6 創業 力量を示せ
数日後。ロットたちが拠点とする館に、朝から二人の来客があった。
「いやしかし、何のつもりで声をかけてきたんだろうなぁ」
「そんなこと言わないのお父さん! 折角お仕事を紹介してくれたんだよ!」
筋骨たくましい隻腕の男性に、白髪の犬耳少女の二人は、先ごろ知り合ったデリックとキヨ親子だ。
デリックが高ランクの元冒険者で、キヨも冒険者を志望していると聞いたプリシラは、二人をこれから立ち上げる会社にスカウトするようロットに勧めた。
そして自ら交渉に赴き、まずは面接だけでもと話を取り付けたのだ。
「お誘いは嬉しく思いますが、見ての通りこの体です。魔物を相手にするには、ちと骨が折れますな。……それに、キヨはまだ子供です。とても戦えるようなものではありません」
「デリック様の豊富な経験は、必ずや我が社の、いいえ世界中の人々の役に立ちますわ。それにキヨ様のことも、あくまで訓練生としてお招きしているのです。お父様のご心配は、もちろん承知しておりますわ」
魔物駆除会社に参加しないかとの話に、デリックは穏当に断りを入れようとするも、プリシラは言葉巧みに誘いをかける。
ちなみに、社長のロットはソファに座って石像のように黙っている。大賢者とはいえ、外向きの対応は苦手なのだ。
「……いえ、やはりお断りさせてもらいましょう。正直、私はもう二度と魔物と戦う気はありませんし、この子も冒険者にするつもりはありません」
「そんな! お父さん!?」
だが、デリックの反応は悪い。
確かに冒険者家業は命の危険と隣り合わせであり、愛娘をそのような道に入れたがらないのも無理はない。
それに、そもそもロットたちが胡散臭いのだ。若い男女が二人きりで会社を立ち上げ、従業員を募っているなど、いかにも怪しげな話である。
隻腕のハンデを負い、また何かと差別的な扱いを受ける獣人の娘を育てるのは大変だろうが、それでも不審な話に乗るつもりはないようだ。が、
「あら? デリック様は勘違いなされていますわ。我が社が擁するのは冒険者ではありません。確かな技能と高い職務意識を兼ね備えた駆除人なのです」
プリシラは嫣然とそう告げる。
会社を立ち上げるにあたってロットたちが念頭に置いたのは、多くの冒険者のような目先の利益で動く人間ではなく、真摯に人々を救おうとするプロフェッショナルを育成することである。
その為には心根が清らかで、意志の強い人物を選び集めなければならない。
プリシラがこうまで強く勧誘するのは、デリックたちが会社に相応しい人物だと見たからだろう。ロットにはよく分からないが、彼女の人物眼は確かだ。
「ううむ、ですが……」
プリシラから事業計画を説明され、デリックも幾分か態度を和らげる。
十年単位で先を見据え、微に入り細を穿った計画を聞けば、若者の勢い任せの起業とはとても思えない。
彼女の隣に座るロットも感心しっぱなしである。なぜなら、まだ彼にも聞かされていない話だからだ。
「お世話になろうよお父さん。ね?」
「う~む……」
娘のキヨの援護もあり、デリックは考え込んでしまう。
大企業のダンストン商会が後ろについているのだから、王国にあるどんな商店よりも真っ当な会社だろう。給料もきちんと出してくれるに違いない。だが、
「まことに失礼な話ですが、ロット殿のお力を拝見いたしたい。……条件を付けられる立場ではありませんが、今のお話は、多分に貴殿の技量に頼るところが大きいように思えます。娘を預けるに足るかどうか、納得したいのです」
デリックが真剣な眼差しで、そう申し出た。
× × ×
館の中庭に立つ二つの影。
刃引きした剣を手に悠然と佇む隻腕の巨漢はデリック。対するは身の丈ほどの鉄杖を手にしたロットだ。
「ロット殿は魔導士とお見受けするが……」
「侮るつもりも謀るつもりもありません。俺の能力を見ていただくには、直接立ち会うのが一番確実だと思います」
「左様ならば……」
「はい。どうぞ遠慮なく」
魔法使いが剣士を相手に近接勝負を挑むなど、常識では考えられない暴挙である。
しかし、デリックはロットの涼やかな面持ちに戦意を滾らせる。
「がんばって下さいお二人とも」
「お父さんもロットさんも、怪我なんてしないでくださいね!」
そんな彼らを見守るのは、金髪と白髪の二人の美少女、プリシラとキヨだ。
二人の熱い視線が注がれる中、不意にデリックの巨体が揺れ動いた。
「――!!」
まるで朧のように姿を晦ませたデリックは、飛燕の如き速度でロットとの間合いを詰める。そして手にした剣を下段から斬り上げ――
「っ――」
来るはずの手ごたえが感じられないことに、壮年の巨漢は軽く目を見開く。
衰えたりとはいえ大陸でも数本の指に入る己の剣を、この魔法使いの若者は見事に避けたのだ。
