡い光りを発し始めたシャイザレオンに危機感を覚えながら、Rガンバルディアへと変形する。一気に突進を行おうとしたそれを見上げて、シャイザレオンも突撃する。
互いに体をぶつけ合い、火花を散らす。青と黒のエネルギーの残滓が混ざり、溶け、消えていく――!
「――忍法ッ、差武間心眼!」
「シャイザレ・スクランブル、パーァジングッ!」
放たれた弾丸の嵐をかわすようにみっつに分かれたシャイザレオン。それに慌てたのは津達だった。羽がなくとも空中を飛び交うAメカ、そしてBメカはともかくCメカに飛行能力などはない。
なにをするんだと変形しようとした津達に、凛子は待ったをかける。
「わかっとりゃーッ! 脚部モードならスラスターで滑空ぐらいできるんじゃい! つべこべ言わずにシャイザレ・スクランブル! ゴォォォォオオ!」
Aメカ、Bメカに気をとられていた源五郎、その目前に未だ脚部形態のCメカが迫る。
なんだと――、雄叫びを上げながら迫るそれに、構わず迎撃をとブレードを構えるRガンバルディア。しかし、そのときCメカから光りが――青い光りが立ち上る。
それはBメカを貫き、Aメカを貫く。
「うううぅ!?」
「ぐ、ああああッ!」
振動する機体に体を揺さぶられてひかる、津達が歯を食いしばる中、凛子は目を見開き、叫ぶ。
「気合入れなさい! 気張れよあんたら! 燃えろよシャイザレオン! 唸れよディジーフィルううう!」
今までの速度を遥かに超えて――Cメカが光りに導かれるように浮き上がり、遅い来るRガンバルディアの突貫速度を、超える。
合体と同時に噴出された青い光りはRガンバルディアを弾き飛ばした。燦然と輝く光り、その身から陽の如く圧倒的なエネルギーを放出するシャイザレオン。
「――受けろガンバルディア! 今、必殺のぉぉぉぉッ……! シャイザレ・スッパァァァクッ!」
凛子の雄叫びと同時に、宙に浮かぶシャイザレオンを中心として巨大な爆風が吹き荒れる。ディジーフィルの粒子が当たり一面に拡散し、そんな時間でもないと言うのに、まるで昼間のような明るさが辺りを覆った。
「――こ、これは!?」
その身に纏った黒いエネルギーが、青き光りより引き剥がされる。それと同時に出力が下がり始めたRガンバルディアに、源五郎は目を白黒させた。
卓は唸り、茸人はシャイザレオンを食い入るように見つめる。
「いかん、シャンザリオンを粉砕した例のヤツだ!」
「ならば――受けて立つぞシャイザレオン! ゴォォォォォウ、トップエェーィス!」
正気か――、こんなものに挑む気かと源五郎は戸惑うが、すでに茸人の目には光り輝くそれしか入っていない。まるで光りを目指して飛ぶ羽虫のように。
そう、まだ、まだ戦える。ガンバルディアは、まだ戦えるのだ。
(逃げられん……拙者、もう逃げん! ともに戦こう、友よ!)
『ゴオォォォッ、トップ・スリィィイイイイッツ!!』
赤い光りを撃ち出し、それを潜るトップ・スリー。輝く光の下、彼らは赤い光りにその装甲を染め上げて合体する。
「ユナァイツ、コォォオンバインッ! アァァアアブレェエーイズ・ガンバルディアアアアアッツ」
降り立つ翼を従えた戦士、ブレードを構えるそれを見下ろすのは輝ける光を背負うシャイザレオン!
空を白く染め上げ、構えるシャイザレオンと――それに合わせるように、ブレードを自らの左腕に打ち付けるAガンバルディア――
「――真・シャイザァァァァァレ! ッキイイイィィィーックぅっ!!」
「ひぃっさぁああつ! ガンバルディア・ビイイイイイイイイムゥゥゥゥーッ!!」
左腕から撃ち出された黒い奔流が光りを裂き、シャイザレオンを捉える。しかしシャイザレオンはスラスターを全開にして、青い火柱を巻き起こしながら割り進む。
いよいよ力を増し、黒い本流に赤い筋が産まれた。それは急激に太くなり、シャイザレオンを飲み込む。
『うわああああああああッ!?』
操縦席の計器が吹き飛ぶ、装甲にヒビが入り、全ての関節部分から異常を知らせるアラームが鳴った。
『ぐおおおおおおおおおッ!?』
異常な高温を機体が察し、悲鳴をあげる、腕が溶ける、機体がばらばらになる――!
