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37 黒の世界樹 防衛班



 はるか彼方に望む峰々に、異変が起きている。

 山の頂から天へと延びるのは、すさまじく巨大な漆黒の亀裂だ。

 そして張り巡らした枝から枯葉のように舞い落ちる点々は、すべてが凶悪な魔物である。

「黒の世界樹」がついに動き始めた。その光景を、狼狽とともに凝視する人物が。


「くそっ、アスマイアの冒険者たちはまだ着かんのかっ!?」


 ニビア山脈の麓にある対策本部で、冒険者ギルドの長、アンドリュー・マイルズが部下へと怒鳴り散らしていた。

「黒の世界樹」が突然急成長を始めたのはほんの数十分前のことであったが、湧き出した魔物たちは早くも山脈を抜け出そうと各所で冒険者と戦いを始めている。


「持ち場を堅守しろと伝令を出せ! 援軍が来れば必ずや勝てるのだっ! それまでは死んでも戦い続けよっ!」


 予想もしなかった事態に、ギルド長は焦燥もあらわに指示を出す。

「黒の世界樹」の成長はあまりにも早すぎた。発生から十日余り経った今朝の時点では百メートルほどの大きさだったのが、すでに十倍ほどに巨大化している。


「くそっ……」


 いっこうに成長を止める気配がない「黒の世界樹」に、マイルズが毒づく。

 一昨年に続き、二度目の発生となるこの大災害は、グレオン王国はもちろん、マイルズ自身のキャリアをも破壊しかねない脅威だ。

 ここでしくじればギルド長の肩書を失いかねない。権勢欲に突き動かされるまま生きてきた男にとって、それは国が亡ぶことよりも恐ろしいことだ。


「ぬっ、今度はなんだっ!」


「黒の世界樹」を見上げていたマイルズが、忌々し気に叫ぶ。

 天空を左右に分ける漆黒の亀裂から、火山弾のような何かがこちらへと飛来したのだ。

 真っ赤な火の玉が、空中に煙を引きながら対策本部近くの森へと着弾。轟音と地響きがギルドの職員たちを襲う。


「うろたえるなっ! 迎撃せいっ!」


 マイルズはすぐさま控えていた冒険者たちに号令をかける。

 同時に自らも長剣と大盾を携える。現場から退いたとはいえ、彼は元S級の冒険者である。魔物の一体や二体、討ち果たすことなどわけがない。が、


「な、なんだアレはっ!? ぎゃあっ!!」


 見る間に炎上し始めた森から、冒険者の悲鳴が届く。

 立ち上る炎と煙を突き破りながら、巨大な人型が姿を現す。

 全身が焼けた鉄のように赤熱化し、背にはまがまがしい翼を生やしたソレは、魔物の中でも特に凶悪な一派、魔神と呼ばれる種族である。

 そして、炎で形作られた槍を縦横に振り回し、冒険者たちを消し炭へと変える魔神は、名をベリアルという。

かつてマイルズが所属していたパーティー「ウィーグラフ」を壊滅に追い込んだ、SS級の怪物である。


「な、う、あぁ……」


 死が形となったかのような怪物が、大地を震わす雄叫び上げる。

 冒険者たちは魔物のあまりの凄まじさに即座に戦意を失い、散り散りに逃げ出そうとする。

 そしてそれを制止するはずのマイルズも、


「ぐ、く、ひ、退けっ! 退けぇっ!!」


 過去の惨劇を思い出したのか、顔面蒼白となってそう叫んだ。



   ×   ×   ×



 飛来する火の玉を目撃したのは、ギルドの面々だけではなかった。


「あれは、まさか……」


 ニビア山脈中腹の森で、部下を率いて魔物を退治していたデリックは、上空を通り過ぎた火の玉に瞠目する。

 脳裏によみがえるのは、右腕を失った過去の光景。アレがもし記憶通りの怪物なのだとしたら、ただちに対処せねば戦線が崩壊する。が、


「どうしたんですか先生っ!?」


 部下の少年からの声で、デリックは我に返る。

彼は「黒の世界樹」討伐に向かったロットたちを援護するため、新米駆除人(スイーパー)を引き連れて山中を走り回っていた。冒険者たちの包囲の穴を抜けた魔物を、先回りして狩っていたのである。


「ううむ……」


 デリックは己の予感を部下に伝えたものか、しばし悩む。

 もしもあの魔物が魔神ベリアルなら、なんとしても止めなければならない。

 しかし、SS級の魔物を相手にしては、デリックとて命の保証はないだろう。十余年前、彼の戦友たちが命を賭して、かろうじて倒せた怪物なのだ。

もちろん、技量未熟な部下たちを連れて行くわけにはいかない。彼らは新米とはいえ中級冒険者相当の実力を持つが、破壊の権化のような怪物を相手にしては、とうてい太刀打ちできまい。


「あの火の玉がどうかしたんですか? 魔物なら倒しに行きましょう!!」


 勢い込んで提案してくる少年たち。

 デリックはここで一つの決断を下した。


「お前たち……ここからは自分たちで動けるか?」


 すなわち、部下たちとの別行動である。

 彼は先ほどの火炎弾の正体を少年たちに伝え、自分はその怪物を抑えに回ると説明する。勝てるかどうかは保証できないが、それでも時間だけは必ず稼ぐ。部下たちには、引き続き森を抜けようとする魔物たちを倒してもらいたい。そう頼み込む。すると、


「なら僕たちも連れて行ってください! 必ず役に立ちますからっ!」


 少年たちは口をそろえて訴える。

 デリックは無謀だといさめるが、部下たちは引き下がる様子もない。


「絶対に足は引っ張りません。先生に教わった通りに動きます。――僕たちだって、ウルザブルンの一員なんですっ!」


 熱を込めて訴える少年たち。

 もとは行く当てのない孤児たちだった彼らは、ウルザブルンでの訓練に励み、そして魔物と戦うことで、気高い誇りを得たのだ。

 寝食を共にし、ひたむきに教え導いてきたデリックに、彼らの心がわからぬはずがない。


「……わかった。お前たちの命、預けてくれ」


 壮年の巨漢は静かに頷き、部下たちの献身に感謝する。

 そして一同は怪物の姿を探し、森を走りだした。




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