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7 創業 装備の新調



 屋敷の中庭は、いつしか社員たちの訓練所となっていた。

 芝生の上に並んで立っているのは、先日入社したばかりのデリックとキヨ親子。

 彼ら二人に、ロットが自らの技能を教えているのだ。


「前にも軽く話しましたが、俺の身体能力が高いのは体力に魔力を上乗せしてるからです」


 明らかに肉体機能で劣るロットが、デリックと互角以上の戦いを演じた理由。

 それは魔力を身体に循環させ、反応速度と出力を著しく向上させたからだ。


「優れた戦士の人は割と自然にしてますけど、実は体系だっては教えられてないんですよね。どうも個人の資質や感性に依存すると考えられているみたいで……」

「な――」


 ロットの説明に、絶句するのはデリックだ。

 骨格と筋量においては魔物に遠く及ばぬ人間が、なぜそれらを討ち果たすことができるのか。

 優れた武器や、数々の戦術が寄与したことに疑いはない。だが、魔物討伐の根本となっているのは、やはり鍛え上げた人間そのものの強さなのだ。


「そ、それでは誰しもが鍛錬次第でS級に達しうるということですか?」

「はい。理論上は」


 だが、人間の強さの振れ幅は大きく、どれほど過酷な鍛錬を積んでも大成しない者もいれば、天賦の才で魔物と渡り合う者もいる。

 才能の差だと理解されてきたその事実が、正しい訓練で覆るとするなら。


「今から二人に教えるのは、ともすれば世界秩序を揺るがしかねない技術です。そのことを念頭に置いてください」

「……承知しました。ほら、キヨも」

「あ、はい! わかりました!」


 人間の可能性の枠を取り払う秘術に、デリックとキヨは緊張した面持ちを浮かべる。そんな二人に満足したロットは、静かに魔力の循環法について語り始めた。



   ×   ×   ×



 朝の訓練を終えると、昼食の時間だ。

 まだ会社には四人しかいないので、食事は皆で作る。

 お嬢様のプリシラは外食かケータリングで済ませればいいのではと提案したが、一度ロットと一緒に台所に立って以来、積極的に料理を覚えるようになった。

 とはいえ男性陣もあまり役には立たないので、実質はキヨがほとんど一人で厨房を切り盛りしている。


「午後にディロン工房の方がお見えになられますわ」

「ああ、頼んでいた装備ができたのか。思ったより早かったな」


 社員揃っての食事の席で、プリシラが今日の予定を再確認する。

 デリックとキヨはもちろん、「黒の世界樹」討伐で所持品をすべて失ったロットも装備を必要としており、しばらく前に纏めて鍛冶師に発注したのだ。


「何から何まで、本当にすみません」

「ありがとうございます! 楽しみです!!」

「いえいえ。必要な経費ですわ」


 恐縮するデリックに、フォークを握りしめたまま嬉しそうに笑うキヨ。

 実際の所、今回作らせた装備はどれも最上級品であり、まだ開業もしていない会社がかけていいコストではない。

 ただ、ダンストン商会からはいくらでも資金を引っ張ってこれるし、起業そのものが半ば道楽ということもあってか、プリシラはまったく投資を惜しまないのだ。

 そうして午後からは魔物の生態についての講義をしていると、


「すすすみません。ディロン工房のものですが……」


 控え目に館の扉がノックされた。


「どうも。お待ちしていましたよ」

「はははい。お待たせしてしまいました」


 ロットが出迎えれば、玄関先には荷馬車を背に女性が立っている。

 おどおどとした単眼の女性は、ディロン工房の職人トーサ。サイクロプス族の娘である。


「あれ、今日はお一人ですか? フェモスさんは?」

「あああの、父は仕事で忙しくて……、冒険者ギルドから大量の発注があったものですから……」

「ああ、「黒の世界樹」の後ですからね。忙しいところすみません」

「いいいえ、わ、私も久しぶりに、ろ、ロットさんにお会いしたかったですし……」


 親しげにトーサと話すロット。

 彼とディロン工房は個人的な付き合いがあり、装備はずっと彼女たちに用立ててもらっている。ドワーフ族と並び天性の鍛冶職人であるサイクロプスたちが作る武具はどれも一級品であり、愛用する冒険者も多い。

