9 創業 これからに向けて
トーサを見送れば、すっかり日は暮れていた。
皆で装備品を保管庫に運び込み、夕食の準備や日々の雑務を片付ける。
デリックとキヨ親子にも、近々この館にも移り住んでもらうことになっている。部屋は有り余っているし、わざわざ遠方から通ってもらう必要もないからだ。
「えへへ。プリシラさん髪の毛してください!」
「はいはい。そこにお座りになって」
湯あみを終えたキヨとプリシラが、仲睦まじく話をしている。
見かけは同年代、それもどちらかといえばキヨの方が発育が良いが、実年齢十二歳の獣人少女は、お嬢様からは妹のように可愛がられている。
「む、ううむ……」
「あまり根を詰めないでください。直ぐに思うように動かせますよ」
「いやお恥ずかしい。また剣を振れると思うと、何やら気がはやりましてな」
と、ロットとデリックは酒を傾けながら談笑している。
共に魔物と戦い続けた半生を持つ者ということもあり、二人は随分と話が合う。
「しかし、あなたのような逸材を手放すとは、マイルズも焼きが回りましたな」
「ギルド長をご存じなんですか?」
「昔に少し……つまらん話です」
そうこう話しているうちに、消灯の時間も近付いた。
部屋へと戻る前に、プリシラが明日の予定を簡潔に伝える。と、
「ああ、そういえば社長。診断の件はお伝えしたのですか?」
彼女がそんな事を言い出した。
「え、診断ってなんですか!?」
就寝用に緩めの三つ編みを下げたキヨが、不思議そうに尋ねる。
ロットが近々受けてもらおうと考えていたのは、個々の能力を調べる魔法による診断だ。
大賢者が編み出したのは、その個体の身体能力や所持技能などを数値化、可視化するという魔法である。
魔物の能力を見極めるために活用していた魔法だが、事業を起こすにあたり、社員たち育成の為に役立てないかと考えたのである。
ただ、個人のプライバシーを丸裸にするような魔法なので、説明と同意を得る機会をうかがっていたのだ。
「ほう。それは面白そうですな。ぜひとも調べてもらいたい」
以外にも乗り気なのはデリックだ。
やはり一廉の武人として、自分の力量が明確に分かるというのは興味をそそられる話なのだろう。
「ご本人の了解が得られれば、構わないのではありませんか?」
「え、今からか?」
プリシラにそう促され、ロットは少々困惑する。
まあ然程時間がかかる訳でもなし。それにいずれは調べておかねばならない情報だ。青年は断りを入れて、デリックの頭に手をかざす。
「【能力分析】」
軽やかな呪文と共に、ロットの頭に津波のように情報が浮かび上がる。
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デリック・ローナン 41歳 人間族 男
生命力 724/724
精神力 152/152
腕力:328
耐久:261
敏捷:237
技術:317
魔力:113
所持技能
【ザイデン流剣術:S】
【武芸百般:A】
【魔物知識:B】
【サバイバル術:C】
【追跡術:C】
【教導:C】
【魔力操作:D】
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ほう。これは興味深い……高いのか低いのかは、よく分かりませんが」
「相当高いと思いますよ。A級冒険者をはるかに上回っています。失礼ながら、十年以上のブランクがあるとは思えません」
明らかになった数字を文字に起こし、皆で検分する。
デリックの能力はロットの予想を超えて優秀だった。
基礎スペックの高さもさることながら、技能群も高レベルで、しかも魔物退治に必要なスキルが揃っている。
おそらく彼なら高ランクの魔物をも独力で狩ることができるだろう。育成すべき駆除人の見本となるような能力値だ。
「しかし、剣術がここまで高いのは意外でしたな。まだまだ極めつくさぬ身の上だと思っていましたが、ここいらが頭打ちなのでしょうか……」
「いえ、まだ技能には上の領域がありますので……現状でも素晴らしい技をお持ちだと思いますが」
「ほう? それは却って安心いたしました。ならば階梯を登るべく、一層精進すべきですな」
と、デリックはにやりと鋭い笑みを浮かべる。
娘を守り育てるために争いから離れたとはいえ、やはり彼の根底には武人としての熱い血が流れているのだろう。
「私も! 私にもしてください!」
一通りデリックの能力を評していると、キヨが勢い込んでそう頼んできた。
父と同じ道を歩むことを望んでいる彼女も、当然自分の能力を知りたいはずだ。
「ああ、もちろんだ」
ロットは快く頷いて、キヨにも【能力分析】の魔法をかける。と、
―――――――――――――――――――――――――――――――――
キヨ・ローナン 12歳 白狼族 女
生命力:63/63
精神力:26/26
腕力:21
耐久:18
敏捷:32
技術:7
魔力:20
所持技能
【気配探知:E】
【魔力操作:F】
【神獣因子:―】
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――ん?」
初めて目にする技能に、ロットが首を傾げる。
「どうされましたの?」
「いや……」
プリシラに心配されるが、とにかく文字して皆に見せる。
能力自体は平凡で、何の訓練も受けていない少女ならば当然といった数値が並んでいる。敏捷の値がやや高く、【気配探知】の技能を有しているのは、獣人の種族的な特性だろう。ただ、
「【神獣因子】ですか……」
「え、え? 何なんですかそれ? あると変なんですか?」
ロットでさえ聞いたことのない技能である。おそらくは身体的特徴に起因する技能だろうが、これ以上調べるにはさらに別の魔法を掛けねばならない。そこまで行くと、他人が目にするべきではない情報まで明らかにしてしまうため、青年は詳細に調べるべきか迷う。
「……それはおそらく、この子の両親に由来する能力でしょうな」
と、デリックが静かに語り始める。
なんでもキヨの種族である白狼族には、古くは神獣(魔獣とは異なる人類に友好的な超越存在)へと連なる血筋を持つとの言い伝えがあるらしい。
キヨにその力が伝わっていても不思議はないと言うのだ。
「なるほど。まあ害になるような技能ではないでしょう。まだ発現してもいないようですし、先々体質の変化などに気を付けながら、経過を見ましょう」
デリックから事情を聞き、ロットはそう結論付ける。
キヨにも体質に由来する技能はまま見られることだと説明し、安心してもらう。
「大事なのは、これからどうやって能力を伸ばしていくかだよ」
「そうですわ。早くデリック様のようになっていただきませんと」
「は、はい! 頑張ります!!」
ロットとプリシラに励まされ、白髪の犬耳少女はふんすと両手を握りしめる。
そうして慌ただしい一日は過ぎて行った。
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