再突、正義はどっち!
大分、間が空きました。シャイザレオン第三話です。
話ごとにどんどん字数が多くなっていきます。なぜでしょう?
なにはともあれ、どれだけ時間がかかろうと上・中・下、完成させたいと思います。
……ここで書いて、観ててくださる方がいたら嬉しいです。
「んー……!」
伸びをして、息を吐く。二週間ぶりに見た級友たちに手を振って、稲葉 ひかるは一人、通学路で満足げに笑った。
彼らの通う中学校は巨大ロボットの襲来を受けても全く損傷がないことから、避難場所として使用されていた。しかしこの度、生徒諸君の安否や学校資金の枯渇という危機感から久々に学校を開いた。なんと邪な理由か。
しかし、そんな理由を生徒諸君が知るはずもない。ひかるもまた、そのような大人の事情というものを知るわけがなく、ただ久々に登校した学校と、級友たちとのやり取りに心なしか癒しを感じた。
(考えてみれば、ここんとこずーっとシャイザレオンの操縦だとかばっかりで……やっと日常に戻れた気がするよ)
町は半壊状態であるが。
負傷者はこの町の人口の半分を超え、しかしなぜか奇跡的に死者はゼロである。この惨状の一端を自分たちも担っていたことを思えば、死者がでていないことが心底に嬉しい。不謹慎ながら安堵すると同時に口元が緩む。
そんな彼に、教室でも隣の席でよく口を利く少年が走り寄る。
「よぉ、ひかる。ニュース見てるか?」
「え? うーん、ウチのはアンテナぼっろぼろでさ、テレビ自体つかないんだよね」
苦笑する彼に、少年は残念そうな声をだし、それから物知り顔で言葉を続ける。
「この前、襲来した巨大ロボがいたろー、あいつの後にももう一機のロボットが出てきたんだけど……凄かったぜ、生中継」
「……へ……? 生中継?」
「ああ、そうだよ。見せたかったなぁー、あの激しい戦闘をッ! なによりも驚きなのは、そいつらをぶっ潰した巨大ロボットが、この葉月中学校のグラウンドから出てきたことなんだよ!」
「……ははは、そりゃ凄い……」
もろバレじゃん。
引きつった顔で笑うひかるに、級友は首を傾げたが、すぐに自分の話に熱中した。この調子ならば自分たちのことまではわかっていなさそうだが、と思わず安堵したひかるの首に腕が絡まる。
「え……」
「よう、ひかる。ツラ貸せ」
彼を引きずるように連れ出したのは粟実 津達だ。戸惑うひかるの耳に口を寄せて、なにがあっても知らぬ存ぜぬを通すんだぞと釘を刺す。
ひかるは元よりそのつもりだと津達を押し退ける。津達、ひかる、そしてもう一人のシャイザレオン・パイロットである米沢 凛子は以前までは共によそよそしい態度であったが、二度も死線を潜れば仲間意識が芽生えたようで、下の名前で呼び合うようになっていた。凛子に至っては頭数あわせ程度にしか考えていなかったひかるにも、まだ少しは優しく接するようになっている。
しかし――
「ねえ、なんか校門のところが騒がしくない?」
「ん……?」
ひかるに言われて目を細める津達。彼らの視線の先にいるのはスーツ姿の、おそらく――と言うより、どう見ても報道関係の人々が押しかけていた。円陣を組むように取材をしている様子の彼らは、例の“グラウンドからの入場シーン”につられてやってきたのだろうが。
思わず顔を見合わせて溜息をつき、なるたけその円陣から離れるように門をくぐる二人。そんな彼らをの耳に聞き覚えのある言葉が届く。あろうことか、報道陣の中心からだ。
「つまり、そのロボット――シャイザレオンは先日のような脅威に対抗する手段として、製作されたわけですね?」
「ええ、その通り! 正義のロボット、究極無敵、最凶絶頂マシンロボ、シャイザレオンをよろしく!」
むやみやたらとない胸を張り、シャイザレオンに関して情報提示に勤しむ少女が一人――予想するまでもなく凛子である。
顔を引きつらせて硬直する津達に合図を送り、そそくさとその場を立ち去ろうとするも、気づかれる。凛子はこちらに向かって勢いよく手を振った。
「おーい、ひかる! 津達! こっちだこっち!」
「うがぁぁああッ!」
「ちょ、ま、待って!」
頭を掻き毟りながら思わず吼えて、拳を振り上げた津達を押さえ込むひかる。凛子はそんな様子にもお構いなく、彼らはサブパイロットだと報道陣の前で紹介する。
慌てるひかる、歯を食いしばって苛立ちを抑えようとする津達を報道陣が取り囲んで、一気にクローズアップされる。フラッシュの瞬きと質問攻めの中、目を回すひかるを放り、津達はなるたけ柔らかい笑みを浮かべた。
「よう、凛子。またそんなホラ吹いてるのか」
「はぁ?」
「そんなことしてないでとっとと行くぞ、遅刻するだろ」
抗議の声を無視し、凛子の腕を引く。ひかるはその場の空気を読んだかのように、「お騒がせしてすみません」と苦笑いし、二人の後を追った。
校門には、ただ呆けた姿の大人と、遅刻しないようにと走り出す生徒たちとの姿があった。
「この馬鹿女ァ!」
「んだとこの、やんちーぱっぱが!」
やんちーぱっぱ?
ひかるは思わず疑問符を浮かべながらも、下駄箱で罵り合い、今にも殴り出しそうな二人の仲裁に入る。が、津達に弾き出されてしまった。
床に強か腰を打ち付けて涙目になりながらも、凛子の襟元を掴みあげる津達の足にすがりつく。涙目に懇願する様は気の毒以外のなにものでもなく、同情を禁じえないが、頭に血の上った二人にはまるで関係のないことだ。
「なに考えてンだよてめえは! あんな目立つことして――前に、厄介ごとはゴメンだっつっただろうが!」
「あぁん? 知るかーっ。あんただって聞いてたでしょ、“ジャンク・スター”だのなんだのって! オプディウスにしろシャンザリオンにしろ、真正面からケンカぶっかけられて黙ってられるかってーの!」
だから、マスコミを使って宣戦布告する。
唾を飛ばし、中指をおったてる少女に、津達は青筋を浮かべてこれ以上ないと言うほどに歯を軋ませた。苛立ちついでに足元にうざったく絡みつくひかるを蹴り飛ばし、凛子を下駄箱に叩きつけて目線を合わせる。
苦痛の声も漏らさず、睨み返してくる少女の気の強さには辟易するが――彼は改めて凛子を睨みつける。
「俺はな、流れでシャイザレオンに乗ってやっちゃいるが、はっきり言って迷惑なんだよ! ジャンク・スターだのなんだのと、お前もだ!」
じゃあ代替でも連れてきなさいよ――、悪びれもなく鼻で笑う凛子に、津達は思わず拳を振り上げた。しかし、その背後から気が抜けるような声がかかる。
勢いよく振り返った先には、腕組みしてこちらを見下ろす体育教師と、その後ろに隠れるようにして声を出すひかるが居た。
「あ、あのぅ……せ、せんせーが津達に用があるって」
「……お、おう」
無言のサングラス。色黒の巨漢に見下ろされ、思わずたじろいでから津達は答える。体育教師が津達を連れて行くのを見守って、ひかるは大量の息を吐いた。
「やめてくれない、溜息とか。あんたのせいで地球が暖かくなってるって周りの人に教えられなかったの?」
「いや、誰のせいで――て言うかヒドすぎませんか、それ」
溜息をもうひとつ。
ひかるは、憮然とした表情の凛子に近寄り、さきほど津達に言っていたことは本気かと咎めるように問う。凛子はそんなひかるを押し退けて自分の教室へ歩き出した。
「あ、ちょっと……凛子!」
「呼び捨てするなーッ! 舎弟の分際で調子に乗ってンじゃないわよ!」
「あぶッ!?」
振り返り様にビンタを張られ、悲鳴をあげて打たれた頬を押さえる。後は振り返りもせずに去っていく凛子に目を瞬かせて、多少は苛立ったようにその後姿に中指を立てる。
「……な、なにしてるの? 稲葉くん」
え――、と顔を向けた先には、栗山 祥子が顔をしかめて立っていた。ひかるは大慌てで両手を振り、違う、誤解だと訳のわからない弁解をしていた。
彼女は彼女で、そんなひかるに首を傾げ、とくに言葉を残すでもなく教室へ向かう。その後姿を目で追って、ひかるはがっくりと崩れ落ちた。
所は変わり、葉月中学校の応接室。そこに仏頂面で腕を組む津達が居た。体育教師に無言でこの場所に促され、柔らかいソファに座り待つことしばし――
戸を引き、現れたスーツ姿の男に津達は苦い顔をして顔を背けた。