 ただ、素晴らしい腕前を持つ職工集団ながら、亜人ということでいわれなき差別を受けることもあり、国内ではあまり立場がよくない。

 今回もギルドが損耗した物資を安価で仕入れようと、無理を聞かされたそうだ。


「はーい。お二人とも、それぐらいになさってくださいまし」


 トーサと近況を報告しあっていると、プリシラが割って入ってきた。心なしか不機嫌そうな気配を感じたので、慌てて馬車の荷物に下ろす。そして、


「ふぁああ! すごいです!!」

「これはまた見事な……」


 並べられた武具の数々に、キヨとデリックが感嘆する。


「えええと、大体ご注文通りの品に仕上がったと思います。ご指示通り、強度と携行性とメンテナンスのしやすさに力を入れました」


 品々は、実の所そう珍しいものではない。

 武器は主武装のロングソードに、予備の短剣、加えて弓矢。あとは補助的な武器として斧や槍など。

 防具にしても、各々の体格には合わせているが、皮鎧と防塵コートの基本セットである。

 ただし、そのどれもが一級品と分かる仕立てだ。


 これはロットの持論、魔物討伐に際しては敵に合わせて装備を変更すべき。という考えに基づく。

 一口に魔物といっても、その種類や生態は驚くほど多岐にわたる。

 頑強な肉体で暴れ回る魔獣も居れば、群れで空を飛び回る怪鳥、闇夜に潜み人間を襲う幽鬼もいる。


 冒険者は己の適性に合わせて専用の装備を調えるが、それでは不得手な敵と遭遇した時に窮地に陥る。

 故に冒険者はパーティーを組んで穴を埋めようとするのだが、ロットはこの風潮に対してそもそも懐疑的だ。


 どんな魔物も、誰かが退治せねば被害は広がり続ける。

 相性が悪いから、準備が面倒だから、あるいは報酬と釣り合わないから。

 ギルドに所属する冒険者たちは、しばしばこのような文句を述べて依頼を断る。そうした「焦げ付き依頼」というのは、どのギルド支部にも必ず数件は存在するものだ。――そして、民衆の嘆きは誰の耳にも届くことはない。


 ロットはあらゆる魔物に迅速に対応できる組織を作り上げたいと考えている。

 必要なのは、得意分野に偏重した個人の集まりではなく、どんな状況にも対応できる総合的な能力を有したプロフェッショナルだ。

 故に、装備もまずは基本的なところを押さえ、後々に種類を増やしていきたいと考えている。


「ねね、どうですかどうですか!?」

「ふふ。お似合いですわキヨ様。もう見た目は立派な駆除人(スイーパー)ですわね」


 と、さっそく皮鎧とコートを着込んだキヨに、プリシラが嬉しそうに微笑む。

 この二人は姉妹のように仲睦まじいのだが、何故だか間に自分が入るとプリシラが不機嫌になること多いと、ロットは不思議がっている。


「このペンダントは何ですか? 私の名前が彫ってありますけど……」

「ああ、それは我が社の認識票ですわ」


 犬耳少女の胸元に輝くミスリル製の薄板は、姓名と所属を記したドックタグである。

 ただ単に名前が記載されているだけではなく、裏面にはびっしりと魔術文様が刻み込んであり、一種の魔道具となっている。


「これがあれば、離れた場所からでもあなたが何処にいるかわかるのですよ」

「へぇ~!」


 認識票には特定の魔力に感応する魔術文様が彫り込まれており、現在位置を知らせたり、救援要請を発することができるようになっている。

 加えて、認識票には付近の魔力に反応して念波を発する魔法が付与されている。知らず知らずに魔物の接近を許した時や、何らかの罠に踏み入ってしまった時、あるいは太刀打ちできない強敵と遭遇してしまった時に、警告を発してくれるのだ。


「なるほど素晴らしい。間違いなく生存率は上がりますな」

「ええ。生きて帰ってこその魔物退治ですから」


 装備を検分しながら唸るデリックに、ロットが相槌を打つ。と、


「……ところでロット殿。装備はわかりましたが、これは一体?」

「ああ、それは今回特注した義手なんです。今から調整を受けていただけませんか?」


 テーブルの上に置かれた布包みを見て、壮年の巨漢が首を傾げる。

 ロットが布を外してみれば、そこには金属製の右腕が納められていた。




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[一言] 魔法がある世界だし主人公は賢者だから、腕を治すのかと思いきや!義手ですか?回復魔法が存在しない世界なら仕方ないのかな?
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