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出撃、シャイザレオン!

本作は軽いノリ・そういうアレなネタ・熱血もどきのみっつが主な成分になっております。拒絶反応のでた方はすぐにブラウザの戻るボタンなどの諸手段により脱出してくださることをお願い致します。

「はぁ〜……」

 空腹のために鳴り響く腹部を、恨めしそうに睨みつけながら稲葉(イナバ) ひかるは溜息をついた。三限目の今は、まだ昼食には遠い。寝坊したために朝食を抜かしていたひかるにとって、この状況は拷問に近かった。

 しかし、溜息の理由はそれが原因と言うわけでもないらしい。

「稲葉ー、どうだった? テスト」

「……最悪」

 クラスメイトの言葉に、ひかるは肩を落とした。一学期の中間テスト、思うように問題が解けなかったのを空腹のせいにして席を立つ。

 教室を出てトイレに向かおうとしたひかるは、教室の出入り口にたむろしていた女子の集団の一人と目があった。栗山(クリヤマ) 祥子(ショウコ)、この2年4組のアイドル的な存在である少女だった。

「稲葉くん、どこ行くの?」

 本人としては、ただの素朴な疑問だったのだろう。大きな目をくりくりとさせて聞いてくる。

「え、あ……えーっと……」

 そんな祥子を相手に「用を足しに行く」などと言えず、完全に硬直してしまう。大きな疑問符を頭に浮かべる祥子と訝しげにこちらを見るクラスメイトの女子たち。

 若干14歳にして人生の岐路に立たされたかのような、そんな気分を噛み締めながら、心の中で涙する。

「稲葉、一緒にトイレ行こうぜ」

 背後からの声。ひかるの表情が一気に明るくなった。この状況を見て、誰かが救い船を出してくれたのだと。力強く答え、振り返ってから硬直した。

「…………」

 仏頂面でこちらを見下ろしているのは、肩まで伸ばした髪を茶色く染めた、粟実(アワミ) 津達(シンタツ)である。制服の第二ボタンまで開け、肌蹴たその胸元には銀色のチェーンが光っている。

「なんだよ?」

「……あ、いや……」

 関わりたくない奴に、とひかるは思わず目をそらして縮こまった。



 連れ立って小便器に並んだが、教室を出てからこのトイレまで交わした言葉はなく、便器ひとつ分の二人の間を冷たい沈黙が埋めている。

(とは言え、気まずいでしょ、これは……)

 ひっそりと溜息をつくと津達に目を向けた。不動の姿勢で眼前の壁を睨みつけながら用を足す彼は、まるで変人である。

「あ、あのさぁ……さっきは、その……あんがと」

「……ん」

 こっちを見るでもなく、口を開くでもなく、声を漏らすようにして答えた津達に、ひかるは更に溜息を重ねた。

 その時、背後の個室から、勢いよく流れる水の音がした。津達もひかるも先客がいたのかと、それだけの感想でとくに気にしていない。ひかるがズボンのジッパーを上げようとした直前に、凄まじい音をたててドアが開いた。

 思わず振り返った二人の目の前に、いてはならない人物が立っていた。

「はぁ〜、すっきり、すっきり!」

 声高に言い、廊下まで響くような大音量で高笑いするそれは、紛れもない女だったのだ。ポニーテールの少女は完全に硬直してしまったふたりに一瞥をくれる。

「なによ? 美少女がトイレから出てくるのがそんなに珍しい? アイドルはうんちしないとか思ってんの?」

(いや……そうじゃなくて……)

(美少女って自分で言うか)

 嘲笑されるが、なにも言えず。二人は動けずにその少女の動きを目で追った。少女は手を洗うと鏡の前で目尻を指でつつき、笑顔をつくる。それから気合を入れるように頬を叩くと、上機嫌にスキップで男子便所を後にした。

「……なに、アレ……」

「……わからん……」



  〜◇■◇■◇〜



 日本海。吹き抜ける風が心地良く、波も少々高いが、船の航行に影響がでるほどではない。ゆったりと船を進めながら、男女数名が船の上で騒いでいた。

「もう、肉焼けたー?」

「あー、まだまだ。全ッ然、まだ」

「もうビール飲み終わっちまったじゃねぇか……」

 言って、男の一人が空き缶を海に投げ捨てた。それを見た女が咎めるが、男はへらへらと笑うだけで、全く聞く耳を持たなかった。

「そんなんだと、いつかバチが当たるわよ」

 口を尖らせる。そんな女の頭を撫でて、さらに軽口を重ねようとしたその瞬間、海に異変が起きた。

 船の前方の海面が盛大に吹き上がったのだ。水柱は空で砕けて、船に降り注いだ。船に乗っていた彼らは、みな一様に口を開けてそれを見ていた。水柱から出現した巨大な物体――

『ふっ、ふふふ……はっはっはっはっはっはっはっはっは!』

 大音量の哄笑が響き渡り、それは前進した。



 日本海でそのような異変が起きていることなど露知らず、ひかるは屋上で至福のひと時を得ていた。昼食の時間である。

 いつもは教室で食べているひかるであるが、嫌なことがあった時だけ、屋上で昼食を取っている。誰が餌付けしたのか、人を全く怖がろうとしない鳩が群れているのも、なんだか癒される光景だ。

(今日は多すぎだけどね……)

 肩に乗ってけたたましく鳴く鳩を払い、溜息をついた。屋上に備え付けてあるベンチはいつも鳩のふんで汚れているため、出入り口のドアを背もたれにする。

 レジ袋からコンビニで買ったおにぎりを取り出す。手に持ったおにぎりの中身はシャケで、袋に残るみっつは全て梅だ。

「……げっ」

 顔をしかめる。よっつの中でひとつだけのシャケ。梅だけだとすぐ飽きてしまうので、口直し用に入れていたのがシャケである。シャケを最初に出してしまうのは、悪いことが起こるというひかるのジンクスなのだ。

