39 黒の世界樹 目覚める力
死の暴風が、森の一画に吹き荒れる。
縦横無尽に走る破壊の剣閃が、空間を切り刻んでいく。
木々が幹から切断され、一斉に地面へと倒れる。隠れ潜んでいた魔物たちも斬撃に巻き込まれ、血潮を吹いて絶命する。そして、
「う……うぅ……」
トバイアスの奥の手たる【拡張多重斬撃】をまともに受けたキヨたちも、当然ながら無事では済まなかった。
「う、くぅ……」
数十もの斬撃を浴び、全身に傷を負ったキヨ。
防御魔法のおかげで致命傷こそ免れたが、防具は用をなさないほど損壊し、長剣も叩き折られてしまった。
「サティア、ちゃん……」
体中から血を流しながらも、それでも犬耳少女は懸命に立ち上がる。
彼女の目の前では、同じく剣の嵐をまともに受けた黒髪の少女が横たわっている。
防御魔法の習熟度と、獣人と人間の耐久力の差が出たのだろう。サティアはキヨよりもダメージが深く、意識こそあるが立ち上がることも難しい様子だ。
「くくく……おいおいざまあねえなぁ、もうくたばったのか、ああん?」
そして、森の中にぽっかりと現れた広場に哄笑が響く。
「手間をかけせてくれたが、まあいい。お前らの首を目の前に転がしてやれば、あの男も怯むだろうからなぁ。……わけのわからん魔法に不覚を取ったが、今度は確実に殺してやる」
トバイアスはゲラゲラと笑いながら、剣を片手に近づいてくる。そして、
「――うっ!?」
懸命に起き上がろうとするサティアを、思い切り踏みつけた。
「サティアちゃんっ!」
「流石に犬コロは頑丈だ。本当ならもっと時間をかけて弄ってやりたいところだが、先を急ぐからなぁ。――せめて、お友達の最期はじっくり見物してやれよ」
勝利に機嫌を良くしたトバイアスは、嗜虐趣味を隠すこともなく下劣に笑う。
サティアは手足を動かし抵抗を続けているが、逃れられそうにない。
男は手にした剣を振りかざし、黒髪の少女の首筋へと振り下ろす――その瞬間、
「う、ああああぁぁぁぁぁっ!!」
キヨの絶叫とともに、すさまじい魔力流が吹き荒れた。
「な、なんだっ!?」
異常事態に、流石のトバイアスも我に返って剣を構えなおす。
桁違いの魔力を放射しているのは、瀕死の傷を負ったはずの獣人少女だ。
「サティアちゃんから、足をどけて……」
怒りに震える声で命じるキヨは、何かが決定的に変質していた。
体中に走る痛ましい切創が、まるで時間を逆回しにするように癒えていく。
そして、立ち上がった少女の体から、陽炎のように立ち上る魔力。
「く――」
怪現象を解き明かすよりも、トバイアスは即座に攻撃を選んだ。
剣光が閃き、斬撃がキヨの首へと打ち込まれる。少女は丸腰だ。防御魔法をかけていようと致命傷になるだろう。が
「な――」
無造作に振りぬいたキヨの腕が、致命の斬撃をすげなく阻む。
まるで鋼の壁にでもぶち当たったかのように、S級冒険者の剣が跳ね返される。
「絶対に、あなたをロットさんのところには行かせないっ!」
裂ぱくの気合とともに叫ぶキヨ。その姿には明確な変化が起きていた。
人と変わらぬ少女の手足が、淡い光とともに獣のような爪と毛皮を纏っている。
絹のように繊細な白い髪は長く伸び、オオカミの毛を思わせる荒々しさに。
少女の感情を表す耳と尾は、二回りほども大きくなっている。そして、
「くそ、なんだ、なんなんだそれはっ!?」
トバイアスが叫ぶ。
外見だけではない。キヨに起きた最も重要な変化は、少女の背後にある。
「私たちは、あなたなんかに負けません。――楽しむために力を振るい、殺すことに喜びを見出すあなたに、私たちが負けていいはずないんですっ!!」
少女の背中には、巨大なオオカミの幻影が姿を現していた。
おそらく立ち上る膨大な魔力によって形成されたのだろう。白銀の巨狼は、魔獣などとは比べるべくもない神聖な気配を放っている。
