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4 創業 新たな出会い

夕方ごろにもう一話投稿します。



 王都ベイトンの外れに立つ大きな館。

 元はとある貴族の居館だったが、紆余曲折を経てダンストン商会が買い上げた建物である。

 特に活用されることもなく放置されていたはずの館に、二つの人影が。


「少々手狭ですけどご容赦下さいまし。まあ、当面は用足りると思いますわ」

「いや、広すぎるだろコレ……」


 館の玄関ホールで話をしているのはロットとプリシラだ。

 起業を決意した青年の気が変わらぬうちにと、お嬢様が事務所となる建物を見繕ってくれたのだ。

 館は長い間無人だったとは思えないほど綺麗に掃除されており、花瓶には花まで活けてある。


「でもいいのかプリシラ。俺といっしょに働いてくれるなんて……」


 ロットは自分以上にうきうきとはしゃぐプリシラに、申し訳なさそうに尋ねる。

 なんと、魔物退治の新事業を立ち上げるにあたって、彼女は自分も会社に参加すると申し出たのだ。


「もちろんですわ! (わたくし)、ロット様の理念には本当に感じ入りましたのよ? 是非ともお力にならせてくださいまし」


 花が綻ぶような笑顔を浮かべるプリシラ。

 実際問題、事業を立ち上げてもロットひとりでは如何ともしがたい。彼は魔法と魔物の知識、そして諸々の戦闘技術においては隔絶(かくぜつ)した能力を持つが、経営面では()()の素人である。

