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46 王宮にて 英雄の証明



「かねてより、冒険者ギルドがその立場を利用して他業種に不利な取引を強いていることは耳にしていた。法の番人に通じ、冒険者たちの狼藉をもみ消していたことも然り。――この場に居合わせる者どもにも、協力者は多いだろう」


 ゼルウルフ王子の凛々しき声が、謁見の間に響く。

 突如として現れ、窮地のロットに救い舟を出してくれた王子殿下は、なんと次に冒険者ギルドの不正を(ただ)しはじめたのだ。


「な、なにを仰います殿下。ただ一心にお仕えするばかりの我らを……」

「ほう? 人殺し常習犯の行方が分かっていないと聞くが、それも我が国に利することか?」

「っ――」


 しどろもどろに弁解を述べるマイルズに、ゼル王子が冷ややかな一瞥を送る。そして、


「配下だけでは飽き足らず、貴公も随分と人を殺めたと聞く。――それも、剣呑な連中を使ってな」


 と、マイルズと暗殺者ギルドのつながりまでをも指摘する。


「な、それはまことか、ゼルウルフ!」

「もちろん厳格に調べなければなりませんが、疑うに足りるだけの証拠は手にしています」


 驚愕にわななくケネス王に、冷徹に答えるゼル王子。

 まさか国王の前で、しかも王子殿下に悪行を暴露されたマイルズは、紙のように顔色を失う。が、


「殿下ともあろうお人が、つまらない風説に惑わされてはなりません。詳しい話をお聞きいただければ、疑いはすべて晴らすことができるでしょう」


 と、精いっぱいの作り笑顔を浮かべてそう申し立てる。けれど、


「ほう? 私に訴えを持ち込んだのは冒険者ギルドの関係者だが、自分の所轄から風説が立つのか。――ああそれと、此度の「黒の世界樹」討伐については、アスマイア王国のギルドにも情報を求めている。決してごまかしの無きように、と念をついておいた。我が国と貴公と、彼らはどちらを取るだろうな」

「~~~~っ!」


 とどめとばかりのゼル王子の発言に、マイルズは今度こそ目を剥いていきり立つ。まかり間違っても王族に向けるべき形相ではないが、今の彼にはその失態に気付く余裕すらない。