キヨの血に流れる【神獣因子】オオクチノマガミの力が、窮地に陥ったことにより目覚めたのだ。
「――死ねえっ!!」
吹きあがる清浄な魔力に、トバイアスは怖気を振るうより先に剣を閃かせる。
今度は魔力を十分に込めた【拡張斬撃】だ。たとえ肉体の強度が鋼並みでも、まともに受ければただではすまない。が、
「な――」
キン、と響く甲高い音。
キヨが腕を振り上げると同時に、巨狼の幻影が前肢を持ち上げ、死の刃を完全に防いでのけた。そして、
「やあぁぁぁぁっ!!」
雄叫びとともに、放たれた矢のように少女が走る。
風すら置き去りにするキヨの突撃には、トバイアスをもってしても反応しきれない。とっさに剣を上げて防御しようとするが、
「はっ!!」
巨狼の前腕が、剣のみならずミスリル製の義腕までをも紙のように引き裂いた。
「が、う、うおあぁあああっ!?」
全身を襲うすさまじい衝撃に、抗することなく吹き飛ばされるトバイアス。
そして我に返ってみれば、己が頼みとする一剣と義腕が完膚なきまでに破壊されている。
「くそ、くそっ! なんなんだよお前たちはっ、なんで俺の邪魔をするんだ!?」
敗北を突き付けられたトバイアスが、狂乱してそう叫ぶ。
まさか格下と思っていたキヨにまで完敗を喫し、彼に残っていた最後の理性が砕け散ってしまったらしい。
「殺す殺す殺すっ! 絶対に皆殺しにしてやる、お前らは生きながら魔物に食わせてやるっ……」
なんとか二本の足で立ち上がったトバイアスは、濁り切ったまなざしでキヨをにらみ、口角泡を飛ばす勢いで呪詛を吐き散らす。
されど、キヨはS級冒険者の哀れな姿に、憐れみの視線を投げかけるばかり。
そのことが、さらにトバイアスの精神を逆なでにする。そして、
「てめえ、なんだその目はっ! 俺を、おれを舐めてるのかっ!?」
「――危ないっ!」
逆上して詰め寄ろうとするトバイアスに、背後から漆黒の影が飛び掛かった。
「が、げ――」
木々の合間から現れたのは、人面の魔獣マンティコアだ。
悪性の魔物はサソリのような尾を伸ばし、切っ先の毒針をトバイアスの後頭部へと突き刺したのだ。
「このっ!」
即座にキヨが跳躍し、神獣の腕でマンティコアを引き裂く。が、地面に倒れ伏したトバイアスは容態を改めるまでもなく即死していた。
「…………」
「キヨ、平気?」
凶相で虚空をにらむS級冒険者の亡骸を、複雑そうな面持ちで眺める獣人少女。
そんな彼女に話しかけたのは、僚友のサティアだ。
「サティアちゃん! 怪我は大丈夫ですか!?」
「ん。一応血止めした。けど結構痛い」
黒髪の少女はキヨが戦っている間に、抜け目なく回復に努めていたようだ。
全力での戦闘は難しいが、動き回るなら十分に可能だろう。
「……もふもふ。触って、いい?」
「え、あっ! ど、どうしちゃったんでしょうコレ……」
ようやく我に返ったキヨは、自身の変化に驚き戸惑う。
しかし、ロットから【神獣因子】のことはすでに告げられていたので、悪い変化ではないだろうと結論付ける。
「……まずい、魔物の気配がたくさん」
「囲まれる前に、下がる」
そうこうしている間にも、森のあちこちから凶悪な魔力が立ち上る。
「黒の世界樹」は依然として成長を続けており、魔物の数は増え続けている。このままでは敵地に取り残されてしまうと、少女たちは一時撤退し、本陣に合流しようとの判断を下す。
「…………」
「無理。連れてけない。……気にする必要ない。キヨ、悪くない」
トバイアスの亡骸を気にするキヨに、サティアが淡々とそう語りかける。
「うん、わかった。……私たちは、まだ戦わないといけないから」
犬耳少女はその忠告を素直に受け入れ、深呼吸をして気持ちを切り替える。
ウルザブルンは魔物から人々を守るために戦うのだ。立ち止まっている暇はない。
少女たちは澄明な決意とともに、新たな戦いへと身を投じた。