 しかし、今日初めての食事ということもあってか戻す気にはなれず、嫌々ながらも、包装を剥ぎ取り、おにぎりを口元へ運ぶ。

「コックピットブロックぅ……」

「――ん……?」

 後方からのかすかな声。しかし背後にあるのはドアだけである。屋上へ上がるには原則的に教師から許可を得てカギを受け取らなければならず、入れるのは許可を受けた生徒のみ。すでにひかるはドアに鍵をかけてしまっていた。

(まさか屋上に上がるワケ……ていうか、コックピットブロックってなんなのさ)

 思わぬ邪魔者を快く思うはずもなかったが、しかしそれよりも今は食事である。ひかるは心持ち嬉しそうに唇を歪めると、すぐに大きく口を開けた。

「――オープン・ブレェェェエイクッツ!」

「どぶふぁッ!?」

 少女の叫び声。ステンレス製のドアが当たり前のように、「直進」する。ドアを背に立っていたひかるは、そのドアと共に吹き飛び、鳩の群れに突っ込んだ。

 ドアの下敷きになったひかるの耳を、馬鹿としか形容しきれない哄笑と、鳩の責めるような鳴き声が容赦なく貫く。

「んー、しっかし、分離するならなんて叫んだほうがいいんだろう? やっぱりオープン・ブレイクを回すべき? いやいや、そもそもこれは響きが他のアニメとかに似てるし……」

「な、なんでもいいから……助けてよぉ」

 ひかるの言葉に、ようやっと気づいたのか、怪訝そうな顔をしながら少女がドアを足でどける。下敷きになっていたひかるの姿を確認すると、腕を組んでため息をついた。

「なに、ドアの下に隠れて。……あ、わかった。日焼けしたいけど直接陽を浴びると皮膚ガンになるとか思ってんでしょ? バカじゃないの、日本の空にはオナホールとかいうのがあるわけじゃないのよ」

 ふふんと鼻を鳴らして笑う少女に、ひかるはこの少女がどれほど器が大きいのか理解した。

 ――普通、そんな間違いはしないよな、と。

「ほら、助けたげたんだからあんたも一緒に考えなさい」

「あ、ありがとう。……てか、なにを? そもそも誰のせいだよ、この状況」

 困惑するひかるに、少女は不適な笑みを浮かべて「合体ロボットの分離するときの台詞」だと答えた。

 呆けたように口を開いていたひかるは、この少女がさきほど、男子トイレの個室に入っていた少女だと気づいて眉をひそめる。

「君さぁ――はぼっ!」

「おぉっと、あたしのことは名前で呼んでもらおうかしら。米沢(ヨネザワ) 凛子(リンコ)、あんたは今日からあたしの舎弟だから、特別にヨネザワの姉御でいいわ」

 誰がだよ、どっちだよ、と突っ込みたかったが、口の中に少女の手が突っ込まれており、ひかるは自分の顎が外れるのではないかと目を白黒させていた。否、それよりもこの少女、凛子の行動そのものがひかるの常識を大きく外れていた。

 凛子はしばらく調子も良さそうにべらべらと喋っていたが、やがて顔をしかめると勢いよく手を引っこ抜く。続いて気持ち悪そうに自分の手を見下ろす。

「……美少女の手を口の中に手首ごと突っ込むなんて……どんな性癖のクソ野郎よ、あんた」

「げえっ、ゲホゲホ……! そっちが突っ込んだんだろ!」

 ひかるの言葉に「そうだっけ?」とばかりに目を丸くしてから、非難の言葉も意に介せずひかるの制服に自分の手をなすりつける。

「うわわわ! ばっちぃ!」

「あんたの唾液でしょーが、返す」

「返す? 返すってなにさ! それに、俺は稲葉 ひかる! ちゃんとした名前があるの!」

 なんなんだこの女はとばかりに、ひかるは憤慨して言った。しかし、凛子はやはり気にすることもなく人差し指を突きつけて、強引に話を戻した。その話題はもちろん――「合体ロボットの分離する際の台詞」である。

 思わず口を開いて、止める。この少女に対して、自分がなにを言おうと特に変わりはしないのだろうと思ったからだ。

「あたしが思うに、なんかこう、短めのがいいと思うわけよ。分離ってのはよくピンチから脱する時とか、攻撃避ける時に使ってその後、迅速に合体って感じじゃない? それなのにいちいち長いのは叫んでられないわ」

「……俺が思うに、黙って分離すればいいんじゃないかな」

「――あんた、って、種無し?」

「なにそれっ? なんでそうなるのさ!」

 と、馬鹿な言い合いをしていると、地面が揺れた。思わずふらついて――そのまま尻餅をついたひかると違い、凛子は訝しげに空を見やる。それと同時に響き渡るサイレンの音。

 尻をさすりながら立ち上がると、校内放送が聞こえてきた。しかし、ひかるたちのいる屋上にはスピーカーが設置されていないため、その内容はよくわからない。大きな疑問符を浮かべているひかると違い、その隣では凛子が目を閉じて両耳の後ろに手をあて、音がよく聞こえそうな体勢をしている。

 不安げに喉を鳴らすと、下の階から凄まじい音が響いてきた。人が走る音だ。

(なんだ? 避難? なにが起こったんだろう)