そして――光りが炸裂する。
放たれた蹴りはAガンバルディアの左腕を蹴り砕き、放たれたエネルギーの奔流はシャイザレオンの右足を、右腕を消し飛ばした。
「――シ、シャイザレ……あたしの真シャイザレ・キックが……」
「こ、れだけの犠牲を払って――相打ちか……」
砲身となるべき盾がなかったのが原因か――、それとも戦闘慣れしておらず体力のなかったことが原因か――、ともかく、崩れ落ちる両者。両腕の仕えなくなったAガンバルディアに対して、凛子は膝までしかない右足でどうにか立ち上がろうともがき、膝立ちの状態で身を起こす。
「勝つ……! 勝つんだ、あたしは負けない、シャイザレオンは――!」
「無敵なんだ、絶対に負けない!」
「俺たちは――負けないんだァア!」
吼える。その体に、その芯に青き光りが灯る。フェイスカバーが割れて、剥き出しのセンサーが火を噴いても――目の前の敵だけははっきりと見える。
その様を見て、茸人は自分の様を見下ろした。
「俺たちの勝利に華を添えるだと……? 馬鹿々々しい。私たちは、まだ勝てすらいないじゃないか、誰にも」
「そうだ、もう、ここからは偽る必要なんてない……あの子らのように」
「ああ、そう、その通りだ……なあ。茸人」
「おうさ、源五郎……! 俺は、俺は勝ちたい、あいつらに――シャイザレオンに!」
握り締めた拳を掲げる。卓と源五郎は、輝く笑みを浮かべた茸人と、同じように笑みを浮かべた。
彼に合わせるようにして、拳を掲げる。
「行こう、みんな。ここからが、俺たちの本当の勝負なんだ……!」
『応ッ、卓ぅ!』
力強く応える両名――それと同時にAガンバルディアの全身から力が抜ける。ゆっくりと、片膝をつくそのロボットに、最早力はなく、黒いエネルギーも風に溶けいく――
これで、終わりだと、誰もが思ったその瞬間に、Aガンバルディアの瞳に光が灯る。――青い、青い光りが。
「今に見よシャイザレオン!」
全身が、光りを放ち始める。青い光りを。
「これぞ俺らのとっておき!」
差し上げられた体から溢れ出る光り、それに合わさるように、左腕が修復されていく。
「この――友情の証をおお!」
崩れたシャイザレオンを眼前に捉えて――、Aガンバルディアが青い火柱をその機体から噴き上げて立ち上がる。
『俺たちの想い、受け取り輝けディジーフィル! 勝利の光りよ迸れ!』
ディジーフィル、そう――それは見紛うことなきディジーフィルの輝きであった。
呆然と見上げるシャイザレオン・パイロットを見下ろして、Aガンバルディアは完全に復活した。
「ディ、ディジー……フィル……?」
「そう、いかにも! 感情から力を、無から有を生み出す究極のエネルギー……!」
「馬鹿な――、ADDはディジーフィルの出力を抑えるモンだろう、そんな相反するようなものが、どうして併用なんてできる?」
なにもわかっていないようだな、シャイザレオン・パイロット。
哀れむように卓が言葉を紡ぐ。
「アンチ・ディジーフィルもディジーフィルも、“動”でなければそのは力は生じない――つまり、アンチ・ディジーフィル・エネルギーを密閉した絶対安静のエネルギー炉に閉じ込めれば、ディジーフィルを使える訳だ」
「なにその裏技設定!?」
悲鳴をあげる。ここまで戦って、ここまでして、復活――、それも相手がディジーフィルだと。
とんだお話だ、冗談にもならないと津達が怒鳴るが、それを正面から受けて、ガンバルディア3・パイロットは容赦なく、攻撃の意志を示した。
AガンバルディアからRガンバルディアへ変形する。
「見えるか、シャイザレオン・パイロット諸君!? これぞ究極の輝き、正義の証ッ! シャイニィーング! ガンバルディアーッ!」
「我らが企業戦士の雄姿、社会の希望ッ、その目に焼き付けろぉ!!」
雄叫びと同時に、Rガンバルディアが一段と強い光りに包まれる。輝く青い炎を巻き上げて、シャイザレオンへひた走る。
――ふざけるな。
ぽつりと、黙り込んでいた凛子が漏らす。その声は怒りに震えていた。
「……シャイザレオンは……あたしのシャイザレオンは、無敵なんだァァァ!」
「――、よせ凛子!」
津達の制止。分離して攻撃をよけるんだと吼えるひかるの言葉。それら全てを無視して、シャイザレオンが光りを纏う。強く、青いエネルギー体をその全身から巻き上げる。
「うぅああああああッツ。シャイザアアアアレ・スパアアァークううう!」
「……ッ、な、なんだ?」
異常を肌で感じる源五郎。同時にシャイザレオン、そしてRガンバルディアとの距離を埋めるように、空間が捻じ曲がった――ように、彼らには見えた。
同時に奔る、青い雷光。直後にシャイザレオンとRガンバルディアを繋ぐ青い光りが現れる。
引き込まれる――!
悲鳴をあげた源五郎に対して、凛子は装甲の弾ける左腕を構える。
「シャイザアアアレ――……!」
振りかぶる拳。しかしそれは、届くことなく――
「――、ふは、ふはははは、どうだシャイザレオン、見たかシャイザレオン・パイロット! 我らが雄姿を、我らの正義を!」
Rガンバルディアのブレードによって引き裂かれた。青い光りの渦を散らして、シャイザレオンは顔面から火を噴き、シャイザレオンのメイン・モニターが完全に消える。
その暗闇が、まるで彼らに終止符を打ったようだった。
「……あ、あたしの――、シャイザレオンは……」
震える声で漏らす。
負けない、負けないのだ、負けるはずがない――、あたしのシャイザレオンは!
