45 王宮にて かつての戦友
謁見の間にどよめきが起こる。
居並ぶ廷臣の中には、ロットの来歴を知らぬ者も多かったのだろう。まさか宮廷に招かれるほどの人物が、卑怯者の烙印を押されているなど考えもしなかったに違いない。
「――それは」
「第一っ! 話がおかしいとは思いませんか。万軍をもってしても防ぎえない「黒の世界樹」を、わずか数人で討伐したなどと誰が信じられるというのです!? 世界樹の近辺には強大な魔物も居たでしょう。ギルドのS級冒険者でさえ手こずるような怪物がっ! どこをどう聞いても、明らかなでたらめではありませんかっ!」
弁解しようとするロットにかぶせるように、マイルズが憤懣やるかたないとばかりに言葉を並べ立てる。
「加えて、彼らは私が不在の間に冒険者たちに取り入り、顎で使ったのです! 報告書にも記されているでしょうな。ウルザブルンの損耗はゼロだと! あの激戦で死人が出なかったなど、逃げ隠れていた証ではありませんかっ!」
「言いがかりですっ! 我らは懸命に戦いました! それに冒険者の方々は自発的に我が社のデリック・ローナンに指示を求めてきたのです! 断じて、我らの行いに恥じ入るところはありませんっ!」
なおも讒言を続けるマイルズに、ロットが必死に潔白を訴える。ケネス王は二人の言い分のどちらを信じたものかと、いまだ決めかねているらしい。その時、
「ふむ。いやしかし、聞けばウルザブルンの社員というのは、ほとんどが年端もいかない子供だというではないですか」
ぽつりと、会話に割って入る声。
見れば、廷臣たちの一人が、さも怪訝そうな表情で疑問を呈する。
「確かに。そもそも今回の件では、討伐はあくまでもギルドが主体という話でしたでしょう。まるで協調する気もなく、独自に動いていたというのは、いささか無責任なことですな」
別の廷臣も、ウルザブルンの行動に不審を言い立てる。
気が付けば、少なくない数の人間が口々に意見を述べている。しかも示し合わせたようにウルザブルンを疑い、ギルドを称揚するような内容だ。
「っ――」
横目でマイルズを伺えば、彼の口元には邪悪な笑みが浮かんでいる。
ロットは即座に嵌められたことに気付いた。この廷臣たちは、あらかじめギルド長の肩を持つよう言い含められていたのだ。
大陸中に支部を持ち、国家の重鎮にまで気脈を通じる冒険者ギルドのことだ。マイルズ自身にも様々な伝手があるのだろう。
廷臣たちからの支持を取り付け、嘘で塗り固めた話を国王に信じ込ませようというのだ。
「……若者が功を焦るというのはよくあることです。ですが、国家の非常時においては許されざる罪ですな」
と、もはや勝利を確信したマイルズが、憐れむようにロットへと告げる。
このままでは青年のみならずウルザブルンの社員までもが卑怯者の烙印を押され、それどころか罪に問われてしまうだろう。
ロットは懸命にケネス王に無実を訴えようとするが、廷臣たちはそれすら言い訳のように受け取ろうとする。
「くっ――」
大賢者に焦燥が浮かぶ。
――かくなる上は、己の力をこの場にて知らしめるべきか。
「黒の世界樹」を討伐できるほどの力を持つのだと証明すれば、反対意見などすべて封殺できる。
公の場で力を誇示するなど「世界樹の賢者」として為すべきことではないが、会社と部下の名誉を考えればやむを得ない。
ロットが半ば本気でそう考えたとき、
「お待ちください。私にも彼らと話をさせていただきたい」
凛然とした男の声が、謁見の間に響いた。
× × ×
靴音も高らかに謁見の間へと現れたのは、輝く金髪をした見目麗しい青年だった。
美丈夫は廷臣たちの前を何のはばかりもなく歩み、玉座の前まで進む。
「おお、ゼルウルフか。如何した、具合はもういいのか」
「父上、お気遣いは無用に願いたい。救国の英雄を出迎えずして、王国騎士団の長が務まるでしょうか」
ケネス王との会話で、ロットはようやく青年の正体に思い当たった。
