0 祖母の死、そして残された「四つの謎」のこと
私の祖母、森キミ子は、2013年8月21日午前5時45分、93歳を一期として永眠した。彼女は大正と昭和の激動する戦中後を生きた普通の日本人の一人である。
祖母は、その激動の生涯の経験を以て、私にたくさんのことを教えよう、伝えよう、としていたに違いない。しかし私が学ぶことができたのは、哀しくも、その中のほんのわずかであり、多くの教えは、もはや取り返しのつかない不可逆な時間に入ってしまった。
いくつかの断片的な記憶が、思い出されるだけ。
祖母の葬式の日、参列した親族が涙に暮れる中、私は次の疑問を解こうと決めた。
1)私の足の裏を見た曾祖母の一言「あ・・・ヒデオの生まれ変わりばい」。
この、ヒデオとは誰のことか?
2)若い頃、朝鮮の「竹島」に住んでいたという祖母。
しかし竹島は、広くはなく、人は住めないのでは?
3)高校を卒業するとき、突如現れてお祝いしてくれた「双子の<おば>」。
しかし、そんな<おば>は、私には存在しない。いったい誰だったのか。
4)恩人だった祖母の長兄。
どこでどうやってどのように「戦死」したのか?祖母のいう<みちな>とは何なのか。
<ほんとうに個人的な日本史>は、これらの疑問を解くことから始まる。
次回は、
1 足の裏の赤い三角あざ、そして溝にはまって「変死した伯父」のこと
です