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激闘、兄弟ロボ!

今回の話は以前にも更にまして文字が多いです。

正直、一話もそこまで長いと思ってはいませんでした……楽しんで書いてましたので。楽しんでいるのが自分だけだったら申し訳ありません。

今回は長いですので、時間があるときにどうぞ、お読みください。

 じわじわじわじわ。

 蝉の鳴き声が耳に障る。顎から滴り落ちる汗に苛立ちながら、津達(シンタツ)は唸った。目の前では、眉根をよせて、まるっきり小ばかにしたように笑みを浮かべる少女、米沢(ヨネザワ) 凛子(リンコ)がいた。

 彼らが挟んでいるのは、将棋板。それをひょい、と横から覗いたひかるが素っ頓狂な声をあげる。

「うわ、なにこれ? 王将以外に残ってないじゃん!」

「うるっ、せえ! どっか行ってろ稲葉(イナバ)!」

 即座に噛み付いた津達に、必要以上に肩を震わせるひかる。そんな姿を見て、さすがに哀れに思ったか罪悪感の沸いた津達は、怒鳴って悪い、と謝った。しかしそこに口を挟んできたのは凛子である。

「謝る必要なんてないのよ、こんな貧弱糸コンニャクの種無しヤローなんて」

「……あんたの頭の中じゃあ、俺はもう種無しで固定されてるのか」

 思わず半眼で呟いたひかるの言葉をさらりと流し、凛子は将棋板の横に置いてあった五百円玉を二枚手に取ると、にやりと笑いながら財布にしまう。

 そんな凛子に、勝負は終わってないぞと津達が声を荒げたが、引き際も肝心だとばかりに笑って手をひらひらと振りながら、上機嫌に鼻歌などを歌いながらこの部屋の外に設置されている自販機に向かって歩いて行った。

 それを見送りながら、思わず舌打ちしてひかるに目を向ける。

「――なあ、稲葉。お前、どう思う?」

「うーん……黙ってれば可愛い……気がしない、でもない、かな? なんか頭も実はよさげだし。いやまあ、けどあの性格だし俺は――」

「違う。シャイザレオンのことだ」

 べらべらと喋るひかるを半眼で見やり、椅子に背をもたれさせる。簡素なパイプ椅子がぎしりと軋んだ音をたてた。

 ここは彼らの通う葉月(ハヅキ)中学校グラウンドの地下であり、米沢(ヨネザワ) 米輔(ベイスケ)、凛子の二人が秘密で設けた地下施設である。三日ほど前に彼らは初めてここに入ったが、その後はごたごたしていてすぐに自分の家へと帰っていった。巨大ロボットの襲撃という、まるでアニメやなにかの世界のような出来事に、世間に走った衝撃は凄まじかった。被害も相当なものであり、復興作業にかかる期間はゆうに一年を超える。そんな状態で、この秘密基地とやらにやってくる時間は二人になかったのだ。

 もちろん彼らは日常生活の影響を考え、シャイザレオンに搭乗していたのが自分たちだと誰にも話してはいないし信じてもらえるとも思っていないが、個人で所有するには出すぎた戦闘能力を持つこの“兵器”が実用段階に達したことに関して、凛子は今にもマスコミ各社に声明文を出すという勢いだった。

「あんなモノに乗ってるって知られたら――いや、それよりも、だ」

 津達は思い返す。あのオプディウスと戦闘している最中、なぜあれほど劇的にシャイザレオンの能力が上がったのか。腕一本であの質量を止めるどころか叩き落す当たり、すでに実現できるレベルには思えなかった。今は米輔がシャイザレオンの調整中だと聞いたが、各関節系に異常が出ているだけで、外装も軽微な損傷ですんでいる。

 唸り声をあげる津達に対して、ひかるは至って暢気に「すごいロボットだ」と言いながら伸びをする。津達が呆れたように口を開くと、タイミングよく扉を開けて赤い花のプリントも新鮮なシャツを着た米沢 米輔が部屋に入ってきた。

「やぁー、諸君。私と生身で対面するのは初めてだね。改めて自己紹介しよう、私は――」

「別にどーでもいいから、あのロボットのことを教えてくれ」

 真っ白い髭を指先でいじりながら満足げに語り始めた米輔をばっさりと切り捨てる津達。簡素な、まさに待合室といった部屋の中に米輔のすすり泣く声が響き、それに同情するようにひかるが背中をさすっていた。

 ひかるの同情が功を制したのか、即座に気を取り直した米輔は、にやりと笑いながら腕を組む。

「わかってる、わかってる。あのシャイザレオンの名前だろう。あの名はな――」

「聞いてねーよ貧相なサンタクロースが。俺が聞きたいのは、なんであのシャイザレオンがいきなりパワーアップしたかってことだ」

 ついでに、あの苦労したときにお前はなにをしていたんだ、とも。米輔は慰めてほしかったのか、ちらりとこちらに興味の目を向けるひかるを見て溜息をつく。

「あのときは通信しようとしたんだ、けど、その……椅子で回りすぎてて平衡感覚がつかめなくてなぁ……通信機器にコーヒーこぼして壊しちゃった。テヘ♪」

「……じいさん……」

「あ。いやちょ、たんま、拳を握らないで! あ、もひとつ、もひとつの質問ねっ。ねっ?」

 壁によりかかり、精一杯に逃げの格好をする哀れな老人に、怒りも覚めやらぬまま椅子に腰を下ろす。

 米輔は再び咳払いをすると、ぴくりと動いた津達に対して大げさに体を震わる。そのまま、申し訳なさそうに俯き加減で喋り始めた。

「シャイザレオンを動かしているエネルギーは“ディジーフィル”と言ってだな、ディジーフィルは少ない量で膨大なエネルギーを生み出す、いや、増幅させるそれはそれは素晴らしいもので例えるなら――そう、電気みたいなものだ!」

 特に面白いのは、これが人や生物の感情に過敏に反応するということだ、と笑う。

 津達とひかるは思わず顔を見合わせた。ここでまた、自信がついたように満足そうな笑みを浮かべながら、したり顔で説明を始める。ここで米輔は、隣に立っていたホワイトボードを引っ張り出した。

 「シャイザレオン・必殺技集」と大々的に書かれた文字をかき消して、円を描き、中に人を、そしてその周りに縦線をいくつか描く。

「これが、簡単なディジーフィルの構図ね。あ、木とかも付け足しちゃおうか」

 言いながら、簡素な木や海、太陽を描いていく。米輔はこれらをマーカーで指しながらこちらに振り返った。

「ディジーフィルはこの地球上、いやもしかしたらこの宇宙すらも覆い尽くしている大いなるエネルギーだ。普段は不可視ね。けど、大気中に紛れ込んだこのエネルギーが地中にも浸透していて、木を巡り、地を伝い、空を覆い、この地球上に深く根付いている。これは生物も例外でなく、私らの体にも流れているんだよ」

 素直に頷き感心しているひかるに対して、津達は懐疑的だった。いきなりそんな胡散臭い、と少年の顔が語るのを見て米輔は冷や汗をかきながら目をそらす。

 彼が勝手に始めた弁解によると、元々、熱や光、風などに代わる新たな自然エネルギーを探そうと研究してたどり着いたのが、このディジーフィルだと言う。穀物に対して意味の全くことなる言葉をなげかけることで変化が生じた、という記事を元に彼の中で「人語を解さない植物が、どうしてその意味を知りえたのか?」という疑問が浮かんだ。そこから食物連鎖などの関係や全ての生物の中になにか特別な共通点があるのではないか、という考えが生まれたのだった。

 それを発見するのは、容易ではなかったと米輔は語った。世界全てをとりまくものでありながら、全く見えないその存在は神と置き換えることもでき、まるで雲を掴むような話だったからだ。