「すみません、先生。失礼ついでに席を外してくれませんか?」
「…………」
男の言葉に、サングラスの体育教師は無言で部屋を出て行く。がっちりとした筋肉質な男で、体育教師と並ぶと肉の壁を思わせる。
戸の閉まる音、そして教師の足音が遠ざかると同時に、男は重い溜息をついた。そして、津達の正面にどっしりと座り、いかにも高価そうな葉巻を取り出す。
「見たぞ、テレビ。巨大ロボットのパイロットだぁ? 厄介なことをしてくれたな、津達。ええ?」
じろりと睨みつけるこの男の名は粟実 宗平、津達の叔父にあたる人物だ。彼らは折り合いが悪く、特に宗平はまるで目の敵のように津達に冷たく当たってくる。
「“粟実クリエイチブ企業グループ”代表の跡取りが、こんなドラ息子じゃ兄やんも治療に専念できやしねえ」
「――親父は関係ないだろ、クソが……!」
「あぁ!?」
喧嘩腰の二人――、しかし宗平は笑うとソファに座り直し、半分に噛み千切った葉巻を机に置く。たっぷりと間を置いて、前かがみになって津達の顔を覗き込む。
話があるんだが。
「お前が例のヘンテコなロボットのパイロットってのは、“俺たち”にとっては不愉快極まりないことなんだよ。目障りとでも言うか――その、そんなヘンな目立ち方じゃ、困る」
「あれは知り合いが勝手に言っただけで、俺は関係ねえよ」
それこそ関係ないことだ。
宗平は友達は選ぶんだなと哂い、葉巻に火を点けた。「灰皿がないぞ」と津達が咎めると、嫌な笑みを浮かべてポケットから携帯灰皿を掲げてみせる。
そういう意味じゃないんだが――、津達は溜息混じりに、一体なんの話をしたいんだと言葉を投げる。
「ふぅー。簡単なことさ。最近は粟実クリエイチブで、兄やんの病状から先の事業の失敗から、俺ら粟実の人間の肩身が狭くなってきてなあ。例のロボットのパイロットという話題づくりもいいかと思ったが、お前の素行が際立つのは避けたいし、それよりもお前が否定したし――そこで、だ」
赤々と燃える葉巻の先端を津達につきつける。彼はそれを不愉快に思い、事業が失敗したのは自業自得だろうと眼前の男を胸中で罵る。
それに気づいているのかいないのか、饒舌になった宗平は大量の煙を吐きながら、お前に協力してほしいのだと気持ちの悪い猫なで声を出した。
「兄やんにな、代表の座を別の奴に譲り渡すよう、説得してほしいんだよ」
「……なんだと……?」
「ああ、安心しな。ちゃんとした人選、資質ある奴を選んでるよ。血筋なんてもんより実力主義のが――」
言い終わるその前に。
津達は宗平のネクタイを掴んで引き寄せた。勢い余って互いの額がぶつかり合うが、津達も宗平もそれを気にするでもなく、眼前に煌く目を見詰め合っている。
「汚い手を離せよ、クソガキ。一体、誰のお陰でここまで育ったと思ってんだ、ドラ猫野郎」
「うるせえよお前、息くせえんだから喋るんじゃねえ。……あの会社を――、粟実の名前を誰がここまで大きくしたと思ってんだ? それを……」
「はン、その会社が嫌でお家を飛び出したガキが、偉そうにしてんじゃねえよ」
鼻で笑い、津達の手を払い除ける。
金か――、金で親父を裏切るつもりだなと、津達の厳しい問いただしにも宗平はにやけた顔のまま、葉巻をくわえるだけだ。
「誰がそんなことに協力するか!」
拳を机に叩きつけて啖呵を切り、ひと睨みして津達は部屋から出て行った。宗平はそれを無言で見ていたが、盛大な煙を吐いてソファに背を預ける。
「ドラ猫が……いちいち面倒がかかるぜ、ったく」
〜◇■◇■◇〜
ひかるは渋っていた。この上なく。
「なあ、行かないのかよー」
「もうクラスのほとんどが行く話しになってるぜ?」
「……うーん、けどなぁ……」
友からの言葉。しかしそれも、決め手にはならなかった。
ひかるが誘われているのは、“シャイザレオンと遊ぼう!の会”というチラシに記載されたものだ。やはり自分たちの町を守ってくれたロボット、そして現実に目の前に実物があるとすれば、誰でも見たいという気持ちは出るだろう。
しかし、ひかるにとっては違う。隠しているとは言え、彼はシャイザレオンのパイロットだ。そしてこんなチラシが配られている以上、その裏では凛子やその祖父である米沢 米輔が絡んでいるに違いない。
(ぜ~ったい、ロクなことになりゃしない)
「ゴメン、みんな。俺パス――」
「祥子も行こうよ」
「うん、いいよー」
しばしの沈黙。
小首を傾げた友にひかるは笑って、親指を立てる。
「うん、行くよ、俺も――」
「――見ぃーっけェーエ!」
立てた親指をかすめ、甲高い声と同時に豪速のラリアットがひかるの首に直撃する。その衝撃に、まるで根こそぎもっていかれたと――否、事実その通りに座っていた椅子ごと空中で回転し、床に激突する。
余りの衝撃に呼吸ができずに喘ぐひかるの頭に、一緒に宙を舞っていた椅子が落下した。痙攣を始める。
「ほらぁ、ひかる! こっちきなさいっ」
がっくりと項垂れたひかるを、まるで猫でも掴むように襟首を掴んで引き上げる。彼は明らかに気絶しているようであったが、彼をこのような状態にした張本人である凛子にはわからなかったようで、だらしなく口を開き白目を剥く少年へ容赦のない平手を加える。
「……ちッ」
一向に意識を取り戻さないひかるに整った顔を歪めて舌打ちすると、自分に集まった視線に気づいたようで周りを見回す。
――なによ?
その無言の問いかけに答える者はなく、皆が一様に目をそらした。ただ一人を除いて。
「……あ、あの……」
「あぁ?」
「――あ、あ……ぁ……。な、なんでもないです」
気絶した少年を後ろ手に引きずる少女に、祥子はありったけの勇気を振り絞った。が、それは僅かながら足りなかったようで、「用もないのに呼び止めンじゃないわよ!」と怒鳴られて涙目になってしまった。
しかし、それを凛子が構うでもなく。
「うわーっはっはっはっはっはっはっは!」
哄笑を巻き起こし、ポニーテールを馬の鬣のようになびかせて走り去る。まるで嵐のように駆け抜ける凛子の手には、襟首を掴まれて紙切れのように空を翔る少年の姿。
放課後であり、帰路につこうとする少年少女を蹴散らす鬼のようなその姿を、津達は廊下の奥で見咎めて思い切り顔をしかめた。両手に持った大量のプリントは、彼の見た目からは予想もつかないが教師から信頼されていることが見てとれる。
すれ違う瞬間、凛子も津達に気づいたようだ。彼はてっきり喧嘩腰でなにか言うものだろうと思っていたが。
「――……っ!?」
にやぁー。
気持ちの悪い笑みを浮かべ、減速することなく駆け抜ける。思わず背筋に走った悪寒に津達は身を震わせた。そこに、クラスメイトが帰り始めたのに気づき、その中の一人にプリントの束を無理押し付け、凛子を追う。
非常に嫌な予感がする。
(あぁ、クソ……面倒くせえ、面倒くせえなぁ!)
胸中で毒づき、人一人抱えていると言うのにすでに見えなくなった彼女に更に苛立ちを募らせた。もちろん、それで先に進む少女が止まる訳もなく――
「ほっ」
軽い声と同時にひかるを放り投げ、肩に担ぐ形に直す。しかしその衝撃は強く、無抵抗に腹部を強か打ち付けたことで意識を取り戻した彼は、思い切り咳き込んだ。
「――え、えほ、げほごほげほっ、お、がっ……なん……なに、げは、なんなのさ、なにが――凛子?」
「おう、目ぇ覚めた?」
男らしい受け答え。ひかるが目を覚ましたことに少女は満足げに頷いて、放り投げる。床に腰を打ち付けてひかるは「ぎゃんっ」と悲鳴をあげた。それに気づかうでもなく、給食室のドアを開ける。
給食室には各階、各学年のための給食が置かれている場所だ。今は放課後なので食器やそれらの食材は置かれていないが、凛子の目指すものはそれではなく、食器などを収めた、タイヤで移動するステンレス製の巨大な箱、給食の準備に使うそれを各階に運ぶためのエレベーターである。こここそが、彼女たちシャイザレオン・パイロットの秘密基地hと繋がる、正に秘密の通路なのだ。
例の如く、この事実は学校関係者に知らされてはいない。
「けほ、けほ……あー。どうかしたの、凛子」
「ふっふふふ、聞いて驚け! なんと今日、念願のスポンサーが見つかったのよッ!」
は? スポンサー?
