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異形人外恋愛系

いしゅこいッ




「ミレイ、我が最愛の花嫁」

「ドゥラク様っ」



 いきなりだが、推しの実在する乙女ゲームの世界にモブ女子として転生した。



 パソコンでダウンロードして遊べる「いしゅこいッ」はその名の通り、人間のヒロインと異種族ヒーローたちとで織り成すちょっと変わった恋愛シミュレーションゲームだ。

 局地的なプチ人外ブームが起こった際、ニッチビジネス狙いの小さなゲーム会社が開発したのだと、SNSで流れてきて知った。


 現代ファンタジーな世界観で、イールイ国際大学附属高等学園に主人公であるヒロインが転校してくるところから物語は始まる。

 ちなみに、イールイは異文化交流に力を入れている偏差値高めの高校で、ヒロインは親の転勤により二年生に進級するタイミングで学園に転入した、という設定だ。

 彼女は多種多様なヒーローと出会い、一年の時をかけて彼らとの仲を進展させていく。

 三学期末までに、無事に誰かと両想いになれればハッピーエンド。

 ゲームであるからには当然、誰とも結ばれないノーマルエンドや死亡のバッドエンドも存在する。


 そして、この「いしゅこいッ」において、攻略可能なヒーローは五人だ。


 メイン枠は、銀髪紅眼の美貌の吸血鬼な先輩で、プライドがエベレスト級のツンデレ。フワモコ蝙蝠姿にも変化でき、一粒で格好いいと可愛いが摂取できるお得仕様。

 幼馴染枠は、赤髪金眼のライカンスロープな同級生。脳みそ筋肉のドジっこワンコ。耳と尾だけケモなイケメン獣人姿が基本だが、モフモフ狼男にもなれる。

 ショタ枠は、金髪碧眼のアンドロイドな後輩。真面目なクーデレタイプ。全身に高威力の武器が内蔵されており、非常時になると各所が変形する少々危険な存在だ。

 大人枠として、黒髪翠眼の竜人な先生もいる。のんびり気質で優しいけれど、ちょっと天然。完全な人型、翼付きリザードマンのような半竜型、西洋竜型と三つの姿を持っている。


 最後に、ゲテモノ枠と揶揄われがちな我が推し。

 魔界からの留学生。ガチの人外好きも引き込みたかったのか、彼だけは人間形態を持たない上、イケメンに当てはまる見目をしていない。

 岩のように硬い薄紫の鎧じみた厚い肌、全面漆黒の眼球の奥には黄の光が淡く揺らめいている。額から側頭にかけて大きく捻じれた角を有し、毛髪はなく、後頭部にはどこかトリケラトプスのフリルに似た盛り上がりがあった。角かフリルの下に隠れているのか耳は見当たらず、鼻は髑髏に似て、ほぼ平面に二等辺三角形風味の穴が一つ開いている。その下の唇のない広く裂けた口の上下からは巨大で鋭い牙が飛び出していた。肌という名の装甲の隙間からは棘が生え、手足の先の爪は太く強靭だ。全身ガッシリとした厳つい体格で、他のヒーロー四人と比べても頭一つ分は背が高い。

 有り体に言って、モンスターだ。

 それも四天王だの魔王だのと恐れられるレベル。

 ただし、性格は口下手な乙男(オトメン)である。

 レース編みや刺繍、ぬいぐるみ制作にスイーツ作りが主な趣味で、愛用の小物は大体がパステル調で揃えられている。

 この内外のギャップの激しさが更に誰得感を増幅させたようで、ネット上や二次創作ではやたらにネタ要員として扱われていた。



 ……さて、雑に情報を整理したところで現実に戻ろう。


 今、私の視界の端ではゲームにおけるクライマックスシーンが展開されている。

 主人公であるヒロインは、メインヒーローである吸血鬼と結ばれたようだ。


 一応、ゲームのファンではあるが特に夢女子でもなかったので、私は彼らの物語に一切介入していない。

 推しが実在する世界に生きている奇跡に感謝したり、学内ですれ違う機会があった際に生の推しの存在感に圧倒されたり、体育祭や文化祭や修学旅行で遠目に見かけた青春中の推しの姿に感極まって泣きそうになったりはしたが、あくまでモブとしての役割を全うした。