津達も、ひかるも声が出せない中、ガンバルディア3・パイロットの笑い声が木霊する。
「勝つ、勝つ、勝つのだ、打ち立てる、正義を、俺たちの勝利を!」
止めを刺す――、再び突進したRガンバルディア。それを止める力など、すでに凛子にはなく、ただ操縦桿を握るのみ。細かく、灯りのない闇の中で震える。
「――やめてェー!」
『…………ッ!?』
「――な、くっ……!」
響いた悲鳴に一同が目を見開いた。同時に、茸人がRガンバルディアを強制的に分離させる。即座に反応した彼らはシャイザレオンをよけて宙を舞う。その直前に、傷ついたシャイザレオンを守るように両手を広げた少女が立っているのを見た。
見覚えのある制服――葉月中学校の制服だ。
「――あれは……? 茸人、どうした!」
青ざめた顔で震えながら、なんでもないと小さな声で返す。自分の胸に手を置いて、暴れる心臓を押さえつける。
その様子にただごとではないと察した二人は、崩れ落ちる少女を見下ろす。
「……まさか、あれがお前の……」
「…………」
沈黙を肯定と受け取り、再びRガンバルディアへ合体するよう、茸人に促した。お前には、もうあれを攻撃することはできないだろう、と。
すまない――、茸人は顔を伏せて低く呻いた。
ひかるは、回復し始めたモニターの中に、泣きじゃくる少女の後姿を見た。その姿には、見覚えがある。
「……栗山、さん?」
ひかるの問いかけに、驚いたように振り替える。その名を呼び、津達だけでなくひかるも搭乗していたのかと。真っ赤に泣き腫らした目の雫を払い、しかし、次々と溢れ出す涙がその頬を濡らす。何度も何度も喋ろうと口を開いて。結局、最後は顔をくしゃくしゃにして大声で泣きじゃくった。
ひかるは、できるだけ優しい声音でそこからどくように言った。首を横に振る彼女を見て、思わず溜息をつく。
「……舎弟……?」
力のない声――、そんな声は似合わないと、ひかるは思った。いつも陽光の如く、それも夏のような暑い陽射しで周囲を威嚇するような存在の凛子。そんなに弱々しいと、まるで祥子のようだと笑う。
「ひかる――」
掠れた声。いつもの低い声とは似ても似つかぬ、情けない声だとひかるは思った。皮肉屋で、凛子とよく衝突するも優しい心根の少年。言い過ぎたとよく自分にフォローを入れてくれたことを思い出し、笑う。
バチン、と弾ける音がした。
凛子の声も、津達の声も、祥子の声も、同時に消え失せる。
目の前にあるのはシャイザレオンの操縦桿ただひとつ――
「ふざけるな!」
思わず凛子は叫んだ。引っ込んだ操縦桿の代わりに、銃型コントローラーが天上から、ロックオンサイトのついたグリップが中央パネルが飛び出る。
こんなもの――こんなものを握るつもりなどはない。
あたしはまだ負けてない、負けてない。まだ戦えるんだ。
「なんで、なのに……なんでッ!」
「今の凛子じゃ、無理だ」
はっきりと告げるその言葉に、頭の中が白く染め上げられる。心臓を貫くような台詞は、ひかるから発せられていた。
――ふざけるな。
何度でも言ってやる、ふざけるな!
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 舎弟のくせに! あんた、操縦桿を戻しなさいよ! あたしが負けるわけないでしょうが! あたしが、このあたしが……あたしのシャイザレオンが――!」
「これは凛子のシャイザレオンなんかじゃあない、“俺たちのシャイザレオン”なんだ」
貫く――、貫かれる。いつものひかるらしからぬ冷たい声――、いや、熱い、熱い声だ。まるで温度が違うから、冷たく感じる。まるで異質だから、わからなかった。
怒気とも、鬼気とも、狂気とも――どれに当てはまるかわからぬその口調。
「シャイザレオンは、今のシャイザレオンを俺を選んだ。だから――俺があいつを倒さなきゃ駄目なんだ!」
豪語するひかる。呆然とする凛子の目の前で、操縦席に光りが灯った。
唐突に灯った光りに顔をしかめる津達。暗闇に鳴れた目にその光りは強すぎた。
まるで無音の世界に閉じ込められたように音がなかった世界に、スピーカーも復活したのか、音が聞こえ始めた。相変わらず泣いている祥子――そして、か細く、浅い呼吸を繰り返す凛子。
(マズいな……凛子の奴、相当、参ってやがる)
早くガンバルディアが戻る前になんらかの対策を練らねば――そう考えて、ふと息を吐いて哂う。
そんなもの、なんになる。腕を吹っ飛ばされても生えてくるようなモンスター・マシン、ぶん殴ってもぶん殴っても殴り返してくるカウンターパンチ人形が。
――いや、焦るな、落ち着くんだ。
眼前の祥子を見て平静を取り戻す。とにかく、今は祥子の避難が最優先だと判断した。自分の手元にあるのが銃型コントローラひとつだと確認し、凛子からひかるへ操縦が変わったのだと気づく。
祥子を避難させるべく、ひかるに声をかけると同時に――、青い光りが炸裂した。
「な、なんだこれは……!」
呻く。それしかできない。強い光りが炸裂したのだ、それしかわからない。
誰もが目を見張る中、その炸裂し、渦を巻いて光りが収束する――シャイザレオンへと。立ち上がるその姿には、破損した箇所など見当たらない――完全な姿で佇んでいた。
「な、なんだと……!? 馬鹿な、ディジーフィルをもってしても、そのように“プログラム”せねばならんのだぞ、修復するには!」
「それを知らないはずにもかかわらず……シャイザレオンを復活させたというのか!」
驚愕する彼らを見上げ、シャイザレオンは胸の前に持ち上げていた両手をゆっくりと地に下ろす。そこから、祥子が足をもつれさせながら転がり下りた。
それを見下ろして、思わず茸人に視線を向ける源五郎。茸人は画面から目をそらすことはなかったが、安堵したように息を吐いた。
小走りに駆け出す少女の姿を見送り、三人は笑みを浮かべる。ここから――、ここからだ。戦いはここから始まる――!
