35 黒の世界樹 作戦会議
「どういうつもりですかマイルズさん。承服できません。どうぞご再考を!」
簡素な造りの山小屋に、ロットの声が響く。
彼がいるのは「黒の世界樹」対策本部。ニビア山脈の麓にある採掘現場の建物の一棟だ。
王命を受けて、夜も明けきらないうちに現場へと駆け付けた冒険者ギルドとウルザブルン。
そうして早速対策会議が開かれたのだが、はやくも紛糾の気配を見せていた。
「再考だと? 馬鹿馬鹿しい。君は状況が見えておらんようだな」
マイルズとロットが揉めているのは、「黒の世界樹」への対処の方針が真っ向から対立しているからだ。
マイルズは現場に着くや否や、冒険者を配備してニビア山脈を封鎖。魔物の動きを観察しつつ、各地に防御陣を敷く持久戦の策を取った。
が、これに反対したのがウルザブルンである。
「「黒の世界樹」は今なら対処できる大きさです。アレが育ち切らない内に、全力で排除するのが最善でしょう」
ロットが主張するのは、全戦力を投入しての速攻戦である。
空から標的を確認したところ、「黒の世界樹」の高さはまだ百メートル余り。「苗木」の段階である。
「黒の世界樹」は時間と共に成長し、巨大化にともない強力な魔物を呼び寄せるようになる。いずれは魔力を使い果たして消えるが、時間は敵に味方するのだ。今の内に仕留めなければ、雲霞の如き魔物によって、標的に近付くことも難しくなるだろう。だが、
「勇み足もほどほどにしたまえ。過去の事例から考えれば、育ちきるまで十数日の余裕がある。戦力も整わぬままに仕掛けるのは愚策だ」
「黒の世界樹」の成長までにはまだ時間があるとして、マイルズはロットの進言を退けたのだ。
「前回発生した「黒の世界樹」を覚えておられますか? あの時は、誰も予想しなかった勢いで成長を始めました。……アレは木の形をしていますが、純粋な魔力の塊です。いつ動き始めるかなど、そもそも予想が付かないものなんです」
ロットは諦めずに速攻戦を主張する。
世界樹が成長すれば、魔物は山津波のように周囲へと押し寄せる。魔物の波状攻撃が始まる前に、全力を挙げて排除すべきだ。が、
「仮に攻勢が失敗に終わればどうする? 魔物の進撃を阻むものは誰もいない。王都は容易く壊滅するだろう。……あと三日もすれば、周辺諸国からの冒険者も到着する。彼らと連携し、確実に標的を攻略するのだ」
マイルズはあくまでも方針を変更するつもりはなく、若き大賢者に嘲りの視線を送る。
あるいは、政治的な意図もあっての判断だろう。グレオン王国の冒険者だけで排除にあたれば、当然ながら相当の死傷者が出ると予想される。
彼はなるべく自分の兵を消耗したくないのだ。だから、諸外国の冒険者たちを当てにする。
それも部下可愛さからではなく、失点を少なくするためだ。
彼は前年の「黒の世界樹」で冒険者たちを数多く死なせ、その上、今年はギルドの業績も低迷している。極端な慎重策を取るのは、それが理由だろう。
「まあ、どうしてもと言うなら止めはせんよ。そちらはそちらで動けばいい。……二十人余りで、何が出来るかは知らんがな」
「っ……」
会議は終わりとばかりに、マイルズがそう言い捨てる。
そもそも、「黒の世界樹」対策は冒険者ギルドが主体となっていて、新興で人員の少ないウルザブルンはおまけの扱いである。
必ずしもギルドの指示に従う義務はないが、もちろんギルドもウルザブルンの意見を聞き容れる必要はないのだ。
急所を突かれたロットは流石に押し黙り、それ以上の説得は無理だと判断すると、作戦本部を後にした。
× × ×
「駄目だ。付け入る隙もない」
「やはり、奴がそう簡単に耳を貸すはずはありませんか……」
同じ採掘現場の建物の一つが、ウルザブルンに割り当てられた待機所だ。
そこに戻ったロットは、頼れる副官であるデリックに、会議の詳細を話す。
「えっと、じゃあ私たちはどうすればいいんでしょう……」
「ギルドに、従う?」
キヨとサティアも不安そうに尋ねてくる。