 放送が終わり、太い笑みを浮かべて目を開いた凛子に、どういった内容だったのか聞いた。

 しかし彼女は無駄にない胸を張り、背筋を伸ばして一言。

「知らん!」

「……あ、そう」

 思わず顔をそらして溜息をつくと、階段を駆け上がって屋上に駆け込んだ者が一人。

「粟実?」

「……はぁ、はぁっ……こ、こんなところにいたのか」

 息を切らしてひかると凛子の両方を見やる。

「大変なことが起きた、落ち着いて聞いてくれ」

「え、う、うん」

「――なんか知らんが、謎のロボットが現れた。今は色々な都市部を破壊しながらこの町に向かってきている。早く避難しないといけないんだが――」

 きょとんとして、目を瞬かせるひかるから目をそらし、凛子に目を移す。ひかるもそれにつられるようにして凛子に視線を移すと、そこには目を輝かせる少女が一人。

「イィーヤッホーゥ! きたきたきたきたきたきたきたきたきたきたぁぁああ!」

 耳をつんざくような嬌声を上げて屋上から階段へ、転がるようにして駆け下りる。

「だぁーっ、あンのアマ!」

「ちょ、え? なに? どうしたの?」

「謎のロボットが出たって言っただろ! だから、学校のみんながアイツみたいに野次馬根性丸出しで危険地帯に向かってるんだよ!」

「え――え? マジでロボット?」

「ああ、そう――だ……」

 追いかけるように踵を返した津達が、ひかるに肩越しに振り返って、そのまま動きを止める。

 ひかるは、急に屋上に影が降りたことに気づいた。凛子の乱入でも先ほどの振動でも飛び立たなかった鳩が、一斉に羽ばたく音を聞く。

「…………」

 おそるおそる、振り返る。

 そこには、正月に飾る鏡餅、それを逆さにしたような物体が浮いていた。それもこのコンクリート製の四階建て校舎を遥かに超える、いとも簡単に押し潰してしまいそうな巨大さだった。

『――ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッツ』

 二人して絶叫しながら、全速力で階段を駆け下りる。その間に何度も足をもつれさせて前のめりになるひかるを、津達が襟首を掴んで体勢を正させる。

 当たり前と言ってしまえば当たり前であるが、彼らはあんな物を見たことがなかった。陽を隠し、逆光でその姿形を完全に把握することはできないまでも、あのような物が空を飛ぶとは考えられなかったのだ。それは、未知に対する恐怖だったのかも知れない。

 ――しかもそれが、町を破壊しながら進んでいるとなればなお更だった。

「みみみみみ見た見た見た見た? 見ましたよね粟実さぁあん!」

「うるせぇ! 前見てコケないように全力疾走してろ!」

「了解ィ!」

「――……、ところで稲葉、アレ見たか!」

「見たァァァァ! 浮いてた、浮いてたよアレ!」

 口々に言い合いながら上履きのまま校舎から、まさに転がり出る。前転するように転がって、津達はすぐに立ち上がったがひかるはそのまま地面を転げた。

 ふざけている場合ではないと津達が叱咤しつつ、校門の前で片手を振り上げ、片手で携帯電話を握り潰さんばかりに力んでいる少女を見つけた。――米沢 凛子だ。

「ロボットにびっくりして逃げたぁ? なにそれ、ざけんじゃないわよ! だったらあたしが一人でも――」

「なにしてるんだ、おい! 早く避難するぞ」

 その渋い見た目に劣らない低い声にドスを利かせて、津達が凛子の腕を掴む。凛子はそれを苛立たしげに払いのけ、かなりご立腹だったが、津達と遅れて横にならんだひかるを見て太い笑みを見せる。

「よく来たわね、舎弟その一と舎弟希望のやんちー少年! この私についてきなさい!」

「や、やん……?」

「舎弟その一、って……俺?」

 凛子が肯定すると、呆ける二人を尻目に電話口へ一言二言、こちらを見ながら喋ると電話を切る。ぱたんと閉じた携帯電話、それと同時に空中から凄まじい衝撃音をたてて、凛子のすぐ後ろに巨大な車が落ちた。道なき道をも走り抜けそうな、怪物のような車。

 その衝撃に足を痺れさせて思わず崩れるひかるに、凛子は手を差し伸べた。

「一緒についてきなさい、あんたらをスーパー無敵でデリシャス・デンジャラスな乗り物に乗せて上げるわ」

「……いえ」

「遠慮します」

 思わず口走った二人を、凛子は車の助手席から取り出したハンマーで思い切りどついた。



  〜◇■◇■◇〜



 呻き声を漏らして、ひかるは目を覚ました。辺りは暗く、自分の座っている場所が妙に柔らかいのが気になった。

「……あれ? なんだ、どうしたんだ……あれって夢だったのかなぁ、頭も痛いし。てかここは?」

 疑問を口にすると同時に、光が灯り視界が開く。

「――……えっ?」

 目の前には様々な計器類が並び、上部にテレビ画面のようなものがはりついている。よく見ればそれは横にもあり、画面の下には前と同様に様々なメーターの上下する計器の類が並んでいた。

 あまりの光景に口を開けたままでいると、画面に光の線が走り、しばらくして画面の中央に人の顔が映った。大きな黒ぶち眼鏡をかけた、白髪の爺さんである。

「うぉっほん! 気がついたかね」

 わざとらしい大きな咳払いをする老人。それに続くように、その老人の右下に波線が走ると、小さなモニターが表示された。そこには、顔を伏せてはいるが、彼は粟実 津達だとひかるは思った。

「ち、ちょっと、見るからに怪しいあんた誰なんですか? 僕や彼をどうするつもりで……!」

「安心しなさい、私は怪しくなんかないやい! 私は――」

「――いいから黙って聞きなさい!」

 老人の顔が津達のように小さくなり、変わりに凛子の顔が大きく表示された。思わず呻いて顔をそむける。

「あ、今避けた。しかも呻いた。あたしの顔を見て顔そらしたわね? なにその反応、まるであたしが醜いアヒルの子みたいじゃない。あたしをそんな扱いしないことね、気をつけなさいよ、醜いアヒルの子は最終的に革命起こして自分と同じ顔のヤツ以外は皆殺しにして――」

「違うよッ! それ全っ然違う! てかなに長々と喋ってるの、よく続くね? 被害妄想なの?