「そこで私は考えた! 人の意思、いや、感情でこそ変化が生じ、新たなエネルギーに成り得るのではぁ、ないかと!」

「それで、そのエネルギー採取・検証用に三年前に設計されたのがシャイザレオンだったのよ」

 これまたタイミングよくドアを開き、言葉を次ぐようにして凛子が言った。なぜ自販機があれほどに遠いのかと嘆きながら腰に手を沿え、ペットボトルに入ったお茶をラッパ飲みで全て飲み干すと、満足そうに「カァー!」と声をあげる。

「り、凛子ちゃん、ここ、ここ私の見せ場!」

「最初のシャイザレオンの動力はね、基本は燃料で、後はブースト的な意味合いで力を発揮できるように配線を繋いだ、ただの空箱を設置していたわ」

 米輔の声を全く無視し、凛子はホワイトボードの前にわざわざ机を寄せて、ばんばんと叩く。

 凛子によると、その空箱にはなにかのエネルギーが生じた際にデータを記録するための装置が横付けされていたようだ。結果は芳しくなかったが、何度もそのロボットに乗る内に変化が現れ始めたのだと言う。

「微弱ながらも、エネルギーが感知されるようになったのよ。搭乗者の感情の昂まりと時同じくして、ね」

 見逃してもおかしくないような微弱なエネルギー――

 米輔はそれを発見した際は情けないながらも泣いたものだと、首を縦に振って目じりを拭う。くしくもその日は凛子が産まれた日であり、時間こそは記録されていなかったが、おそらく同時刻だとふたりして嬉しそうに笑っていた。

 それからは早かったと、米輔は目を細める。

「まるでディジーフィルは、私の仮定していたエネルギーは産声をあげた子供のように、ぐんぐんと成長――エネルギーも徐々に強く、強くなっていったよ。まるでエネルギーが人に慣れるみたいでね、同じパイロットが乗って、出力が一定までいくとそのエネルギーは急激に上がった……」

「おじいちゃんはそのエネルギーを安定させるために、この地上の全ての生物を巡るディジーフィルに子宮を見立てたエネルギー回路を造ったのよ。それは見事に的中! ディジーフィルは強力なエネルギーとなって可視化して、遂には液状になるまで“濃く”なっていったのよ!」

 あの時のことは今でも覚えている、と凛子は目を閉じて頷いた。その時の凛子は十歳、すでにその頃からこの性格だったのだろうかとひかるは考えた。

 ――さぞ、友人は少なかっただろうに。

 思わず同情の目を向けるひかるに気づいたように、きょとんとして凛子が口を開く。

「舎弟、あたしの魅力をオカズにして妄想するだけじゃ飽き足らず鬼畜な視姦っぷりね。飢え過ぎよ」

「……いや、え? なにこのいきなり外道扱い」

 ひかるの批判も受け付けずに、なんの話だったかと津達に顔を向ける。津達は、シャイザレオンの能力が強化されたことについてだ、と答えたが、話の流れからすでに答えはわかっていた。

「そういう話か。つまりね、シャイザレオンは正式にディジーフィルを動力として動くようになったはいいけど、人の精神状態に大きく左右されるようになったの」

「……つまり?」

「ズバリっ、強気ならシャイザレオンは無敵になれる!」

 腕を組んでずばり言う凛子に、確かにずばりだと津達は溜息をついた。凛子の後ろで米輔が補足するように説明を繋げる。

 人の感情に反応するエネルギー、ディジーフィルは、主に怒りなどの激しい感情に反応し、それを増幅してエネルギーとする性質を持っている。ディジーフィルはシャイザレオンを巡り循環し、機体内部に満ちているのだ。米輔がディジーフィルを電気のようだと語った意味は、まるでこれらが電流のように、直に触れずともパイロットの体へ流れ込み、循環する輪の一部に、つまり人間と人間を、そして機械を繋げる輪のようになっているからだ、と。

 それ故に搭乗者の感情を常に反応し続けていられるのだ。

「最後、なんだっけ。あの……オッパイウス?」

「オプディウスだ」

「……なにそのわざとらしい間違え方?」

「そうそう、それそれ。とにかくそれに必殺・シャイザレビームを発射したときのタイミング! あれを合わせられたのもディジーフィルを介してあたしとあんたらが繋がっていたからなのよ」

 先の間違いもなんのその。

 常にどこから溢れているのかわからない自信を撒き散らしながら、凛子は言った。その言葉に、今度は津達も素直に頷く。あの瞬間、彼は確かに、自分たちが一体になったと感じることができたほどに、唯一連携できた瞬間だと言えたからだ。

(ほとんど初対面の俺たちが、ボタンひとつ押すだけならともかく、あの動作をな……)

 正面の凛子から隣のひかるに目を移し、納得したように頷く。ちなみにシャイザレオンがパワーダウンするのは、マニュアル状態でのパイロットが弱気・混乱状態で士気が著しく低下した時だと言う。

「それじゃあの時、俺に笑うように言ったのは?」

「あれは舎弟が笑って、テンションがアクションにむりやりついていって結果的に士気が上がったからよ。ああ、それぞれの精神状態、ていうか、A・B・Cメカ三機のパワーはちゃんとモニターで確認できるようになってるわ」

 それじゃあ、練習しましょうと凛子がドアに手をかける。米輔の開発物のひとつに、バーチャルシミュレーション装置があるというのだ。シャイザレオン本体から今は操縦席を外しているため、直接コックピットブロックに乗りながらの練習が出来るのだと言う。

「その内、シャイザレオンに乗ったままでできるようにするよ! 今は二の次ね」

 感嘆の声をあげながら、凛子に続くように席を立つ。ひかると津達が後ろについたところでドアを開く凛子。

 ――その動きが止まる。

「……あ、お邪魔でしたか……?」

 黒いブラウスに白いスウェット。かなりラフな格好をした薄化粧の女が立っていた。胸元が必要以上に開き、戸惑ったような視線をこちらに向けている。

 その女性を見たひかるは顔を赤らめ、津達は微動だにしなかったが米輔は狼狽しながら名前を呼んだ。

「い、伊都子(イツコ)ちゃん! あ、き、今日はダメじゃなかったの?」

「え、ええ、けど用事がすぐに終わったから――」

「――おじィィイちゃぁん? どーいうこと?」

 ひくひくと頬を引きつらせながら振り返る。その形相の凄まじさに、思わずひかると津達は息を呑んで後ずさった。



  〜◇■◇■◇〜



 米輔が目を覚ますまでに、相当の時間が過ぎてしまっていた。米輔によると、女とは携帯電話のサイト、いわゆる出会い系で知り合ったらしく、度々この秘密基地に招いてはシャイザレオンを見びらかしていたのだと言う。

 凛子曰く、こういうことがよくあるらしく、まるで機密にすべき情報だという考えは持っていないのだろうと嘆いていた。

「ああ、諸君。ちなみに正面モニターや側壁モニターの右下にあるメーターがパワーメーターだ」

 腫れた頬をさすり、青く腫れあがった瞼を消毒しながら、血まみれの顔で言う米輔。そんな姿に突っ込むこともなく二人はそれぞれのモニターを確認した。

「……なんか、ひらがなで、えーめか、とか、びいめか、とか、書いてあるんだけど?」

「最初にこのあたしと組む予定だったのが外国からの不法滞在者でね。日本語ってむつかしいでしょ? だからひらがなにしといたの」

「……だから説明書も必殺技とか以外は全部ひらがななのね……英語にしようよ、英語は世界標準語だよ?」

 がっくりと項垂れるひかるの頭にヘルメットを投げつける凛子。ひかるはそれを額で受けて悲鳴をあげるが、落さないようにとうまく受け止めて抗議の声をあげる。凛子は見向きもせずに津達に同じヘルメットを投げてよこし、津達はそれをきっちりと受け止めた。