 これまでは。

 そう、これまでは。


 はっきり言って、私は推しに幸せになって欲しいタイプのオタクだ。

 物語の中で死んでしまったり不幸になる推しがいれば、もしものハッピーエンド二次創作をこの手で大量に産み出してきた。

 そして、「いしゅこいッ」のヒロインが推しを選ばなかった結果、彼が一生独り身で、乙女趣味の理解者の少ない魔界で、肩身狭く生きて死ぬ未来を知っている。


 要は、主人公以外、誰も彼を幸せにしてくれないのだ。


 私は夢女子ではない。

 だが、推しが幸福になれない未来など到底受け入れられないし、認めてやらない。

 だから、私が彼を幸せにする。

 ゲームの結末が確定した今、そう決めた。

 恋なんて軽く超える巨大な愛で、推しを厚く包囲してやるのだ。



~~~~~~~~



 雲行きが怪しくなってきた辺りから、実は仕込みだけはしていた。

 使わずに済むなら、それに越したことはなかったのだが、こうなっては遂行するより他はない。


 放課後、教室から出て来た所を見計らって、私は彼に声を掛ける。


「すみません、サティアッスス・ヘルゴべールさんですよね。

 少しお話よろしいですか?」


 瞬間、周囲の人間が息を飲んだ。


 突出した容姿の厳つさと教師を越える戦闘能力の高さと口数の少なさのせいで、ほとんどの生徒が彼を恐ろしい存在だと誤解しているのだ。

 まぁ、魔界で壮絶ないじめにあっていたことを考えると、コレでも随分マシと言えるし、変に集られるよりは気も楽だろう。

 そもそも彼が口下手なのは、留学生でこの国の言語に不慣れという理由もあるが、大半はいじめが原因で、自己主張することが酷く苦手になってしまったからだ。

 であれば、理不尽に貼られたレッテルを覆すことも難しい。


 あっ、ちなみにサティアッススが名前で、ヘルゴべールが苗字ね。

 互いの文化を尊重するためとか何とかで、この学園では名の呼び順は各々の祖国に準ずることになっている。

 そのせいでずっと相手の名前を勘違いしていた、なんてことも稀に起こっていて、個人的にはどうかと思うルールだ。


「……なん、だ」


 目を細め、私を見下ろしてくる推し。

 彼は二メートル近い高身長キャラなので、百六十センチジャストの私はとても首を曲げなければいけない。


 しかしまぁ、声がいい。

 深みのある僅かにひび割れたバス音域ボイス……大好き。

 生の推しが私だけに意識を向け私だけに話しかけてくれるなんて、一体いくらお金を払えばいいのだろう。


 いや、きっと困惑させてしまうから、実行はしないけれども。


 周りの生徒たちは、彼が不機嫌になったと勘違いして無駄に(おのの)いていた。

 が、おそらく当人は見知らぬ他人に声を掛けられて、緊張しているだけだと思われる。


「えーっと、ちょっと見て欲しいモノがあるので、場所を変えながらお話しさせていただきたいんですが」

「……分かっ、た」


 うん。

 いかにも怪しい誘いだが、断られないのは知っていた。

 彼は基本的に優しい人だから。

 ゲームでも、生身になった今も、それは変わらない。


「ありがとうございます。

 では、こっちです」



 縦にも横にも大きな推しと並んでもまだ余裕のある広い廊下を歩きながら、私は正面を向いたまま、時折に彼の顔を見上げつつ口を開く。


「改めて、はじめまして。

 普通科二年五組の石井カイナと申します。

 さっそくですが、私、美術部に所属しておりまして、それで、今、花を抱く少女の絵を描いているんですが……その少女の抱く花の部分を貴方に刺繍してもらえないかと思いまして」

「……絵に、刺繍?」

「はい、キャンバス……えっと、紙じゃなく布に描いてるので、イケるんじゃないかと思うんですよね。

 九月の文化祭で手芸部の、ヘルゴベールくんの展示作品を拝見して、ソレで触発されて筆を取って……。

 でも、絵ではダメなんです、花は。

 貴方の、誰かの幸福を願うどこまでも優しい祈りがそのまま形を持ったような、あの刺繍でないと、本当には完成しないんです。

 だから、ぜひ、お願いしたくて」