 そんなことより、ここはどこなんだよ!」

「……むりやり話を――ふっ、まあいいわ」

 髪をさらりとなで上げる。ちなみに彼女はポニーテールで、前髪も全て後ろで縛っていたのでなで上げるべき髪は一本たりとも見当たらなかったが、話をそらさないようにそこは突っ込まなかった。

 津達と同じく小さなモニターになってしまった老人は、何度も口を開いていたがひかると凛子の会話で全て潰れてしまったため、やさぐれたように画面の、つまり老人のいる部屋の奥にある椅子の上で体育座りなどをしながら回っている。

「ここは私たちの秘密基地、――葉月(ハヅキ)中学校のグラウンド地下!」

「……ハヅキ? ……って、俺らの学校じゃん! え? なにその人いなさそうだからって理由でお店の裏とかに堂々と秘密基地つくっちゃう小学生的なノリは!」

「小学生言うな! こちとら十年以上もバレないようにコツコツ地面掘ってたのよ!」

「無許可かよ!」

 口喧嘩の様相を呈してきたとき、タイミングよく津達が目を覚ました。唸り声をあげて、画面に映るひかると凛子に視線を向ける。

「……ここは? て言うよりもお前、ハンマーで殴らなかったか?」

「気のせい気のせい♪」

「うわぁ、絶対気のせいじゃないよー」

 嬉しそうに言う凛子に合わせるように、ひかるも嬉しそうに言った。津達はそんな二人に溜息をついて状況の説明を求める。

「ふぅ、簡単に説明しようとしたんだけど、舎弟その一がうるさくて中々――」

「え、俺? 俺のせいなの?」

「黙ってろ、稲葉」

「冷たッ」

 本格的にいじけ始めた老人と、傷を舐めあうように会話をし始めたひかるを放り、凛子と津達は話を進める。

 彼らの今いる場所は彼らの通う学校のグラウンド直下にある、彼女、米沢 凛子と彼女の祖父である米沢 米輔(ベイスケ)が十年もの歳月をかけて造った学校関係者には一切秘密のまさに秘密基地であること、そしてさきほど落下してきた車はただハンマーを載せるために米輔が自家製の航空機から落としたことを告げた。

「…………」

「そぅしてぇー! あたしとあんたと舎弟その一の座るこの場所こそ! 究極無敵で最終奥義的なロボット、“シャイザレオン”のコックピットブロック、なァのだぁー!」

「……、帰る」

「あ、話、終わった?」

「ああッ、なんだやる気ないなお前ら!」

 どのボタンを押せばコックピットブロックとやらが開くのかと、津達はあちらこちらいじり始める。焦ったのは凛子と米輔だ。

「ちょっと待った! 今ここで分離とかしちゃったらぜぇんぶ壊れちゃうでしょうが!」

「知るか」

「ああ、もう! おじいちゃん、出撃出撃!」

「――、しゅつげき?」

 間の抜けた声のひかるの言葉。彼らの乗る操縦席は、凛子の「シャイザレパワー、オォオオン!」の叫びと同時に震え始めた。

「ちょ、え? なに? なんかメーターがアホの子みたいにがくがく上下してるんですけど! めっちゃ不安なんですけどちょっとオォォォォォォ!」

 声が裏返る。まるでエレベーターが止まる前の圧迫感、それを何十倍にもしたような重圧が彼らの体に圧し掛かったからだ。

「うぅぅぁあぁぁあ!」

「ぐぅぅぅぅ!」

「だぁーっはっはっはっはっは!」

 一人だけ、凛子は笑っていた。



 男はにやける口元を思わず手で押さえ、そしてその必要がないことに改めて気づいて大声で笑った。男の座る椅子はまるで玉座のようで、その椅子以外の全ての場所はモニターとなっていた。周囲三百六十度、彼の足元以外に死角はない。

 次々と倒れていく家屋、ビルの群れに男は満足していた。

「ふっふふ……ここからだ、ここから、私の復讐は本懐を遂げるのだ!」

 思えば、長き日々であったと、男は思った。

 あの日から、男はずうっと、自分が悪夢の中に身を置いていたのではないか、とも疑ってしまうほどに、過去の日々は辛く、悲しく、そして憎かった。ただ男は、仕返しがしたいだけだった。それも、単純にその憎き相手に放火したり足をひっかけたりとかいうレベルではなかったのだ。

「今に見ていろハーフでボンボンのデュラン社長――いや、デュラン不動産(株)! 私は貴様らに、復讐するために戻ってきたのだぁぁ!」

 この、ロボットを与えてくれた同士たちの力を借りて――

「あの辛き日々、いつかは報われると信じて戦った仲間たち、最後に残ったこの俺をも切り捨てた血も涙もない貴様らに! 私は報復するのである!」

「させるかぁぁぁあ!」

 拳を握り締め、思わず立ち上がった彼。それを叱咤するように鋭い少女の声が割り入った。凛子の声だった。

 動揺し周囲を見回す男。その時、暗い影が落ちたことに気づいて上を見上げる。すっかり高くなった陽を背中に、それは男の操縦する巨大ロボットに――

「シャイザァァレ・エェルボォォォアッ!」

「――へ?」

 肘打ちした。



 一同が、沈黙する。

 巨大な段々状のロボットに肘打ちをかましたこれまた巨大なロボット・シャイザレオンは、敵ロボットからジャンプして地面に着陸する。その振動により数件ほど民家が崩れたが、最早そこは問題ではなかった。

 白い光沢のボディ、各部に重そうな装甲が載せられ、しかし各関節部や手は小さく、繊細な動きを実現しそうなほど、その無骨な体とはかけ離れていた。背中に大きなひし形の物体をふたつ背負い、そのバランスの悪さを補うように脚部は下に向かうにつれて太くなっている。