「いや、もう、ここで終わる!」
ひかるの言葉が、三人を貫いた。今までの自信のなさげな、控えめな印象を持つ声ではない。その言葉にはエネルギーが満ち溢れていた。
感じるか、この力を――、ひかるの言葉と同時にシャイザレオンが右腕を掲げる。その体から光りを発せずとも、その右拳に輝く“D”の文字は――
「……なんだ!?」
光りが溢れ出した。青い光りが、Rガンバルディアから、そしてその光りは操縦席さえも。
「シャイザレオンが例え折れても、俺たちがいればシャイザレオンは力を取り戻す! 俺たちが例え折れても、シャイザレオンがあれば俺たちは力を取り戻す! シャイザレオンを倒すなら、俺たちも一緒に――けど、それは無理だ、できやしない、絶対に!
俺たちも、シャイザレオンも折れたりなんかしない――だから! 俺たちは無敵なんだァーッ!
行くぞおぉぉお、シャァイ、ザァアレ、オォォォォンッツ!!」
ひかるの雄叫びと同時に掲げた右手から光りが溢れ出す。青い光り――その輝きはどんどん強まり、真っ白な輝きへと代わる。同時に、こちらに向かって飛び込んでくるのはさきほど弾かれた斧――
「うぅぅ、ぐ、あああァアァアア!」
悲鳴に津達がモニターへ目を移す。凛子が自分の頭に両手で強く締め付けているところだった。
どうしたんだと問う津達に対して、頭が痛いのだと喚き散らす。それとときを同じくして、操縦席に青い光りが溢れ始めた。まるで稲妻のように、狭い操縦席を縦横無尽に走り弾ける。
「な、んだ……これっ……は……! 凛子……ひかるう!」
津達の言葉――ひかるは、虚脱したように体を俯けていた。しかし、それもしばしのこと――弾ける青い光りに導かれるように体を起こしたその双眸が、強い光りを湛えている。
咆哮。
ひかるの雄叫びに合わせるように、シャイザレオンが全身から発光を始めた。全身から白い光り、否、火炎を噴き出してシャイザレオンが歩み始める。
「ひかる? おい、ひかるッ! どうしたんだよ、返事をしろォ!」
頭を抑えて蹲る凛子、野性的な笑みを浮かべるひかるに堪らず叫ぶ津達。
なんだ、これは――どうして自分に影響がないのか。むしろ、どうしてこいつらは異常をきたしている?
「じいさん! おい! じいさ――、くそッ」
通信機が通じていないことに気づいて唸る。直後、凄まじい衝撃を受けて顔を上げたさきに、Rガンバルディアが浮いていた。シャイザレオンが――飛翔したのだ。
「ひかる……正気に戻ったのか!?」
「くッ――、ふ……はっはっはっはっは、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
津達の問いも虚しく、さぞ楽しそうな笑い声を発するひかる。同時に、シャイザレオンはひかるの操縦に従い、その身を捻る。
ばちばちと――爆ぜる白い光りが、シャイザレオンとRガルバンディアを繋ぐ。
「こ、れは――!?」
「わからん、が……ヤバいぞ!」
茸人、卓の両名の言葉に、言われなくてもと目の前で斧を振りかぶるシャイザレオンに顔を歪める。
分離して回避――みっつにわかれたガンバルディア3の間を、投げられた斧が駆け抜ける。雷光と呼ぶに相応しい音と光りを発しながら行き過ぎた斧に肝を冷やし、眼前の敵を倒すべく後方へ回り込む――が、トップストライダーが動かない。
「どうし――、……!」
動かないというレベルではない。さきほどの光りにつながれて、完全に固定されている。声をあげながら操縦桿を必死に引き動かす卓の背後に、その光りの鎖につながれた斧が回転を上げながら戻ってくる。
「す、卓うううっ。脱出しろッ!」
危機感の強い最初の言葉にいち早く反応して脱出する卓、そして無人になったトップストライダーが斧によって完全に破壊される。
パラシュートを開いて降下するすぐるを見下ろし、思わず安堵する――その源五郎の名を、茸人が悲鳴にも近い声で呼ぶ。見れば戦闘機から青い光りが一筋伸びて――それがシャイザレオンへと繋がった。荒れ狂う光りを発する巨兵へと。
「……ぐ……!?」
引き込まれる――、さきほどと同じ感覚に顔面を蒼白にして、卓に倣うように脱出する源五郎。パラグライダーを開いて風に乗ると同時に彼の乗っていたトップライダーを蹴り砕くシャイザレオン。
時折聞こえる哄笑は誰のものか――
「……なんだと、言うのだ……コレはァ!?」
叫ぶ。青い光りに支配された操縦席で、荒れ狂う光りの魔物を目に焼き付けて。操縦席から立ち上った光が、シャイザレオンへと繋がる。
これは、罠だ。獲物を捕らえるための猟師の罠――、頭の片隅で冗談めかして言う自分がいる。茸人は、思わず顔を歪めて、自機を引き寄せるシャイザレオンを、光りそのものとさえ思えるような“もの”を見上げた。
上等じゃないか――、心が猛る。怖気が強いが、それでも高鳴る鼓動さえあれば、自分には十分すぎる。
「かかってこぉーい、化け物め! 俺は逃げん、もう、絶対に逃げんのだ!」
人型へ変形し、自分からシャイザレオンへ向かう。雄叫びをあげるその姿は、魔物に向かう騎士にも見えて――
「――ひかるううううううッツ!!」
頼む、頼むから。
声も嗄れよ、喉も裂けよとばかりにその名を連呼するが、ひかるは止まらない、止まらずに哄笑をあげて破壊を続ける。頭が痛いと呻く凛子を横目に、津達は荒い声をあげた。目前に迫るトップエースに、ひかるは更に笑みを深くする。側壁のレバーと天上のレバーを握るその姿に、悪寒が走る。
「止めろっ、ひかる! 撃つなァ!!」
叫びながら自分のレバーを押さえる津達。しかし、そのレバーは彼の意思を反してじりじりと勝手に動き出す――放出のために。
止めろ、止めろ、止めろ。
「シャアアァァイイィィイイイザアアアアアアレェェエッ……ッツ!