 自分で懇願しておいて何だが、一方的に気に入ったから作品づくりを手伝ってくれとは、あまりに図々しい話だ。

 しかも、私は報酬について一切語っていない。

 完全クソ地雷案件である。

 だが、彼の性格を考えるなら、コレが一番良いのも確かなのだ。


 まぁ、この依頼が断られたとしても、一つのキッカケにはなる。

 私が作り手としての彼に興味を持っているのだと、そう認知させることが出来るからだ。

 あとはマメに声を掛けて徐々に警戒を解かせ、そこから少しずつ作品だけじゃなく彼本人にも好意を抱いている事実をアピールしていけばいい。

 いきなり押せ押せ態度で告白やプロポーズなんてしても、拒絶されるのは目に見えている。

 いじめのせいで人間不信ぎみなのもそうだけど、ゲーム主人公への淡い想いが砕け散った直後でもあるのだ。

 散々痛めつけられて弱りきった精神状態にある彼を、無闇に困らせたくはない。


 受けてくれたら受けてくれたで、作業に従事することで失恋の苦しみを多少は紛らわせてあげられるはずだ。

 私も依頼人として声を掛けやすくなるし、二人で一つの作品を手掛ければ自然と仲間意識も生まれるだろう。


 どう転んでも損のない計画、というワケだ。


「……なぜ、今」


 彼が独り言のようにポツリと呟く。


 あぁ、九月の文化祭から時間が経ちすぎていると疑問に思ったのかな。

 ちなみに今は二月末だ。

 攻略するキャラによってエンドの時期は微妙に変わって、吸血鬼先輩の場合は卒業式だった。

 もちろん、彼の問いに対する回答は用意してある。


「いえ、実際、機会はうかがってたんですよ、ずっと。

 ただ、お見かけした限りでは、毎度どうにもご多忙そうで……迷惑になるかと半ば諦めていたと申しますか。

 けれど、最近になって急に暇……お手すきのようでしたので、意を決してお声掛けさせていただいた次第です」

「……む」


 ヒロインのために頑張って色々動いてあげてたものね。

 推しが幸せになれるか否かの瀬戸際に、まさか邪魔なんてするワケがない。

 ま、結局ダメになっちゃったから、こうして策を弄してるんだけど。


「すま、ない。気を、遣わせ、た」

「えっ。謝らないで下さい。

 勝手な都合で押しかけているんですよ、こっちは。

 逆に申し訳ないですって」


 ああんもぉぉ、いい人ぉ、好きぃぃ。

 見た目も物理的な強さも性格も、もう丸ごと全部好っきぃぃぃ。

 お願いだから、この世の誰より幸せになってぇぇぇぇ。


「あ、ここです。到着しましたよ」

「……第二、美術、室」

「はい。今日は部活動はお休みで他の生徒はいないので、気兼ねなく入っちゃって下さい」


 部の顧問から借りていたカギで扉を開け、私は彼に入室を促した。


 っああぁ、あなや。

 待って待って待って。

 入口にコツっと角ぶつけちゃってる。

 かっっっわい。

 えっ、可愛い。推し、かっっっっわい。

 そんで、ぶつけたトコ軽くさすってるのエッロ。

 ヤッバイ、エッロイ。エロイムエッサイム。

 性的すぎてモブおじさんに拉致られちゃう。

 でも、推し強いから余裕で返り討ちにしちゃう。

 背が高いと大変だ。

 主に私が。

 推しの背が高いせいで私の脳内が大変だ。

 ヒッヒッフー。


 必死に平静を装いつつ彼に続いて部室に入り、扉の右側にある壁に手を伸ばす。

 消されていた電灯のスイッチを入れて、私はキャンバスの並ぶ部屋の奥へと歩を進めた。


「こちらが例の絵になります」


 埃避けに被せていた布を取って、中身を晒す。

 細い両腕いっぱいに花を抱えた、満面の笑みの少女の絵だ。

 花の部分だけ塗り残しているので、下の布地がそのまま見えている。


 しばらく無言でじっと私の絵を眺めていた彼は、やがて少女から目を逸らさぬまま、短い感想を述べた。


「すごい。コレ、笑顔、いい」

「うぇっへへ、ありがとうございます」


 ヤベ。推しに褒められて素で変な笑い声出た。

 恥ずかし。

 とんだ恥ずかし乙女。


「作品の雰囲気で考えると油絵の方が良かったんですが、学園は嗅覚の優れた生徒も多くて臭いのキツイ画材は使えなかったので、結局、アクリル絵の具で描いてるんですよね」