 そんな特徴的なフォルムのシャイザレオンに肘撃ちをされ、一瞬、高度が少し下がっただけの巨大ロボットに、凛子が一言。

「……硬いわね」

「知るかッ! なんで肘打ちなの? ねえなんで? このロボット武器とかないの?」

「あぁ、うるさいうるさい! ソファー下に取説あるからそれで勉強しなさいって言ったでしょ!」

「言ってないよ!」

 口喧嘩にも慣れたように、津達は自分の座るソファの下に手を伸ばす。中々座り心地のよい低反発材質のクッションと硬い底に挟むようにして、取り扱い説明書があった。

 開くと、中には落書きのような絵と共に「愚民でもわかるシャイザレオンのせつめいしょ」と書かれた冊子があった。

(……、『このせつめいしょはCめかにのるあなたへのすぺしゃるさぷらいずです。これでよしゅうしていないきみもだいじょーぶいっ、だぞ。この最強究極無敵ロボット・シャイザレオンにはないそうがいくつもあります。あしもとのぺだるをてきとーにふんでください。いまはでんげんがはいっていないじょうたいとおんなじだから、あんしんしてねっ♪』

 …………)

 きりきりと痛む胃をおさえて、息を吐いて深呼吸すること数回。青筋の浮かんだこめかみを撫でて、ペダルを踏み込む。それに連動するように、鏡餅のような巨大ロボットを正面に写していたモニター、その画面脇に高度計やロックオンマーカーなどが表示された。同時に、画面の下にあった計器類が横にずれるように移動して、その下から操縦桿がせり出てくる。

 その変化を見届けて、説明書の続きを読む。

(『Cめかはさぶぱいろっともーどのとき、とりがーぐりっぷがひとつだけです。うえにあるわくで殺すべき敵をろっくおんしてぶちぬいてネ! とりがーをひくとシャイザレ・ミサイルをはっしゃします。みんなで叫ぼう、シャイザァァアレ・ミサイールぅ!』)

 二度目の溜息。モニターに映る機影を見ながら、グリップを握る。それに反応したように、グリップ上部にある枠が薄く光ると、レーザー光が画面に届く。いわゆるレーザーポインタというやつだろう、これで敵をロックするらしい。

「……なんなんだお前ら? 子供……どちらにせよ、邪魔をするならば――」

 敵ロボットの上部に光が灯り、段ごとに左右別々の回転が始まる。それに気づいた凛子は鋭い舌打ちをひとつしてシャイザレオンを跳躍させた。急激な負荷にひかるが悲鳴をあげた。驚いたのは津達も同じで、トリガーを引いてしまう。

 シャイザレオンの脚部、脹脛の装甲が展開すると、盛大な白煙を上げてミサイルが乱れ飛ぶ。

「なに!」

 男の悲鳴と同時に数十発にのぼろうかと言うミサイルの嵐が敵ロボットを襲った。激しい白煙と同時に、赤い火の花が乱れ咲く。その轟音も盛大で、ひかるは操縦席の中で思わず白目を向いた。

「ちょ――、なにやってんの! ここはあたしが華麗なステップでかわして――ああ、もうッ。誰よ撃ったの、せめて『シャイザァァァァアレ・ミサイルッ!』ぐらいの気合をいれて撃ちなさいよ!」

「知らねーよ」

 予想以上のミサイルの数に、津達も目を白黒させながら耳に入れていた指を抜く。まだ耳の奥がむず痒かったが、それを気にしている場合でもなかった。あのミサイルの集中砲火を受けてなお、敵はそこに浮いていたからだ。

「あいつ、まだ……!」

「――、素晴らしい。これが我らのロボット、オプディウスの力か!」

「くぅー、きたきたきたきた、燃えてきたァアー!」

 言うと同時に、シャイザレオンが構えを取る。腰を落とし、仰々しく開いたその腕からは空手などの型を思わせるが、凛子の見よう見まねととったほうが正しそうだ。構えは取っただけで、すぐに敵ロボットに対して走り始める。

「うぅッ!」

 あまりの上下振動に首が揺さぶられ、津達は顔をしかめた。すると同時に、メインモニター一杯にひかるが映し出される。ひかるは青い顔をしていた。

 ――まさか。

 津達が頬を引きつらせるのと同時に、ひかるは嘔吐する。

「だぁーっはっはっはっはっはぁ!」

「容赦はせんぞガキぃ!」

 そんな事態はつゆ知らず再び敵ロボット・オプディウスが回転しながらシャイザレオンに向かって前進――否、突進する。急激に速度をあげ、砲弾のようにまっすぐ突っ走るその姿に、凛子は思わず生唾を飲み込んだ。

「し、シャイザァアレ・ブーストッ!」

「叫んでる暇があったらよけ――ぐゥ!」

 汚れている画面から目をそらしながら、それを縮小しようと苦心する間にも、スラスターによるGを受けてクッションごと右に体を押さえつけられる。

 そんな二人の様子を気遣うはずもなく、凛子はオプディウスの突進をかわすと同時に各部に設置されたスラスターを駆使して素早くシャイザレオンを反転させると、飛翔する。

 画面に映る青から紫がかった色に変色し始めたひかるに内心罵倒しながら、クッションに押さえつけられた腕を上げ、操作パネルを開いてメインモニターからひかるをサブモニターへ切り替える。見えたのはオプディウスの白炎吹き荒れる後姿だった。

「正義はただ、殴るだけぇ!」

「――米沢!」

「シャイザアアァレ・パアァーンチぃ!」

 上空からの一撃。横向きでバランスがとれていなかったのか、オプディウスは地面に墜落して凄まじい音を響かせた。しかしなおも噴出する炎が、オプディウスを前進させる。

「貴様らぁー!」

 男が怒りの雄叫びをあげた。同時にオプディウスの上部の装甲が展開して、三本のアームが伸びる。その先端部にあるものは――

「――……! ミサイル?」

「待て待て、でか過ぎだろッ」

 先ほどシャイザレオンが発射したミサイルとは比べ物にならない大きさだった。シャイザレオンに内装されているミサイルは装弾数を考えて小さめで、成人大ほどの大きさもない。それに比べてオプディウスのミサイルはひとつだけでシャイザレオンの上半身に並ぼうかという巨大さだ。

「まとめて消し飛ぶんだなァ!」

 メインモニターに“ROCK”の文字。

(ロックされたってことか――! このシャイザレオンとかいうののパワーも相当なもんみたいだが、ミサイルなんてどうやって――)