ビイイイイイイイイインン――」
「――ひかるうううッツ!!」
叫ぶ声に、笑みを浮かべていたひかるから表情が消える。自分はなにをしていたのかと目を瞬かせた――しかし、それもすでに遅い。
「――ンンムゥゥゥウウッ!?」
自分の口から発せられた言葉とともに、何度も練習した操作を――レバーを押し、引き、ペダルを踏んで――荒れ狂う光りの嵐が炸裂する。
正気に戻ったひかるが操縦桿を切り、放たれた光りの渦はトップエースをかすめて夜空を貫く。トップエースはバランスを崩してきりもみ状に落下――途中で体勢を立て直し、脱出したところを源五郎のパラグライダーに救出される。
シャイザレオンより吐き出された光りは、シャイザレオンの纏っていた光りすら巻き上げて空へ消えていった。
「……はぁ、はあっ、ああぁぐ……!?」
肩で息をしていたひかる、急にこみ上げてきた吐き気を堪えきれずに胃の中身を逆流させ、そのまま意識を失った。
〜◇■◇■◇〜
意識を取り戻したひかるの目に飛び込んだのは、眉を怒りの形に跳ね上げている彼の母親、稲葉 仁だった。
「――は、えぇ? か、かーちゃん!?」
「こンのアホウ!」
慌てて身を起こしたその頬に思い切りビンタを張られ、ひかるは吹き出してベッドから転げ落ちる。
あまりの激痛に床の上でのたうち、なにをするのかと抗議の声をあげる。それすらも黙れと顔を寄せて怒鳴る。
「あんた、聞いたわよ。例のロボット騒ぎに巻き込まれて人質にとられてたんだって? しかも気絶したとか――男でしょうが!」
「あぶっ、へぶッ!」
唾を飛ばしながらパジャマ姿のひかるの首元を締め上げ、往復ビンタをかます。
そうか――、とひかるは激痛に涙を流しながら思った。帰りの遅いひかるに関して、誰かがフォローを入れてくれたんだろうと合点がいく。けれどもしかし、今、この状況には合点などいくはずがない。
「か――はばッ、ぶッ。ちょ、少しぐらい待って――あ痛ァ!?」
頬を真っ赤に腫らして待ったを繰り替えるひかるに、仁は舌打ちして拳骨を頭に撃ち下ろした。短い自分の髪を撫でながら、再び床でのたうつひかるの上に足を置く。
「あんたねえ、情けないと思わないの? お母さんいつも言ってるでしょ、どんなときでもどっしり構えろって」
「あ、ああれはさ、クラスメイトの子を助けようとしたら見張りの人にでっかいハンマーで殴られて――」
しどろもどろのひかるに、「殴られたくらいで気絶すんな!」と踵落としを食らわせる。
声も出ずに蹲り、なぜもう少しましな理由にしてくれなかったのかと、この説明を行ったであろう誰かの姿を思い浮べ呪う。
仁は溜息をひとつ残し、朝食が出されていると下の階へ下りるように言う。ひかるは苦しげながらも、返事を返さねばどんな制裁がくるのかと身を震わせながら言葉を紡ぐ。
「う、うん、ありがとうねかーちゃん。こんな駄目で情けない息子に毎朝毎昼毎晩、真心こもった手料理を食べさせてくれて」
「――当然だろ、あんたはあたしの息子なんだからさ」
肩越しに振り返って、太陽のような笑みを浮かべる。ひかるは母親のこの笑顔が好きだ。いつも彼女の笑みを見なければ不安になるほどで、修学旅行などは早々にホームシックにかかったりと、マザーコンプレックスの色が強いのかも知れない。しかし――
(……けどさ、かーちゃん。なんで毎回こんな言葉を吐かなきゃいけないのさ)
鼻歌を歌いながら部屋を出て行く仁に、涙を流すひかる。彼女から言わせれば、“母親と息子の身分をわからせるための躾け”らしいのだが、よく今まで自分はぐれなかったものだと心底に思う。
暴行を受けたひかるは疲れきった体をひきずって普段着に着替える。
(……そういえば、あれからどうなったんだろ――)
ふと、思い返す戦い。どうも記憶がはっきりせず、覚えていることと言えば祥子に助けられたことだけだ。首を捻っていると、階下から仁のが声を張り上げたため、慌てて階段を下りる。
「遅いッ」
ズボンさえまだ履ききれていない息子を一喝し、ひかるをテーブルに座らせる。少年がテーブルにつくと、二人はともに合掌して頭を垂れる。
『いただきます』
声を重ね、朝食を見やる。ひかるにはいつものバタートーストが二枚、仁にはご飯、焼き魚に野菜の添え物、味噌汁と和の溢れるテイストだ。
別にこれは仁の躾けとやらではなく、朝はあまり食欲の沸かないひかるに食べさせる分だ。家族でいる以上、学校以外は一緒にご飯が彼女の考えであり、ひかるもそれには賛成している。だからこそ、食欲のない彼をいたわるような朝食があるわけだ。
ひかるはいつものようにトーストの耳の部分からかじりつきながら、母を見る。猫舌な彼と違い、熱湯すら火傷せずに飲み干す怪獣のような女であるが、いつもこちらに合わせるように料理を食す。なんだかんだと言われても、仁は自分をいたわってくれているのだ――彼女なりに。