「このチューブを座席の後ろにあるソケットに差して。このメットはディジーフィルを応用したバーチャルグラフィック・ナンチャラ・カンチャラよ。実戦さながらのシミュレーションができるわ!」

「……米沢さんって、横文字ヘタだね」

 ぼそりと呟いた皮肉も、やはり少女には届いていないようで溜息をつく。凛子の言葉どおりにチューブを差し込むと、二人はヘルメットをかぶった。視界は真っ暗であったが、すぐに明かりが灯る。ヘルメットの内面そのものがシャイザレオンのコックピットブロックを映し出していた。

「わ、スゴイ……横向いたら映像もちゃんと変わってる!」

「まるで現実と遜色ないな……」

「ぬっふっふ、シミュレーションを始めるわよっ!」

 凛子の言葉に慌てて“前”を見直すとメインモニターが点灯したところだった。映し出されたのは見慣れたグラウンド。

 同時に、画面の中の光景が急激に傾き、上へと視点が変わる。

「こ、これって――」

「シャイザレ・スクランブルッ! ゴォォォー!」

「ひええええええ!」

 凛子の言葉と同時に世界が飛ぶんだようにひかるには感じられた。まるでジェットコースターのように急発進した光景は、すぐに大空を映し出す。

「今はシャイザレオンの分離状態よ! オートで光景を見せてるだけだけど、今おじいちゃんが簡易コントロールパネル持ってきてるから、準備できたらやってもらうわよ!」

「や、やるってなにを!」

「合体に決まってんでしょーがッ」

 さも当然の如く答える凛子。ひかるが左右を見回すと、隣に一機、門のへこんだ四角形のような形をした戦闘機が飛んでいる。凛子の乗るAメカだ。

 下に映るのは津達の乗るCメカ――地面を走る装甲車のような形をしている。いや、実際に装甲車かもしれない。ぶ厚い装甲が体を覆い、甲殻類を思わせる重厚感溢れるフォルムだった。

「ちょ、待って! 俺、それがいい! 粟実の乗ってるヤツ!」

「ムリだ。状況判断のできなそうな奴が、障害物の多い地上を走れるかよ」

 ひかるの悲鳴を聞きながらもあっさりとそれを否定し、津達は手元のコントロールパネルの映像を見る。

 がたがたと動くそれは、Cメカの動きときちんと連動しているようで手本になるのだろうと踏んだようだ。ひかるが悲鳴をあげる中、しばらく慣れる様に気ままに飛び回っていたシャイザレオンの各部位は、凛子の合体の一言と同時に、それを行うべく動き始めた。

「――ひっ……? いぃやあああああ!」

 頭を傾け、まっすぐ地面に向かって急降下していくひかるの乗るBメカ。それを地にて待ち受けるのはもちろん、津達の乗るCメカである。中央部の装甲が展開して、後部が持ち上がり、立ち上がる。残りの二機に対して小型なBメカは、側面についていた翼をその体に収めると、背部の大型スラスターを止め、細部に装備された調整用のスラスターでバランスを取りながらCメカに激突、否、合体する。

「Aメカ変形ッ、ガッシィイーン!」

 ふざけた凛子の言葉と同時に、こちらはスラスターを切ることも緩めることもなく、超スピードでBメカと合体、シャイザレオンを傾けさせる。

 揺れた視界にひかるが思わず悲鳴をあげる中、Aメカの翼がシャイザレオンの背後へ回り、中に格納されていた腕が突出、同時にBメカを支えていたCメカのアームを伝い、装甲の一部が細い腕に乗せられて補強される。全ての過程が終わり、シャイザレオンとしての完全な姿を現すと、凛子は上機嫌に「究極無敵、合体ロボ・シャイザレオン見参ッ」などとポーズを決めた。

「どーよ? 見た? かぁっくぃいーでしょうが!」

「……う、う……チビるかと思った……」

「……別にわざわざ、敵の前で合体しなくても、この前みたいに合体したままで出撃すればいいじゃないか」

「ロマンがない男だなぁー! あんたも種無し? がっかりさせまいでよ」

 あんたには期待してるんだからさ、といかにも落胆したような声を出すが、津達は溜息をつくだけだ。

 ――それにしても。

 ヘルメットを外し、値踏みするような厳しい目をひかるへと向ける。ひかるは荒い息を吐きながら、すでにヘルメットを外してぐったりとしていた。

(成り行きとは言え、俺はそんな高度な訓練なんぞしてないし、ましてやひかるに至ってはあれだ……ディジーフィルとかいうエネルギーに“慣れ”があるのはわかったが、なんで俺たちなんだ?)

 米輔に目を向ける。彼は簡易コントロールパネルとやらの取り付けの作業に没頭していて、顔は見えなかった。聞けば答えてくれそうなものだが、津達は単純に、自分たちで操縦したほうがいいデータを得られたのだろうと考えた。

「よーし、取り付け終わったね? それじゃあガシガシいっくわよ!」

「えぇ? そ、そんな……そんなに急ぐことないでしょ、もう敵は倒したんだし」

 だれるひかるに凛子は「甘い!」を連呼した。敵は待ってくれないのだと。

 それに関しては津達も同意見だった。オプディウスという巨大ロボットに乗っていた男は、それを我らのロボット、と言い表していた。そもそもこんなものを造り上げるのに独力というのはほとほと無理があろう。

 ならば、他にもロボットがいてもおかしくはない。

「なあ、爺さん。あんたどうやってこのシャイザレオンを造ったんだ? 費用は?」

「ああ、私、けっこうモテるからねー」

「……、ヒモかよこいつ」

 見下げた態度を隠そうともせずに言うと、津達は溜息をついた。



  〜◇■◇■◇〜



 携帯電話を閉じて、眼下に広がるのは半壊した町並みだった。その光景は、それを見下ろす女の所属する組織の造り上げた巨大ロボットと、それに対抗するべく現れたシャイザレオンとの戦闘の生々しい傷跡だと言えた。

 データはある。

 女は腕組みをしながらにやりと笑う。彼女が乗っているのは巨大な輸送機。先刻からゆっくりと、この半壊した町の上空を烏のように旋回していたが、目当てのロボットが出現しないと悟ると、腰に下げていた無線機を輸送機のパイロットに繋げる。灰色のタンクトップに浮いた汗を気にしながら、出撃準備を整えるよう伝えた。

「悪いなシャイザレオン! 登場早々、引導を渡してやる!」

 機械と機械の軋む音が響く中で、女の哄笑が響き渡った。



 シートが各メカに収められていくのを見ながら、津達は感嘆の声をあげた。シャイザレオンの整備は、これまた米輔の開発した高度な人工知能により管理された機械群による自動整備だった。ディジーフィルのエネルギー搾取だけでなく、シャイザレオンや設備など、あらゆる面で抜きん出ている、まさに天才と呼ぶべきものなのかも知れないと津達は米輔の見方を改めた。

 ちらりと横目でひかるを見て、縦になったレールを滑りながら連結する各メカを見て、溜息をつく。

「結局、できなかったな、合体」

 そう、三人はただの一度も合体を成功させることができなかった。毎回毎回、ひかるがCメカとの連結に臆病風を吹かせてしまい、怯むためにうまくバランス調整ができずにぶつかって弾かれてしまうのだ。

 あまりのセンスのなさ、そうと言わざるを得ない結果に苛立った凛子により、一度などCメカとAメカに挟まれてBメカが圧壊、仮死亡している。

「大体、ある程度は自動調整するのに、なんでああもブレるんだよ。基本は落ちるだけだぞ? あとは手でハンドル少し切ればいいんだ」

「そ、そっちは立ってるだけだからいいかもしれないけど? あれ上から落っこちるんだよ、垂直落下! 九十度、直角だよ! そこらの絶叫マシンの比じゃないって。

 ――大体、こんなの自動パイロットとかなんとかですませればいいじゃん」

「機械にまかせっきりのが怖いだろ。それに、合体中に攻撃されたらどうするんだ」

 分離しなければいいだけだ、と口を尖らせる。

 なんとも気だるい雰囲気を漂わせる二人だったが、今まさに戦闘が始まるところであった。

 合体の練習中に、学校に設置されていたレーダーがこの町の上空を旋回する輸送機を探知、更には機動兵器が降下されたのを確認した。輸送機の時点で気づくべきであったのかもしれないが、米輔はその間、性懲りもなく伊都子とメールのやりとりをしていたため、発見に遅れたのだった。