「ふふん、そんなもん、シャイザレオンには無意味だってことを教えてあげるわ!」

 びしり、とご丁寧にシャイザレオンに指差しさせて、スラスターを止めると地面に着陸する。激しい衝撃を受けて吐き気を催した津達は口を押さえたが、その間もシャイザレオンは動き続ける。いや、格好をつけていると言ったほうが正しいのかもしれない。

 足を開いて腰を落とし、腕を胸の前で交差させる。

「いくわよ! ひっさぁーツ! シャイザァァアレ……」

「ふん、なにをする気か知らんがこのオプディウスの巨大ミサイル、止められはせんぞ!」

 発射。

 しばらく下降気味に直進した後、点火して高度をこちらに合わせる、みっつの巨大ミサイルを相手に、凛子は不適な笑みを浮かべた。津達はこれからなにが起こるかなど予想していなかったが、どうにかなるのだろうと楽観的に考えた。成り行き上、このロボットに乗る事になってしまったが、ふざけたパイロットや説明書はともかく、あのミサイルや移動速度を見れば造り自体はしっかりしているのだと考えたからだ。

 大方、ミサイルを妨害する電波などを出すのだろうと、迫りくるミサイルを相手に動こうとしない凛子に検討つける。――しかし。

「……ビィィィィィィィン――って、あれ?」

 怪訝そうな凛子の声。同時に鳴り響くブザー音。

「な、なんだぁ?」

「はぁ? ちょっと、自動パイロットモードでしょ、これ! あー、さっきミサイル撃ったからかぁ!?」

「なんの話だ!」

「ちっくしょー、こうなったらシャイザレ・スクランブル――パァアジ!」

 ぽちっとな、などとふざけた口調で凛子がなにかのボタンを押す。しかし、変化はない。凛子は狂ったように金切り声をあげた。

 津達も言葉にならない声をあげながらひかるに武器を使うように叫んだ。もうミサイルは目前だ。

「あう、ぶふッ。……ぶ、武器?」

「ああ、急げよおい!」

「え、だって武器って……せ、説明書は?」

「知らん知らん!」

 やっと現状を理解したのか、ひかるも悲鳴をあげた。手当たり次第操作パネルを叩きまくっていると、頭にごつんとなにかが落下する。苛立って声を荒げると、落ちてきたものは銃の形をしていた。コードが頭上へと繋がっている。

「……武器って、これ? どーすんのこれ!?」

「いいから、使え! ミサイルに向けて撃てェ!」

 モニターにかざして助言を請いつつも、うろたえながら迫り来るミサイルに向けてトリガーを引く。同時にモニターに表示される“RELOAD”の文字。

「――、ガンコンかよ!」

「稲葉ァー!」

「…………ッ!」

 画面の外に向けて引金を引き、続けて眼前のミサイルに銃口を向けると引金を引く。体を守るように前に突き出した腕をうまくよけて、胸部に設置された砲台が火を噴いてミサイルを起爆させる。

 直撃ではないとは言え、すぐ目の前だ。その爆発の威力たるや、シャイザレオンを弾き飛ばすほどである。仰向けに倒れた機体の上体を起こし、凛子は痛む頭を押さえる。

「……つ――、こんなことなら対衝撃スーツ着とくんだった……」

「あるのかよ……」

 苦しそうに声を漏らす津達。それには答えず、溜息をついて凛子はシャイザレオンを立ち上がらせる。そのシャイザレオンの前方に、オプディウスが轟音と共にゆっくりと下降する。

「ふふふふ……どうした、そんなものか、シャイザレオンとやらは!」

「……ふ……オートパイロットでないとわかれば、むしろこっちのもんよ」

 疲れきった声を出しながら、こちらの言葉を負け惜しみだと笑うオプディウスを睨みつける。そして、こちらも疲れきったように顔を俯けて、クッションに沈む二人に声をかける。

「いい、あんたたち」

「――なんだよ」

 目だけをこちらに向ける津達。しかし、肩で息をするひかるは顔を上げようとすらしない。そんなひかるに舌打ちして、凛子はぼやいた。

「こりゃー、負けたかなぁ」

「……なに言ってるんだ?」

「だって、あんたらやる気ないみたいだし、あたしだけがんばってもきっついし」

 津達は呆けたように口を開いた。この女はなにを言っているのかと。

「おい、お前、ふざけるなよ。俺たちをむりやりこんな物に乗せて、言うにこと欠いてそれか! それに大体、操縦してるのはお前だけだろうが!」

「なぁによお、知らないわよ、役立たず」

「――テメエ……!」

 噛み付くように犬歯を見せた津達を止めたのは、ひかるだった。

 息も荒いながら、顔を上げて凛子に目を向ける。まだ会って間もないが、あの傲慢不遜な凛子がわざわざ弱音を吐いたのだ。それが津達や自分を奮い立たせるための彼女の不器用すぎる言葉だというのは、ひかるには理解できた。

 それで、なにをすればいいのか。

 すがるような目を向けるひかるに、凛子は太い笑みを浮かべた。

「やる気を出しなさい。とにかく腹の底に力ァ溜めて、あのデカブツをぶっ潰してやるぞおお! って気力を絞りつくすのよ!」

「はぁ……?」

「――わかった……」

 困惑する津達だが、ひかるは疑うこともせずに素直に頷くと、顔を再び俯けた。しかし、今度は虚脱しているのではない、ただ力を静かに溜めるように、全身を硬直させる。

 呆れたように声を漏らす津達――そして、それを契機にするようにひかるが顔をあげた。

「わぁーはははははははははー!」

「へ、し、舎弟?」

「稲葉?」

 むりやり、しかし腹の底から出しているのだとわかるその笑い声に、思わず驚いてふたりが彼を呼ぶ。しかし、ひかるはそんなことに気遣う間もないというように、顔を前後左右に揺らして笑い続けた。顔に手を当て、「壊れちまったぞ」と津達が言う。

