34 予兆 災厄再び
予兆があったのは、二十日ほど前だ。
ニビア山脈はグレオン王国の北部を東西に走る山脈で、良質の銅が取れることから、王国所有の採掘場となっている。
その作業場に、魔物が現れ始めたのだ。
ゴブリンやワーグなどの小型の魔物が従業員を襲い、果ては坑道内にジャイアントスパイダーが巣を作り始める始末。
管理者は冒険者ギルドに依頼し、それらの魔物を駆除したのだが、僅か数日後には、先を上回る数の魔物が現れる。
またしてもギルドに駆除させたのだが、その数日後には、さらに数を増し、しかも強力な魔物が混じるようになった。
とても操業など出来るものではないので、鉱山は一時閉鎖。冒険者ギルドに正式に付近の調査を依頼したのだが、この時は然したる異変は見つからなかった。――あるいは、冒険者は広大な山中をくまなく調べるのを嫌がったのかもしれない。
ひとまず見える範囲の魔物は駆除できたとして、鉱山が再び稼働したのは数日前。
そして今朝早く、飛龍が労働者たちを襲った。
竜種は魔物の中でも最上位に位置する存在であり、それだけに個体数も少なく、生息域もある程度限られている。そもそも、ニビア山脈では今まで確認された例はない。
通常はありえない魔物の発生。それも竜種となれば、これは異界より招喚されたものと考えるしかない。
地上に住みつき、独特の生態系を作る魔物だが、元をただせばこの世界とは異なる次元からやってきた外来種である。
それらの生物を、この地上に招きよせるのは、時折現れる次元の穴である。
「黒の世界樹」とは、時間と共に拡大を続ける巨大な次元の断裂なのだ。
「すでに、ドラゴンが現れるほど「黒の世界樹」は巨大化しておるようだ。急ぎ付近の民を逃がしてはいるが……我が騎士団には対処するだけの力はあるまい」
苦渋の面持ちで呟くケネス王。
国軍である王国騎士団は、一昨年の「黒の世界樹」発生の折、壊滅同然の被害を出してしまった。
人材の育成、装備の調達は一向に進んでおらず、騎士団は未だ再建途上である。今回の戦いでは裏方に回らざるを得ないだろう。
無理もない話だ。百年に一度の災害とされる「黒の世界樹」が、同じ国に二年と経たずに発生したのが異常事態なのである。
「ご安心下され陛下。かような時の為に、我ら冒険者ギルドは存在するのです」
威勢よくそう言い放ったのはマイルズだ。彼は誠実そうな笑みを浮かべ、さも頼もしげにケネス王に向かって啖呵を切る。
髪には白いモノが混じり、心なしかやつれた様子のマイルズだが、朗々と戦略を述べる様は一党の指導者としての貫禄に溢れている。
「すでにギルド本部には応援を要請しています。ほどなくして、屈強な冒険者たちが陸続とやって来るでしょう」
そもそも、冒険者ギルドはいつ、どこで発生するともわからない「黒の世界樹」に対抗するために作られた組織である。
周辺諸国にまで多大な被害を及ぼす超級魔物災害を食い止めるには、腕利きの勇士を集め、彼らを迅速に発生地域へと送り込まなければならない。
そうした訳で、膨大な戦力を抱え、国境に縛られることなく、独自の裁量で動くことのできる組織が生み出されたのだ。
「我らはすぐさまニビア山脈に向かい、「黒の世界樹」討伐に取り掛かります。どうぞ、吉報をお待ち下され」
冒険者ギルドが全責任をもって対処すると、マイルズは自信満々でケネス王に請け負う
威風漂うギルド長の宣言に、王様もようやく安堵の息をついた。そして思い出したかのようにロットに目を向けると、
「ウルザブルンと申したか。そなたらも、ギルドと共に力を尽くしてほしい」
まるきりついでの扱いでそう告げる。
実績と組織の規模で考えれば当然の対応だが、それにしても、ケネス王の言葉はどこか冷たい。
「……くれぐれも、懸命に戦うように。そなたたちの後ろには、数多の民がいるのだからな」
念を押す言葉は、明らかにロットに向けられたものだ。
その発言の意図を、青年は直感で察した。ケネス王は、ロットが先の「黒の世界樹」討伐の折、敵前逃亡したとの話を耳にしているのだ。
「はい。我らウルザブルン一同、全身全霊を尽くします」
どこか不審の眼差しを送るケネス王に、堂々と胸を張って応じるロット。
おそらく、これもマイルズの工作の一つだろう。王に讒言し、ウルザブルンは信用に値しないと信じ込ませたに違いない。だが、
「必ず、皆を守ります。――それが我々の使命であり、誇りなのですから」
「むっ――う、うむ。期待しておるぞ」
凛然とした威風を纏うロットに、ケネス王は微かに目を見開く。
賢明な王は、大賢者の決意に、嘘偽りはないと見抜いたらしい。
それからいくつかの打ち合わせがなされた後、謁見の儀は終了となった。
視線を合わせることすらせず退出するマイルズを見送り、ロットも控えの間へと戻る。と、
「ああロット様! 国王陛下は何を仰せになられたのですか!?」
ながらく気を揉んでいただろうプリシラに迎えられる。
心からウルザブルンを案じてくれる彼女を宥めながら、ロットたちは帰りの馬車へと乗り込む。そこで、
「またしても「黒の世界樹」が発生した。ウルザブルンも討伐の要請を受けたんだ。……俺たちの、今までの成果が試されるだろうな」
大賢者は静かなる覚悟と共に、待ち受ける脅威を語り始めた。