 照れを誤魔化すように、彼に全く関係のない話を早口で零してしまう。


 いけない、いけない。

 本題に戻ろう。


「それで、どうでしょう。

 引き受けていただけますか?」


 両手を祈る形に組んで、私は彼の横顔を真剣な表情で見上げた。


 はぁ、カッコイイ。

 ゴツゴツトゲトゲした攻撃的な造形、最の高。

 こんなに間近で生の推しが拝めるなんて、私、前世でどんな徳を積んだんだろう。


 心の内でアホなことを考えていると、やがて彼はゆっくりと深く頷いて、鋭利な牙をモゴつかせた。


「ん。やって、みたい。

 絵の、少女、喜ぶ、花、刺す」

「ぃやった! ありがとうございます!」


 直後、反射的に全力でガッツポーズを取ってしまう私。


 いやん、はしたない。

 お里が知れましてよ。


 さっと姿勢を正せば、いつの間にか、推しがこちらへ向き直っていた。

 けれど、特に何か言ってくるわけでもなく、観察するような目つきで、ひたすら私を深い闇色の中に映している。


 おっおっ、長い、長いな。

 必死で平気なフリしてるけど、あんまり続くと照れてまうでよ。

 死してなお愛でてやまぬ天下の推し様からの目線やぞぉ。

 はぁん、鎮まれ私の血行っ。


「石井、さん……オレ、怖がら、ない、不思議」


 ふと、低い呟きが落ちてきた。


 ひえっ、なっ、名前呼ばれたっ!

 いやいやいや、ソレより、このセリフは結構なターニングポイントでは?

 一番最初のフラグが立ちかけているのでは?


「あははっ、不思議って。

 あんな繊細で可愛くてフワフワしてて砂糖菓子の見る夢みたいな作品の作者を怖がる理由なんてありませんよ」


 そう告げて、笑いながら彼の逞しい腕を軽く叩く。

 ボディタッチで、本当に怖がっていないことを証明すると同時に、異性としても意識してもらおう作戦だ。

 我ながら、あざとい。


 実際のところ、転生者じゃなければ近寄りもしなかっただろうなと思うけど、そんなもしもは存在しないんだから言わぬが花というもの。


 直後、彼は漆黒の眼球を皿のように丸くしてから、石膏像の如く固まってしまった。

 それだけ今の私の言動に驚いているのだろう。

 ずっと気安い間柄の人間もいなかったのだから、こうした反応も仕方がない。



 あぁ、唯一無二の至高の我が推し。

 サティアッスス・ヘルゴべール。

 そのままどうか私に惚れてくれ。

 そうしたら、私はこの命の全てをかけて、貴方の人生を幸せなものに変えてみせるから。



 しばらくして再起動を果たした彼に、私は今後の予定等を話していく。


「美術部は案外部員が多くて騒がしいので、良かったらこのキャンバスは手芸部に持っていって、そちらの部室で作業されて下さい」

「……ん」

「刺繍するにあたって、分からないことや困ったことがあれば、いつでも聞いていただいて大丈夫ですから。

 あ、でも、それぞれ都合もあるでしょうし、連絡先を交換しておきましょうか」

「分かっ、た」

「そうだ、いきなり本番だと不安ですよね。

 練習用にこっちの小さいキャンバスもいくつか渡しておきますね」

「あり、がたい」

「たまに手芸部まで進捗とか見に行ってもいいですか?」

「構わ、ない」


 言われるがまま何でも頷いちゃう推しが無防備すぎてツラい。


 大まかな流れを決めた後は、彼と共にいくつかのキャンバスを手芸部まで運搬して、その日はそのまま解散した。



 それから、メールでの数回のやり取りを経て、依頼から四日目の放課後、私は手芸部に顔を出していた。

 ちなみに、部室にいるのは彼一人だ。

 一年前までは結構な数の部員がいたが、彼が入部した途端に皆辞めてしまった。

 一応、部を存続させるために顧問が自分のクラスの帰宅部生徒に名を借りて最低人数を揃えているのだが、そんなワケなので、実際に活動しているのは推しだけだったりする。


「へへ。さっそく来ちゃいました」

「……本当、に、来た」

「あっ。実は迷惑だったりしました?