体の異常を調べながら、諦観したような口調のひかるに対して、凛子は太い笑みを浮かべた。どうやら本当に嬉しいようだが、念願であったことすら初耳の彼には彼女の嬉しさの半分も伝わらなかった。
そんなひかるを見ながら、エレベーターに乗り込む凛子。置かれて行くのはごめんだと彼もそれに倣う。
「ねえ、そんなことよりさ、今日の放課後のヤツどうすんの?」
「そんなことって言うのはどの口だ? ――まあいいや。大丈夫よ、スポンサーは見つかってもヴァーチャル・ナンチャラは今まで通り続けるわ」
凛子の言葉にひかるは大きな疑問符を打ち上げた。“シャイザレオンと遊ぼう!の会”とやらは彼女が出所ではないのだろうか――まるでそんな話は知らないようだが。
エレベーターに二人が乗り込むと、凛子は“42930”と番号を入れる。同時に大きな音が鳴って、普段のエレベーターとは思えない速度で降下が始まる。
「ねえ、なんでそんな番号なの?」
「なんとなく」
だろうね――、と小さな恐怖心から手すりしがみつき、エレベーターが到着するのを待った。
グラウンドの真ん中で、栗山 祥子は大きな溜息をついた。それに気づいた友人らからはどうかしたのかと聞かれるが、そこは笑ってごまかす。
米沢 凛子――彼女はこの中学校でも有名な部類に入る阿呆だ。とくに接触しなければ暴走も爆発もない危険物、さわらぬ神に祟りなし。それが、彼女に対するこの学校全体が抱くイメージだった。
片や貧弱という言葉の似合いそうな稲葉 ひかる。いつも気弱ながらも人の良い彼がそんな人物に絡まれているのが心苦しくてならない。
(今頃、大丈夫かなぁ……あれ以上にヒドいことされてたら――)
あのとき、止められなかった自分を“弱い”として恥じる。そんな彼女の様子に気づくでもなく、彼女の友人たちは「きたみたいだよー」と嬉しそうな声をあげる。
目を上げた少女、だけでなくグラウンドに集まった全校に近い数の生徒たちの前に、何台もの業務用バスがやってくる。白に赤や黄色の明るいラインが走り、色鮮やかな車体には“デュラン不動産(株)”と大きく書かれ、その文字に祥子は驚き目を見開いた。
「えー、マイクテス、マイクテス」
バスから降りた数人の職員らしき人物、その中からひょろ長い背丈の男と、小太りの男が拡声器を持って生徒たちの集まる前に進み出る。
「本日は晴天でございまして、このたび、私たち“デュラン不動産(株)”のお企画申し上げた“シャイザレオンと遊ぼう!の会”にご出席、ありがとうございました。いやぁー当初の予定よりも沢山の生徒、貴方がたに参加していただきまっこと嬉しい! それでは、このバスで移動ですがあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
長々とした説明が今、始まろうというところで生徒諸君の殺到。祥子も腕を引かれてバスへと向かう。生徒の波に呑まれた職員の何名かは踏まれていたが、そこはなんとか無事だったのか気を取り直して立ち上がる。
どきどきわくわくと、そういった言葉が似合いそうな中学生が全員、バスに収まったところを確認したところで、小太りの男は割れた眼鏡を地面に叩きつけて、朗らかな笑顔を見せる。
「やりやがったなこん畜生! それではみなさま、舌かまないようにしっかり口は閉じてくださいねー! はい、速やかに撤収!」
バスに飛び乗る職員面々――直後に、バスはグラウンドの土を巻き上げながら速度をあげ、無駄にドリフトなんぞを行いつつ生徒を賑わせながら学校を後にした。
そんなグラウンドの地下深く、ひかるは呆けた顔で辺りを見回した。いつもは彼らしかいないその場所を行き交う人、人、人。人の群れ。
グラウンドの射出口に出撃は今かと佇むシャイザレオンの前を、大量の人が行き交っている。作業着姿で、頭には安全第一の文字が輝くヘルメット。
「ど、どーいう状況? これ」
「ふっふっふ。だからスポンサーが見つかったって言ったでしょうが。あぁ、やはりこのアタシの正義の布教活動は素晴らしかったようね」
きつく後ろで縛られたポニーテールに前髪などはないが、凛子は前髪をかきあげる仕種をした。ひかるは「あっそ」とやる気のない返答をして、シャイザレオンの間を行き交う人々を見やる。誰も彼もが真剣な眼差しでシャイザレオンを見上げ、またなにかのデータを収集しているようだった。
凄いことになったな――、とひかるは零す。ただ、秘密基地に遊びにきたような感覚だった自分が、少し恥ずかしくなった。こんな巨大で、よく考えずとも立派な施設に、そして――シャイザレオンという“兵器”に乗りながらも。
「おー、早速きたな、凛子ちゃんにひかるくん」
言葉に振り返ると、米輔が相も変わらず派手な色合いのシャツを着て立っていた。その足元には台形の、まるで台座のような機械がお供のように地面を滑り、移動してくる。
「米輔じいちゃん、それってなに?」
「ああ、これ?」
台座型の機械に対してしたり顔で口を開いた米輔を押し退け、代わりに凛子がしたり顔で説明を始める。
「あたしのシャイザレオンが“エーヤイ”で自動整備されてるのは知ってるでしょ?」
「エーヤ……? ああ、AIか!」
ちゃんと言ったでしょうが。批判の目を向ける凛子に思わず縮こまる。
凛子は大きな咳払いをして、作業中の男たちの視線も集めるが、気にするはずもなく説明を始める。
「ともかく! この機械はその“エーヤイ”をコピーした物が搭載されてるの! 最強に高度なエーヤイだからね、見なさいこの機能!」
結局発音は変わらずか。
胡散くさそうにこちらを見やるひかるに、凛子は不適な笑みを浮かべて指を鳴らす。同時に台座は「オハヨウゴザイマス、ヒカルサン」と冷たい合成音声で喋った。ひかるが「おぉ!?」と驚くと同時に、その側部から底部から節足動物のような足が露出する。
「ソシテ、サヨウナラ。死ネ! ヒカルッ!」
「えぇえー!?」
尖った足をこちらに向けて跳んで来たそれが、ひかるの顔面にあわや刺さると言ったところで、凛子がそれを掴む。事なきを得たことに安堵すべきだろうが、そもそも急な流れについていけず、暴れまわる心臓を落ち着けるように胸に拳を当てる。
「な、ななななな、……なに、それ?」
「ふっふっふ。どーよ? あたしの追加した“舎弟その1抹殺機能”は!」
なにとんでもないことしてやがんだこの女。
口をぱくぱくさせる中、大量の足を忙しなく動かす気色の悪い物体から顔を背ける。その間も凛子がぱちりと指を鳴らすと足を本体に収容して大人しくなったが。
米輔はそのやり取りを見ながら額に冷たい汗を浮かべて、咳払いをする。
「このロボットの名前はPちゃんね、ちなみに。それと、この子にはウェポン・キャリアーのパイロットをしてもらう」
「ウェポン・キャリアー?」
「そう、それよっ!」
目を瞬かせるひかるに、「それを見せたかったのよ!」と凛子が食いつき、彼に向かってその手に持った台座ロボット、Pちゃんを向ける。即座によけようとしたもののPちゃんから伸びた触手とも足ともつかないそれに絡め取られて、ひかるは凛子に引きずられる。
さきほどのような状態だが――気絶はしていない。
「――うぃいいヤぁああぁぁぁぁああああッ!?」
悲鳴。絹も裂けそうなその声を掻き消す凛子の哄笑が周囲の視線を釘付けにした。それもそうだろう、少年をまるでコンビニのレジ袋かなにかのように、まるで旗のように宙をたなびかせて引っ張っていくその様は。
凛子はしばし走り、静かになったそれを放り投げる。ひかるは何度目かの馴染んだ衝撃に呻いて咳き込んだ。
未だ自分の体に絡みつくPちゃんを気色悪そうに引き剥がす。
「見なさい、舎弟! これぞシャイザレオンの新たな力、新たな仲間、ウェポン・キャリアーよ!」
これが――、と見上げた先には、堂々と仁王立ちする凛子とまくれ上がったスカートの下に見えた白い――、もとい、その後ろに置かれた戦闘機のような物。かなり巨大で、平べったいフォルムのそれにはPちゃんが操縦するのだと説明する。
「今まではジャンク・スターの連中ニ連撃のせいで、シャイザレオンの修理とかに施設の総員回してたけど、スポンサーのお陰で空きができてね――とうとう、このウェポン・キャリアー、ターバリアンを完成にこじつけられたのよ!
時速スーパーマッハ53で空を飛び! 搭載された強力な火器で邪魔者どもを粉砕し! これまた搭載された武器を射出してシャイザレオンに武器を渡す! 挙句には変形・合体! スーパーシャイザレオンに! ――もしくはこのウェポン・キャリアー自体が武器にッ!?
うは、うははッ。うははははははははははははははは!」
これぞロボットものお約束の戦闘支援ロボ――、哄笑をあげてそう熱く語り妄想を爆走させる凛子だったが、全く気の抜けたリアクションしか返さないひかるに溜息混じりに振り返る。
顔を赤くして鼻を押さえていたひかるは、少女の訝しげな目を見てそわそわし始めた。
「……あんた、まだ視姦グセなおってなかったの? 妄想もほどほどになさいよ」
「いや、違ッ、てか人に言えるのそれ? ――ああ、でも、うん……すみません、なんでもないです」
さきほどの光景を忘れるように自分の両頬にビンタを張る。
そんなひかるに小首を傾げたが、まあそれはどうでもいいと言うようにお次の場所はと、いつも彼らが憩いの場として活用している部屋に連れて行く。今度は歩きだ。
ようやっと休めるとドアを開けた先には、見知らぬ男性が座っていた。簡素なパイプイスに座り、不思議そうに辺りを見回している。おそらくは地下でありながら響く蝉の鳴き声の出所を探しているのだろうが――、しかし彼はすぐにこちらに気づき、手を振った。
やけに細く青白い、病的な男性だった。
「やあ、凛子ちゃん。それと君は……」
「あっ、ひかるです。稲葉 ひかる」
ひかるくんか。初めまして。
優しい笑みを浮かべて差し出された右手を慌てて握る。満足そうに頷いている凛子を見ると、この中年男性がいわゆるスポンサーなのだろうか、と思考を働かせるひかる。
その目の前で、握手を交わした男は。
「――ぶふぅッ」
いきなり吐血した。
「――、……はぁああああぁぁぁ!? ちょ、ちょちょちょちょちょちょっ、だ、だ大丈夫ですか!?」
大慌てのひかるに対して、「いつものことさ」と親指を立てながら、凛子から手渡されたハンカチで口元を拭う。いつものことならばとうの昔に失血死するのではないかと思わせるほどの量であったが、本人としては大丈夫のようだ。明らかに異常のみられる容態だが、凛子は凶悪な笑みを浮かべてひかるに顔を寄せる。
「いい? あの様だから、なんとしても“全財産をシャイザレオンに託す”っていう遺書を書かせるのよ」
「うわ、酷い。今朝、正義のロボットとかなんとかのたまってたのと同一人物とは思えないよ」
項垂れるひかるの頭を本人は軽く――しかしひかるにとっては鈍器で殴られたような衝撃を伴う拳骨を食らわす。そこで男は自己紹介がまだだったねと笑いながら、崩れ落ちたひかるに手を差し出した。
なんと優しいお人だと、涙ながらにその手を握るひかる。
「私の名前は粟実 宗太。粟実クリエイチブ企業グループの、恥ずかしながら代表をしている者です」
「そ、そんな恥ずかしいだなんて――よっぽど大きな会社なんですね、その粟実クリエイチブって」
そこまで言ってから、はたと気づく。
――いや待て。粟実?