 早速、米輔に鉄槌を下した凛子は怒り覚めやらぬまま、大股でこちらに近づいてくる。

「とりあえず、ちゃんとした画像はないけど……ほれ」

 写真を投げてよこす。凛子が言ったとおり、ピン呆けしていて詳細はわからなかったが、近くにある建物と比較すると、オプディウスよりは大分小型だ。シャイザレオンよりも小柄に見えた。黒っぽい外観で人型のようだった。

「ふっふふ、今度の敵は人型機動兵器、そしてこちらも人型機動兵器……ぬふ、ぬふひ……これこれ、これよ! これを求めていたのよ、私は!」

 ガッツポーズに高笑い。そんな凛子は放っておき、二人は手元のペダルを踏む。すると格子が外れ、各メカに繋がる通路が床から伸びる。これは便利だとばかりにひかるは手を打ち合わせた。

「とっとと行くぞ、稲葉、米沢」

 津達の言葉にようやっと我に返ったのか、凛子は口元の涎を拭って走り出した。

 三人が乗り込むとシャイザレオンが稼動、心地良い揺れがシートを揺さぶる。――しかし。

「……ん、あれ?」

 徐々に強くなった揺れを疑問に思ったのも束の間で、シャイザレオンを支えていた台座が高速で射出される。まるでピンボールが始める装置のような単純な仕掛けで飛び上がったシャイザレオンは、ひかるの叫びも無視して加速する。

「うわーっはっはっはっはっは! いっけー、シャイザレオン!」

 上機嫌の凛子に対して、津達とひかるは圧し掛かる重圧に耐えるだけだ。やがて、シャイザレオンの頭上に光りが見えたとき、急激に視界が開く。ひかるが下方を見やると、グラウンドに大穴を空けた葉月中学校が見えた。

 本当に、この学校の地下にあるんだなと、改めて実感すると、シャイザレオンは学校から少し離れた場所に着地する。――眼前には、敵がいた。

 黒い色をした、シャイザレオンより一回りか二回りほど小さな体。しかし、そのフォルムは――

「あの敵、どこかで……?」

 津達の言葉にひかるも同意した。妙な既視感を覚えた二人だったが、凛子はシャイザレオンにびしりと指を向けさせる。

「あんた、何者? 待ち伏せなんてやることがセコいのよ!」

 この間は不意打ちかましたけどね、とひかるが呟くが、これもまた当然のごとく無視された。

 しかし、黒いロボットはなにも答えず、身を低くしてシャイザレオンを目指し一直線に走ってきた。それに対してシャイザレオンも身を低く構えさせると、体当たりしてきた敵ロボットをうまく受け止める。

「いよーっしゃぁ!」

 掛け声一発。

 ロボットの足を掴み上げ、脇の下に挟んで固定する。まるで棒切れかなにかのようにロボットを振り回し、回転を始める。

「シャイザアレ・スウィィィィィィイングう!」

 「うわははははは」と大きな笑い声をあげながら空へ豪快にぶん投げる。

 敵ロボットは回転しながら、しかし空中で受身を取ると、背面に搭載されていた大型のスラスターから一瞬だけ火を噴いて体勢を整える。

 驚く凛子をよそに、敵ロボットは空中から飛び蹴りをかます。

「こ、こいつ――!」

 それを腕で防御すると、再び足を捕まえて地面に叩きつけた。

 が、それはスラスターを起動させたロボットにより不発に終わる。シャイザレオンを引きずるようにして飛び上がり、その手から逃れる。

 津達はそれを見越していたようにミサイルを撃つが、空中で旋回しながらミサイルとの距離を稼ぐと、ロボットの両手が折れ曲がり、中から銃身が覗く。手首のあたりから弾倉と思われる緩く曲がった長方形の物体が数本露出する。脚部からもスラスターが覗き、機体が踊るように跳ね回りながらミサイルを次々と破壊する。

 驚いたように声をあげる津達に対してひかるは「向こうのがヒーローっぽい」と発言する。それを聞きとがめたのはもちろん凛子だ。

「こーなったらとことん肉弾戦で……!」

「落ち着け! なんかこいつはヤバイ感じがする……!」

「うん、とっとと片つけたほうがいいと思う!」

「えー」

 二人の言葉に凛子はやる気のない声をあげたが、銃弾の雨がこちらにも及ぶと舌打ちして空中に舞う。

 それに合わせるように手部の銃身を元に戻し、敵ロボットがシャイザレオンに高度を合わせ、加速する。

(――速い!)

「いくわよ、あんたら!」

 直進する敵ロボットに対して、シャイザレオンは高度を固定する。これが彼女にとっての決めポーズなのか、両手を胸の前で交差させた。

「食らえ! シャイザレ・ビームゥゥ!」

 放たれた青い光の筋は、しかし楽に敵にかわされる。

「――って、ちょっと……なんかショボくない? ビームもなんか青いし!」

「出力が足りてないのよ! あと、あたしがやる気なかった!」

 叫びを聞けばわかるでしょ、と八つ当たり気味に言われる。津達がパワーメーターを確認する。横に伸びるメーターは半分に達するか達しないかというところで、凛子のメーターが一番伸びているものの、左右に揺れる幅が一番広い。

「テンションあげろ、米沢!」

「言われなくてもこの自家発電式テンション右肩上がりのあたしが、いつまでもこいつ相手にしてるわけないでしょーが!」

 言っている割にはメーターの上昇率がよくない。彼の目には彼女がいつもと違っているようには見えなかったが――しかしここで、初めて敵機が口を開いた。

「お困りのようだなぁ、シャイザレオン――米沢 凛子!」

『――ッ!』

 女の声。敵ロボットの体当たりをかわすも、続いて放たれた回し蹴りを受けて地面に叩きつけられる。

 すぐさま機体を起き上がらせる凛子に対して、敵ロボットは空中で腕組みをしながらその様子を見ていた。

 随分な余裕だと、凛子は唇を歪める。

「……あんた、何者? この前の奴の仲間ね! あたしの名前知ってんならそっちも名乗りなさいよ!」

 それは違うだろう、とひかるが肩を落す。

 凛子の名前を知っているということは知り合いかなにかのようだが、少なくともこの様子だと凛子に覚えはなさそうだ。――本当に、彼女が覚えていないだけかも知れないが。

「フ――、私の名前なんてどうでもいい。ただこのロボットの名前だけでも覚えていてもらおうか……シャイザレオンの兄弟ロボ、シャンザリオンの名前をな!」

「……兄弟? って……シャンザリオンだかザリガニ・オォォォン! だか知らないけど、いかにもパクりもんみたいな名前で、兄弟とか言ってるんじゃないわよ!」

 力強く、しかし当惑したように凛子が言う。ひかると津達は、ここでようやっと先ほどの既視感の意味がわかった。シャイザレオンに似ているのだ。幾分か装甲が少なくなり、だいぶスマートな風貌に変わっているが、このフォルムはシャイザレオンにそっくりだった。