 私も絵を描く立場上、見られてると集中しにくい気持ちとか分かりますし、無理そうなら出て行きますよ?」

「……いい、大、丈夫」


 案外やる気満々らしい彼はこの四日で練習しまくって、もう本番に取り掛かろうとしているのだという。

 それで、良い口実になると判断した私は、一針目に立ち会いたいと約束を取り付けて、こうして意気揚々、部室に乗り込んで来たのだ。


「希望、あるか?」

「え?」

「どんな、花、いい」

「ああ、お任せしますよ。

 貴方が彼女に贈りたいと、相応しいと思った花を抱かせてあげて下さい。

 欲しいのは花っていう形だけのモノじゃなくて、貴方という人の心ごとですから」


 ……なんて、ちょっと際どい表現で攻めてみる。

 ドキッとしてくれたら嬉しいけど、推しは純粋だから、多分、変な深読みとかはしてくれないだろうな。


「分かっ、た。頑、張る」


 うん。

 案の定、単純な作品への期待と受け取ったようだ。

 一片の動揺も見えない。


「ありがとうございます。

 でも、無理はしないで下さいね」

「……ん」


 そして、始まる刺繍作業。


 互いに無言のまま、十分、三十分、一時間と、ただ時だけが過ぎていく。

 世界にたった二人きりのような静けさだ。


 やがて日の入りが近付いて、教室の中が赤く染まった。

 そんな折りに、ふと推しが沈黙を破る。


「暇、か?」


 開始から二時間近く経った今更になって聞いてくる辺りが、非常に彼らしい。

 自然と笑みが浮かんでしまうが、理由は誤解してもらおう。


「いえ、全然。

 糸がどんどん花びらに変わっていくのが、魔法みたいで面白いです。

 いつまででも見ていられますね」

「……なら、いい」


 それきり彼は口を閉ざし、再び室内に静寂が戻った。


 推しの作業を生で見学できるのも素晴らしいが、集中する凛々しい彼の横顔を独り占めというシチュエーションがもう神すぎる。

 ああ、なんと有意義で贅沢な時間だろうか。

 課金したい欲がムクムク湧いてくる。

 彼の制服に万札をねじ込めたら、どんなに幸せだろう。

 まぁ、さすがに困惑しかしないだろうから、我慢一択なんだけど。


 そうこう考えていると、あっという間に下校時刻が来て、残念ながら撤収の流れになってしまう。


「今日は楽しかった。

 また見に来ていいですか?」

「……ん」


 いいらしい。

 これは連日入り浸るしかないだろう。



 そうして断られないのを良いことに、本当に毎日毎日、私は手芸部に面の皮も厚くお邪魔し続けた。

 三月の部活動については自由参加になっているので、こちらにばかり通っていても問題にはならない。

 でも、日参したおかげか、彼との心の距離は徐々にだけど縮まっていったように思う。



「年、同じ、丁寧、いらない」

「そう?

 一応、頼んでる立場だし、あとは職人に対する敬意って感じだったんだけど……。

 まぁ、それなら、お言葉に甘えさせて貰おうかな」


 とか。


「ヘルゴベールくんは……」

「サティ、でいい。呼び、にくい」

「いいの? ありがとうサティくん。

 私もカイでいいよ」

「……ん」


 とか。


「カイ、さん、言葉、分かる、あり、がたい」

「雑な解釈だけど……きちんとサティくんの意を酌めてるなら良かった」


 とか。


「あっ、そうだ。刺繍糸代を払わないとだよね?」

「いらな、い。部費、余って、る」

「……ああー、そ、そっかぁ。

 ええっと、じゃあ、ありがたく?」

「ん」


 とか。

 相変わらず作業中は無言だけど、その前後でファンに刺されそうなやり取りを沢山交わしてきた。

 部室の外でも、すれ違えば会釈とか、挨拶とか、自然と出来るようにもなった。

 皆が怖がってる彼に普通に接してるってコトで多少変な噂も流れたけど、傍目に距離感が微妙だったのか、騒がれるってレベルの話にはならなかった。

 ソレはソレとして、稀にだけど、彼も到底笑顔に見えない怪しげな笑みを浮かべてくれるようにもなったし、当初からすれば随分と仲良くなれたものだと思う。



 だから、あとはそう、異性として意識してもらうだけ。