「……、――!」

 凛子も同じく、呆れたような顔をしていたが、やがてなにかに気づいてにやりと笑う。

「津達、あんたも笑いなさい!」

「なんで――」

「――いいから!」

 溜息をつき、それに従って笑い始めると、凛子に叱咤されて毒づきながらも半ばやけくそ気味に笑い始める。それに続けて凛子も笑うと、巨大なロボット同士が対峙する中で少年少女の笑い声が響き渡るというなんとも奇妙な構図ができあがった。

「……き、貴様ら……ガキどもぉ! 舐めてるのかァー!」

 オプディウスの上部に光が灯る。その巨躯を傾けて轟音を響かせる。突進するオプディウスに対して、凛子はシャイザレオンを引かせなかった。

 むしろ、前へ前へと進める。津達が焦ったように少女の名を叫ぶが、少女はそれに従おうとせず、むしろ黙って見ていろと言ってのけた。

「言ったでしょうが、正義はただ――悪を、殴るだけッツ」

「愚かな、ひき潰してやる!」

 眼前に迫ったその巨大なロボットに対して、シャイザレオンは体を大きく開く。右足を後方へ、半身を大きく右にねじり、凛子が叫ぶ。

「シャイザアアアレ!! プァアアアアアンチッ!!」

 一瞬、シャイザレオンの体がぬらりと青く光り、同時に繰り出された鉄拳が真正面からオプディウスにぶつけられる。その衝撃により地に亀裂が走り、衝突したシャイザレオンの拳とオプディウスの上部を中心に無事だった地面のタイルは捲れあがり弾け飛ぶ。

 その凄まじい衝撃に負けたのは、オプディウスの方であった。推進器の炎が消えて、段々状のボディを回転させながら地面に転がる。

「――う、うぅぅ……な、なにが起きたのだ?」

 うつ伏せに倒れていた男は体を起こす。彼の載るコックピットブロックは水平を保つように設計されているため、どれだけ体を傾けようと彼が倒れることはないのだが、その時の彼は完全に転倒していた。

 ――このオプディウスが揺れたと言うのか。

 乾いた口内からむりに唾液を搾り、それを飲み下す。まだ下を見ている彼の目には、ぼろぼろになった地面が映っている。ゆっくりと、前に顔を向けると、そこには潸然と佇むシャイザレオンが、陽を背に立っていた。顔の中心、恐らく目と思われるその場所からは吸い込まれそうなほどに澄んだ青い光――

(な、なぜだ……あんな奴がこのオプディウスを、正面から撃ち落としたというのか? こ、これは……こいつは……!)

「さぁて、終いにしましょうかオプディウス! 見せてやるわァ、シャイザレオンの真の力を!」

 恐ろしい。

 ただ、その一文字が浮かんだ。そう、彼には理解できなかったのだ。先ほどまで、こちらの動きを止めることもできなかった小物が、こちらの全力を完全に潰したことが、理解できなかったのだ。

 戦慄する彼の目の前で、シャイザレオンは両腕を薙ぐようにして払うと、背部に背負っていた装甲が展開してスラスターのノズルを露出させる。

 上昇していくシャイザレオンを呆然として眺めていた男は、やがてゆっくりと首を振った。

(――なぜ、急にあのロボットのパワーがこのオプディウスに並んだ――いやそれ以上になったのか、そんなことはどうでもいいし、知りはしない)

 そんなことは関係ないのだ、と男は思った。上空で静止する白い機体は、青い輝きを見せて、その体を震わせ始めた。

「いい、ふたりとも。今からコントロールを共有するから、落ち着いて私の言うとおりにして」

「――ああ……」

「わは、わはははは!」

 気の抜けたような津達、未だ笑い続けるひかるを叱咤する凛子。その凛子の言葉と同時に、ふたりのコントロールパネルからふたつのグリップがせり出した。それだけではなく、天井部分からコードにつながれたグリップや、側壁のモニター端からもグリップがせり出す。

 凛子は自分の合図と同時に、左側壁のグリップを前へ引いて、次に足元にある右側のペダルを踏み、最後に上部のグリップを思い切り引き絞るようにふたりに伝えた。

「――来るわよ」

 凛子の言葉に下を見やれば、オプディウスが再び上空へと浮かぼうともがいていた。その体を回転させながら、安定しないスラスターをうまく起動させようとしている。

「このあたしはともかく、あんたたちは限界に近いわ。ここであいつが飛んで空中戦でもしようものなら、負けないにしても勝つことは無理――だから、ここで決めるわよ!」

『おう!』

 力強く答えると、左手を側壁のグリップに、右手を上部のグリップに、右足をペダルへ乗せて、ふたりの少年は少女の合図を待つ。

 少女は、そんなふたりにここで初めて、優しい笑みを浮かべた。そして、すぐにいつものような太い笑みを浮かべると口を開く。

「同時にいくわよ! シャイザァアアレ――」

「――へ?」

「同時だぁ!?」

 思わず叫んだふたりに対して、少女はひとり、側壁レバーを引く。同時にがくん、とシャイザレオンの体が傾ぐと、ブザー音がコックピットを支配した。

「なっ、ぱ、パワーダウンンン? ぬぁにしてんのよ! あんたらっ!」

「ど、同時って……!」

「できるかそんなん!」

「――ガキどもぉ――」

 男の声に、はっとする。すでに浮かび上がったオプディウスは加速を開始していた。自身の重さを支えることもできず、下降し始めたシャイザレオンに、オプディウスが突撃した。