 そして、ひかるはもうひとつの事実に気づく。

「えっと……この声……も、もしかして伊都子さん?」

 この言葉に、思わず津達、凛子の二人も動きを止めた。そしてひかるの言葉が正しいと証明するように、女――伊都子の笑い声が響く。

「あ、あんた――このためにおじいちゃんに近づいたのね!」

「……そうじゃない」

 ひっそりと、伊都子は溜息をついた。



 山畑(ヤマハタ) 伊都子(イツコ)。彼女はどこにでもいるような、普通のOLだった。――そう、どこの会社にでもいるような、派手な服装を好まない、地味なOL。都会に憧れて田舎から出てきたばかりの彼女は格好のカモと言える存在だった。彼女の周りにいた女友だちも化粧っけの少ない彼女に近づく男も、下心が見え見えだった。

 しかし、彼女はそれに気づかなかった。都会の空気は汚れていたが、地元の噂のように悪い人はいないのだと彼女は思っていた。

 合コンに誘われたときも、男に誘われたときも、上司に嫌味を言われたときも、常に彼女の周りには人がいて、孤独を感じなかったからなのかも知れない。会社でも一生懸命に働いた。しかし、そんな理想の環境も長くは続かなかった。

 どの友達も、自分を輝かせるために彼女をそばに置き、どの男も彼女を便利な女としてしか思っていなかった。彼女は本当に心を預けるべき者などいなかったのだ。

 それから伊都子は段々と自暴自棄になっていった。会社では前にも増して仕事に打ち込むようになったが、夜に町を出歩く時間が増えていった。化粧も濃くなっていき、彼女は自分に疲れを感じ始めていた。

 伊都子は辞表を出した。心身ともに疲れきった彼女は、また田舎に戻ろうと考えた。そこで優しい声をかけてくれたのは、辞表を出した相手、いつも嫌味を言ってくる彼女の上司だった。疲れきった彼女は、上司に身を任せるようになっていった。彼には妻も子供もいたが、いつかは別れてくれるという言葉を信じて――ただ利用される、いつものように便利な女として扱われながらも、彼はきっと、彼ならきっとと思い、信じて耐え続けた。

 けれど、その“きっと”はやってこなかった。男に別れを切り出されても、伊都子はなにも感じなかった。ただ、なにかが終わったということだけは、彼女の心が感じていた。

 それから彼女は出会い系にはまるようになっていった。仕事は相変わらず続けていたが、交友関係も途絶え、ただネットの世界での擬似恋愛を楽しむようになっていった。ある程度会話をし、ある程度の好意を相手にもち、ある程度、現実で話すようになり――体を重ねる。

 そうして、ひとつの工程が終わる。

 彼女にとってこれは遊びだったのか――しかし、彼女は本気だった。本気だったのだ。

 そんなときに出会った相手は、老人だった。子供のような相手だと思っていたが、年齢をごまかしながらもそうまでして女を抱きたかったのかと思ったが、彼は違った。本当に少年のようにまっすぐだったのだ。

 彼、米沢 米輔は自分のことを技術者であり科学者だと語り、彼女に色々なものを送った。彼女は、今までずっと、貢いできた。お返しがなくても、稼いだ金を削り削って、相手のために使ってきた。

 しかし、この老人は、自分のために初めて金を使ってくれた。本当は金のかからない物かも知れない。しかし、彼女のために作られた世界でただひとつだけのものに、彼女は思わずその場で号泣してしまった。

 それから、ごく当たり前の恋人のように、親しい仲になっていった伊都子。化粧も次第に薄くなっていった。仕事場でも笑うようになり、交友関係も修復されていった。初めて幸せだと感じたのではないか、そう思うほどに至福の時だった。――しかし。

 彼女は米輔と会っている女と鉢合わせになった。修羅場だった。散々、米輔を罵倒して出て行った伊都子は、男は所詮こんなものなのだ、と泣いた。

 そんな折、ニュースを見た。いつもならチャンネルを変えるところだったが、彼の住む場所と同じだったことから、思わず見入ってしまった。

 そこに映った、まるで特撮物かと思える巨大なロボットの進行。それを操縦者と思わしき男の言葉に、思わず胸が高鳴った。

 ――復讐。そう、復讐だ。復讐してやるのだ、この世界に!

「この間違った世界に、私をコケにした男どもにっ!」



「そうして、私はこの町に戻り、脱出装置に乗った男を、彼にもらったこのシャンザリオンでとっつかまえて、世界に不満のある者たちの集った組織“ジャンク・スター”の仲間になったのよ!」

「――って……じーちゃんのつくったのってソレぇ!?」

 いきなり語りだした伊都子には全く突っ込まなかったが、さすがにこの事実には驚いたようで素っ頓狂な声を上げたひかる。間違いなく、あのシャンザリオンは米輔の製作したものだというのだ。

 伊都子が「それも五年前にね!」となぜか勝ち誇ったように語ることからして、シャイザレオンは、シャンザリオンの後継機ということになる。

「――彼は私によりを戻そうと言ってきたわ……うふふふふ、バカな男! 私はあんたらシャイザレオンを倒すため、その情報を得るためにあの基地に潜りこんだのよ! ――そして米沢 凛子! あなたならばわかるでしょう、あの男の孫なら、男がどれだけクズなのかっ!」

「おい、おばさん。自分の間抜けさを差し置いて――」

「わかるわ、伊都子さん。あなたの気持ち……」

「うぉーい、なに言ってんだこのアマ」

 頬を引きつらせる津達を無視して、凛子は続ける。男がどれだけ間抜けで、顔だけで騙され、かつ自分のように完璧な人間を相手にすると優位に立ちたいばかりに意地悪するのだ、と。その発言にひかるや津達が騒ぐが、すでに二人の女の耳には届いていなかった。

 凛子――と、シャイザレオンは腕をばっ、と広げる。

「それでも、下等で無能な男だけでなく、社会全てに復讐するという、あなたの考えは間違ってる!」

「社会そのものを勝手に決めてきたのは浅はかな男どもよ! それを女の手で打ち砕いて、女が作って――なにがいけないって言うの!」

「……どうしても、聞かないのね?」

 声のトーンを落として、シャイザレオンに腕を下ろさせる。ならば、どうするのか――、シャンザリオンに構えさせる伊都子の問いに、言うまでもない、とばかりに凛子もシャイザレオンに構えさせる。

 二人の間に不意に落ちた沈黙。しかしそれは、すぐに掻き消えた。

「シャイザァァァアアレ!」

「シャ・ン・ザ・リ……!」

『ビイイイィーィイムッ!』

 急に動いた凛子に慌てて津達とひかるがレバーを握る。同時に、シャイザレオンから放たれた光と、シャンザリオンから放たれた光が一直線にぶつかり合う。衝突した後に、ふたつのエネルギー体は流れを変えて、光を放つ巨兵の脇に落ちて地面を弾く。

 光が消えるのと同時に二体は相手に向かって動いていた。小柄だが小回りの利くシャンザリオンが横に回りこみ、大柄でパワーもあるシャイザレオンが裏拳を当てる――が、うまく衝撃を吸収しているようでまともな当たりではない。

 その動きに合わせるようにして、シャンザリオンはシャイザレオンの腕に自分の腕を絡ませると、足を払って背負い投げをかます。しかし、そこはさすがとでも言うべきか、先ほどのシャンザリオンのようにスラスターをうまく使って地面に叩きつけられぬ間にその戒めから逃げ出す。

「ふっ、さすがシャンザリオン――シャイザレオンの兄弟機なだけはある、格闘戦なんかじゃ決着はつかないか。

 ならばっ!