沈黙。小首を傾げる。見知った単語に疑問符を浮かべるひかるに、宗太は頭をかきながら笑う。
「はあ。恥ずかしながら、粟実 津達の父でございます」
「はえ? ……え、どゆこと?」
「つーまーり、あの津達は金持ちのボンボンのガンガンだったわけよ!」
本日何度目かの衝撃に頭が揺れ――その驚きの度合いを表すべく、大声をあげようと吸った息は背後からの怒鳴り声によって吹き出てしまう。
振り返ると、額に大量の汗を浮かばせて肩で息をする津達が立っていた。
「……はっ……はぁ……なにしてんだよ、親父」
「ああ、津達か。元気そうでなによりだよ。父さん、お前が家を飛び出してから、ずっと心配だったんだぞ」
しかし、安心したよ――、宗太は優しい笑みを浮かべてひかる、凛子の両名に視線を送る。
「こんな仲のいいお友達もできて……それに津達が正義のロボットに乗っているだなんてびっくりだ。私たちの町を守ってくれたお礼に――」
「――うるっせえんだよ、ベラベラと!」
吐き捨てるような怒鳴り声に、ひかるは思わず体を震わせる。口を閉じた父を睨み、少年はこんなことしても嬉しくはない、迷惑なだけだと罵倒した。
「俺はもう、あんなのに乗るつもりはねえし、こんな茶番も沢山だ! 正義のロボット? ジャンク・スター? んなのどっか他所でやってろ、俺の視界に入らないところで! それに第一、親父、あんた――」
「――津達。君、本気で言っているの?」
「…………っ!」
柔らかい口調。津達の激しいそれとは間逆の口調だが、それは彼の言葉を中断させるに十分だったようだ。細めていた目を開き、僅かながら怒っているような――普段、怒ることのない優しい父親が、子供を注意する見本のような表情をしていた。
思わず息を飲んだ自分の子供に、宗太は言葉を続ける。
「いいか、津達。君も、この子たちも、必死でこの町を守ってくれたんじゃないか。その、ジャンク・スターとか言う連中がどうしてこの町に押し寄せてくるのかは知らないけど、命を賭して、あの暴虐に向かって立ち上がってくれたじゃないか。
君はその全てを、茶番だって言うのかい?」
息を飲む。両の拳を握り締め、俯いた津達を見るのは初めてだった。ひかるは思わず声をかけようとしたが、それを凛子が制す。
そこに、自分たちの足を踏み入れる場所がないと――、いつもの凛子からは想像もつかないほどに静かに表情だけで語りかけてきた。
「……親父、いいのかよ。こんなことしてる間にも、あいつが――宗平叔父さんがあんたの座を取り上げようとしてるんだぞ」
「話をすり替えるんじゃあない」
意地の悪い笑みを浮かべて顔を上げた津達に対し、ぴしゃりと言ってのける。歯軋りが聞こえそうなほどに全身に力を込める津達に、宗太は溜息をついた。
これでも、大企業グループの代表――、人を見る目はいいよ。
そう言うと、彼の息子は「あんたは人がいいだけだ」と吐き捨てて背を向けた。思わず呼びかけようとして、さきほどのことを思い出して留まったひかる。その背中を、凛子が蹴り飛ばす。
「あいったぁ! なにさ!」
「なんで追わないのよ、意気地なし」
「エェー! なんでっ?」
そんな彼らのやりとりに宗太は笑い、別に構わないと言いながら倒れたひかるに手を差し伸べる。
おじさん――、優しい宗太に感動しながら手を取ると、彼は微笑みかけて――
「……おぶふぇッ」
「――、キャーッ!」
吐血した。
顔面に鮮血を浴びて救急車を連呼するひかるに、いい加減慣れろとまだ二回しかこの局面に立ったことのない少年に冷たい声を浴びせて、ハンカチをスポンサーである宗太に投げつける。
ひかるは多少落ち着きを取り戻しながらも、宗太から離れて顔に付着した血液を拭き取る。心底に嫌そうな顔をしながら顔面を綺麗にし、汚れた服はどうしようと思案する中、凄まじい音量でベルが鳴る。
「うわッ、な、なにこれ?」
「サイレンよ! 敵襲だわ!」
目を輝かせる少女と違い、少年は脱力して俯く。またか――、と。しかしすぐに不安げな表情に変わり、「津達を呼び戻さなきゃ」と慌てる。
なにを言っているんだか――、とひかるを鼻で笑う凛子。
「あいつはシャイザレオンに乗らないって言ったでしょ。なら探す必要ないわよ」
「え、えぇ? でもさ、シャイザレオンは三人じゃないとパワーが上がらないじゃんか!」
「シャンザリオンも倒したし、パワーなんて気にする必要ないわよ!」
けど――、口ごもるひかるに苛立つ凛子だったが、ふと視線を宗太へ向ける。少年もそれに合わせて視線を向け、大慌てで顔を横に振った。
冗談じゃない。冗談にもならない。こんな体の弱い人間が乗ったら、発進と同時に死ぬんじゃないかと本気で思う。しかしとうの本人は至って優しい顔で、大丈夫だと頷いてみせた。
「津達はきっと、戻ってくれるよ。根はいい子だから」
「あ、そっちか。よかった……」
安堵の息をつくひかるに、その間は二人でがんばってほしいと宗太が頭を下げると、大分恐縮してしまう。しかし、凛子は不満げに、「あたし一人でも全然イケるけど……」と零した。
ひかるは凛子の変わりに何度かお礼を言い、部屋を後にする。
「……急ごう。なんか嫌な予感がするよ」
「予感なんざ関係ないわよ。敵ってんならブッ潰してそれで終わり!」
太い笑みを浮かべるこの少女が、味方でよかったとつくづく思う。そんなひかるの思いに気づくでもなく、走り出した凛子の後を追う。なにはともあれ、敵は目前なのだ急がなければならない。
(……っていうのは、わかってるんだけどさ)
「結局こうなるんだよねー……」
人間旗となって凛子に引っ張られ、宙を舞う。まるでこいのぼりだと零すひかるに「なにか言った!?」と凛子が顔を向けるが、むしろ前を見てくれと泣きついてしまう。道を行き交う作業員たちを轢き散らかし猛進するその姿、やはり鬼の一言に尽きる。
凛子はシャイザレオンの前に到着すると同時にひかるを放り投げ、ひかるは悲鳴をあげて床を滑走する。
「く、来るの早いね君たち」
遠くからその光景を見ていた作業員の一人が、頬を引きつらせながら腕を差し伸べる。
今日はこんなのばっかりだと溜息をつきながらそれに答えて、ひかるは立ち上がった。凛子はそんな彼を見るでもなく、ただ腕組みをして満足げにシャイザレオンを見上げていた。
シャイザレオンは依然と堂々たる佇まいであったが、顔の部分に黒いバイザーが装着されている。
(そう言えば、センサー部分がよく不調になるって言ってたっけ)
それを保護するためのものだろうとひかるは予想する。しかしディジーフィルの出力が最高潮となった際の光りを思い出して、こんなもので守れるのだろうかと首を傾げた。
そんな彼に、作業員の一人が話しかける。
「――シャイザレオン、だっけ。素晴らしい機体だね」
「そうですよねー、なんか、自分よりうでっかい敵を相手にしても、あんまし壊れなかったみたいだし……」
ちらと凛子を見て、シャイザレオンの装甲は一体全体、なにによって構成されているのかと問う。
その言葉に少女は目を瞬かせた。
「……? いやさ、ロボットって言ったらさ、ナントカ超合金ー! とかってあるじゃん。シャイザレオンはどんなの使ってるの?」
「……――、ハイパーシャイザレニウムエレメンタルゴッデスアッチョンブリケブルスーパー超合金トリプルエックスよ」
「いや、そんなこと言われても」
小首を傾げながらも、なぜか自信は損なわないその声音に思わず戦慄しながら返す。本当だとのたまう凛子に、もう一度だけ言うように言葉を投げかけると「ハイパー超合金」と言ったきり黙りこんでしまった。
つまりは、この少女すらわからないと。
「……こらこらッ、なんだその目は! あれだな、あれだろう! シャイザレオンには素敵な装甲が使われているのよ、けどここにスパイが大量にいるし? 言えるわけないでしょうがッ」
「手伝ってもらっといてスパイ扱いって……」
思わず隣の人物に頭を下げるが、こちらは話の展開の早さについていけなかったようで、目を白黒させている。
凛子は「とにかくっ!」と恥ずかしさを紛らわすように、いつも以上の大きな声でこの話に終了の鐘を鳴らしてシャイザレオンに乗り込むように促す。そう、敵はもう目前なのだ。こんなところでくっちゃべっている場合ではない。
ひかるは深い溜息をつきながらも、素直に指示に従う。尻を少女に蹴られながら急かされて、もう一度、溜息をつく。
「システム・チェック。オールレッド。おらーいお~らい!」
「どうでもいいけど、全部赤だったら危なそうじゃない?」
本当にどうでもいいわね。
それだけ返して凛子はAメカを、ひかるはBメカのパワーをあげる。Cメカは自動操縦であり、Pちゃんが乗るのかとそわそわしていたが、彼、と呼ぶべきかも不明であるそれは、少年のそばに立っていた作業員のヘルメットの上に置いてきた。