そんな仁に対して、ひかるは自分のしていることを喋りたかった。もう、子供ではない、大人になったのだと――この町を守っているんだと。
「……か、かーちゃん、あのさ」
「物を口に入れたまま喋らない」
じろりと睨まれて恐縮する。食事の場というだけあって暴力は振るわれないが、だからと調子づけば後が怖い。
ひかるは渋々とそれに従い、耳のなくなったトーストにを食む。バターの濃い味が舌を刺激して、頬に痛みにも似た喜びが走る。夢中になってそれを頬張っていると、突如閃光が走り、音が轟く。
「……うわ、雷」
「気にするなよ、ひかる。子供は風の子雨の子蛙の子だろ」
いや、正真正銘あんたの子だよ。
半眼で呻きながら急ぎパンを口の中に詰め込み、自室の部屋の窓を閉めに行く。見上げた空にはまだ太陽が輝いていたが、その周りを取り囲むように黒雲が押し寄せていた。
ひかるは嫌そうに顔を歪めて窓を閉め、二階にある他の部屋も見回り、きちんと閉まっていることを確認して満足そうに頷く。また怒鳴られないうちにと駆け足で降りた先に、床に転がる仁を見つけて驚いた。
「か、かーちゃん、どうしたのさ!」
「あ、う、む……昔に熊と戦った古傷が」
またそれか。もういいわ。
思わず声を張り上げながら薬はどこにあるのかと聞くが、仁は苦しげに笑って、もう切らしていると告げた。なにを暢気な――、ひかるは近くの病院へ電話を入れるが、電話は一向に繋がらない。
「……つ、――出るわけないだろ、町がぼろぼろで、病院だって……」
「野戦病院みたいなのがあるでしょ、どっかに!」
思わず最近習った単語を叫び、こうなればと外の空を見上げ、続いて苦しげに呻く母を見つめる。
ひかるはいったん部屋へと戻り、雨合羽を取り出した。それを唸る仁に着せてひかるは彼女を背中に担ぐ。
「――な、ひ、ひかるっ……?」
「一緒に病院か、薬を探そう! そしたらかーちゃんの具合が悪くなっても良くなっても、すぐ気づくから!」
紐で力なくこちらにしがみつく仁を自分の体に縛り付けて固定する。気合を入れて自分を持ち上げ、よたよたと危なっかしい足つきで狭い玄関に体を打ち当てながら、外へ出る。
降り始めた雨が路面を濡らし、ひかるはとりあえずとばかりに病院へ向かった。誰もいない――まるで廃墟のような町を見回して、ひかるは唸る。
いくらなんでも――中学生とは言えまだ子供だ。大柄な仁を運ぶ力はない。これでは病院に着く前に陽が暮れてしまうと辺りを見回すと、近所の中年女性と目が合った。
――よかった、まだ人がいたんだ。
安堵の息を漏らして声をかけたひかるに、女は眉を潜めて、洗濯物をとりこみ、そそくさと家の中に戻っていく。
「……え……?」
思わず呆けて、ふと気づいたように顔を周囲に向ける。遠巻きにこちらを見つめる人影が幾つか――、家の窓から覗く者もいるが、その顔に一様に刻まれているのは嫌悪の表情。
え――、気の抜けた声を上げて、ここまで恨まれることをしたのかと仁に問うと、彼女は笑った。
「恨まれてるのはあ、たしじゃなくて……あんたよ、ひかる」
「お、俺……? なんで――」
あんた、あたしに隠してることがあるでしょう――、戸惑うひかるに投げかけられた言葉。雨が一段と強くなった気がしてひかるは身を震わせた。
隠していることと言われて、彼の頭に浮かんだのはひとつしかない。
「……俺が……シャイザレオンに乗ってるって、こと?」
「――ふ……、やっぱし、そうなんだ」
力なく息を吐いた仁。ひかるは、「黙っててごめんなさい」としょげたように謝るが、問題はそこじゃないのだと息子を指摘する。
昨日、葉月中学校の生徒を救出したあのとき――彼らの姿はテレビカメラに収められ、全日本のお茶の間に放送された。しかしそれは、“人質を救出すると”いう輝ける姿ではなく、“人質を無視して攻撃した”として報道されたのだ。
なんだよ、それ。
思わず呆けたように呟く。人とは娯楽を追い求める生き物だ。生徒たちを取材した記者や映像からはシャイザレオンを語る部分は添削され、代わりに怖かったという恐怖についてのみが記された。お陰でその大元はシャイザレオン、まるでシャイザレオンが悪役のような報道のされ方だったのだ。シャイザレオン・パイロットである彼らも大々的に報道され、未熟な子供の操る最悪の兵器としてこの日本中に伝えられたのだ。
こちらのほうが面白いと――そう踏んだのだろう。
ひかるは周りを見回した。彼と目が合った者はその視線を逸らし、逃げるように去っていく。ひかるは、さきほどの女性が入っていった家に近寄り、ドアを叩いてベルを鳴らす。
「お願いします、車、車を貸してください! かーちゃんが大変なんですよ、本当に!」
反応が返ってこないことに呻いて、別の家の戸を叩く。二階からこちらを見下ろす男と目が合ったが、彼は暗い笑みを残して窓から離れていった。
いい気味だと――、薄気味悪い暗い感情が少年に纏わりつく。
