5 創業 稀有な人材
「危ない所を助けてくれて、ありがとうございました!」
元気よく礼を述べるのは、キヨと名乗った犬耳少女だ。
路地裏で冒険者に絡まれていたキヨを助けたロットは、とにかくその場を離れて事情を尋ねることにした。
案の定、難癖を付けてきたのは冒険者の方らしい。彼女を物陰に連れ込み、金銭を奪おうとしたというのだ。
「まったく、なんて非道な輩ですの!」
話を聞いたプリシラも、怒りに柳眉を逆立てる。
「……ああいう連中は、本当に手が付けられないからな」
ロットが苦りきった表情で呟く。
魔物の退治を生業とする冒険者は、当然のように荒くれ者が多い。
また、怪我などで離職率が高いため、ギルドは人材確保のため高収入をうたって人を集めるのだが、審査や管理は随分といい加減だ。
故に、低級でくすぶっている冒険者たちには、肩書をかさに着て乱暴狼藉を働く者も珍しくないのだ。
「とにかく、怪我が無くてよかったよ」
「ひゃい! げ、元気です!!」
覗きこむようにして体調を気遣うロットに、上擦った声で答えるキヨ。
彼女のような獣人はいわれなき差別を受けることも多い。冒険者たちが狙ったのも、泣き寝入りすると考えたからだろう。
「ロット様。女性相手に少し馴れ馴れしくありませんこと?」
「え? ああそうか、すまない」
なぜか冷やかな声で咎めるプリシラに、慌てて離れるロット。
キヨは見た目こそ十五、六歳程度だが、獣人は成長期が早く訪れるので、実年齢は十二歳だそうだ。まだ子供だと思って距離が近すぎた。
「あぅ、い、嫌じゃないですけど……」
「ッ……」
そう言って耳を伏せるキヨに、なぜか焦燥を浮かべるプリシラ。
残念なことに、女性の心理は門外漢な大賢者は、何かを察した様子はない。
「家まで送ってくれて、ありがとうございます。あの、何もありませんけど、よければ上がっていってください」
そうして街を進んでいくと、古ぼけた一軒家に辿り着く。
キヨはロットたちに礼がしたいと、家へ招く。
二人は折角の好意にあずかろうと後に続く。その時、
「キヨ。その人たちはどなただね?」
低く落ち着いた男性の声が、一同へと投げかけられた。
× × ×
「お父さん! 今日は早かったのね!!」
「ああ、ちょっとな……ところでキヨ。こちらの方たちは?」
「あ、えっと、困ってるところを助けてもらったの」
家に居たのは四十絡みの男性である。
キヨは父と呼んだが、彼は獣人ではなく人間だ。
一方ならぬ鍛え方をしたであろう見事な肉体だが、右腕が付け根部分から無い。ロットは一目で彼を元冒険者だと見抜いた。
「おお、それは……娘を救っていただき、感謝の言葉もありません」
キヨから説明を受けると、その男性――デリック・ローナンは、ロットとプリシラに丁重に礼を述べる。
一見すると強面だが、立ち居振る舞いは紳士的であり、言葉遣いにも磨き抜かれた知性を感じる。
「それでね、ロットさんたちにお茶でも飲んでもらおうと思って」
「ああ、もちろんだとも。ほら、この間買った茶葉がまだ残っていただろう。あれをお出ししなさい」
見たところ暮らし向きはあまり良くなさそうだが、キヨとデリック親子は実に幸せそうだ。二人で支え合って暮らしてきたのだろう。その姿を見て、プリシラが暖かな微笑みを浮かべる。
「あまり人の少ないところは通るなといつも言っとるだろう。たまたまロット殿が気付いてくれたからよかったものの……」
「う~、ごめんなさい」
お茶をいただきながら楽しく歓談していると、デリックがキヨを窘める。
「どうぞ、あまりお叱りにならないでくださいまし。悪いのは不埒な冒険者なのですから」
「それはまあ……ただ、昨今はそこまで質が落ちているのですなぁ」
