38 黒の世界樹 凶刃再び
薄暗い森の中に、剣戟の音が響く。
ニビア山脈の奥深く、されど「黒の世界樹」からは遠く離れた森の中に、錯綜する三つの人影があった。
「危なっ! サティアちゃん平気っ!?」
「ん、ギリギリ見えてる」
ウルザブルンの駆除人、キヨとサティアが戦っている相手は、魔物ではない。
木立の合間をすり抜けるようにして飛び来る斬撃は、人の手による技だ。
「雌犬どもがっ! ちょこまか逃げるんじゃねぇっ!!」
狂気に満ちた顔貌で少女らを追いかけるのは、元S級冒険者トバイアス・ヘイルである。
以前ウルザブルンと対立し、ロットによって再起不能に追い込まれたこの男は、なんと使い物にならなくなった右腕を切除し、ミスリル製の義腕をつけていた。
「殺すっ! お前らも、あの男も、八つ裂きにしてやるっ!!」
のべつ幕なしに呪詛を吐きながら、トバイアスは執拗に少女たちへと迫る。
この男がニビア山脈にいることはギルドとて知らないだろう。表向き、彼は冒険者を引退したことになっているからだ。
「いや、殺すだけじゃ足りねえ! 俺の受けた痛みを、屈辱を、十倍にして味わわせてやるっ!」
再起不能の怪我を負い、また後ろ暗い過去を持つこのS級冒険者は、治療という名目でギルドによって軟禁されていた。
だが、ロットとウルザブルンへの憎悪に取りつかれたトバイアスは、ギルドから逃亡して虎視眈々と復讐の機会をうかがっていたのだ。
そして、「黒の世界樹」騒動を聞きつけた彼は、どさくさに紛れてウルザブルンの面々を殺めようと姿を現したのだ。
「前より剣が速くなってるっ!」
「むぅ。厄介……」
しかも、厄介なことにトバイアスの太刀筋はさらに鋭さを増している。その理由は、彼の義手にある。
「あれ、お父さんのと同じもの、だよね……」
「ん。社長が作ったやつ」
ウルザブルンとディロン公房が共同開発したミスリル製の義肢は、ダンストン商会によって民間にも出回っている。
高価な品だが、トバイアスはなんらかの伝手で手に入れたのだろう。
そして、わずか数か月の間に自らの腕と変わらぬほどに動かせるようになった。彼のパワーアップの秘訣はそこだ。
義肢を自在に動かすには、繊細な魔力操作の技能が求められる。そして魔力操作が身につけば、自然と身体能力の底上げにもつながるのだ。
「あの腕は、人に傷つけるためのものじゃないのに……」
だが、キヨは憤怒とともにそう呟く。
ロットが父に送った素晴らしい発明品が、人殺しに使われようとしていることに激しく憤っているのだ。
「あの人を止めよう。――私たち、二人で」
「ん。社長いま忙しい。約束ないなら、帰ってもらうべき」
真剣に告げるキヨに、珍しくも微笑を浮かべて応じるサティア。
少女二人は頷きを交わすと、狂気の剣士に敢然と立ち向かった。
× × ×
少女たちと元S級冒険者の戦いは、互いに決め手を欠くまま膠着状態に陥っていた。
「糞ガキが、抵抗するな。今すぐ死ねっ!」
「無駄、ですっ!」
トバイアスの【拡張斬撃】を危なげなく受け止めるキヨ。
敵の剣は鋭さを増しているが、この数か月で少女たちの技量も一段と上達した。トバイアスへの敗北から、とくに対人戦の訓練は念入りに積んでいる。いくら彼が強くとも、さすがにデリックの技量を上回ることはない。防御に徹すればそうそう遅れはとらない。が、
「ちっ、鬱陶しいんだよっ!」
「む――」
背後からのサティアの奇襲を、トバイアスは余裕で防ぐ。この男、性状はともかく腕前はやはり一流であり、先ほどから少女たちの攻撃を一切食らっていない。
加えて、彼女たちが戦っているのは見通しと足場の悪い森の中だ。どうしても引き気味に戦うことになる。そして、
「こんな時に! 右から魔物、気を付けてっ!」
「ん、邪魔」
木々の合間を縫って襲い掛かってきたのは、皮膜が張った翼とサソリのような尾をもつ魔物である。
ライオンのような体に、人に似た醜悪な顔をしたソレは魔獣マンティコア。キヨたちの匂いを嗅ぎつけて襲い掛かってきたのだ。
「雑魚が、死にに来たかっ!」
牙が並んだ大口を開けて飛び掛かるマンティコアを、トバイアスが一刀両断にする。A級認定される魔物を歯牙にもかけない腕前は、狂気に飲み込まれてもいささかも陰りはない。
「こっちにも来るよっ!」
「……面倒」
キヨとサティアも剣を振るい、人面の獅子を危なげなく葬る。
「黒の世界樹」の成長により、周囲には魔物が溢れている。頻繁にそれらの横やりが入ることも、トバイアスとの戦闘が長引いている理由だ。ただ、
「きっともうすぐロットさんが世界樹を倒してくれます!」
「ん。頑張る」
展開は悪くない。トバイアスをこの場にくぎ付けにすることができれば、「黒の世界樹」へと向かったロットが後ろから斬りかかられることはないのだ。時間稼ぎは十分な戦果である。が、
「ああ、うざってぇな! どいつもこいつもっ!!」
じれったい攻防に、とうとうトバイアスの忍耐が限界に達した。
彼は長剣を上段に構えると、義腕を介してすさまじい魔力を刀身に伝播させる。そして、
「――死ね」
零下の殺意とともに、百を超す【拡張斬撃】を放った。