~~~~~~~~



「完、成」

「だね。

 ああ、やっぱり貴方に頼んで正解だった」


 二人並んで感慨深くキャンバスを眺める。

 色鮮やかな刺繍の花を抱えた少女は、彼女だけが(えが)かれていた時よりも何倍も幸せそうに見えた。


「……ありがとう、サティくん。

 私の自己満足に付き合ってくれて」


 そう告げて、ゆっくりと彼を見上げれば、私の視線を追いかけるように黒の瞳がこちらを向く。


 さあ、ここが勝負所だ。


「貴方の……」

「……ん?」

「じんわりと暖かくて深くて透き通った、どこまでも優しい祈りが……この世の誰にも届かないまま虚空に溶けて消え去ってしまうのが、私、嫌だと思った。

 同じくらい大きな愛と喜びをもって受け止めてくれる人がいて欲しいと思った。

 報われて欲しかった。

 ……だから、この少女は産まれたの」

「え」

「……良かった。

 貴方が作品のまんま、とっても優しい人で」

「な、に」


 急な話で混乱してるかもしれないけど、ごめんね。

 ここからが本題だよ。


「あのね、迷惑かもしれないけど、伝えさせて欲しい」


 彼の大きな右手を両手でギュッと握って、熱い吐息と共に震える声を吐き出す。


「私、サティくんが好き。

 ずっと一緒にいたい。

 貴方の隣で生きていきたい」


 息を飲むサティアッスス。


 ああ、言った……言ってしまった。

 これでもう後には引けない。


 私の好きは、普通の恋愛の好きとは違うけれど、彼を幸せにしたい気持ちだけは誰にも負けないから。

 だから、どうか落ちてきて欲しい。

 石井カイナという女をサティアッスス・ヘルゴべールという男のために生きさせて欲しい。

 愛させて欲しい。



 長い、長い、緊張を孕んだ沈黙。



 先に耐えられなくなったのは、私の方だった。


「……なんて。

 ごめん、重いよね、私。

 忘れちゃっていいから」


 するりと両手を離して、同時に足を一歩引く。

 瞬間、頭上から落ち着いたバス音域の声が降ってきて、私は驚きに身を竦めた。


「カイ、さん」

「はっハイッ」

「絵」

「え?」


 なに?


「なぜ、惹かれた、か。

 花、刺したい、思った、か。

 やっと、分かっ、た」

「ええっと」


 コレ、告白の返事じゃなくて、前置きの方の話かな。


「オレの、ため、の、絵、だった。

 オレ、だけの、ため、の、絵、だった」

「いえあの、アレは結局のトコ、自己満足で……」

「救わ、れた」

「へ?」


 救われ、た?


「ずっと、愛した、かった、愛され、たかった。

 ありのまま、を。

 行き場、ない、途方、ない、夢。

 この、絵が、それを、叶えて、くれ、た。

 ありが、とう」

「サ、サ……ティ……く……?」


 なに、それ。

 なにそれ、なにそれ、なにそれ。


 あっ、ああっ、あああ!

 ああああ涙腺決壊!