「酷いものですわ。報酬は吊り上げる癖に魔物とは碌に戦わず、威張り散らしてばかりで。私の職場でも、面白くない話を頻繁に聞きましてよ」
「ふむ……」
近年のギルドと冒険者の腐敗ぶりに憤るプリシラに、デリックは複雑そうな表情で唸る。そして視線をロットに転じると、
「そういえば、失礼ですがロット殿は冒険者ではないのですか? いえ、只の勘なのですが、佇まいがあまりに堂に入っておりますので……」
慎重に尋ねてくる。
「はい。――いえ、確かにそうでしたが、諸事情でギルドからは身を引きました」
「え、ロットさんって冒険者だったんですか!? な、なんでやめちゃったんですか?」
と、会話に割り込んできたのはキヨだ。
犬耳少女はロットが冒険者だと知れるや目を輝かせ、興奮気味にあれこれと質問してくる。
「こら、失礼だぞキヨ!」
「あぅ、すみません」
またしても父に叱られ、キヨはしゅんと耳を垂れてしまう。
それからは特に変わったことも無く、ロットは夕刻までデリックたちの歓待を受けた。そして辞去しようとすると、キヨがそこまで見送りに付いてきた。
「……ロットさん。冒険者って、どうしたらなれるんですか?」
自宅から十分離れたとみるや、キヨがそう尋ねてくる。
「どうして、私たちにそんなことをお尋ねになられますの?」
代わりに答えたのはプリシラだ。
彼女は真剣な面持ちの獣人少女に、探るような視線を送る。
「わ、私、冒険者になりたいんです!」
胸の内を叫ぶと、キヨは己の事情を説明してくれる。
彼女とデリックは実の親子ではなく、彼が冒険者時代にパーティーを組んでいた仲間が両親であるらしい。
ただ、とある魔物との戦いで両親は亡くなり、デリックも右腕を失う大怪我を負った。彼は冒険者を引退せざるを得なくなり、まだ乳飲み子だったキヨを引き取って育ててくれたそうだ。
「私、魔物を退治したいんです。本当のお父さんとお母さんのことは顔も覚えてないけど、でも、両親のことを思うとすごく悲しくなるんです。……私みたいな目に遭う人が、ちょっとでも少なくなればって、そう思うんです」
キヨは心情を吐露する。
彼女は何度も冒険者ギルドの門を叩こうかと考えたのだが、デリックは反対しているし、亜人の子供がひとりで冒険者になったところで、きっと上手くはいかない。
どうしたものかと思い悩んでいたところ、図らずもロットと縁を結ぶことができたのだ。
「お願いしますロットさん! 私に魔物を倒す方法を教えてくださいッ!」
持てる限りの熱量を込めて、頼み込むキヨ。だが、
「……いや、残念だけど協力はできない。デリックさんの言う通りだ。君はまだ子供なんだ。危ない真似をするべきじゃない」
ロットは静かに、諭すようにそう答える。
「デリックさんは優れた冒険者だったんだと思う。でも、そんな彼でも大怪我をするような仕事なんだよ」
「ッ……」
あくまでも優しく、誠実に説得するロットだが、キヨは口惜しさに項垂れてしまう。すると、
「……デリック様が腕利き、というのは確かですの?」
何を考え付いたのか、プリシラがそう口を挟んできた。
「うん? ああ。間違いなくそうだと思う。……現役から遠ざかって長いけど、多分もとはS級の冒険者だったんじゃないかな。達人の風格だった」
質問の意図を判じかねて、とりあえず思ったままを答えるロット。
するとプリシラはふむふむと頷くと、しばらく思案し、
「ロット様。いえ、社長に提案ですわ。経験豊富な実力者と、熱意溢れる新人。有望な人材を捨て置く手はありません。わが社に迎え入れてはどうでしょう」
いたずらっ子のように瞳を輝かせ、そんな提案をしてきた。
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