「では――」
デリックは空を切った剣を即座に返し、切れ目ない連撃を浴びせかける。
重厚な鉄剣が柳の小枝に軽やかに空間を切り裂き、ロットに襲い掛かる。
だが、そのどれもが彼に触れられない。――もちろん、寸止めにするつもりではいるが、有効打に成る前に防がれ、あるいは躱されるのだ。
「ふ――」
思いがけぬ好敵手に、剣士としての血がふつふつとわき立つ。
これほどの使い手と巡り合ったのは何時以来か。しかも驚くのは、この青年が武術に関してはほぼ素人だということだ。少なくとも、対人戦の経験は然程積んでいないに違いない。
「むっ――」
合間に打ち込んでくる鉄杖も、基本こそ押さえているがいたって平凡な技だ。
だが、その速度と威力は本職の戦士を遥かに凌駕する。
技量的にはデリックに遠く及ばぬロットが、なぜ猛攻を凌げているのか。
それは青年の腕力、敏捷性といった基礎能力が桁違いに高いからだ。
秘術の限りを尽くしたデリックの剣を、ロットはその場の反応で防ぎ、躱し、十分以上に渡りあっているのである。
「むん――」
ヒートアップしたデリックは、いよいよ決め技をも繰り出した。
剣速をさらに増し、物理的に考えられないほどの角度から襲いかかる連撃は【燕切り】。応手に難しい秘剣である。だが、
「事も無げか。――おっと」
ロットは神速の斬撃を見事に躱し、隙を突いて刺突まで送り込む。
「――」
凄まじい迫力の攻防に、プリシラとキヨは固唾をのんで立ち尽くすことしかできない。あまりの速度に、彼らがどのように戦っているかさえ定かではないのだ。
「ああ、素晴らしい――」
全力で身体を動かし、研鑽を積んだ技を繰り出すたびに、デリックの心が晴れ渡っていく。終生追い求めた剣の道は、まだまだ途切れずに続いているようにすら思えてくるのだ。そして、
「ハッ――」
もはや試合のことさえ意識から薄れてしまったデリックは、変幻自在の技を駆使して見出したロットの隙に、渾身の一撃を叩きこむ。
大上段から振り下ろされた大剣は、かつて鋼鉄の肌を持つ悪鬼、グレンデルすら斬り倒した決め技である。
「「きゃあぁぁぁ!」」
金属がぶつかる凄まじい音、そして少女たちの悲鳴が響き渡る。
「な――」
技を放ったデリックすら、忘我の呟きを発してしまう。
勢いよく振り下ろした剣はロットが構えた鉄杖を容易く断ち切り、なんと彼の頭に直撃してしまったのだ。
「し、しまっ――」
「ロット様! ロットさまぁっ!!」
「うあ、うわぁあぁぁああ!!」
絶句するデリックに、悲鳴を上げて駆け寄るプリシラ。キオなどは錯乱して大声を張り上げている。
刃を潰してあるとはいえ、重厚な鉄の剣だ。まともに頭部に当たれば、怪我では済まない。
デリックは顔面蒼白となり――そこで己の手元の違和感に気付いた。
「ん?」
デリックが手にした剣は、なんと中ほどから真っ二つに折れていた。
それに気付いたとき、丁度折れた切っ先が回転しながら中庭の一画に突き刺さる。
「ああ、みんな落ち着いて。大丈夫だよ。俺は平気だから」
と、少女たちの悲痛な声とは裏腹に、実に暢気な青年の声が聞こえる。
見れば、頭部に斬撃を受けたはずのロットは、ピンピンした様子で立ち上がっているではないか。
「先に武器が耐えられなかったか。いや凄まじい腕前です。感服しました――っておいプリシラ、大丈夫だから、怪我なんてしてないから! キヨさんまでっ!」
泣き叫ぶ少女に縋りつかれながら、ロットは困惑声を漏らす。
確かに、彼に手傷を負った様子はない。故にデリックは首を傾げる。自分が振り下ろした剣は、確かに青年を打ち据えたはずだ。すると、
「予め【防護魔法】を掛けておきました。今の俺には、ドラゴンの牙や魔神の槍すら通りません。
――まず、キヨさんにはこの魔法をお教えしようかと思っています。身の安全を第一に考え、きちんと経験を積んでもらい、そうして魔物の被害から人々を助けてもらうんです」
青年は爽やかにそう説明する。
今更ながらに、デリックは己が熱くなりすぎたことを恥じ入った。立会って腕前を示すばかりと思っていたのに、この青年は、自らが目指す理想の有り方を説明する為に戦っていたのだ。
「まことに、あなたは真の賢者であらせられるようだ。――数々の無礼、平にご容赦下さいますよう。これからは全力で働かせていただきます。そしてどうか、我が娘にもあなたの叡智を授かる幸運を賜りたく存じます」
感じ入ったかのように頭を下げるデリック。
その言葉に、泣きじゃくっていたキヨは一転して大喜びで飛び跳ねる。
この日、会社には有望な二人の社員が加わることとなった。
お読みいただきありがとうございます。
お気に召していただければブックマーク登録と、広告下の[☆☆☆☆☆]をより応援をいただければ幸いです。