彼こそはグレオン王国の第一王子ゼルウルフ。ゼル王子の呼び名で国民から絶大な支持を受ける青年である。
彼は一昨年の「黒の世界樹」討伐で大損害を出した王国騎士団の隊長であり、自身も大けがを負って未だに公務には出られないはずだった。
「これは王子殿下。ご機嫌麗しく何よりに存じます」
思いがけない貴人の登場に、すぐさま恭しく頭を垂れるマイルズ。居並ぶ廷臣たちも、一斉にゼル王子に礼をささげる。と、
「……貴公と、かねてより話がしたかった」
王子はマイルズを無視して、なんとロットへ親しげに話しかけてきた
拝跪する青年に優しく手を添え、まるで友人にするかのように立ち上がらせる。
「ああ、やはりそうだ。――大賢者殿。長らく礼すら述べなかった私を、どうか恨まないでほしい」
と、金髪の青年は晴れやかな笑顔でロットへと語りかける。
「……ご無礼をお許しください。王子殿下にお言葉をかけていただく理由を、思い出すことができません」
降ってわいた出来事に困惑するロット。すると、
「おや? ふむ、残念だが仕方ないか。なにせあの時は、私も兜を脱ぐ暇がなかったからね」
ゼル王子は人好きのする笑みを浮かべて見せる。
なおも話が飲み込めないでいるロットの肩に、王子殿下が手を置く。
「ただ、私は貴公の顔をはっきりと覚えているよ。死地より助け出してくれた賢者を、忘れるはずがないのでね」
「――あなたはあの時の!」
「よかった、思い出してくれたようだ」
ことここに至って、ようやくロットも思い出す。
一昨年の「黒の世界樹」討伐の折、撤退した冒険者ギルドの穴を埋めるべく、懸命に戦い続けた王国騎士団。
ロットは世界樹との最終決戦を前に、騎士団の生き残りを転移魔法で後方へと下がらせたのだ。
鎧兜を身に着けていてはわからなかったが、まさかあの時の騎士が、ゼル王子その人だったとは。
「傷が癒えてからずっと貴公を探していたのだ。……似た容姿の魔導士が民間の会社を立ち上げたことは耳にしていたのだが、実際に会うまでは確証が持てなくてね」
「もったいないお言葉です。……王子殿下のご回復を心よりお喜び申し上げます」
「畏まった言葉遣いはよしてくれ。我らは共にあの地獄を戦った戦友ではないか」
ゼル王子はそう笑ってロットの肩に手を回し、ケネス王へと向き直る。
「父上。この御仁こそ、先の「黒の世界樹」騒動にて私の命を救った大賢者です。彼が強大な魔法で次々と魔物を討ち果たしたのを、私はこの目で見ました。――此度の「黒の世界樹」討伐でも、抜群の働きをしたものと存じますが」
先ほどまでの状況を知っていたかのように、ロットを庇い立てしてくれる。
国民はもちろん貴族からも一身に声望を集める王子殿下の発言に、謁見の間の気配が露骨に変わる。先ほどまでロットを小ばかにしていた廷臣たちも、岩のように押し黙ってしまった。が、
「おそれながら、王子殿下は思い違いをなされているのではありませんか? その男は、「黒の世界樹」を前に逃亡をした臆病者です。どうして激戦地にいた殿下をお助けすることができるでしょう」
マイルズだけが冷ややかにそう告げる。
が、その表情からは余裕が削げ落ちている。王国ナンバーツーが直々にロットの肩を持ったのだ。廷臣の援護は期待できない。と、
「ふむ。……私がこの場に来たのは、賢者殿と会うためだけではない。ギルド長マイルズ殿。貴公にも尋ねたいことがある」
逆にゼル王子が鋭い眼差しを向ける。
人柄の良さで知られる王子殿下が明らかな敵意を示したことに、廷臣たちが一斉に騒ぎ出す。
ケネス王ですら身を乗り出し、護衛の兵隊たちまで緊張に身を固くする。そして、
「冒険者ギルドが行った数々の不正、並びに犯罪行為の告発文が、私のもとに届いている。それらについて、貴公から話を伺いたいのだが」
氷のように冷え冷えとした声で、王子はマイルズの罪業を述べ始めた。