「えー、マイクテス、テス。聞こえますか、シャイザレオン・パイロット、ひかるくんに凛子ちゃん」
「あ、はい聞こえます!」
以前と違う、きっちりとした整備や準備の後に、シャイザレオンがレールの台座に載せられる。ひかるはその際の呼びかけに上ずった声で答え、凛子は「舎弟よりも、このあたしの名前を先に呼ばんか!」と不機嫌に怒鳴り散らす。
正直、凄く嫌だ。
ひかるは溜息をついた。肩身が狭いと言うか、いつもの行き当たりばったりな雰囲気が消えて堅苦しいとでも言うのか。このようにちゃんとした対応がなければいけないということ、それは頭の中でわかってはいるのだが。
「今回の敵は、以前戦闘を行ったロボットと形状が酷似しています」
「以前? 形状……もしかして、いやもしかしなくてもオプディウスのこと?」
「はい、その通りです」
敬語の女性。その言葉遣いがこそばゆくて思わず縮こまるひかる。そんな様子をモニター画面で見ていた凛子はひかるを叱咤し、続いて女性に対して「あたしの犬っころにちょっかいだすな」と言葉を投げる。
誰が犬だ、誰が。
半眼で呻いたひかるに対して、女性は艶っぽい自分の唇をひと舐めし、目だけでひかるに笑みを向ける。
「……へ?」
「ちょっかいって、これかしら?」
正装姿のスーツ、その襟元を広げて胸元を広げる。ひかるは思わず吹き出して仰け反り、慌てて目線を逸らした。
けたけたと笑うその女性を凛子や周りの同僚と思われる大人たちが叱咤する。
「余計なことしてくれてんじゃないわよ、ウシチチ女!」
「あら、けどこのシャイザレオンには高いテンションが必要なのでしょう? 紅一点がナイチチ娘じゃ可哀想ですし……」
ここは大人のフォローが必要よ。
嘯く女に凛子の腕が戦慄く。危険サインだと察知したひかるが早くシャイザレオンを出撃させるように懇願し、それと同時に少女は操縦席で吼えていた。
そうしてひとつの波が過ぎ。
満を持して、待ちに待ちて、今、シャイザレオンが出撃する。
地響きとともに割ける大地――もとい、グラウンド。そこから火柱の如き光りを放ち――もとい、雰囲気重視に向けられた部活によく使われるライト。そしてそこから飛び立つは我らが巨大ロボ・シャイザレオン。
ようやっとお出ましだと好戦的な笑みを浮かべる凛子に対して、ひかるは浮かない表情である。元々が争いはそこまで好きな性格ではない。余計な一言が多いが、事実、彼は平和主義者なのだ。
「あ、そうだひかる。Cメカのミサイルもついでにやっといて」
「え、あ、わかった」
思わずどもって頷く。そう、今回は津達がいないのだと、改めて自覚する。手元のコントロールパネルが縦に割れ、中から出てきたトリガー付きの操縦桿を握り、緊張した面持ちで流れ行く景色を見つめる。
半壊した町、それを飛び越える自分たち。一体何度戦闘を行うのだろうか――今日、これで三回目の戦闘だが、彼にとっては恐ろしい時間でしかない。
(……けど、前はこんなに怖かったけ。そらあ、怖かったけど、前まではまだ、なんか――あ、そうか)
心細いのだと、ひとり頷く。津達がいなくて心細い。二人しかいなくて、心細い。特に津達は自分と誓い立場だったことや同じ男同士ということもあってか、妙に親近感が沸いていたのだが。
(それとも、心細いって言うか、津達がいなくてバランス崩れちゃったのかな? 三人で――シャイザレオンだもんな)
そんなことを考えていると、凛子に出力低下を指摘され、慌てて正面に向けた視線に力を込める。シャイザレオンは人の感情に反応する。闘争心がなければシャイザレオンは強くなってくれないのだ。
「あ、そうだ。シャイザレオン自身にも追加武装があるわ」
「追加?」
「そう! まずは第一! 右手に装備されたハンマー・グラブ、その名もシャイザレ・エンブレム!」
ハンマー・グラブが正式名称じゃないのか。
思わず呻いたひかるを気にすることなく、いつものように口早く話を進める。
「これはシャイザレオンのエネルギー、ディジーフィルを燃焼してできた余り物を、裏拳で叩きつけるのと同時に射出して装甲にダメージを与えるわ! シャンザリオンと戦って思ってたんだけど、やっぱりこういうのは必要よ」
一人頷く。
言われてみれば、オプディウス戦では正拳を撃つも動きを止めただけ、シャンザリオン戦を思い返すと裏拳を放っていたがダメージを与えられなかったようだ。そもそも内装のあるロボット戦でパンチやキックを使うこと自体、稀ではないだろうかとひかるは考えたが、そこはそれだと凛子は言う。
「それと、お次の追加武装はシャイザレ・ファイヤー・フィンガー、略してSFFね」
しょぼくて使う気はしないけれど。
どのようなものか具体的な説明をとひかるは唸るが、使わないのなら説明する必要はないと凛子は一蹴する。
「だからってさぁ……」
溜息ひとつ。そこに例のオペレーターからの通信が入った。
前方に敵機確認――、バイザーの装着から新機能である画面のズームができるようになったことの説明を受け、凛子とひかるは言われた通りに操作し、モニター中央を拡大する。
なるほど確かにそこには見紛うこともなかろう、オプディウスが浮いていた。凛子はシャイザレオンのスラスターの出力を上げて加速、一気に接近する。
「正義の怒り! シャイザレ・キイィィーックっ!」
「――ぬ? うおッ」
正義もなにもあったものではない。以前と同じく不意打ちをかます凛子に、思わずひかるは呻いた。
オプディウスはシャイザレオンの飛び蹴りをその側部に受けて大きく傾いたが――、ふらつきながらも体勢を立て直し、その場に浮遊する。
「ふっふっふ……現れおったなシャイザレオン! 相も変わらず不意打ちをかますだけの悪党めが!」
一理ある。しかし凛子にとっては聞き捨てならない台詞だったようで、回転しながら浮遊する巨大な独楽のようなそれに指を突きつけた。
「なぁーにが悪党よこの小悪党風情がよってたかって積み立てた積み木みたいなロボットで! 偉そうに――、あたしのお爺ちゃんの造ったシャンザリオンほどのロボットもないの? もう種切れ?」
ふふん、と鼻で笑う。どうでもいいけれど悪党は否定しないのかとひかるが小声で呟くが、少女のひと睨みで黙り込む。
しかし。ひかるは浮遊するオプディウスを見て、さきほどの声の主と以前のオプディウスの声の主とが違うことに疑問を感じる。
(同じロボットなのに……なんで別の人が乗ってるんだ?)
思わず、よくあるヒーローの特撮番組にあるような、悪の怪人のお仕置きシーンを思い浮かべた。
まあどちらにせよ――敵であることに変わりはないのだ。すでに臨戦態勢に入った両者――、凛子はシャイザレオンを走らせ、オプディウスの側面へ回り込むように動く。元々その形状に前後左右などあったものではないが。
「ふふん、このオプディウス2、舐めるなよ!」
男の言葉と同時に、段々状になった胴体が伸びる。回転しながら炎をあげるスラスターの間に射出口が現れ、そこから細長い突起物が幾百もの針のように尖り出る。
ミサイル――!
驚いたのも束の間で、それらが一斉に発射された。シャイザレオンが搭載しているミサイルとほぼ同等の大きさ――しかし、量が半端ではない。完全に白煙で見えなくなったオプディウスに呻き、機体を後退させる凛子。ひかるはそれらを撃墜すべく胸部の機関砲を撃つが、とても間に合わない。
「――こ、これは……!」
とても捌き切れない――、被弾を覚悟したそのとき、凛子が叫ぶ。
「シャイザレ・スクランブル! パージングッ」
言葉と同時に振動が響き、シャイザレオンがみっつにわかれた。分離したのだ。
慌てて自らの乗るBメカの操縦桿を握ると、胴体部分であったそこには翼が生えて、小型の戦闘機を模した姿へと変形する。
巨大な翼と胴体を持つ戦闘機型のAメカは、凛子の操縦によって臆することなくミサイルの壁へと突撃する。
「――凛子ォ!」
叫ぶひかる――あわや突撃と言うところで、Aメカは急上昇。空中で機体を華麗に回し、追跡する大量のミサイルをその大きな体でかわしている。
「だぁーっはっはっはっはっは! 見たかこのハンドル捌き、空中戦の技術を! そう簡単に墜とせると思ってもらっちゃあ――」
困る。
両翼の下部に装備された機関砲が重い音を轟かせ、次々とミサイルを破壊していく。爆発したミサイルは他のミサイルを誘爆し、連鎖的にAメカの背後に爆炎の嵐を巻き起こす。
凛子の活躍であれほど大量だったミサイルの内、数本ほどしかひかるたちのところへ飛んでこなかった。その数本も、わたわたと逃げ惑うBメカなどではなく、自動操縦されるCメカの対空砲により迎撃される。
「ちぃ、さすがは我らが同胞を倒したシャイザレオン、伊達じゃない。しかぁし!」
この嗣畑 源五郎を舐めるなよ!