「さて父上。勝手を申し上げましたが、やはりこの場で性急な結論を出すべきではないかと。「黒の世界樹」討伐に関しては、王宮みずから調べるとしましょう」


 そして、ゼル王子がケネス王に進言する。

 ちらりとロットと目が合うと、王子殿下は爽やかな微笑で答えてくれる。彼は、ロットとウルザブルンを心から信じてくれているのだ。そして、


「もちろん、ギルドへの疑惑も調査しましょう。なに、マイルズ殿曰く、疑念はすぐに晴らせるとのこと。全面的な協力が得られるはずです」


 ギルド長には嫌悪に満ちた当てこすりをする。

 聖人君子と名高いゼル王子がここまで皮肉を言うのだから、よほど確固たる証拠を握っているに違いない。

 寝技、腹芸で立身出世を重ねてきたマイルズも、ここに進退窮まったといえよう。


「ううむ、確かにその通りだ。この件は王宮で預かろう。マイルズ、それにヘイワードよ。調べが済むまで、そなたたちには宮殿に留まってもらいたい」


 ケネス王の目くばせに応じて、衛兵たちがロットたちの元へと集まる。

 これから調べを進めるにあたって、証拠を隠滅されないよう、被疑者の身柄を拘束しておく必要がある。


「委細、お裁きに従います」


 容疑者も同然の扱いだが、ロットは堂々たる態度で国王に応じる。その時、


「な――がぁっ!?」


 謁見の間に響く絶叫。

 なんとマイルズが衛兵の腰から剣を奪い取り、一刀のもとに兵士を切ったのだ。


「貴様、血迷っ――ぎゃ!」


 即座に他の衛兵たちが反応するも、痩せても枯れてもマイルズは元S級の冒険者、瞬きせぬ間にすべての兵士を切り倒す。そして。


「うおぉっ!」


 怒号とともにマイルズが突進したのは、あろうことかゼル王子だ。

 王子はとっさに攻撃をかわそうとするが、マイルズはすさまじく速い。そして斬撃を防ごうにも、彼は無腰である。


「っ――」


 鋼の剣が、王子の首を切り裂く――ことはなかった。


「な――これは、一体……」


 マイルズの乱心に虚をつかれた人々が、狼狽する間もなく困惑に目を見張る。

 悪鬼の形相で剣を振りかざしたギルド長は、駆け出すような姿勢のまま、ピクリとも動かないのだ。


「殿下と陛下をお守りください」


 さらりとそう言い捨てるや、ロットは血だまりに付す衛兵たちへと駆け寄り、治癒魔法をかけ始める。

 即死したかと思われた衛兵たちだが、大賢者の治療によってなんとか全員が一命をとりとめた。

 そして負傷者を下がらせると、今度は完全装備の衛兵たちとともに、空中に浮かぶマイルズを取り囲む。


「凄いな、どういう原理の魔法だろう」

「彼の周囲の空間を固定しました。とっさのことで、衛兵の方々は助けられませんでしたが……」

「なに、謙遜は無用だ。貴公は彼らを救ったではないか」


 ゼル王子と会話をしながら、ロットはマイルズの顔面部分の拘束を解く。

 途端に自由を取り戻したマイルズは、もはや正気を失っていた。


「俺を、俺を誰だと思ってやがるっ!!」


 目を血走らせ、唾を吐きながら悪罵をまき散らす元ギルド長。

 そのあまりの変容ぶりに、居合わせた人間は驚くよりも先に困惑する。


「俺はっ、S級冒険者っ、いや、ギルド長だっ! いずれはギルドの頂点へと昇り詰める男だぞっ!」


 いくら己の罪が免れないと観念したからとはいえ、マイルズの狂乱ぶりはいささか度を越していた。

 先ほどまでの威風あたりを払う姿からは考えられない錯乱ぶりだ。

 あるいは、正気を失った振りをすることで罪を免れようとでも考えているのだろうか。そう邪推してしまうほどの狂態(きょうたい)である。だが、


「……あなたは本当に、名誉以外に何も持っていなかったんだな」


 静かにそうつぶやく声。

 狂乱するマイルズの前へと歩み出たのは、ロット・ヘイワードだ。


「貴様っ、殺してやる青二才っ! 臆病者のくせにっ、俺の足を引っ張るなっ!」

「……あなたも俺と同じで、家族を魔物災害で失ったんだってな」


 ロットはいつかにデリックから聞いたことを思い出した。

 マイルズは幼き日に家族を魔物に殺され、苦難の日々を過ごしたと。そして剣が握れる年になってすぐにギルドの門を叩き、冒険者として苛烈な日々を送ったと。

 名利に貪欲な性格は幼少期の体験に起因するのではと、デリックは憂い顔で語ってくれた。

 権威のために人生のすべてを費やし、そして避けられぬ最後に直面したとすれば、マイルズが壊れてしまったのも無理からぬことなのかもしれない。


「くそっ、くそっ、くそがっ!!」

「……ずっと、あなたをどう思えばいいのか答えが出なかった」


 もはや呪詛を吐く以外に何もできない元上司に、ロットが胸の内を吐露(とろ)する。

 ギルドに所属していたころは、先達として尊敬していた。

 首を言い渡されたときには、いくばくかは恨みもした。

 ウルザブルンに妨害工作を仕掛けてきたときには心から憤った。

部下を見捨てて「黒の世界樹」から逃げ出したと聞いたときには蔑んだ。だが、


「今のあなたには、憐れみしか感じない」


 同じ境遇で生まれ育ったロットとマイルズ。

 しかし、歩んだ道はあまりに違いすぎた。

 名利に狂い、人の道さえ踏み外してしまった男に、大賢者は憐憫の情をかけてやることしかできない。

この男に比べて、自分はいかに掛け替えのないものを手に入れることができたのだろう。我が身の幸福を、ロットは改めて感じ入る。そして、


「あなたのことは絶対に忘れない。

――俺は、あなたの後に続く人を生み出さないために戦う」


 魔物によって人生を狂わされた哀れな男を、ロットは魔法でこん睡させる。

 それは青年に許されたせめてもの慈悲だった。



   ×   ×   ×



 マイルズが牢獄へと連れていかれると、謁見の間は元の静けさを取り戻した。

 だが、静粛は表だけのこと。居並ぶ廷臣たちは動揺を隠しきれない様子だ。


「さて、これでは謁見も何もあったものではないな」


 首を振ってつぶやくのはゼル王子だ。

 狂人に襲い掛かられたにもかかわらず平然としているのは、王立騎士団の団長として並々ならぬ修練を積んだおかげだろう。

 彼はまだ呆然としているケネス王に声を掛け、事後の対応を提言する。


「ああ、うむうむ。そうだな。――諸君、今日はいったん解散としよう。明日にまた集まってくれ」

「お待ちください父上。その前に、今この場で為さねばならないことがあります」


 と、ゼル王子が号令に待ったをかける。

 何事かと首をかしげるケネス王に、金髪の美丈夫は近づいて耳打ちする。


「おお、そうだ、その通りだ。――皆、今一度拝跪(はいき)せよ」


 得心がいったケネス王は、何やら嬉しそうに頷く。そしてゼル王子はといえば、すまし顔のまま玉座の傍らに侍る。

 何事かはわからぬロットも、とにかく廷臣たちとともに膝を着く。すると、


「さあ、面を上げられよロット・ヘイワード殿。我が国を救ってくれた大賢者よ。そなたと、教え子たちにはどれほど感謝しても足りぬ。

 ケネス・ダナンの名において、そなたとウルザブルンに最高の名誉を授けよう」


 ケネス王は暖かな笑みを浮かべ、ロットへと語りかける。

 そして、一拍おいてゼル王子自らが拍手を始める。それに気づいた廷臣たちも慌てて手を打ち鳴らし、謁見の場は割れんばかりの歓声に溢れた。

 ――臆病者の烙印を押された元冒険者は、もういない。

ロットとウルザブルンの人々は、国を救った英雄として、その克己と献身を認められたのだ。

 その時、万雷の拍手を聞きつけたのか、謁見の間に新たな人影が現れる。


「……ロット、様?」


 華麗なドレスをまとった金髪碧眼の美少女はプリシラだ。

 控えの間で社長の身を案じ続けていた彼女だが、宮殿中にとどろく歓声に、たまらず様子を見に来たのらしい。

 突然現れた麗しい少女に、居並ぶ人々も拍手を止めて様子をうかがう。すると、


「ああ、えーと……そうだ」


 それまで困惑顔だったロットが、何を思ったかプリシラの元へ歩み寄り、恭しく彼女の手を取った。


「名誉を授かるなら、まずは君からだ。

――ありがとうプリシラ。全部、君のおかげなんだよ」


 青年は照れ笑いを浮かべながらも、思いを言葉にする。

 ケネス王に改めて祝辞を述べられ、ようやく事態が飲み込めた少女は、


「しゃ、社長! 恥ずかしい真似はおよしくださいましっ」


 顔を真っ赤にしてロットに抗議する。

 そんな二人の姿に、王様のみならず皆が微笑みをこぼす。

 ウルザブルンと大賢者が世に認められた日は、こうして過ぎていった。




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