 行くわよあたしの下僕どもォ! あぁんの勘違いしまくってるお可愛そうなメスブタに、引導を渡してやるッツ」

 やっぱり、そういう風に考えているのか。

 溜息をつく津達に、しかしひかるは割りと真剣な表情で闘志を燃やしていた。決着をつけるためか、それとも伊都子に男をこけにされたからか――どちらにせよ、凛子、ひかる、津達の順にパワーメーターが上がっていった。

 すでに戦闘をしてアドレナリンとやらが出たお陰か、訳のわからないままだった初陣とは違って上昇率はいいようだ。飛び蹴りをしてきたその足を掴み、今度は逃げられないよう、表を下向きにして地面に叩きつける。シャンザリオンは咄嗟に両腕を前に出したようだったが、耐え切れずに地面に激突した。

 それを見届ける間もなく、さっさと離して上昇するシャイザレオン。

「いぃっくぞー! 必殺の・シャイザァァァァアアアレエェ、ビィィィィィィィムウゥゥゥァあッツ」

 立ち上がったシャンザリオン――それを、巨大な光の塊が飲み込む。

「…………ッ!?」

 凛子は絶句し、ひかるは目を見開いた。

 直撃したかに見えた光は――真っ二つに裂けるように、まるでシャンザリオンに触れることを拒むようにそのボディの寸前で枝分かれして後方に流れていったのだ。

「――ビームが……!」

「えええ!? 敵二人目で必殺技敗れるの!?」

「ふ、ふふふ……シャイザレオンは、どうあがいてもこのシャンザリオンには勝てないんだよ!」

 ――そして。

「よくも『お可愛そうなメスブタ』とか『乗り遅れの駆け込み乗車』だとか『すでにある意味復讐達成』だとか色々とふざけたこと抜かしてくれたなぁぁあああ!」

「い、言ってない、そこまで言ってない! だけどごめんなさいーっ!」

 黒いオーラを背負うシャンザリオンのあまりの迫力に、思わずひかるが謝る。――いや、実際に黒いなにかをシャンザリオンはその体から放っていた。

 ――あれは、と津達が呻く。

(あれは……シャイザレオンと同じ光、エネルギーか? けど、黒い……ディジーフィルじゃないのか?)

「――、米沢ァ!」

 急発進した、先ほどとは比べ物にならない速度で近づいてきたシャンザリオンに、慌てて津達は操縦者の名を呼ぶが、その反応はない。ただ、Aメカのパワーが急激にダウンしたことによる警告音が鳴り響く。

(あ、あいつっ……ビームが効かなくて混乱してるのか!)

 ひかるが乱射する機銃をものともせずに近づいたシャンザリオンは、シャイザレオンの頭部に蹴りをいれた。

 激しく揺れる機体に呻く中、警告音が消え、同時にシャイザレオンが崩れ落ちた。

「……へ?」

「あ……?」

 握っていた銃を模したコントローラが天井部分に引っ込んだことに驚いたひかる。同様にして、先ほどまで使っていたミサイル発射用のグリップが戻り、代わりに落ちてきた銃型コントローラに津達は眉をひそめる。

 そして、互いに画面に映ったパイロットを確認して、絶叫した。

「よ、よ、米沢さん? おいちょっと!」

「米沢、返事しろ!」

 がっくりと項垂れて、ただ機体の衝撃の度に揺れるだけの体に焦る二人。まず間違いなく気を失っているのだろう。そうして、操縦に使っていたコントローラやグリップの変更された意味――

「まさか……、ひかる、お前が?」

「……え? お、俺がなに?」

「米沢が気絶したから、お前がシャイザレオンの操縦担当だ!」

「――は、ええぇえぇ!」

 そうとしか考えられなかった。凛子が気絶したことで、基本的な操縦がAメカからBメカに、そしてBメカの機銃がCメカの操作に入れ替わったのだ。メインパイロットになにかあったときのために用意されていたのだろう、彼らも軽く、本当に軽く、あのバーチャルシミュレーションで操縦したが、ほとんど慣れていないし、わかっていない部分のほうが多かった。

「ちちっ、ちょっとどうすんのコレ! むりむり、むりだってェ!」

「うるせぇ落ち着け! 説明書は!」

「Bメカだけ説明書がないんだよぉ!」

 絶対にいじめだ、とのたまうひかる、とにかく体を起こせと急く津達らの二人に対して伊都子は高笑いをして、まるで先ほどのシャイザレオンを真似るかのように上昇する。

 勝ち誇った笑みを浮かべて、シャイザレオンを見下ろす伊都子。シャンザリオンの体に、再び黒いエネルギーが巻きつき始め、まるで黒いオーラを発しているかのような威圧感を覚える。

「感謝なさい、私は慈悲深いのよ。最大出力シャンザレ・ビームの一撃で逝かせてあげるッ!」

「……! ひかる、分離だ! 分離しろ!」

「ど、どどどどどどどーやってーッ!?」

 あたふたとコントロールパネルを叩く中、シャンザリオンを取り巻く黒いエネルギーが胸部へ集中し、凝縮される。

 悲鳴をあげるひかるだったが、メインモニターが上下に分割され、画面一杯に「おんせいにゅうりょくです・ぶんりしますか」「はい・いいえ」の文字が現れた。ひかるは狂ったように「はい」を連呼しながら、モニターに映る「はい」の文字を叩く。

 それと時同じくしてシャンザリオンはエネルギーを解き放つ。真っ赤に燃え滾る炎のような色をしたエネルギー塊は、表面にシャンザリオンと同じ黒いエネルギー体を纏い直進してくる。

 ――これは、やばい。

 津達が思わず生唾を飲み込むと同時に、その視界がぶれた。今まさに、という瞬間にシャイザレオンは分離したのだ。

「ひ、ひぃぃ……間一髪!」

 大地を抉り、巨大な火柱をあげて空を飛ぶBメカを弾き飛ばさんばかりの衝撃――ひかるは悲鳴をあげるも、無事であったことに安堵したようだ。Aメカは自動操縦のようで、Bメカの後方についており、Cメカはすでに地上を走行しながらシャンザリオンに向けてミサイルを発射している。

「ぶ、分離してよけたぁ? こぉの……!」

 むしろ、潰しやすくなったとばかりに、しかし先ほどの一撃をかわされてから苛立ちの色が強い。すぐにふらふらと空を飛ぶBメカ――それに続くAメカに狙いを定める。

 ひかるは思わず逃げ惑い、津達は更に増してミサイルを撃ち続ける。

「ちぃ、しゃらくさい!」

 さすがにミサイル群を相手にするのは辛かったようで、手部を変形させて撃ち落とし、目標を津達に変更する。

 ――今だ、ひかる。

「…………ッ!」

 メインモニター一杯に映った津達の厳しい目に、ひかるはびくりと肩を震わせた。意味くらいはわかる。いくらビームが効かなかったとは言え、シャンザリオンを相手に分離したままで勝つのは不可能だ。やはり、シャイザレオンへと合体しなければならない。

(――けど、けど……ムリだよ……!)

 そう、彼は一度も合体を成功させてないのだ。自信などあるわけがない。

 しかし、小さな呻き声が彼の心境を変えた。右下に移る小さな画面には、いまだ気を失なっている凛子がいる。彼女は顔面一杯に汗を浮かべ、うんうんと唸っていた。

 ――戦っているんだ、こんなになっても。

 その唇からシャンザリオンの名前が漏れたとき、ひかるも覚悟を決めた。

(失敗、失敗なんて……あれはただのシミュレーションだ、まだ失敗なんかしちゃいない! 俺はいつだって親に言われてきた――やればできる子なんだ!)