なんでだよ――、雨に打たれて立ち尽くす。
「どーしてだよっ? なんでだよ! 助けられるから助けただけだろう? 守る力があったから、守っただけじゃないか! それなのに、なんで、なんで……こんな仕打ちを受けなきゃいけないんだよーッ!」
荒い息をして、ゆっくりと家から離れる。
誰か、誰かと喚きながら他の家にも向かうが、どれも沈黙しか返ってはこなかった。目頭が熱くなる――悔しかった。なにがと聞かれても応えられないが、ただ
ただ悔しさだけが込みあがって、目から涙が零れ落ちる。
「バカ……いつも言ってるだろ、他人に頼らない、強い子になれって……」
「ぐっ、う、うぅ……じゃあ、なんで母ちゃんは俺に頼るのさ?」
「……バカ」
顔を濡れた肩で拭って、皮肉って苦しそうに息を吐く仁に言う。
仁はひかるの頭を拳を振り下ろす。弱りながらも十分な威力をもったそれに思わず悲鳴をあげた。
あんたは、他人じゃあないだろ?
その言葉に、思わず黙り込む。
「だから泣くな。しようのない子だよ、本当……」
「――か、かーちゃん、俺、俺っ……!」
声を震わせるひかるに溜息をつき、仁は息を吸い込んだ。大きく、深く、静かに吸い込んで、その唇をひかるの耳へ寄せる。
「……稲葉 ひかるーッツ!!」
唐突に耳を引き、思い切り怒鳴られた自分の名前を受け取って、思わずひかるは背筋を伸ばして返事をする。
それと同時に仁はひかるに覆いかぶさるようにして前のめりになり、その股間へ手を伸ばした。
「お前の下についてる、これはなんだ!?」
ズボンからパンツから、素手で鷲掴みにされてひかるが呻く。強い力がこめられており、本当にもぎとられるんじゃないかと恐怖した彼に対して、仁は言葉を続ける。
「玉ぁついてんなら気張れ! 走れ! あんたの足はなんのためについてる! あんたの体はあたしが産んだんだよ、あたしの息子なんだよ! 走れ、走れ!」
「う、うう!」
ようやっと手を離した仁に呻いて抱え直し、ひかるは重たい体を引きずって、走り始める。それはもう、ゆっくりと――仁はそれに対して遅いと叱咤した。こんなもので病院に辿りつけるかと、彼の頭を叩く。
「ぐずぐずするな、そんなんでヘバるわけないだろう、あんたはあたしが産んだんだ! そんなひ弱な体じゃない! 他人にどうこう言われたぐらいで僻むような性格じゃない! あたしは知ってる、あんたは助けようとがんばったんだろ? 学校の友達を、みんなを。
だって、あんたはあたしの――」
あたしの、自慢の息子なんだから。
その言葉に、ひかるは泣いた。年甲斐もなく、大声をあげて泣きながら、走る速度をあげる。
泣いた分、苦しくなるだろうと――、余計に苦しくなるだろうとそれを止めるように命じる。
「ううう、でも、でもっ!」
「でもなんて言うな! 男だろ!」
「は、はいッ!」
背筋を伸ばしてそれに答えて、ひかるは走った。ただがむしゃらに、紐が解けて滑る仁を落さないように、しっかりと抱えて走った。
その姿を遠巻きに見て、陰口を叩いていた彼らはなにを思うのか――
「稲葉くん!」
「ぜ、はあっ、はあ、はぇ? ……はっ、あ……」
呼ばれた先にいたのは、栗山 祥子だった。小さな自家用車に乗っていた彼女は傘を取り出して、ひかると仁の下に駆け寄る。
「わ、私、ニュースを見て……? こ、この方は?」
「あ、はあ、はあ……お、俺――いや、ぼ、ボクのっ、かー、お母ちゃ――お母さん!」
なぜか言葉を直しつつ。
喋るひかるに異常を察して、祥子は彼らに車に乗るように言った。ありがたいとひかるは仁とともに後部座席へ乗り込む。
運転をしていた栗山 縁はちらと乗り込んだ二人に視線を走らせる。
「……しっかり捕まっててね、飛ばすから!」
その言葉が頼もしく――思わず顔を輝かせたひかるは直後に、急発進した車によって後頭部を打ちつけた。
津達は雨の中、傘を差す米輔とともにシャイザレオンを見上げていた。黒いレインコートに身を包んだ彼は、破壊されたグラウンドの穴を覗く。
無理に出てきたターバリアンによって、シャイザレオンの収容施設はぼろぼろだった。さらにシャイザレオン用の武器として開発されたシャイザレ・ロッドに至っては、収容されていたシャイザレオンを彼らがよく見上げていたブリッジに使われていたと言うのだから驚きだ。
そら、できれば使いたくないわな。
一人納得しつつ、米輔に振り返る
「一体、どういうことだよじいさん、昨日のあれは?」
顔に貼られたガーゼを剥がし、津達が睨みつける。米輔は相変わらず派手な黄色のシャツにその身を包みながら、髪をかく。
ゆっくりと、座り込むシャイザレオンを見上げてひとしきり唸り、視線を津達に向けた。
「ディジーフィルにはな、適正がある」
適正――、なんのことだと問う津達に、再び唸り耳をかく。指についた耳垢をズボンにこすりつけて、米輔は一枚のディスクを津達に投げて渡した。
これはなんだ?