 ダンストン商会の会長の娘であり、実務能力抜群のプリシラが手を貸してくれるというなら、これほど頼もしい話はない。


「諸般の手続きもありますし、本格的に動くのはもう少ししてからですわ。どうぞ、今はゆっくりと安らいでくださいまし」

「ありがとう。ここまでしてもらって……どう報いればいいのか」


 商会ではお嬢様として何不自由なく暮らしていただろうに、わざわざ自分の為に苦労を買って出てくれたプリシラに、ロットは今一度感謝を述べる。すると、


「――お、お礼ですか!? で、でしたらお願いがあるのですが……」

「もちろん。俺にできる事ならなんだってするよ」


 少女は顔を赤らめ、珍しくもおずおずと切り出す。

 青年は少しでも恩を返すチャンスだと喜び勇んで請け合う。と、


「い、いっしょにお食事に行きませんか? 近くに美味しいお店がありますの!」


 期待に満ちた眼差しで、プリシラがそう語りかけた。



   ×   ×   ×



「ホントに美味しかったよ。雰囲気もよかったし、仕事場の近くにあんな店があると助かるなぁ」

「また二人で行きましょうねロット様。でも、お支払をしてもらって悪いですわ」

「いや、そこはほら、一応はお礼だし。これからたくさん頼ることになるけど、どうかよろしくお願いします」

「うふふ。こちらこそですわ。社長さま」


 遅めの昼食を終えた二人は、ベイトンの街をぶらぶらと散策していた。

 魔物退治の会社を立ち上げたが、すぐに仕事始めとはいかない。しかるべき手続きも必要だし、なにより依頼が無ければどうしようもない。

 ミッドラント大陸で魔物退治といえば冒険者ギルドの独占商売である。一冒険者上りが会社を興したところで、仕事を頼む人間がいるとは思えない。


 ダンストン商会の伝手で諸方に宣伝をしてもらっているが、依頼が入るのはかなり先になるだろう。

 今の内に会社の体裁を整えておくべきだとプリシラに提案され、二人して必要になりそうな備品を買い求めていたのだ。


「あ、このティーセットはなかなかですわ。釉薬(ゆうやく)も綺麗で絵付けも見事ね。ご店主。同じものを二揃いいただけまして?」

「いや、食器は館に色々となかったか?」

「もう! それでは面白くありませんもの。ロット様も選んでくださいまし!」


 商店街を練り歩きながら、あれこれと商品を眺める。

 ダンストン商会の御令嬢ともなれば、わざわざ店先で品を探す必要もないはずだが、プリシラは大いに買い物を楽しんでいるようだ。

 ――そしてどうやら、彼女は館で寝泊まりする気らしい。

 一つ屋根の下で暮らす訳で、ロットも最初は困惑したのだが、やんわりと断ろうとするとお嬢様が露骨に機嫌を悪くしてしまい、遂には押し切られてしまった。

 彼女の評判に傷がつかないかと、今から心配するロットである。


「――ん?」

「あら、どうかいたしましたか?」


 そうして街を歩いていると、不意にロットが立ち止まった。

 彼が鋭い視線を向ける先には、入り組んだ路地裏がある。


「悲鳴だ。ここで待ってて。少し見てくる」

「あ、お待ちくださいまし!」


 喧騒に紛れる小さな声を聞き取ったロットは、即座に事態を確かめに向かう。

 薄暗い路地裏に迷いなく踏み込む青年に、プリシラも大慌てで続く。そして、


「ち、面倒くせえ、二三発殴っちまえ。そうすりゃ諦めるだろ」

「おいおい、お前がやれよ、手が汚れちまう」


 人の目も届かない薄暗がりで、下卑た男たちの声を耳にする。


「あんたたち、ここで何をしてる?」

「――うおっ! なんだ手前ッ!?」


 男たちの背に、冷ややかにロットが問いかける。

 音も無く近づいた存在にようやく気付いたのか、男たちが驚愕の声を上げる。


「そこに(うずくま)ってる子は誰だ? 天下の往来で、あんた(がた)何をしようとしてたんだ?」


 あくまで平静に、それでいて有無を言わさぬ気迫を込めてロットが尋ねる。

 男たちの足元には、ボロを纏った白髪の少女がしゃがみこんでいる。フードの隙間からは毛におおわれた耳が覗いている。獣人だろう。


「誤解するなよ。ちゃんとした捕り物だ。この亜人のガキが盗みをしたから、追いかけてたんだ」


 男の一人がさも面倒くさそうに説明する。彼らは二人とも使い古した皮鎧を纏い、腰には剣を下げている。冒険者だ。それも見たところ、C級かD級あたりだろう。


「ち、違います! 私、盗んでなんて――」

「黙れっ!」

「――きゃっ!」


 否定の声を上げようとした少女を、男が即座に蹴りを入れて黙らせた。


「ああ、ならちゃんと確かめましょうか。その子は何処で、誰から、何を盗んだのか、俺に教えてくれませんか」


 ロットは表面上こそ穏やかに、内心には怒りを燃やしてそう問いかける。と、


「な、なんですのこれは……」


 遅れたプリシラが追い付いてきた。

 見るからに上流階級のお嬢様が現れ、男たちは瞬時怯んだ様子を見せたが、すぐに開き直ったように声を荒立たせる。


「亜人のガキの言い分を信じるつもりか? 俺たちは冒険者だぞ!?」


 あからさまな恫喝を仕掛ける冒険者二人組。華奢なプリシラに、外見上は平凡なロットだ。脅せば引き下がると考えたのだろう。だが。


「わかった。――もういい。自分で調べるよ」


 あきれ果てたような呟きと共に、路地裏に光が溢れる。

 そして、地面に膝から崩れ落ちる男たち。

 ロットが無詠唱で放った失神魔法に、彼らは為す術も無く意識を刈り取られたのだ。


「もう平気だよ。さっき蹴られた場所は大丈夫かい?」


 そうして、ロットは呆気にとられた様子の獣人少女を覗きこむ。と、


「ふ、ふえええっ!」

「な――!!」


 白髪の少女は安堵のあまり、ロットに抱きついてきた。

 プリシラが驚愕に目を見開くが、少女は青年に縋りついて泣きじゃくる。


「ああ、よしよし。――困ったな。どうすればいいんだ」


 大賢者は少女の涙を止める術を見出せず、困惑に頭を掻いた。




お読みいただきありがとうございます。

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