 怯えた表情を一転させて、津達に真剣な顔を向けて大きく頷く。津達は、唇の端を持ち上げて笑った。

「止めだCメカ!」

 シャンザリオンの飛び蹴り――しかし、それをかわすように、津達は移動しながらCメカを変形させる。Cメカは幅が広く長い装甲車の形をしているが、津達の乗る中央部が上方へ持ち上がり、前端部・後端部が連結して脚部となる。横の面積を減らして被弾かわそうとしたのだ。

「ぬぅぅ!」

 その予想は見事、シャンザリオンの攻撃をかわすことに成功した。しかし、敵はすぐ後ろ――チャンスは、一度。

「ひかるううう!」

「――いぃッけえええェェ!」

 叫ぶと同時にCメカが変形しながら、練習中とは比べ物にならない速度で落ちてくる。Aメカも同じようにして、Cメカの上方で変形を開始していた。一瞬だけ、津達の頭に不安が過ぎったが、モニターに映る目を見開いたひかるの顔に、何故だか心配はいらないという安堵を感じた。

「……舐めるなァ!」

 地表に深々と突き刺さっていた右足を引っこ抜き、左足を軸に回し蹴りを放つシャンザリオン――しかし。

「こっちの――台詞だァー!」

 高速で連結したシャイザレオンはひかるの叫びと同時に補強されていない左腕でその足を受け止める。更には掴んだ足を引き、その間に装甲板を取り付けた右腕でシャンザリオンの頭部を殴りつける。

 悲鳴をあげる伊都子、崩れ落ちるシャンザリオン――装甲板が左腕にも装着されて、シャイザレオンの合体は成功した。

「……や、やった……やったぞー! 成功だーッ!」

 奇声まであげ、嬉しそうに、本当に嬉しそうに叫ぶひかるに、津達はなぜ操縦できるようになったのかと疑問に思ったが、それもすぐに消える。

 ディジーフィルだ。まるで元から知っていたかのように、彼の手にも銃型コントローラーがよく馴染む。ディジーフィルを通して繋がった凛子、ひかる、津達は合体の仕方や操縦方法などの一部の情報も伝達されたのだ。

「き、き、貴様ら、ガ、ガキの、クソガキの……お、男ッ……!

 ぬぅうううああぁあああああッツ」

 再び黒いエネルギー体が立ち上がったシャンザリオンを包む。言動やその挙動は恐怖を感じさせるが、すぐにそんなものを消え失せる。

 繋がっている。

 彼らにとって、自分たちは決して独りではないという安心感が絶対の自信まで持たせてくれていたのだ。

「あんなこと言ってるがよ、ひかる?」

「わかってるよ。――男の意地ってのを、見せてやるぜええェエッ!」

 吼えると同時に、シャイザレオンが走る。シャンザリオンとぶつかりあい、激しく火花を散らして両手で掴みあう。その瞬間、津達は違和感を感じた。

(こ、こいつ――パワーが上がって……!)

 先ほどまでの格闘戦では、常にシャイザレオンが力負けしたことはない。しかし、今のシャンザリオンとシャイザレオンのパワーはまるで互角、互いの手を握り潰さんとばかりに握り締め、胴体や頭部を打ち付けあうその姿に、力負けしている要素は見当たらなかった。

 ――そうか。

(こっちが……パワーダウンしてやがる!)

 凛子を欠いたことで。

 ならば何故、シャンザリオンはたった一人でこれだけの力を発揮することが可能なのか。津達が考えを巡らせる間に、じりじり、じりじりとシャイザレオンの体が後方へ反り始める。

 ――力負けし始めたのだ。

「まずい……ひかる、一端、離れろ!」

「……そ、そうしたいのは、や、山々なんだけどォオ!」

 逃げれない。

 津達は戦慄した。力負けし始めたなんてものではない。シャイザレオンはとっくにシャンザリオンに力で劣っていたのだ。

 更には、BメカやCメカのパワーメーターまで下がり始める。確かに焦りはあるが、闘志はあるはず、こんなに急激に下降するなんて――更に焦る津達。それを見越したかのように、伊都子の笑い声が耳に響く。

「言っただろう、シャイザレオンじゃあ、決してシャンザリオンに勝てないって!

 なぜならばッ! あんたらの乗るシャイザレオンに搭載されたディジーフィル――その力を“抑える”エネルギーを生み出す動力炉、ADD(アンチ・ディジーフィル・ドライブ)が、このシャンザリオンには搭載されているからよ!」

「――ディジーフィルを抑える……!?」

「アンチ・ディジーフィルだとぉ!?」

 シャンザリオンの目が真っ赤な光を輝かせ、全身を振動させる。黒いエネルギー体を撒き散らしながらシャイザレオンを振り回すようにして地面に叩き付けた。

 受身も取れず、衝撃に呻くひかると津達。

「ふふふふふ、あんたらのシャイザレオン搭載されたディジーフィルは、各人の感情に応えて出力を上昇していく、言わば無限とも言える究極のエネルギー!

 しかぁし! このADDはその能力を抑え、更には常に百パーセントの力を発揮する安定性――彼の求めた結果とは違うためにシャイザレオンは製作されたけど、戦闘能力は遥かにこっちのほうが高いのよ!」

 上体を起こしたシャイザレオンに飛び膝蹴りを直撃させると、再び沈んだその上体に腰を下ろして拳を振り下ろす。

 自身の衝動の赴くままに、ただ自身の感情をぶつけるように――赤い目から湯気を放ちながら、黒いエネルギー体を撒き散らすシャンザリオン。津達はその姿に、絶望すら感じた。

 こちらの必殺技が効かない、パワーでも負ける。こんなバケモノに……。

「――だ……た、ら……!」

 声に驚く。それは伊都子も同じだった。腹の底から唸るような、力溢れるその声は掠れながらも、闘志を燃やすひかるの口から漏れ出ていた。

「だぁったらッ! 抑えてる枷ごとブチ壊して、パワーを天高く上げてやるぅぅぅぅぅ!」

 ひかるの叫びに呼応するように、シャイザレオンの体に、ぬらりとした青い光が走る。

 掛け声一発。

 マウントポジションを取っていたシャンザリオンを投げ飛ばして、シャイザレオンが立ち上がる。まだこんな力があったのかと、伊都子は更に驚いたようだったが、シャイザレオンの構えを見て再び笑みを浮かべる。

「またシャイザレ・ビームか!? ムダだと言った!」

 シャイザレオンに合わせるように、顔の前で腕を交差させるシャンザリオン。津達は、ひかるに止めるよう叫んだ。三人で撃ったビームは互角。ならば現状で撃っても当然撃ち負けるだけで、それ以前にシャンザリオンにはビームは効かなかったのだ。

 だが、ひかるはそれを止める気配はない。シャイザレオンの体が振動を始め、体中のエネルギーがその砲身に集まっていることをモニターが告げる。

「くっ……ひかるぅ、後は知らんぞ!」

 Cメカの出力をあげて、その時に備える津達。それを見て、ひかるは任せておけとばかりに、まるで凛子のような太い笑みを浮かべた。――普段の彼に似つかわしくない、頼りになる男らしい笑みを。

 こいつ――

 すぐに正面に向き直るひかる。それに合わせるように、胸部から黒いエネルギー体が吹き出し始めたシャンザリオンと、体を限界まで曲げて両腕を交差させていたシャイザレオンは、同時に発射口を開いた。

「シャアアアアアアィザアアアアアレッツ、ビイイイイイイイイイムウウゥゥゥッ!!」

「シャァァンンンザァァァアアレェェェェ! ビィィィィィィィィイイ……ンムッ!!」

 青いエネルギー体を撒き散らしながら吹き出した光と、黒いエネルギー体を撒き散らしながら吹き出た赤い光は、軸を歪め、荒れ狂う波のように、しかし標的に狙いを定めて突き進む。

 エネルギー塊同士がぶつかり合い、激しく波を散らせる。その余波は離れた二機の巨大ロボットにまで達し、その装甲を軋ませ、傷をつける。

 ――互角。津達には、そう思えた。しかし――

「どうした、ボクぅ? 負けてるんじゃないのかァ!」

 伊都子の言葉に、光と光の衝突点が段々と大きく――こちら側に近づいているのに気づいた。やはりパワー負けしているのだ。だからと言って、ここで折れるわけにはいかない。シャイザレオンはこちらの士気に応じるのだ。

(頼む、シャイザレオン――俺たちに、俺たちに力を――オプディウスを殴り飛ばしたような、デカい力を!)

