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44 王宮にて 讒言



「黒の世界樹」討伐から十日あまりが過ぎた。

 ニビア山脈に逃げ散った魔物も無事に駆除し終え、グレオン王国には平和が戻った。しかし、その立役者たるウルザブルンの社屋には、重苦しい空気が満ちていた。


「それじゃあ行ってきます。後をお願いします」

「承りました。……十分にお気をつけくださいませ。あの男(マイルズ)は己の権勢を守るためなら、いかなる下劣な策でも用いるでしょう」


 礼装に身を包んだロットとプリシラに、沈鬱な面持ちで忠告するのはデリックだ。

 彼らはこれから王宮へと赴き、ケネス王に「黒の世界樹」討伐の復命(ふくめい)をするのである。

 が、ここで大きな問題が発生していた。冒険者ギルドの取りまとめ役、アンドリュー・マイルズである。


「しかしあやつめ、配下を捨てて逃げ出したうえ、難癖までつけてくるとは……」


 デリックの憤懣も無理はない。ギルド長マイルズとウルザブルンは「黒の世界樹」討伐の事後処理でひと悶着があった。

 魔神ベリアルに対策本部を急襲された折、行方不明になったと考えられていたマイルズだが、実は彼はひとり戦線を離脱していたらしいのだ。


 そして、国境付近にいたアスマイア王国の冒険者たちと合流し、彼らを引き連れてニビア山脈へと戻ってきた。

 そのころにはロットによって世界樹は討伐されていたのだが、後から乗り付けたマイルズは作戦の主導権はギルドにあると主張したのだ。

 そのため、ギルドとウルザブルンで報告がまとまらず、代表者が王宮に参内し、直接ケネス王に説明を申し上げることになった。


「可能な限りの手は打ちましたわ。国王陛下の英明なる判断に期待しましょう」


 補佐役として同行するプリシラが、美貌に憂いを浮かべてそうつぶやく。

 ――功績とは、世間に認められて初めて本物になる。

 今回の「黒の世界樹」騒動で、ギルドは明らかな失態を犯した。責任者のマイルズは死に物狂いで隠ぺいを図るだろう。ウルザブルンの不利益になるような話が出ないよう、注意を払う必要がある。


「そうだな。……ああ、でもどうも、気が重いなぁ」


 と、ロットは暗澹たる面持ちで息をつく。もとより人と争うのが嫌いな性格の上、知識こそ深いが論戦などは苦手としている男である。


「そんな弱気でどうなさいますか。わが社の浮沈(ふちん)がかかっていましてよ? ……大丈夫です。ロット様の嘘偽りない御心を、陛下にお見せすればいいのですわ」


 と、プリシラが優しく発破をかけてくれる。

 確かに、これからの話如何で、ウルザブルンの前途が決まるのだ。

 自分についてきてくれる社員たちのために、どうあっても社の一分(いちぶん)を立てねばならない。


「わかった。王様に信じてもらえるよう頑張るよ」


 青年は深呼吸をして、気合を入れなおす。

 そうして、あるいは魔物退治よりも困難な戦いへと赴くのであった。



   ×   ×   ×



 謁見の間には、国家の重鎮たちがずらりと並んでいた。

 二度目となれば多少は勝手も分かるもので、ロットはプリシラに教えられた通り、問題なく一連の作法をこなす。

 そしてケネス王の許しを得て立ち上がれば、隣にはすでにギルド長マイルズの姿があった。


「両名とも、まずは此度の働き見事であった。「黒の世界樹」から臣民を守ってくれたことに、深い感謝を述べたい」


 と、白いひげを蓄えたケネス王が、威厳に満ちた声でそう告げる。

 列席する大臣たちも声を上げ、あるいは身振り手振りでギルドとウルザブルンの献身をたたえる。


「……だが、少々妙なことになっての。貴殿らから受け取った報告書には余も目を通したが、どうも食い違うような記述が多い。よって、詳細をこの耳で聞きたいと思い、貴殿らを呼び立てたのだ」