室内には、最近現場に出るようになった新米駆除人たちが十八名。加えて事務方のプリシラがいて、皆が緊張に面持ちを固くしている。
未曽有の大災害を引き起こす「黒の世界樹」が、すぐ目の前で発生しているのだ。無理もない反応だろう。
ただ、ロットは志願者だけを連れてくるつもりだったが、社員の誰ひとりとして会社に残ろうとしなかった。
ウルザブルンが掲げる理念を、皆が尊んでくれていることに、ロットは目頭が熱くなる思いであった。
「……いや。やはり「黒の世界樹」をこのまま放置するわけにはいかない。俺たちだけでも、動くべきだ」
社員の不安を一掃するように、堂々とロットが宣言する。
マイルズの持久策は一見手堅いように見えて、思惑が外れてしまえば多大な犠牲を出してしまう。そのことを諄々と説き伏せても、ギルド長は利く耳をもたなかった。
ならば、ウルザブルンはリスクを承知で打って出なければならない。
「ただし、攻撃を務めるのは俺だけだ。皆には防御を頼みたい」
ロットの示した策は、ひどく単純なものだった。
社長の彼自らが単身「黒の世界樹」へと近づき、これを討伐する。
その間、他の皆は周囲の防御にあたり、魔物の被害を食い止めてもらうとの話である。
これは、単純に実力を考えての役割分担である。未成熟な「黒の世界樹」といえど、中心付近には上級の魔物が姿を現していることだろう。新米の駆除人たちを連れてはいけない。
デリック、キヨ、サティアらは戦力に勘定できるが、彼らとて危険だ。それに標的に近付くまでは隠密行動を強いられるので、人数は少ないほどいい。
――実情として、攻撃役が生還できる可能性は凄まじく低い。隔絶した能力を持つロットであっても、必ず成し遂げられるとの保証はない。
心優しい青年は、死地に部下を連れていくのを良しとしなかったのだろう。が、
「駄目ですよ、ひとりで行くなんて!」
「社長、流石に無茶」
キヨとサティアが血相を変えて抗議する。
二人の少女は懸命に自分たちも攻撃役に加えいれてくれと申し立てる。
「ありがとう。でも俺だけで……」
「社長。キヨたちも連れていきなされ」
そう提言するのはデリックだ。彼は青年の心情を汲んでか、正面切って意義を唱えることはなかったが、それでも少女たちを連れていくべきだと主張する。
「あなたには確実に「黒の世界樹」を討ち果たしてもらわなければなりません。魔力を温存する為には、露払いが居たほうがいい。……それに、キヨとサティアなら空間転移の魔法が使えます。窮地に陥っても、逃げることは可能です」
銀腕の勇士は、理路整然とロットに説明する。
新米たちの指揮のためにデリックは残る必要があるが、キヨとサティアなら、攻撃任務にも耐えることができるだろうとの考えである。
「いや……そうだな。すまない。その通りだ。――キヨ、サティア。俺と一緒に、来てくれるか?」
「はい! もちろんです!」
「ん、頑張る」
結局、ロットはデリックの意見を受け入れた。
ウルザブルンは少数精鋭で、魔物の蔓延る山中を潜り抜け、独力で「黒の世界樹」の討伐を目指す。
失敗すれば、国中の人々が命を失うだろう。危険な賭けだが、成し遂げなければならない。
「よし。それじゃあ急ごう。……デリックさん。後を頼みました」
「一身を賭して。どうか、ご武運を」
そして細かな打ち合わせを済ませると、ロットたちは後事をデリックに頼み拠点を後にする。
と、その時、青年の背中に軽い衝撃が。
「……プリシラ」
青年の背中に抱きついたのは、金髪碧眼の御令嬢である。
戦いの場においては何の役にも立たず、戦略にも口を出さなかった彼女だが、それでも頑なに戦場まで付いてきた。
そしていよいよ青年が出立するとなったとき、彼女の感情はついに限界を迎えたのだ。
「必ず、必ず帰ってきてくださいまし」
背中に触れる、柔らかで暖かな感触。
気丈な声は微かに震え、涙の色が滲んでいる。
ロットは肩にかけられた細い手に、自分の掌を重ねあわせると、
「ああ。きっとみんなで生きて帰る。――約束するよ」
どこまでも優しく、そう告げた。