「う、うぅう、ぐ、――シャアアアイザアアレオオオオォオォオオンッ!」

 歯を食いしばり、その名を呼ぶひかる。その叫びに応えたかのように、光の後退が弱まる――が、止まらない。

「シャイザレオン、お前は無敵だ、無敵なんだ! 俺らがいるから、俺らに力をくれるから! 俺らはお前に力をやるからッ!」

 意味もないような言葉。しかし、津達も黙ってはいられなかった。シャイザレオンに呼びかける。力が欲しいと、力をくれと。そんな彼らの姿を伊都子は嘲笑したが、二人はやめなかった。

 伊都子が言ったように、ディジーフィルは人の想いに応えて力をくれる、究極のエネルギーだからだ。ひかるが言ったこともあながち間違ってはいない。ADDは所詮、抑制するだけであり、断ち切ることはできない。ダムが決壊するように、その小さな隙間から漏れ出るディジーフィルの力に、津達もひかるも賭けていたのだ。

「――し……て、い……?」

 掠れた声に、思わずモニターを確認する津達。凛子が気がついたようで、うつろな目をこちらに向けている。しかし、それも一瞬で、その目は急激に力を宿した。

 津達は、画面の右下にあるパワーメーターを見て、驚愕する。

(――これは……ッ!?)

「うううううぅぅぅぅぅぅぅううおおおおおおおおあぁああああっはっはっはっはァァァァアア!!」

 こんなときでも、むりやりに笑ったひかる。それにびくりと体を震わせた伊都子の目の前に、じりじりと赤い光が、自分の元へ押しやられているのに気づく。

「――なッ……シャンザリオン!?」

 ADDが――

 雄叫びとも、笑い声ともつかないひかるの絶叫の中、急激に肥大した光は赤い光を飲み込み、シャンザリオンに迫る。

 だが――

「ふ、ふふふ! む、ムダよ、ムダ! ディジーフィルはADDには……!」

 迫る巨大なエネルギー塊に怯えながらも叫ぶ伊都子、そしてシャンザリオンは飲み込まれた。

 やはり、とでも言うべきか、シャンザリオンをよけるように光は通り過ぎる。

「――はっ……!」

 勝った。

 彼女は、思わず笑おうとした。しかし、そんな彼女の期待を裏切るかのように、エネルギー塊とシャンザリオンの距離が縮まる。

 息を呑む伊都子。ずい、ずいと縮む距離――思わず目に涙を浮かべた伊都子のシャンザリオンに、シャイザレオンの放った光が直撃した。

 凄い、と、素直に津達は思った。シャイザレオンの、ディジーフィルの持つ力に。

 光はシャンザリオンを押し流し、その装甲を砕きながら吹き飛ばす。光が弾けて、しかしなおもシャンザリオンは立っていた。左腕や頭部は完全に千切れ飛び、他の部位も無事なところはなく、装甲板の下から火花の散る回路が覗く。

「――あ、あ……」

 満身創痍のシャンザリオンに、伊都子は信じられない気持ちで一杯だった。

 さっきまで、勝っていたのに。勝てていたのに。勝てるはずだったのに――

「――……うぅぅぅぁぁあああぁあぁあああっ!」

 叫び、シャイザレオンに向けて走る。その状態で走れることにすら驚いた津達だけだった。凛子は衰弱したように目を閉じて荒い息をし、ひかるは――

「シャイザレオンは……」

 青いエネルギー体を四方に撒き散らすシャイザレオンを上昇させる。力なく、途中で走ることを放棄したように、がっくりと片膝をついたシャンザリオンに向けて、ひかるはシャイザレオンを加速させる。

「シャイザレオンは……!」

 青いエネルギー体の密度が濃くなり、まるでシャイザレオンそのものが青いエネルギー体――ディジーフィルであるかのごとく、巨大なエネルギー塊がシャンザリオンに迫る。

『――無敵だあああああぁぁッ!!』

 三人が、それぞれの思いを感じながら同時に叫ぶ。それはシャイザレオンを更に滾らせ、巨大なエネルギー塊となって放たれた蹴りはシャンザリオンの胴体を分断した。

 勢いに乗って着地したシャイザレオンからは青い光は消え失せて、全身から白煙を噴き上げながら地を抉るように滑走して、止まる。

 同時にその背後で巨大な爆発が起きた。シャンザリオンの上半身がその爆発にあおられてシャイザレオンの近くに落下した。



  〜◇■◇■◇〜



 沈み始めた夕日を眺めながら、津達は泣きじゃくる女を見ていた。――伊都子だった。彼女の操縦席はあの爆発でも無事だったようで、聞こえてきた泣き声に慌てた津達がシャンザリオンの上体を切り開いて救出したのだ。

 ひかると凛子は、仲良く寝ている。

「もう、泣くのはやめろよ。全部、終わっちまったことだろ」

「う、うぇ、うぇっぐ、け、けど……だけどォォ!」

 鼻水を垂らし、激しく咽び泣く伊都子に、津達は嫌そうに貸していた胸元が濡れている感触に顔をしかめる。そして、あの激しい戦闘の最中、無傷だった葉月中学校を見上げて、女の頭に手を乗せる。

「……あんた、まだじーさんのことが好きなんだろ? だから、待ち伏せしてたのにあのじーさんのいる学校までは攻撃できなかったんだ」

「――う、うぐ、ひっく!」

 いい加減、泣き止めよと溜息をつく津達。そこへサンダルのカラコロという音を響かせながら現れたのは、米輔だった。

 その姿を確認して目を丸くする津達と、思わず顔を隠すように津達の胸元へ、より一層に顔を深く沈める伊都子。

 津達は米輔に頷いた後、伊都子を自分から引き離して米輔に向かわせる。

「う、ひっく……べ、米輔さん、わ、私……っ!」

「いいんだよ、いいんだ……君はなにも悪くない、悪いのは私ね」

 優しい笑みを浮かべる米輔に、伊都子は更に涙を流した。流して、流して、たまらなくなったように米輔に駆け寄る。

 しかし。

「別れよう、伊都子ちゃん」

「――え……?」

「これが、けじめというヤツね」

 もう一度、悪いのは私なんだ、そう言う米輔に、伊都子は泣きすがった。別れたくないと、もう一度やり直したいと咽び泣く。

 そんな伊都子を、凄く嫌そうな顔で米輔が見上げる。その態度の変化に、津達は思わず頬を引きつらせた。

「うるさいね! 私はお付き合い始まってからフったことはあってもフラれたことはなかったよ! 私のプライドずたぼろにして、もうこっちからフることあできたから文句ないよ! しっしっ」

 まるで犬をあしらうような米輔の伊都子に対する扱い。青筋を浮かべた津達に、伊都子は泣くのさえ忘れたように呆けている。

 そんな二人に気づいていないようで、近頃の娘は男を立てることを知らないと嘆き、ふ、と格好をつけて笑う米輔。津達と伊都子の怒りは頂点に達した。




 あまりにうるさい声に、ひかるが目を覚ます。思わず背伸びしてから首を振ると、こきこきと小気味よい音が鳴った。目の先では、いつの間に仲良くなったのか津達と伊都子がタッグで米輔とプロレスをしている。そして、隣には――

「――お、おはよ。舎て……っんん、――その、……ひかる」

 夕日で顔を赤く染めた凛子。

 その言葉に、ひかるは目を瞬いた。

「……も、もしかして頭でも打った? 米沢さん!」

「――う、ううう、うるさーいっ! せ、せっかくあんたのがんばりに名前で呼んでやってんのに、この頭ちきんがあああッ!」

 首元を締め上げるように持ち上げる凛子に、ひかるは「ギブギブ」と喘ぐ。遠のく意識の中、不覚にも顔を赤く染めたことが凛子に悟られていないことを安堵して――

 意識を、手放した。

いかがでしたでしょうか。

少しでも筆者の熱を感じてくれればありがたいです。

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