 気さくに話すケネス王だが、裏には少なくない猜疑心が隠れている。

 大規模災害で情報が錯綜するのは当然だが、どうやら王宮としても許容できないほどの食い違いであったらしい。


「さて、まずはギルド長から聞かせてもらおうかの」

「はっ」


 ケネス王の呼びかけに恭しく答え、マイルズが朗々と語り始めた。

 その内容は、ロットとしては到底承服できない絵空事である。


 まず、ギルドは「黒の世界樹」に対して水も漏らさぬ防御陣地を築き、魔物が離散するのを防いだ。

 しかし世界樹が成長して魔物の勢いが強くなるや、マイルズは自ら馬を駆ってアスマイア王国の軍勢へと駆け込み、増援を引き連れて戦場へと戻った。

 そして必死に防衛線を維持したので、「黒の世界樹」はやがて立ち枯れ、消え去ったというのだ。


「っ……」


 完全に捏造された話に、ロットは思わず奥歯をかみしめる。

 彼は自らの失態を糊塗(こと)するのみならず、ウルザブルンの活躍にすら一切触れていない。すべてはギルドの功績だと言い切ってはばからないマイルズに、温厚な大賢者も不快の念をあらわにする。


「うむ。報告書の通りだな。……冒険者たちには少なくない死傷者も出たようだ。彼らの忠勤にも、報いてやらねばな」

「ありがたきお言葉です。陛下とお国のために戦った皆も、報われるでしょう」


 堂々とした所作で礼をとるマイルズ。さすがに場慣れしているようで、威厳に満ちた立ち居振る舞いには、謁見の間に詰める大臣たちからもため息が漏れる。


「さて、次はウルザブルン。そなたたちの話も聞きたい」

「畏まって申し上げます」


 ケネス王に水を向けられ、ロットは余すところなく激闘の様子を語りだした。が、


「むぅ……」


 一連の報告を聞き終えたケネス王は、難しい顔をして黙り込んでしまう。

 列席する重臣らも、顔を見合わせ困惑するばかり。

 それほどまでに、ロットが語る内容は現実離れしていたのだ。


 持久戦に固執するギルドに変わり、ウルザブルンは「黒の世界樹」の即時殲滅を決断したこと。

 攻撃班と防衛班に分かれ、そのうち攻撃班はニビア山脈の奥地にまで到達し、「黒の世界樹」を討ち果たしたこと。

 防衛班は壊滅状態にあった対策本部に成り代わり、冒険者たちを糾合して防衛に努めたこと。


 彼としてはありのままに起きたことを報告しただけなのだが、何分話がすさまじすぎる。

 社員わずか二十名余り、創業して二年にもならない新興の会社が、国を亡ぼすほどの大災害を制したなどと、信じられるほうがおかしいのだ。


「ううむ、確かに、そなたたちの報告書通りの話なのだが……」


 ケネス王は困り果てたようにそうつぶやく。

 普通ならば馬鹿げた作り話と一蹴するところだが、それができないのは一部の冒険者からも同様の報告が上がっているからだ。

 実際、観測状況と照らし合わせてみれば報告には何の破綻もない。ロットの誠実な話しぶりも印象的だ。


「しかし、そなたたちの話をどう受け止めたものか……」


 冒険者ギルドとウルザブルン。両社の主張がここまで食い違っているということは、どちらかが嘘をついていることになる。

 国王に虚偽の申告をするなど、死刑もありうる大罪である。謁見の間に詰める廷臣たちにも、緊張が走る。とその時、


「おそれながら陛下。ロット・ヘイワード殿の言葉を鵜呑みにするのはいささか問題かと存じます」


 ギルド長マイルズが、許しも得ずに王へと発言する。


「実直そうな風貌に騙されてはなりません。彼は一昨年の「黒の世界樹」討伐の折、命惜しさに持ち場から逃げ出した男です。……ギルドから除名された彼が、何を思って会社を立ち上げたかは知りませんが、そもそも魔物と立ち向かう覚悟があるどうかははなはだ疑わしいですな」


 そして、侮蔑もあらわにそう吐き捨てた。




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