男の言葉と同時に、オプディウス2が突き進む。
「忍法ッ、大山鳴動・六亜宅!」
「……忍法、って……とどのつまり、ただの体当たりでしょうが!」
全身のスラスターから火を噴くそれに、思わずひかるが突っ込んだ。その間にも巨塊が迫る。確かに以前のオプディウスと違い出力が増しているのか、その速度は比べるまでもない。
慌てて回避しようとした少年を叱咤し、凛子が合体を宣言する。
「シャイザレ・スクランブルッ、ゴー!」
「え、ま、まじで? やだやだ、やだよ俺!」
目の前の石ころとこのあたし、どちらが怖いか――、まるでジャンザリオンのような黒いオーラを背負う凛子に、逃げ腰だった少年も涙を飲んで承諾する。
どうにでもなれと、迫る巨塊を目前に急降下し、合体を行う。
「合ッツッ体ぃー! 完全正義! シャイザレオン、見ッざぁぁぁあん!」
「名乗りはいいからぁ!」
浪漫のない――、ひかるに思わず舌打ちしつつも、眼前に迫ったオプディウス2に太い笑みを浮かべる。
足を大きく開き、上体を右へと捻る。振りかぶった右の拳に輝く円と“D”の文字――
「――究・極ッ! シャイザレ・パーンチッ!」
放たれた拳がオプディウス2を正面に捉え――“殴り飛ばす”。
思わず呆けた声を上げたひかるに対して、凛子は笑みを崩さない。殴り飛ばした勢いを返す力に変え、上体を逆回転させながら更に踏み込んでオプディウス2に接近する。
「シャ・イ・ザァァレェェ! エンブレムッツ!!」
叩きつけられた裏拳は発光し、オプディウスの装甲をひしゃげ、打撃点に所々が尖った形状の円と、Dの文字を焼き付ける。
凄まじい力だった。源五郎とやらが大声をあげる中、オプディウスはまるで紙細工のように転がっていく。
「こ、こんな力が……シャイザレオンに?」
「ふっふっふ……前にも言ったでしょうが、ディジーフィルは“慣れる”って。戦闘の緊張感は嫌でもあたしたちをひとつにするわ。そうして最高出力をあげていけば、ディジーフィルは“それを覚えて”慣れる!」
それは限界値の上昇、能力値の拡大を意味し――つまりシャイザレオンは、戦えば戦うほどに強くなる。
豪語する凛子に思わず拍手を送るひかる。それに対して笑うのは源五郎だった。
「はっはっは、そうだろう、そうだろうとも、そうだろうともさ! 畜生め――シャンザリオンと貴様らシャイザレオンが戦ったときから、それはわかっていたことなのだ。
問題は、それをどう対処するか――だったが」
言葉を止めて、笑う。どうやら一人、足りないようだと。
言われて悪寒が走る。ジャンク・スターがなにかシャイザレオンに対する対策を練っていると言うなら――津達だ。津達が危ない。
「凛子!」
「うるっさい! とっとと決着、つけりゃあいいんでしょーがっ」
そうもいかん――源五郎の言葉に、思わずオプディウス2を見上げる。それはゆっくりと上昇しながた、頂上部に二本のアンテナのようなものを伸ばした。低部にも似たようなものが突出し、光りの幕を作り上げる。
「これを観ろ!」
それが映像だとわかったのは、しばししてからだった。
不安そうに辺りを見回す者、不安に耐えられず泣く者、焦燥感に駆られて怒る者――様々な人間の表情を順繰り映して、空中に浮かんだ映像はズームアウトしていく。
「……こ、この制服って――まさかッ!」
「ふっはっはっはっは! そうよ、その通り! 葉月中学校のほぼ全生徒は、我らがジャンク・スターが預かったわァ!」
この悪党め――、凛子さえも苦々しく呻く。基地に残った職員がこの光景を観て葉月中学校から父兄へ連絡、残念ながら本当のことだと告げられる。
“シャイザレオンと遊ぼう!の会”というものはただの餌、人質を、うまくいけばシャイザレオン・パイロットを捕らえるための罠だったのだろう。空中に映し出された映像には、未だ不安そうな生徒らの顔が残っている。
その中に自分のクラスメイト、そして栗山 祥子を認めてひかるは声をあげた。
「さぁて、それではこの意味がわかったところで、我らが正義を阻む輩よ! 消えて貰うぞっ!」
頭頂部が展開し、見覚えのあるアームが露出、巨大なミサイルの弾頭がシャイザレオンを捉える。
思わず呻くひかる――しかしそれに対して、凛子は大胆不敵に笑みを浮かべ、オプディウスに指をつきつける。
「ふん、人質をとっておきながら、正義、正義と振りかざす貴様らこそが悪! あたしのシャイザレオンは、脅しになんて屈しないわ!」
「……へ?」
「ち、ちょっと!?」
思わず慌てた源五郎とひかるを無視し、右の拳を掲げる。傾き始めた陽を背に浴びて、影で黒に染まりながらもバイザー越しにその目を、そして“D”の文字を青く輝かせながら佇むシャイザレオン。
凛子の掛け声とともに攻撃態勢へ移ったシャイザレオンを慌てて制す。
「ま、ままま待て待て、待てったら! 人質がどうなるかっ――」
「ふっふっふ、今の合成映像の技術は素晴らしいわ。彼らが本物という保障はないっ!」
「取ったじゃん、確認取ったじゃん凛子ぉ!」
思わず泣き声になったひかるに「聞こえない」を連呼しながらオプディウス2との間合いを詰める。
源五郎は慌てふためきながら、「これを観ろその2だ!」と言う、否、叫ぶ。彼の言葉と同時にオプディウス2の体がミサイルを発射したときと同様に伸び、段々状になった胴体に隙間ができる。
しかし、さきほどと違って攻撃してくる訳ではない。疑問符を頭に浮かべながらも攻撃を加えようとする凛子を、源五郎とひかるが慌てて止める。ひかるが止めたのは、映像に変化があったからだ。
さきほどまで態度はともかく大人しくしていた面々が大声を上げている――たなびく髪や制服を見れば、強風が彼らの捕らえられている場所に吹き込んでいるのがわかった。
(それってつまりさ……!)
ズームしたモニターに、オプディウス2の映し出す映像と全く同じものが見える。源五郎は、オプディウス2の胴体部分に生徒らを収容していたのだ。格子のついた広い部屋だが、格子で風は止められない。捕らえられ、閉じ込められ、吹き荒ぶ風に曝された彼らの心情とはいかなものか――
「そんな! オプディウスの中にみんなが閉じ込められていたなんて! これじゃあ、なんにもできないよ!」
「ふっはっはっは! そう、その通り! だから攻撃しちゃ駄目だ!」
「……別に、正義の味方の友人どもなら犠牲になる覚悟ぐらいできてるでしょ……」
『こらあぁぁぁぁあッ!?』
棒読みながらも必死に現状を説明する二人は、物騒なことをぼやいた少女を叱咤する。構わず攻撃を加えようとする凛子をひかると源五郎、基地にいる職員一同や米輔らの説得によってなんとか動きを止めることに成功した。
――さて。
「と、言うわけでッ! 拙者からは攻撃しないから降参して、とっととその物騒なものから降りてくれ!」
最早、人質もなにもない。オプディウス2はミサイルを持ったアームを収めた。
形式上の単語として人質があるだけで、懇願する源五郎の言葉を断固拒否。硬直した両者に、源五郎は不気味な笑い声をあげる。
「ふっふっふ……余裕をかましていられるのも今のうちだぞシャイザレオン! 今! 貴様らのパイロットの一人を我らがジャンク・スターの面々が見つけたとの報告が入ったっ! 捕らえてイケナイ悪戯をしまくるぞ! そんなの嫌だろう!」
「ふーん。勝手にすれば? あたしにも舎弟にも関係ないし」
「……凛子……」
「えぇー……本当にチームなの君たち」
思わず呻いた源五郎。
このメンバーの中で危機感の溢れる悲鳴をあげているのは、人質となった生徒だけだった。
そんなやり取りが行われているとも知らず、離れた位置で津達はその光景を見上げていた。シャイザレオンやオプディウス2の行動を観ていれば、嫌でもどんなやり取りがあったかは想像できるのだが。
どちらにせよ、関係はない。
津達はその光景に背を向けて歩き出した。最早、関係のないことなのだ。シャイザレオンも、ジャンク・スターも――関係のないこと、そのはずなのに。
「……なんだよ、てめえら」
唸る津達の眼前に、スーツ姿の男女が立っていた。どこにでもいそうな親父、青年、おばさん――どう観ても、社会人と呼ぶに相応しい面々が、彼に対して敵意を剥き出しにした視線を向けている。
「津達くんだね? 一緒に来てもらうよ」
言葉と同時に飛び掛ってきた中年の男性を殴りつけ、いつの間にかこちらを囲むように立っていた彼らに戦慄する。
もしかしなくても、ジャンク・スターの連中か――!
手に持っていた鞄でがっちりとした体格の青年を殴りつけ、無理にでも囲いから逃れようと体勢も低く走る。しかし、簡単に襟首を掴まれて押し倒されてしまう。
次々と上に圧し掛かられ自由の利かない体――一人が津達の手を後ろに回させ、両手の親指をプラスチック製の器具を使って固定する。
「なんだよ、てめえらっ……離せよ! 俺はもう、シャイザレオンになんか乗らない、関係なんてないだぞ!」
「……知らんね、そんなことは。関係ないさ、君はあれに乗ったんだ。また乗らんとも限らない――」
自分で選んだんだろうと、男が笑う。その言葉が、朝にも受けた言葉と重なって聞こえて、津達は唸り声を上げた。必死で拘束を解こうとするその体を押さえつけ、足もビニール紐で縛り上げられる。
そろそろ迎えの車が来るだろう。
男の言葉。それと同時に彼らへ近づく車がひとつ。津達は、あれに乗せられるのかと顔を上げると、そこから降りてきたのは彼が今、一番に見たくない男だった。
「っぶはッ、なぁんて様だよ津達。えぇ~?」
心底に楽しそうな声で下卑た笑い声を上げる男――宗平。これはお前の差し金かと、顔を押さえつけられながら、目を充血させて津達が怒鳴る。それさえも楽しそうに笑う男に、訝しげな視線を走らせる一同。
彼らの中で、一番体格のよい青年が、宗平の前に立つ。
「おい、あんた――」
「あぁ?」
不機嫌そうな声――を、喋るより一瞬早く。
彼の拳が青年の鳩尾を貫いた。
『――……ッ!』
衝撃が走る。
声もなく崩れ、地に伏して唸る青年に対して「年上には敬語だろ」と吐き捨て、宗平は首を捻り、両の拳の骨を鳴らしながら太い笑みを浮かべた。スーツを脱ぎ捨て、筋肉質なその体を強調するようにきつく巻かれたネクタイを緩める。
その彼の肩に、台形の形の奇妙なロボットが姿を見せた。
「おい、てめえら。ジャンク・スターだかなんだか知らんが、この俺の目の前で弱い者イジメは好かんなァ」
「……なんで……」
津達から離れて身構える彼ら――少年は、宗平を見上げながら疑問の言葉を漏らす。その疑問には「てめえで考えろ」と冷たく突き放し、身構えた面々を一瞥する。
ふん、と鼻で笑い、拳を構えた。
「俺は弱い者イジメは観るのもするのも好きじゃねえ。勝つ自信のある奴だけ、かかってきやがれ」
自分の腕に、絶対の自信を持つ。そしてその自信を孕ませたその言葉が、彼らを貫いた。言葉だけで逃げ腰になる者もいたが、大半はそれに反応するように敵意を濃くしていく。
鬱陶しそうに肩に上ったPちゃんを津達に投げつけると同時に、殴りかかってきた男の画面を撃つ。それを皮切りに次々と飛び掛る彼らに対して、宗平は拳を振り続けた。
拳が走り、男たちの顔面を貫く。一撃一撃が速く、重く、すれ違い様に気絶する彼らの姿に思わず津達が同情するほどに、力の差は歴然であった。女に対しては腹を殴るくらいの分別があるほど、冷静に。
やがて粗方片がつくと、宗平を囲むように三人の男が立つだけだ。離れた場所から駆け寄るのでは次々とやられるだけだと、彼らは廃墟となった町から角材や石などを持ち上げていた。
同時に攻める――そんな意志が見て取れる中、その視線に曝されながら男は拳を下ろして溜息ひとつ。
「どうした、そんな“もの”が戦えないのか、負け犬どもめ。勝つ自信のある奴だけ、かかってこいと言ったろうが」
「う、うるせえ。俺たちは――俺たちは負け犬なんかじゃねえッ!」
“負け犬”――この言葉が彼らの琴線に触れたようで、悲鳴にも近い声をあげて襲い掛かる男たちに、宗平は「馬鹿が」と嘲笑した。迫る角材を拳で砕き、石を持ち上げた男には振り返りもせずに腹を蹴り、残った男に頭突きをかます。
完全に制圧すると、宗平は唾を吐いて、寝転がる津達に歩み寄る。
「……触んなよ」
「…………」
「――おい!」
津達の言葉を無視し、拘束を解く宗平。少年がそれに対して吼えると、今度は宗平が「黙っとれ!」と吼えた。
戒めを解き、蹴り起こす。横でわしゃわしゃと忙しなく足を動かすPちゃんを見下ろして、津達は思わず笑った。
情けない――、口でなんと言えても、結局自分はこの程度なのだ。大嫌いな奴の手を借りないと動けもしないのかと。
「いい様だな、津達よう」
宗平の言葉に、思わず舌から睨みつけた。その頭を思い切り踏みつけ、地面に叩きつける。
呻く津達――その頭に容赦なく体重をかけながら、彼へ語りかける。
「聞いたぜ、兄やんから。てめえまた逃げる気かよ?」
「逃げる? ……なに言ってやがる、俺は――」
口を開いた津達に対して、宗平は「よいしょ」と体重を更にかける。少年の口から漏れた悲鳴に満足そうに頷いて、転がった姿勢からシャイザレオンを観るように言った。
彼の視線の先で、シャイザレオンは沈み始めた赤い陽の光りに照らされて、夕焼け色に染まっていた。
「見えるか? 見えるだろ? かぁっこいいねぇー、どこぞの誰かと違って」
「……う、るせ……」
「わかるかよ、あいつら。頑張ってんじゃないの、お前なんかと違ってよぉ」
「うる、せえ……!」
「てめえは前となんにも変わっちゃいねえ。妬み嫉み、んなのかぶるのが嫌で逃げてるお前はな!」
「うるせええええッ……!」
全身に力を込める。押しかかる重圧をはねのけるように、しかしそれから抜け出せずに――
津達は、気づけば泣いていた。涙を流し、食いしばった歯から息が、嗚咽が漏れる。
――裕福な家柄を批判されて、津達はそれに反発したことがある。しかしそれは火に油を注ぐように、更に強い形で批判を繰り返された。家を、自分を、家族まで――、彼にとってそれ以上の苦痛はなかった。屈辱はなかった。
それを聞きたくない一心で家を飛び出した津達。しかし、現実はどうだ。結局、家に――叔父である宗平に育てられ、粟実という名に怯えているだけだ。
(今朝だって――俺は……、俺は本当は……本当は……!)