津達の問いに、「私の調べたディジーフィルの記録だ」と答える。そして、彼らが搭乗した際のシャイザレオンのエネルギー数値。
「エネルギーね……これを見たらわかるのか? なぜ、ひかる“だけ”が異様にディジーフィルの出力を高められるのか、そしてなぜ俺“だけ”がディジーフィルをうまく制御できないのか?」
鋭い目つきで米輔を睨む。
シャイザレオンは、搭乗者の精神面によりそのエネルギーを増減させる。パワーが変わる――そんな単純なものではないと、津達はすでに気づいていた。シャンザリオンと戦っていたときに気づいたことだ。ひかるがシャイザレ・ビームを放つ際、彼の見たパワーゲージはひかるのみが突出していた。それも一瞬のことで、意識を回復した凛子のAメカが引き上げられるように出力を上げ、しかし津達の駆るCメカは確かに出力があがったものの、彼らほどに急激なものではなかった。
「……極めつけは、凛子ちゃんとひかるくんの誕生日が……一緒だと言うことか」
「――なに……?」
凛子の誕生日、その日は確か――ディジーフィルというエネルギーが初めて観測された日――
眉を潜めた津達に構わず、米輔が顔をあげた。それに続くように顔をあげると、凛子がシャイザレオンから出てきたところだった。その顔には彼女に似つかわしくない、不安そうな――難しい表情をしていた。
おい、凛子。
シャイザレオンの腕を滑り降り、雨にその身を曝す少女の名を呼び、止めようと伸ばした手を払い除けられる。
「触らないでよ」
「……凛子?」
「――……あんたたちがいなくたって、あたしは……あたしは戦える……!」
歯を軋ませて、敵意をむき出しにする凛子に、津達は思わず目を見開いた。米輔の呼び声にも答えず、そのまま歩き出した彼女に溜息をつく。
「……昨日の戦いが終わってから、ずっとあの調子だ。多分、今のあの子の中には劣等感が渦巻いているんだよ、ひかるくんに対する、な」
ひかるに対する?
口に出して、ああと頷く。そう、彼女はずっと、このシャイザレオンを見てきたのだ。この兵器に乗り、いつ来るとも知れない敵との戦いにあわせてずっと訓練をしていたのだ。それが――
(それが俺たちみたいな新参に……しかもいつも下に扱っいたひかるが、ディジーフィルをあれだけ使いこなせて許せないってことか?)
だが――それは違うのだと、去り行くその背中を見つめる。
あれがシャイザレオンを、ディジーフィルの力を引き出した姿に見えたのか? ――ただの暴走だ。
そう、ひかるはシャイザレオンを暴走させたのだ。ディジーフィルは――、考えられないことだがおそらくは、ディジーフィルによってひかるも、凛子もなんらかの影響を受けたのだ。“意識が乗っ取られる”ほどの、影響を。
「じいさん、俺はディジーフィルってのがなんだか知らねえが――、恐ろしいよ」
津達の言葉に、米輔は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。シャイザレオンという、この凄まじきエネルギー・ディジーフィルの住み着く箱に、彼らを招き入れたことを――、米輔は少なからず、後悔していたのかも知れない。
前回の後書きでみんな主人公的なことを言いましたが、やはりそれはありませんでした。嘘を言ってごめんなさい。
やっぱし凛子が主人公ォォォ!
ということで、第四話です。相変わらずクソ長いので、ここまで読んでくださった方がいらっしゃるかアレですが、いましたら付き合ってくださって本当に感謝です。
実は中盤ほどに登場したシャイザレ・ロッド、来るのを少し遅くして「……タイミングずれた」の台詞と同時にガンバルディア3に直撃! を計画しておりました。
すみません、ギャグに逃げたくなかった。
けど今考えるとそっちのほうがまだ、“らしい”ですよねえ……真剣なのは後続でいくらでもやれるので。
今のところ勢いだけで書いているので、もしこのシャイザレオンが上中下、完結したらもう少し、人間を深く書いて一本にまとめたいものですが――まあ、やる気が続くかどうか。
それでは、ご静読、ありがとうございました。