 滂沱不可避コレ!


 すく、救われたって、サティアッススが!

 私の絵で! 私の! 絵で!

 ナンデ!

 私が彼を幸せにしたいのに、ナンデ私が彼に幸せにされてる!?

 ナンデ、私だけが今、こんなにも嬉しい!


「よ、よか、良かっ……た……!」


 サティアッスス!



 ズルズルと床に崩れ落ちて、そのまま体を丸めて泣き濡れる。

 そこそこ長い間そうしていると、やがて、躊躇いがちに硬い手が私の背に添えられ、不慣れな様子で上下に擦り出した。


「想像、した」

「うぅ?」


 な、何を?


「一緒、生きる。

 隣、いる。

 想像、できた、簡単、に」

「フゴっ!?」


 ひぎい!

 鼻水のせいで豚のような声ががが!

 いや、そんなコトより想像!?

 彼が、私との!?

 しかも簡単ってナニ!?


「とても、いい、思った。

 家、可愛い、怒ら、れない。

 穏やか、二人、ありのまま」


 ホワイ、プリティーハウス!?


 ていうか何か真面目な空気だし、その前に一回鼻をかみたいんですが。

 さっきから私だけマヌケすぎる。

 けど、彼の前でブンブン汚い音も出したくない。

 助けて恋愛の神様、今すぐ私の顔面を洗浄して。


「カイナ」

「ふぇい」


 オッホちょっと待って急に呼び捨て待って心臓止まる待って死ぬ。


「結婚、する?」

「しゅりゅううううううう」


 おいバカ脊髄反射バカ脳みそ通してから口を動かせバカ!

 もうバカ丸出しバカ!

 こんなはずじゃなかったのに何だこの結果オーライ!


「……ッハハ」


 おんぎゃあああッ!

 サティアッススが声出して笑ってるうううう!?

 超スーパーウルトラ激レア最高シチュエーション見たいいいい!

 でも、涙と鼻水でグズグズの顔を見られたくないいいい!

 ひぃいん!


「ありが、とう、カイナ。

 オレ、もっと、強く、なる」


 え。

 えっと、肉体的にはもう十分強いから精神の方の話ですかね。

 ビックリして思わず真顔になっちゃったよ。


 直後、彼の手により軽々と持ち上げられ、そのまま広い胸元に抱きかかえられる我が身。


 オーゥ。ホワッツ、ハップン?

 あったかくて硬くて所々チクチクしますね。

 こやつめ、ははは……発狂させる気かな?


 ゆらゆらと巨体を左右に揺らしながら、彼はリズムよく私の背を叩いている。

 その流れのまま、なぜか赤子のように手厚く世話を焼かれてしまった。

 頭の天辺を角でゴリゴリしながらあやされたり、ティッシュを持って来て鼻をかまされたと思えば、涙を青い舌で拭われたり、頬を撫でられたり、手作りのシュシュをプレゼントされたり、フリフリの服を着た小さいテディベアを渡されたり、手をやわやわ揉み込まれたり、他にもエトセトラエトセトラで、数十分後、無事、石井カイナの尊厳は死亡した。


「よし、よし、カイナ。

 可愛い、可愛い」


 いや私がサティを幸せにしたくて一世一代の告白をですねあの待ってコレ完全に立場逆だしゲームヒロインと結ばれた時と全然態度違うんだけど甘さと距離感がヤバイんだけどバグってんだけど待って知らないこんなの頭が沸騰しちゃう待って本気でナニコレぇぇぇぇぇ?

 

「サっ、サティアッススさぁん?」

「ん、カイナ。

 一生、大事に、する」


 ひいっ!

 だから、逆なんだってばぁーーーーっ!?




 うわぁぁぁん!





「いしゅこいッ」

 HAPPY END No.???



おまけ


「あの、サティ。

 ずっと抱えてるけど、重くない?」

「軽い。カイナ、子犬、同じ、ぐらい」

「さすが最強系男子は誤差の範囲がガバガバだなぁ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] でみめん一時期やってたし完全人外も有りか
[一言] かわいい!好き!ありがとうございます! 続きが読みたくなりました。
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