自慢したい。子供っぽくったっていい。ただ、誰かのために役立てたこと、この町のために戦ったこと、人を守れたことを、誇りたかった――
「……妬みも嫉みも、跳ね返せるような男になれ。泣きたきゃ泣け、嫌なら断れ!
――だがな! 逃げるのだけは許さん!!」
強くなれ――、宗平の言葉が胸に突き刺さる。
津達は思わず吼えた。ただただ声を上げて、宗平の戒めを解くべく両腕に力を込める。食いしばった口の端から涎が漏れても、見開いた目に砂埃が入っても――見苦しくても、例え泣いていても。
「――ううぅぅうぐああぁぁぁぁあああァァっ!!」
動きが停止してから、どれだけのときが経っただろうか。両者が額に汗を浮かべる中、動くのはやはり――
「だだだ、だから駄目だってええ!」
「なんでよ! 行かせなさいよ! いいから行かせろひかる! その“強制拘束ボタン”の連打を止めろ馬鹿ぁ!」
さきほどから、ずっとこうであったりする。
米輔から強制拘束ボタンという、シャイザレオンの操縦信号を完全無効化するボタンを告げられ、凛子の強制拘束解除ボタンとの連打のし合いになってしまったのだ。
いい加減に疲れただの、腱鞘炎になるぞだのとのたまう中、源五郎は溜息をつく。人質の生徒たちも彼らのやり取りに呆れた――もとい、現状に慣れてきたようで、冷静に落ち着いている。
(……なんで連絡がこないのだ! いくらあいつらでも、同じチームだ、実際に人質にとられたことを知ればきっと考えも変わるだろうに――)
思いながら、思わず口角を上げる。
いいや、これはすでに我々の、小さな小さな勝利なのだと。
(この勝利こそが我らがジャンク・スターの第一歩、ついでにシャイザレオンをブッ潰せれば我らがジャンク・スターの第二歩!
しかし、すでにこの時点で、“俺たち”の勝ちなのだ!)
思わず高笑いになりそうなのを慌てて止めて、心中の愉快さを押さえ、彼らの慌てふためく様子を静かに見守る。しかし――
「……ん?」
オプディウス、オプディウス2はその巨大なコックピットの全周囲がモニターとなっている。眼下に広がる光景に動く物があることに気づき、注視する。
それはひとつの黒い車――
「……うっはっはっはっはぁ、でかしたぞ諸君! 連れて来てくれたのだな? ああ、いや待て通信がない……故障か? もしもし、もしもーし!」
「……う、し、嗣畑さん……」
苦し紛れの声に、今度は源五郎が慌てる番であった。いまだボタンの押し合いをしている少年らを無視し、通信機にかじりつく。
荒い口調でなにがあったかと問い質す源五郎に、通信相手は「作戦失敗です」と告げた。
「……な、なぁにいいい!?」
そんな展開を知る由もなく、凛子とひかるは仁義なきボタン争いを繰り広げる。
「ぐ……、舎弟、あんたいー加減にしなさいよ。わかった、譲歩するわ、後で5円チョコあげるから!」
「なにそれ、やっす! てか人の命はお金じゃないんだよ!」
そんなことよりも、とひかるはウェポン・キャリアー=ターバリアンを出撃させて隙をつくのはどうかと提案をする。しかし、武装の施されていない、そしてシャイザレオン用の追加武装もない中で出撃させて隙はできても、どうやって人質を救出するのだと哂われる。
ならば――、とひかるは、さきほど凛子が説明を省いたSFFならどうだと噛み付いた。
「だぁーかぁーらぁー、見た目ショボくて使う気しないっての!」
「知らないよ、使ったら案外、目立つかも知れないでしょ! どんな武器なのさッ」
「あぁーもう! トーチよ、トーチ! ファイヤートーチ! 溶接機械!」
「溶接――?」
ひかるの頭の中に、茶色いマスクを片手で押さえ、激しい光りと音を放ちながら鉄を切断する作業員が思い浮かぶ。
――そう、“鉄を、切り裂く”。
「それ、それだ! あるじゃん完璧ばっちしな武器が!」
思わず叫んだひかるに、いまだボタンは連打しながらも凛子が冷笑する。そんなものを使えば人質が悪戯に傷つくだけだと――、そして、それならばなにも感じないまま、シャイザレ・ビームの一撃で消し飛ばしたほうが彼らのためだと暴論を吐く。
「い、いや、だからぁ!」
「――その話、ノったぜ」
『――ッ!』
低く唸るような声。粟実 津達の声である。
思わず歓喜に近い声でその名を呼ぶひかるに、今更なにをしにきたのかと冷たくあしらう凛子。
「ふん……別に、ただお前らがあんなのに苦戦して、見てられなくなったんだよ」
「……言うじゃないの」
不適な笑みを浮かべる。
どこにいるのかと問う凛子に、Pちゃんの所在地をそのままレーダーに表示させる職員たち。それを頼りに、こちらへ近づく一台の車と、その窓から身を乗り出し、通信機のようにPちゃんを握る津達の姿があった。
「津達みっけ!」
「よし、じゃあ分離してくれ! すぐに乗り込む!」
了解と頷くひかるに対して、命令するなと、しかしながら嬉しそうに凛子が言う。
いまだ混乱していた源五郎がその動きに気づいたのも束の間――シャイザレオンが分離する。
「き、貴様らぁ!」
伸びた胴体からミサイルを放つオプディウス2に対して、AメカだけでなくBメカが突撃、機銃によりミサイルを迎撃する。さすがにひかるは凛子ほど前に出なかったが、ミサイル数がさきほどよりも少なかったことで勇敢な行動に出たようだ。
道は開いた――、そう言いたげなひかるの顔に思わず凛子が吹き出し、自動操縦のCメカが地を走り抜ける。
いよいよだ。
いったん体を車内に戻し、邪魔になったPちゃんを助手席に置く。そしてまた窓から車の外に出ようと身を乗り出した。津達は、車を運転する宗平に振り返る。
「……叔父さん、俺、あんたのこと嫌いだけど――それほどじゃないぜ、今だけは」
「……ふん」
俺は大ッ嫌いだよ――、と語りげな横顔に思わず苦笑し、車外へ体を出す。津達はそのまま車の天井に張り付き、すれ違い様にCメカに飛び乗った。
すでに開いていた操縦席に乗り込んで、一息つく。
「――、はぁ……! 待たせたな……!」
「津達ぅ……もう俺、指が痛いよぉ!」
「情けない声だすな、ひかる! ――津達、あんたさっき、話に乗るって言ったわね?」
モニター越しに厳しい目を向ける凛子に、津達は頷いた。不適な笑みを浮かべるその表情に、ひかるも、凛子すらも思わず目を丸めた。
なんか――感じが変わったね。
ひかるの言葉に、「気のせいだろ?」と視線をそらす。その顔は擦り傷だらけで、なにがあったのかは知らないが――靴底の跡を見つけてひかるは思わず吹き出した。
「え……エスエムしてたの? しかもM!?」
「なっ、なに言ってやがる!?」
慌てる津達を尻目に、いまいち話を理解できなかった凛子はシャイザレオンへの合体を宣言する。騒ぐひかるを押し黙らせて、彼らも合体へ移行する。
そうはさせじとばかりに、今度は最初と同じ量のミサイルを放つ――だが。
“今”ならば怖くはない――!