 その巨大な質量に、シャイザレオンはいとも容易く弾き飛ばされて墜落する。

「今度は手加減しないぞ――そこに転がったまま、体を半分にへし折ってやる!」

 男の言葉と同時に、オプディウスは回頭し、上空から仰向けに転がっているシャイザレオンにまっすぐ落ちてくる。もちろん、スラスターでその速度も上がっている。

 上空からまっすぐ落ちてくるその巨大な影は、津達に容易に死を連想させた。それは、ひかるも同じだった――しかし。

「ふんがぁああああ!」

 雄叫びと同時に両手を差し出す。凛子は諦めていなかったのだ。はたから見ても、それを止めるには無理があると思えるその腕は、しかしオプディウスを止めた。

「な、なんだと……!」

 男は、再度戦慄した。オプディウスの突進を、またもこのロボットは受け止めたのだ。地面に深く体をめり込ませながらも、しかし、この機体は――

「――ぬ、ぐ、ぐ、ぐ……な、なにしてんのよっ、あんたら……!」

 顔を真っ赤にして鼻の穴を膨らませ、歯を食いしばっての必死の形相だった。凛子はグリップを必死に押し上げながら、二人に問う。

「こ、こんな美少女が、た、たたた、かってるのにィ……! あ、あんたら、見てるっだけでッ! なにも、しないってェの!?」

『…………!』

 凛子の言葉に、二人は目を見開いた。そうだ、先ほどとは状況も違う。凛子はコントロールを共有すると言った。先ほどまでの凛子だけで戦っていたシャイザレオンとは違う、三人で戦うシャイザレオンなのだ。

 ひかるは口元を引き締め、津達はフ、と笑った。

「自分で美少女とか言うな、そんなツラかよ」

「に、にゃにをぅ?」

「粟実の言うとおり。けど、ゴリラみたいでも女を一人で戦わせるわけには、いかないもんね!」

 二人の言葉に、凛子は食いしばった歯の間から呪詛を漏らしたが、やがて、むりに笑みを浮かべて言う。

「い、いくわよ、二人とも! 側壁レバー、両方とも一杯まで前に!」

「おおっしゃ!」

「行くぜぇえ!」

 二人同時にレバーに手をかける。しかし、そのレバーは非常に重く、自分の肩が外れるのではないかとひかるは思わず力を緩めた。だが、彼の目の前のモニターには、必死でレバーを引こうとしている津達や、押し潰されないように腕を必死に突っ張っている凛子の姿があった。

 彼の目からは、その二人はまるで、自らの体も省みずに戦う、正しく戦士として映っていた。

(――僕は……僕だって!)

「――戦うんだッツ」

 骨の軋む音が、体中に響いた。

 体中の血が沸騰するような錯覚に襲われる。

 津達は口から、自分の肺から漏れ出る音に呻き。

 悲鳴をあげながら、凛子の腕が曲がり始める。

 津達が吼える。

 凛子も吼えた。

 ひかるは――

「うわーっはっはっはっはっはっはっはっはっはーッ!」

 笑った。

 同時に、側壁のレバーがゆっくりと、しかし確実に前へ前進し始めた。凛子の腕も、曲がるのが止み、それどころか更に前へと、腕がまっすぐに伸び始める。

 シャイザレオンは、体中に青い光を纏いながら、ゆっくりとオプディウスを押しのけ始めた。

「――なんなんだ――なんなんだ、このロボットはぁぁぁ……!?」

『いぃーっけェェエエ!』

 三人が叫ぶと同時に、オプディウスを弾き飛ばす。噴煙を撒き散らし、戒めを解いた巨人は地中から体を起こして立ち上がる。体中の間接から火花が散っていたが、その巨躯には力が漲っていた。

「――コイツで、決める!」

「ああ!」

「いつでもどうぞ!」

 弾き飛ばしたオプディウスを正面に見据え、シャイザレオンは胸の前で腕を交差させる。ひかるが、凛子が、津達が、全く同時にレバーを引き、ペダルを踏んだ。

「消え失せろオプディウス! ひっさぁぁぁぁあッつ! シャイザアアアアアアルェェェ――」

 体に纏った青い光が、胴体部へと収束していき、腹部の装甲が展開、左右に開いて中から青い半球体が露出する。光はそこに吸収されるように消えた。

 ――そして。

「――ビィイイイイイイィイィィィンンンムッ!!」

 凛子の叫びと同時に、光の奔流がシャイザレオンの腹部から射出され、オプディウスはその光をまともに受けた。光りは拡大し、オプディウスを押し流しながら、その巨躯を飲み込む。

「こ、これは――」

 男の声と同時に、その膨大な圧力はオプディウスのボディを粉砕した。

 轟音を響かせて吹き飛ぶオプディウス、その爆発さえも押し流して、シャイザレオンはエネルギーの放出を止めた。装甲が元のように閉じて立ち尽くしている。

「……終わった、のか?」

「――とりあえずは、ね。あいつは脱出したみたいだけど」

 凛子の言葉にモニターを見ると、側壁のモニターにはこちらから遠ざかる光点の明滅する、レーダーがあった。

 津達は、人殺しになるよりはいいだろうと思いながら辺りを見回す。凄まじい戦いだった。町の半分ほどが瓦礫と化している。他の、野次馬がいようものなら大変だ。巻き込んではいないだろうかと思わず顔をしかめた。

「……とりあえず、帰るわよ。状況が状況だからか、少なくともヘリに乗った記者とかはいないみたいだし」

「そうだな……厄介ごとはゴメンだ」

 クッションにぐったりと背をもたれさせて、シャイザレオンがゆっくりと浮上する浮遊感に酔う。そこでふと、ひかるの声が全く聞こえないことに気づいて、モニターに目を向けた。

 そこには、疲れきって眠っているのか壮絶すぎて気絶しているのか、白目に半開きの口からよだれを垂らすひかるがいた。

 津達は溜息をついて、「可愛い奴だな」と苛立たしげに言った。



ついにやっちゃったと自分でも思ったロボットモノの小説です。ひとり妄想にふけっていると、よく飛び交うロボットの映像があったので、それで適当に(脳内で)遊んでいたときのネタを小説にしてみようと思い立ったのが事の次第です。

更新はとても亀さんですが、たまに思い返す程度でいいので読んでみてほしいです。

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