「行くわよあんたらッ! シャイザレ・スクランブルッ!」
『ゴォォーッツ!!』
三人の声が重なり、三機のメカが縦一直線に並んだ。ミサイルにロックされたCメカに向けて一直線にAメカ、Bメカが急降下する。
風を貫き、赤い陽光も貫き、身を起こしてこちらを待つCメカに突き刺さる。
同時に鳴動する機体――全身を振動させ、漲る力が彼らを揺さぶる。
「す、凄い……!」
「シャイザレオン――、あんた、鳴いてるの? そう、か――これは、雄叫び!」
「シャイザレオンの雄叫びか……! いいじゃねえか!」
「行くわよお、シャイザレオン! ひかる、シャイザレ・バルカン! 津達はシャイザレ・ミサイルにシャイザレ・キャノン、よろしくゥ!」
『了解ッ』
小気味よく答えて武器を構える。背部へ回った翼を構造上、無理のないようきちんとではないが展開し、Aメカの武器である機関砲を、胸部についた機銃が、膝部分に追加されたキャノン砲、そして脹脛に格納されたミサイルが一斉に開き、前方――迫り来るミサイル群の壁へ向けられる。
「シャイザレ・グランド・ファイアァアアッ! いっけぇぇええ!!」
火力と火力のごり押し勝負。各メカに搭載された銃型コントローラはひとつだけであったため、さきほどはキャノン砲を撃てなかったが、今は違う。
凛子とひかるは銃型のコントローラを、津達はロックオンサイトのついたグリップと銃型コントローラを同時に構え、トリガーを引く。
迫り来る白煙に火の華を咲かせて、凛子の哄笑が響いた。轟く爆音の中、生徒たちの悲鳴が響き――
「……、や、やったのか……?」
残るは静寂と白煙のみ。生徒を収容している部分を見えるように開いていることから、彼らを落としてしまわないよう迂闊に動くこともできない。ざわつく心を抑えるように胸に手を置いて、小太りの体を揺する源五郎。
そんな彼の目が、夕日よりも赤い光りを捉えた。そう、消えかけた夕日よりも、赤く、強く――
「やってみせろ、津達!」
「うおおおおおおおおおおおおおッツ!!」
雄叫びと同時に、シャイザレオンが白煙を引き裂き踊り出る。
凄まじい音を鳴り響かせ、左手から――左手の指、その全てから炎を噴き上げて。
「伏せていろ、今、助ける!」
宣言し、了解を待つことなくその手をオプディウス2の装甲へ叩きつける。――こんな程度の衝撃でオプディウスが揺らがないことは、彼らが一番良く知っている。
そしてこれこそが彼らの狙いでもある。並大抵のことでは揺れず、囚われた彼らを落すこともなく――
「シャイザレファイヤァァァッ、フィンガアァァー!」
噴き上げる炎が火花を散らし、オプディウス2の装甲を易々と溶断する。
驚きの声をあげる源五郎――この距離ではミサイルを撃つこともできない。
(こ、こいつら――拙者が人質を攻撃できないと知ってて……!?)
ここまできて気づかない奴もいないだろうが。
黙りこんだ源五郎の考えを見抜いたように、嘯く津達。唸る彼の視界一杯に映ったシャイザレオンが、穴の開いた装甲に右手を突きこみ、左右に引き裂く。
「う、ぐ……ぉおおおっ」
ぶ厚い装甲を引き千切り、オプディウスの脱出装置のついていたと思わしき上部を切り離す。
見事――見事だ。
源五郎は悔しげに叫ぶと、切り飛ばされた上部から飛行機型のメカで脱出する。
そのまま飛び去る戦闘機を見つめ、ひかるは焦りを隠しもせずに声を上げた。
「くそ、あいつッ。今度ばかりは逃がしてられない!」
「わかってるよ、けどな、まずはこっちが先だ」
淡い青の光りを放ち、鳴動するシャイザレオンの支えるはオプディウス2。圧倒的な質量差をものともせずに支えるその姿、力強さは職員たちから感嘆の声を、生徒たちには安堵の声を漏らさせた。
真ん中でじっとしてろ――、津達は言うと、ゆっくりと下降していく。集中力を欠くことなく、そしてオプディウスの操縦席等を水平に保つ機能から、無事地上に辿り着くことができた。
津達は水平を維持する能力がまだ生きていることを確認すると、ゆっくりとオプディウスを横倒しにしてSFFにて更に溶断、取り出した檻を、ゆっくりと地面に置いた。
「……津達――」
「先に行ってろ。俺は、みんなを守る。基地の奴らが迎えをくれるまで、まだジャンク・スターが諦めたとは限らないからな」
津達の言葉に、わかったと短く了承して、凛子とひかるは分離、AメカとBメカにわかれてさきほど脱出した源五郎を追う。
それを見送り、津達はCメカを装甲車へと変形させ、生還を喜ぶ彼らの元に向かう。
「……! 津達、お前――やっぱり、さっきの声は……」
彼と同じクラスの者は驚きを隠せない様子で。
しかし次の瞬間には、歓声を上げて彼に駆け寄った。無事に助けてくれたこと、敵を撃退してくれたこと、そしてなにより、シャイザレオンという巨大ロボットを操縦しているのが自分たちと同年代であることに興奮していた。
津達は駆け寄った彼らに思わず苦笑して、褒められることになれずに照れたようだったが、全身を触られ始めた頃には焦りが見えた。
「お、おいっ、お前ら!」
「そうらみんな! 英雄を胴上げするぞ!」
『おーッ!』
「よ、よせって、おい! あのなぁ……!」
空中に放り投げられ、少年も少女も並ぶ中で津達が抗議の声をあげる。
しかし彼は、恥ずかしそうにしながらも――はにかんだ笑みを浮かべていた。
一方、逃亡した源五郎を追う二人は、付近をそれほどの速度もあげずに飛んでいた彼の飛行機を視界に捉える。
「見つけたぞ源五郎! このエセ忍者め、絶対に許さないぞ!」
「ぬぅ! もう追ってきたか」
舌打ちし、速度をあげる。
逃がしてなるものかと速度を上げ、珍しく闘志を漲らせるひかるに凛子は目を丸くしていた。
少年はそんな様子に気づかず、悪態を吐きながら源五郎を追い上げる。
「大人しく捕まれっ、もう逃げられないぞ!」
「ふ――それはどうかな……?」
なに――、いきなり余裕の色を見せた源五郎に眉を潜め、同時にモニターに表示される“ROCK”の文字。それと同時に通信が入る。
背後に二機の戦闘機が現れた、と。
「伏兵……! 罠ってヤツ?」
「なにをノンキな……! じゃあこいつ、わざと追いつかれたのか」
今頃気づいても、もう遅い。
哄笑を上げる源五郎に合わさるようにミサイルが発射される。ひかるはメカの出力を限界まで上げてそれを振り切ろうと必死になる。複雑――と言うよりはめちゃくちゃな軌道でBメカを左右に揺らすが、そんなものでかわせる訳もなく――
しかし、稼いだ僅かな時間が功を奏し、あわや直撃といったところでAメカを追尾するミサイルを撃墜した凛子が、ついでとばかりにBメカにまとわりつくミサイルも撃墜する。
助かった――、涙目でお礼を言う少年に対して、「舎弟を救うのも親分の役目よ」と視線をそらす。
「……あれ? もしかして、照れてる?」
「――うるっさい!」
「ふはははは、見事、やはり見事としか言いようがないなぁ、シャイザレオン――いや、シャイザレオン・パイロットよ!」
それでこそ、それでこそだ。我らの夢を叩き潰しただけのことはある。
源五郎の言葉に合わせるように、他の男たちの声が響く。
「そう、我らが悲願――しかしそれも、すでに成功だ。我らの勝利は決定された」
「後は……貴様らシャイザレオンを叩き潰し、我らの勝利に華を添えさせてもらおうかッ!」
この声は――、ひかるが思わず叫ぶ。最後に加えられた言葉、それを発する男には覚えがある。最初にオプディウスに搭乗してこの町を襲った人間――
なんの勝利か知らないがと、凛子は言う。
「このあたしに手を出した以上、華どころか泥ぉなすりつけてっ! あんたたちの勝利とやらも惨め~な敗北の二文字に、塗り替えてやるわよッ!」
「できるかな……? 拙者たちの絆の力を、今こそ見ろ!」
貴様らとは違う、二十数年の絆をな!
源五郎の言葉と同時に、ひかる、凛子の後方に張り付いていた戦闘機が散開、急上昇する。
「ゴォオオオ!」
「ゴーッ!」
「ゴォォォォオオウッ!! トップ・スリィィィィイ!」
口々に叫ぶ面々――そして。
赤く、黒く、斑に染まった大空で、黒いエネルギーの火花が飛び散った。
そのエネルギーには嫌でも見覚えがある。思わず呻いたひかる、凛子ですらも声を出せずにいた。――そして。
「ユナァァイツ・コンバイィィイイン! ガン、バルディアッ、スリィィィィイイッ!!」
オプディウスのパイロットであった男、宮崎 茸人の言葉と同時に舞い降りる者――二本の足に二本の腕、スマートな外観を見紛うことのない、間違えようもあろうはずのない、人型機動兵器。
大きな白い翼を羽ばたかせ、地平線へと消えゆく陽が最後とばかりに放った強い光りよりも赤い装甲、左腕に装備された丸い盾と右手に持つ剣が特徴的なロボット。これは――
「合体……? 変形合体ロボ!?」
「――なっ、ななななな、なんじゃそりゃあああ!」
凛子とひかるが驚愕を現す。思わず口を開閉させながら叫んだ少女に対して、茸人は笑った。
これぞ究極の力、シャイザレオン打倒に生み出されたジャンク・スター決戦兵器――
「ガンバルディア3だ! そして、このAガンバルディアでお相手しよう」
いくぞ、シャイザレオン・パイロットども。
男たち三人の笑い声とともに、陽の光りは完全に消えて、黒い闇だけが場を支配していった。その闇すらも凌ぐ、濃い黒のエネルギー体がAガンバルディアを包み込む。
絶望した瞬間はと聞かれれば、迷わずこの瞬間を答えるだろうなと――そう思わせるに相応しい姿だった。
今、シャイザレオン・パイロットとガンバルディア3・パイロットたちとの、戦いの幕が落とされる。
いかがでしたか。段々と熱くなっている気はするんですが、前置き長すぎですね、はい。
けれど話を短くできない私の未熟さorz
それはさておき、記念すべき“シャイザレオン 〈上〉”のターニングポイントです。〈上〉は全五話ですので、残り二話ですね。
次回は戦闘が最初にくるだけあって、まだエンジン全開な気分になれるはず……
今回では津達がクローズアップされたので軽く主人公っぽいですが、残り二話、全て親子、というか家族祭りです。シャイザレオン・パイロットはみんな主人公です。
それでは、また次のお話で、読んでくだされば嬉しいです。